4-人気調査

 ――3カ月後。


「むむむ…………」

 廃村のあばら屋で魔王はうなり続けていた。

 ぼろぼろの机に広げられた用紙には、新魔王城の設計案が並ぶ。

 どれも違法にならない範囲で旧魔王城の構造に近づけたものだが、やはり法の制約が厳しく納得いく案はない。

「失礼いたします」

 部下がやってきた。

 ノックしようにもドアの老朽化がひどく、叩くだけで崩れ落ちそうな木枠の外で彼は頭を下げた。

「どうかしたか?」

「最新の意識調査の結果が出たので持ってまいりました」

「ごくろうだった。さっそく見せてくれ」

 設計案を隅によけ、部下が持ってきた調査結果を広げる。

 意識調査とは民間団体が人間を対象に実施している調査だ。

 項目は多岐にわたり、生活の質の向上や国策などに利用されている。

「気になるところが第3カテゴリーのここでして」

 部下が指し示したのは、『生活を取り巻く環境』と題した項目だ。

 いくつもの質問が並び、回答者の性別や年齢ごとに回答の多少がグラフ化されている。

「人々の”勇者一行への嫌悪感”が前回比30.6ポイント増の85.11ポイント。対して魔王軍への嫌悪感は前回比1.3ポイント減の63.33ポイントとなっています」

「なに? 魔王軍より勇者たちへの嫌悪感が高い……だと? いったいどういうことなのだ?」

「お待ちください。記述式の”ご自由にお書きください”欄の内容が巻末に――」

 ページをめくっていくと、後半に各カテゴリーでの記述回答がまとめられてある。

「”嫌悪する”、”とても嫌悪する”と回答した人の理由がここに載っていますね。勇者たちの素行について挙げている声が多いようです」

「どれどれ」

 魔王は横から覗き込んだ。


・ところかまわず民家に押し入り、タンスやツボの中を手当たり次第にあさっていく

・平気で花壇を踏み荒らす

・泥だらけの服のまま宿の客室を使う

・常に抜刀状態で歩いているので物騒だ

・町の入り口に立っているだけなのに何度も話しかけられて迷惑だ

・使い込んでぼろぼろになった武具を売りにくる

・こちらが質問しても「はい」か「いいえ」でしか答えないので、何を考えているか分からずこわい

・夜、棺桶をひきずりながら歩いているのを見たことがある


 など、具体例が数ページにわたって記述されている。

 魔王はページを戻し、”親しみがある”、”とても親しみがある”の項目を見た。


・悪い魔物をやっつけてくれた

・村の小さな問題を解決してくれた


 具体例はそのふたつだけだった。

「ありえん。この調査結果は本物であろうな?」

「もちろんです。全国意識調査会のロゴも入っております」

「むむむ……では魔王軍への嫌悪感が下がったのはなぜだ? たとえばアニザラ地方の洞窟には凶暴な魔物を住まわせているぞ」

「そこはもともと人が寄りつかないうえに、洞窟の奥深くなので誰も脅威に思っていないのです」

「ではパエーリの橋は? 我が軍が橋を封鎖し、カルボの町とロンティーノの町との往来を断っているのだ。人々の不満も高まっているハズ」

「両町を拠点に違法アイテムを売買している組織があるのですが、橋を封鎖したことで組織間の人員や違法アイテムの流通も途絶え、弱体化しています」

「…………」

「それにともなって両町での取り締まりが強化された結果、組織は今や壊滅状態。町民はかえって喜んでおります」

「むむむ……!」

「あの、そもそものお話として、勇者がこれほど嫌われてしまっているので、敵対する我々は勝手に好感度が上がってしまうのです……」

「なんということだ!」

 途端、今度は魔王の顔色が変わった。

 怒り、驚き、焦燥の入り混じった複雑な想いがつり上がった目に浮かぶ。

「魔王軍は人々に忌み嫌われ、恐れられてなんぼ! こうなったら――」

 魔王は拳を握りしめて言った。

「スパータの村に火を放って焼き払ってくれるわ!」

「な、なんと……!」

 部下は震えあがった。

 ためらう様子もなく、魔王はこのような決断をしてみせたのだ。

 簡単に。

 あっけなく。

 これが魔王なのか――部下はその残虐さにひれ伏した。

「周囲の魔物たちに伝えよ。一週間後、村を跡形もなく焼き尽くすと。ただし住民を避難させてからだ」

「……? 人間に恐れられたいのなら予告せずに村人もろとも焼き払ったほうがよいのでは?」

「ばかもの。それではかわいそうではないか」

「はあ……?」

「それに皆殺しにしたら村が焼かれたことを誰が広める? 人間どもは恐怖を味わわせたうえで生かしておくのだ」

「では避難させるとしてどこに――?」

「マルゲリトの町がよかろう。あそこは広さに比して人口が少なく、今は開発が進んでいる。雇用もあるだろう」


 こうして魔王軍の無慈悲な攻撃は開始された。

 スパータの村人たちは強制的に追いだされ、慣れ親しんだ故郷が焼き払われるのを呆然と見つめることしかできなかった。

 ながく雨が降らず乾燥した村の木造建築は赤々と燃えた。

 作物の実らない痩せた土地。

 水不足により枯れてしまった果樹。

 住みにくいこの村に対し、彼らに未練はなかった。

 移住先を探していた人々は、マルゲリトの町に連行された。

 新たな職を得て、労働を強いられる日々が始まる。

 彼らは魔王軍に故郷を焼かれたことを口伝するだろう。

 やがて魔族の残虐性はちまたに広がり、人々はその脅威におののくだろう!

 なんとおそろしい!

 村ひとつ焼き払うのにも、この戦略性!

 この知力と圧倒的な軍事力の前に、人々がひれ伏す時はもうそこまで迫っているのである!

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