3-仮住まい
「ああ、そこでいい。これはあっちに置いてくれ。おい、それは割れ物だぞ! 気をつけろ!」
魔王軍は慌ただしかった。
昼夜を分かたず行われているのは荷解きだ。
魔王城はすでに不動産業者が預かっている状態となっており、いまは買い手を探している状態だ。
売買契約が成立してから引き渡す案もあったが、近くにいる勇者一行に魔王や幹部たちの顔を見られるのはまずい。
さらに一日長く居ればそれだけ査定額も落ちると言われ、彼らは文字どおり逃げるようにして魔王城を後にした。
ひとまずはるか西方の廃村を買い取り、そこを仮住まいとすることとした。
朽ち果てた建造物群と、辺りにただよう霧の不気味さは魔王軍のたたずまいと調和している。
「ここの雰囲気、悪くないですね」
魔物が言う。
尻尾の先端に炎を宿したトカゲのような姿をしている彼は、照明係として荷解き中の現場を行ったり来たりしていた。
「そうだな。周囲を取り巻く瘴気も悪くない。ところでバザードよ」
魔王は魔物を一瞥した。
「悪いが寝泊まりは離れの
「ご心配なく。就寝時は火を消しますので」
「……え? その炎、消せるのか?」
「はい」
「炎が消えたら息絶える、とかではなく?」
「まさか。そんな体質では風呂も入れませんよ」
「…………」
本当にそうなのか確かめるため、魔王は水をかけようとしてやめた。
運び込まれた荷物はさまざまだ。
人間が使うものと同じような食器もあれば、禍々しい意匠の壷や不気味な絵画などもある。
「ずいぶんこじんまりとしましたね」
廃村中の建物を合わせても魔王城の広さには及ばないため、美術品の類は多くが箱にしまわれたままだ。
「急な引っ越しだったからな。仕方あるまい。ここを見つけただけでも運が良かった」
「入りきらない荷物はどうしますか?」
「ひとまず蔵に置いておこう。だが場所が場所だ。湿気や虫害には充分に注意してくれ」
「了解しました」
作業が一段落した時、幹部がやってきた。
「申し上げます。魔王城の買い手がついたとのことです」
「本当か!?」
「業者ががんばってくれたようです。やはり元魔王城というプレミアもあるのでしょうか、希望額より高く買ってくれたと」
「ふふ、その買い主とやら、見る目があるではないか。これで心置きなく新魔王城の建設に注力できるぞ。よくやった」
この吉報に魔王軍は勢いづいた。
潤沢な資金を得た彼らは軍備を整え、人々の希望である勇者を打ちのめすであろう。
なんとおそろしい!
魔族がこの地上を征服するのも時間の問題である。
だが――。
着々と準備を進める魔王軍の元に、新たな報せが届いた。
それを受け取った幹部の表情が驚愕に彩られる。
「ま、魔王様! 一大事にございます!」
「なんだ? こっちも一大事だぞ」
廃村での生活にすっかり馴染んでいる魔王は、たまたま見つけた天井の穴を塞いでいる最中だった。
「お前も手伝え。雨が降ったらたいへんだ」
「それどころではありません! 新魔王城の件で大きな問題が――」
「問題? なんだというのだ? おお、そこの者よ。ちょっと代わってくれ。この補修液をここに塗るのだ」
作業の手を止め、魔王は報告に耳を傾けることにした。
「して一大事とは?」
「現地からの報告で……旧魔王城と同じ構造にはできないとのことです」
「どういうことだ?」
「それが旧魔王城は200年以上も前に建てられたもので、現在の建築基準法では違法建築となってしまうと――」
幹部が指摘のあった箇所を一覧にして見せた。
その数は数十か所にも及んだ。
「特にこの、”特定の床を踏むとドラゴンの彫像の口から炎が発射される仕掛け”などは消防法の観点からも再現は不可能とのことで……」
「他には?」
「ここにありますとおり、6階層以上の建築物にはエレベータの設置が義務付けられております。さらに非常誘導灯や非常口の設置も必要で――」
「なんだと!?」
途端、今度は魔王の顔色が変わった。
怒り、驚き、焦燥の入り混じった複雑な想いがつり上がった目に浮かぶ。
「それではまるで遊園地のアトラクションではないか!」
「はっ! そのため設計のやり直しを……」
「うむむ……!」
魔王は頭を抱えた。
「エレベータなど付ければ、勇者たちは一気に最上階の魔王の間までたどり着いてしまうぞ。張り巡らせた幾多の罠を潜り抜けた勇者どもと対峙するのが醍醐味だというのに」
「おっしゃるとおりにございます」
「それに各階に非常口があるとなると緊張感が薄れる。なんとかせねば……」
「この際、法律など無視して完工に向けて敢行してはいかがにございましょう?」
「それはできん。我は法律とお母さんの言うことには従うと決めておるのだ」
「は、はあ……?」
幹部は何も言えずに黙り込んでしまった。
沈黙が数分。
大きく息を吐いて魔王が言った。
「設計をやり直すほかあるまい。専門家を集めよ。現行法の下、可能な限り旧魔王城に近づけた設計とせよ」
「承知いたしました!」
幹部は急いで現場に通達した。
法を無視するのではなく、法に則って新たな居城を築かんとする魔王軍。
この柔軟性と行動力が人々に向けられたとき、世界は魔族のものとなってしまうだろう。
なんとおそろしい!
その時は確実に近づいているのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます