⑤
次の日、ヒメは起きるとすぐにカラスの元へと向かいました。
カラスが喜んでくれるだろうという期待に胸を躍らせながら、軽快に走ります。
ヒメは公園に着くと、すぐに大声であのカラスを呼びました。
「ボクだよ。ヒメだよ。カラスさん、何処にいるの?」
ヒメは辺りをキョロキョロと見回します。
「やぁ。こんにちは。僕はここにいるよ」
後ろの方からあのカラスの声が聞こえました。ヒメは声が聞こえた方に体を向けます。すると、近くにあった木の枝から、カラスがヒメの元へとやってきました。
「あのね、あのね。ボク、名前ちゃんと考えてきたよ! 凄くいい名前なんだ。きっと気に入ってくれると思うよ」
「ちゃんと約束を守ってくれたんだね。ありがとう」
カラスにありがとうと言われて、ヒメは思わずうれしくなり、満面の笑みを浮かべます。
そしてヒメはうれしそうに言いました。
「あのね。名前は『シロ』っていうの。ボクのもう一つの名前なんだ。素敵でしょ? いい名前でしょ?」
けれどカラスは困ったような顔をしていました。その顔を見て、ヒメは酷く胸が痛みます。悲しいような、泣きたくなるような、そんな痛さでした。
「……変だった? カラスさんは黒い色をしているのに、シロなんて名前は変だった? ボク、悪いことしちゃった? ごめんなさい……ごめんなさい」
ヒメは大粒の涙を流しながらカラスに謝ります。素敵な名前だと思っていたのは自分だけだったんだ。カラスを傷つけてしまったんだ。ヒメはそう考えました。だからヒメはとても悲しくなりました。カラスを傷つけてしまったことが、辛くなりました。
「違うんだ。ヒメ、泣かないで。僕はすごくうれしんだ。いい名前だと思うよ。僕にこんな素敵な名前があってもいいのかなって……。こんな素敵な名前に、僕じゃ不釣り合いなんじゃないかと思って……」
「……嫌じゃないの?」
恐る恐るヒメは尋ねます。
「当たり前じゃないか! 嫌なわけがないよ! 凄くうれしい。本当にうれしいよ。鳥の王様に虹色の羽をもらったときよりも、ずっとずっとうれしいよ」
「ホントに?」
「本当だよ。ありがとう、ヒメ」
カラスはそう言いながら、翼を使ってヒメの頭を優しく撫でました。
すると不思議なことに、さっきまで痛かったはずの胸が、嘘のように痛くなくなりました。瞳からあふれていた涙も止まりました。でも一つだけおかしな事があります。胸がドキドキするのです。痛くはありませんが、ずっとドキドキするのです。
カラス……いえ、シロを見ていると、ヒメは胸がドキドキしてくるのです。
「シロ……」
ヒメはシロの名前を呼びます。
「シロ! シロ!」
ヒメはなんだかとてもうれしくて、シロの名前を何度も何度も呼びました。シロはヒメに名前を呼ばれる度、うれしそうに微笑みます。
「シロ! これからもずっとずっと一緒にいようね。ボクと仲良くしてね。いっぱいいっぱい素敵な話を聞かせてね」
「うん。約束するよ」
そっと優しい風が吹きました。それはまるで、シロに名前が出来たことを祝っているような、ヒメとシロの仲の良さに微笑みかけるような、そんな優しい風でした。
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