2-キーアイテム
「様子はどうだ?」
「はい、順調に力をつけているようです。勇者一行は昨日、エノクの町の北にある橋を越えたとか」
朝、登城すると勇者たちの動向を確認するのが魔王の日課になっていた。
魔物たちは世界中に広く配置されている。
勇者のみならず各地の情勢も随時届く仕組みができあがっていた。
「そうか……進行としてはまずまずといったところか」
動きを観測することで、魔王は勇者の実力を測っている。
いつまでも序盤の町をうろうろしている程度なら、恐れる必要はない。
逆に進行が速すぎても、己の力量を知らず、思慮に欠けていると考えられるからやはり脅威とはならない。
今の勇者は遅すぎず、速すぎず、の比較的堅実な歩みだった。
(いずれ脅威となるかもしれんな……)
彼は
それならそれで好都合だ。
勇者が優秀であればあるほど、人間にとってその存在は希望となる。
そしてその希望を粉々に打ち砕く。
――はたして唯一の光を失った人間どもは深い絶望の渓に突き落とされる……。
その瞬間こそが魔王にとって至福なのだ。
「監視を続けよ。伝説の勇者たる力の持ち主かどうか……これからじっくり見極めるとしよう」
魔王は立ち去ろうとした。
が、部下のひとりが呼び止めて耳打ちする。
「ん、なんだ? うん……うん……そうなのか――」
魔王はいちおう納得したようにうなずくと、深呼吸をひとつした。
そしてマントの端をつまむと、
「監視を続けよ! 伝説の勇者たる力の持ち主かどうか……これからじっくりと見極めるとしよう……ヌフフハハハハハッッ!」
わざとらしくはためかせた。
「これでいいか?」
「はい、けっこうでございます。今の笑い方はじつに魔王らしい
「それは褒めているのだろうな?」
「……もちろんです」
部下は満足げに微笑んだ。
数日後。
「様子はどう――」
経過を確認しようとした魔王の元に幹部が走り寄ってきた。
「申し訳ありません……手違いが」
「どうした? ん……勇者はまだ橋を越えたところでうろうろしているではないか。何をやっておるのだ」
「手違いというのは、そのことでございまして」
叱責を恐れてか、幹部の4つある目はよそを向いていた。
「かまわん、言ってみよ」
「実は”サモンの鍵”を宝箱に入れ忘れてしまいまして……」
「なんだと!?」
途端、今度は魔王の顔色が変わった。
怒り、驚き、焦燥の入り混じった複雑な想いがつり上がった目に浮かぶ。
「”サモンの鍵”は序盤の重要アイテムではないか」
「は、はい……」
「エノクの町より東にあるケシャの塔。その最上階にある宝箱に入っている”サモンの鍵”で、町の北にある洞窟への扉を開く――という段取りだったではないか」
「申し訳ありません。現場との連携ミスがあったようで……」
「まったく、拠点長は何をやっておるのだ。ところで鍵はいまどこにある?」
「問題の洞窟のボスが持っているとのことです」
「そうか……よし、こうしよう」
魔王は数名の部下を呼び寄せた。
「お前たち、エノクの町民を何人か
「ははっ!」
「お前はボスから鍵を受け取り、例の宝箱の裏に貼りつけてこい」
「は、はあ……? しかしそれならボスにさせたほうがいいのでは? 近くにいるのですから……」
「作業をしているところを勇者たちに見られたらどうする? 彼らにとって初めてのボス戦なんだぞ。台無しではないか」
「はあ……」
「それにお前ほど存在感がない奴は他におらん。万が一、誰かに見られてもかまわんだろう」
ひどい言い方だ、とゴーストの名を冠したこの部下は思った。
「ではただちに行動に移れ」
・
・
・
・
・
「どうやら順調のようです」
側近が報告書を見せた。
「そうか」
「エノクの連中も短時間にもかかわらず、うまくやってくれたようですね」
「彼らには改めて謝礼を渡さねばなるまい」
魔王は笑った。
魔の一族の非人道的なおこないは以下のとおりである。
まずエノクの町から老若男女数名を拉致する。
風呂にトイレなど、必要最低限の設備のみを備えた狭い場所に監禁する。
食事は日に三度のみ与え、定期的に運動を強要する。
そしてここからが魔の一族のおそろしいところだ。
あらかじめ用意した書を押しつけ、そこに書かれてある言葉のみを発するよう調教するのである。
ただ暗記させるだけではない。
会話の中で違和感なく発話するために徹底した演技を仕込まれる。
拒んだり、覚えが悪かったりすると厳しく叱責されるのだ。
しかし指導に従順な者は三度の食事に加え、おやつが与えられる。
なんとおそろしい、絶妙なまでのアメとムチ!
こうして魔王軍のあやつり人形となった彼らは、勇者一行に話しかけられると、決まってこう答えるようになるのだ。
「知ってますか? なんでもケシャの塔の最上階にある宝箱には仕掛けがあるそうですよ。宝箱の裏に秘密があるとか」
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