ネコのもう一つの名前
④
ヒメは家に着くと、すぐにちとせちゃんの元へと向かいました。
そして今日、カラスが話してくれたことを一生懸命に伝えます。
「どうしたのヒメ? 今日はなんだかご機嫌さんだね」
そう言うと、ちとせちゃんはヒメの頭を軽く撫でました。残念な事に、ヒメの言葉はちとせちゃんには伝わりません。それでもヒメはちとせちゃんに話し続けます。
七色に輝くきれいな羽のこと。鳥の王様のこと。とても面白い話をしてくれるカラスに出会った事。そのカラスの名前を考えてあげることになったこと。話すことが沢山ありすぎて、とても話しきれそうにありません。それでも全部話したくてヒメは必死に話し続けます。
そんな時でした。ちとせちゃんがヒメに言いました。
「そうだ、ヒメ。今日ね、新しい家族が増えたんだよ」
ちとせちゃんは、近くにあったヒメの何倍もある大きなクマの人形を抱え、ヒメの元に差し出しました。
あまりの大きさにヒメは怖くなってしまい、毛を逆立て、前足をギュッと伸ばしクマの人形を威嚇します。
「コラッ! 駄目でしょ! ヒメの馬鹿っ! 怖かったねぇ。大丈夫?」
そう言って、ちとせちゃんはクマの人形の頭を愛おしそうに撫でます。
その様子を見てヒメはとても悲しくなりました。自分は何もしていないのに。怖かっただけなのに。なぜ怒られたのだろうと。
ヒメは悲しくなったので、ちとせちゃんの部屋にあるお気に入りのクッションへ向かいました。
そしてクッションの上に体を預けると、一生懸命に何かを考え始めました。
そう。ヒメはカラスの名前を考え始めたのです。
悲しんでばかりいられません。今、ヒメにとって一番大事なのは、あのカラスの名前を考えてあげることだから。
ヒメは考えます。
カッコイイ名前がいいかな? カワイイ名前がいいかな? 真っ黒な色をしているからクロなんて名前はどうかな? 空を飛べるからソラなんて名前はどうかな?
どれもこれも、あのカラスに似合いそうな素敵な名前に思えます。
ふとヒメは思います。
名前が無いって、どんな気持ちなんだろう。
それはきっと、とても寂しいことなんだろうとヒメは思いました。
ヒメには生まれたときから名前がありました。ちとせちゃんが考えてくれたヒメという素敵な名前がありました。ヒメはその名前がとても大好きです。
でも、あのカラスには今までずっと名前がなかったのです。そのせいで、何度も寂しい思いをしてきたに違い無いはずです。
だから、あのカラスが本当に好きになれるような名前を考えてあげよう。今まで名前がなかったことを忘れてしまうくらいに、とっても素敵な名前を考えてあげよう。ヒメはそう決心します。
ヒメがカラスの名前を考え始めてからたくさんの時間が経ちました。
考え疲れたのか、ヒメはいつの間にか眠ってしまいます。
ヒメは夢を見ました。それは、ヒメが生まれて間もない頃の記憶を掘り起こしたような夢でした。
その夢の中には、ちとせちゃんに抱えられている小さい頃のヒメがいました。
触れるだけで壊れてしまいそうなほど、小さくて幼い頃のヒメです。眠たそうにしながらも、小さな目を一生懸命開けて、ちとせちゃんの顔をのぞき込むように見ています。そんなヒメを抱えてちとせちゃんが言いました。
「あなたとても白くて綺麗な毛をしているのね。……そうだ! 名前はシロにしよう! あなたに似合った素敵な名前よ!」
ヒメは不思議に思います。自分の名前はヒメなのに。ちとせちゃんはシロと呼んだのです。しばらくすると、何かに気がついたちとせちゃんが言いました。
「あら? あなた女の子なの? なら、シロなんて男の子みたいな名前は駄目ね。う~ん、困ったわねぇ。……そうだ! あなたとても綺麗な顔をしているからヒメって名前はどうかしら? お姫様みたいだからヒメ! うん! 決まり! 今日からあなたはヒメよ! よろしくね。ヒメ!」
それに応えるかのように、幼い頃のヒメはニィと可愛らしい声で鳴きました。
そこで夢は終わり、ヒメが目を覚ましました。
ヒメには分かりました。今のは夢ではなく自分の昔の記憶なんだと。
シロ……。もう一つのボクの名前。素敵な名前。そうだ。うん。これにしよう。もう一つのボクの名前『シロ』。この名前をあのカラスに上げよう。きっと喜んでくれるはず。ううん、絶対に喜んでくれる。ヒメはそう確信します。
ヒメは近くにある窓を見上げました。太陽はすっかり顔を隠してしまい、星達がキラキラと輝いています。まるであの真っ黒なカラスに綺麗な宝石が付いているみたい。そんなふうにヒメは思いました。
早く明日になればいいな。早く明日が来ないかな。ヒメは胸がドキドキして、なかなか眠ることが出来ませんでした。
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