第12話 子供といえど

 子供といえど男は男。 それが大奥に連れ込まれるとどうなるか。


 ぞくにラブコメとかいうご都合主義キャピキャピならこうなるだろうの流れが、僕の脳裏を占拠した。 一瞬の白昼夢だった。



【・・・どーも、どなどなされたラナイです。 


 ショタはペットです。 ニュムペーたちのおもちゃです。

 ニュムペーってなにかって、ヒュアデスと呼ばれる姉妹、ヘリオナーペ宮の主たちですね。 部屋の四面の鏡に映って無限増殖、妖精のような美貌びぼうの花の群れに、もみくちゃにされてますです、はい。

 あぅ、そこひっぱったらだめー・・・


 「坊やを大奥に連れ込むとはね、エウドラちゃん。

 かわいい献上品をありがとうね」


 「ちがう。 サテラ、献上品をこれに」


 「まあ、漆黒のオーブ・・・これほどの逸品は十年ぶりだわ・・・それより魔潟に出奔くり返すお転婆が男連れで、お母さん、感無量。 これでエウドラちゃんも一人前のニュムペーね」


 「お母様さま、ではヘリオナーペ宮の青壮年男子禁制に門限は」とパイシュレー。 エウドラの長姉にあたる娘だ。


 「解禁です。 門限も深夜の鐘がなるまでと緩めます。 これまでの成り行きで、エウドラちゃんの教育にも良くないしで、ヒュアデスのみなには我慢してもらっていましたけどね」


 「きゃぁ」って、黄色い歓声、やかましいわ。


 「ただし、私のおめがねにかなうことが条件よ・・・ふふふ、つまみ食いされない自信があるなら、つれていらっしゃい」


 なんなの、このひとたち。 


 名告(なの)りによるとヒュアデスたちのお名前におん年は、


 パイシュレー、パイシュレちゃん、17歳。

 コローニス、コロニちゃん、15歳。

 クレエイア、クレアちゃん、14歳。

 パイオー、パイオちゃん、12歳。

 そしてエウドーラー、エウドラちゃん、9歳。


 プレイオネ星下のおん年は国家機密。 そしてニュムペーたちは、みんな似てない、肌の色も髪の色も、みんな違ってみんなよい。

 大事なことなのでもう一度いいます。

 みんな違ってみんなとてもよい。


 えーとエウドラはたしか、父はアトラスと言ったけれど、女系の一族だと、これはありなのか、もしかして全異父姉妹。

 ともあれ、僕は今はまだ6歳、まだまだセーフ、助かった・・・】




 現実味のないそこにはまだ知らぬはずの事実がまざっていた。 いったいどういうことだ。 そしてきた現実の流れにはそれとは当然差違があった。



 「止まられい、星下に拝謁はいえつを願うは誰というか、名乗られよ」

 鏡の間の加飾された扉の前には、飾りのない短槍の刃をガチャリと打ち合わせてかまえた屈強な女衛士が二人。 その一人から野太い声の誰何すいかを受けた。


 サテラが応じる。

 「私は群フローラ女男爵サテラ。 星姫エウドーラー殿下に臣従いたします筆頭侍女爵です」

 「その男(お)の子は」

 「妾、星姫エウドーラ―の名告りを中に上奏じょうそうするが良い。 至宝献上にかかわる事情があるゆえ、妾が連れてまいった。 男なれど6歳、身元並び支障は妾が責とすればよかろう」

 「【真】とうけたまわった、は入られるがよい」 

 そしてもう一人が扉をひらき「星姫エウドーラ―殿下ご一行、鏡の間ご入室」と高く声をはりあげた。


 僕はそのものものしいやりとりで、いよいよえらいところに引き出される実感にせっぱ詰まっていた。

 大奥だろ、大奥と言えばきらびやかで、刃物がふりかざされるようなところではけっしてない・・・そんなイメージをもっていたが、まるで違った。 エウドラの容姿を知らぬはずはないのに衛士の誰何は一辺倒だった。 殿下と呼ばれる身とて顔パスなし・・・母親と会う娘も槍を向けられて誰何をうける、

 それが母子と宮廷の状況の一端をうかがわせた。 


 エウドラが僕を引く手にも力がはいっている。 だれかギブミー胃腸薬。



 扉の向こうでは、幾つもの大小の鏡が壁にかけられた、ざっと見、10メートル四方で広い天窓のある部屋に、4人の美姫びきたちが立ってこちらにふり返った。        白昼夢どおりの容姿、エウドラがその末妹の、ヒュアデスと呼ばれるニュムペーの美花たちだ。 

 サテラがお付きの侍女らとおぼしき壁際かべぎわの花の列に加わるいっぽうで、エウドラは僕の手をつかんだまま器用にカーテシーすると、「ごきげんよう、お姉様方」と言いながら、(こたえを待たず僕を引きずり美姫たちの間を割って進んだ。


 背丈も肌の色も髪の色もみなちがっているけれど、エウドラをみる目の温度もちがっていた。

 関心のうすそうな目、面白そうな目、とげのある目、そして・・・まあいろいろだ。 でも本心はどうだか、安易に判断してはならない。

 エウドラにだまされだまされて、ここにくるはめになった僕だ。 用心重ね、本心を隠して純真な6歳を演技、おびえる男の子をする。 

 まあ、びびってる僕だからこそできる迫真の演技にむけられた目は一つもなかったのだけどね。 

 無関心、それこそ上等だ。

 でもエウドラの話しではヘリオナーペ宮にいるのが普段なヒュアデス達がなぜ大奥にいるのだろう。


 だが、その疑問もその女性の前にでるやいなやいなや、霧散した。

 なんだ、これは、目を離せない、目が離れない。

 圧倒的な存在感。

 それにくらべ、なんて僕は矮小な存在なんだ・・・

 僕は呆然自失ぼうぜんじしつ、膝をついて、ひざまづいて、目をうるうるさせて仰ぎ見る・・・


 「こんな幼気いたいけな坊やを大奥に連れ込むとはね、エウドーラー。 献上の至宝の逸品とは、この子供のことですか」


 「違う、群フローラ女男爵、献上の品をこれへ。 至高の黒体オーブ。 これほどのものは、ここ十年でなかったはず。 それから娘の連れ合いをかってに魅了するな、お母様。 それからラナイのぱか、かってに魅了されるな」


 あれ? これ渾身こんしんの演技なのに、エウドラの気にさわるとは、なぜ?

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