家に着くと、ヒメは地面に優しくシロを置き、玄関の前で声をあげてちとせちゃんを呼びました。

 玄関の横にはヒメ専用の出入り口があるのですが、シロを咥えたまま入れるほど大きくなかったからです。ヒメはちとせちゃんを呼び続けます。

「どうしたのヒメ? 入れないの?」

 ちとせちゃんの声です。声が聞こえたのと同じタイミングでドアが開きます。

 ヒメは必死に伝えました。助けて! シロを助けて! シロを病院に連れて行ってあげて。そう叫びました。

「やだっ! 汚い! カラスの死体なんか持って来ないでよ! ヒメ、それ、すぐに捨ててきなさい! じゃないと家に入れてあげないからね!」

 ちとせちゃんはそう言うと、ドアを勢いよく閉めてしまいました。

 なんで? なんで? どうして助けてくれないの? なんでシロのことを汚いなんて言うの? なんで捨てて来なさいなんて言うの? シロはボクの大切な友達なんだよ? 助けてよ! 助けてよ!

 ヒメは必死に呼びかけました。でもちとせちゃんはドアを開けてくれません。シロを病院に連れて行ってくれません。

 どれだけヒメが叫んでも、その想いは伝わりません。その願いは届きません。

 ヒメはシロにそっと触れました。シロの体はとても冷たくなっていました。それがとても悲しいことなんだと、ヒメは本能で理解します。

 ヒメは涙を流しながらシロに謝ります。

 ごめんね……ごめんね……。助けてあげることが出来なくてごめんね……。何も出来なくてごめんね……。ごめんね、ごめんね……。

 そう呟いたヒメの声は、静かに空へと溶けていきました。

 その日、ヒメは公園でずっと空を見上げていました。だってシロが言ったのです。星が見えたら歌って欲しいと。だから、ヒメは星が見えるまでずっと待ち続けました。

 太陽が顔を隠したとき、空が黒く染まり始めたとき、一つの星が輝き始めました。その星はとても大きくて、凄く綺麗に輝いていました。ヒメにはすぐ分かりました。あの星がシロなんだと。

 ヒメはすぐに歌い始めます。

 空に輝くあの星へ、自分の声が届くように大きな声で歌います。夜が明けるまで、星が見えなくなるまで、ずっと……ずっと歌い続けました。

 ボクはここにいるよ。元気だよ。シロのことが大好きだよ。シロに喜んでほしいんだよ。そんな気持ちを込めて歌いました。

 その日から、毎日のようにヒメは歌いました。夜が訪れる度に、星が輝く度に、ずっと歌い続けました。


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