第23話 迷宮ルールは厳しいらしい



 咲良は別に戦闘狂と言う訳ではないが、慣れと言うのは恐ろしいと言うか。ずっとゴブリンやコボルトの相手をしていると、次第に感覚が麻痺して来たのも確かで。

 もっと骨のある相手と、手合わせしたいなとか思っていた所に。なすりつけられる形で、ガーゴイル2体と遭遇して意気が上がっている所である。


 こちらには、まかりなりにも『旗操術』と『旋風』魔法スキルのコンボ技がある。それに加えて『硬化』スキルも使えば、安定した戦闘が出来ると言うモノ。

 ガーゴイルと言うモンスターは、元は怪物姿の石像らしい。宝物を守護するガーディアンとして、宝箱の番人として配置される事が多いそうだ。


 そんなシェリーの解説を聞きながら、ゴーレムと同じ戦法で大丈夫だよねとの問いに。敵は2体いるので注意して下さいと、言わずもがなのアドバイス。

 はいよっと軽い返事と共に、素早くのぼりで突き掛かって行く。生憎と所持している唯一のE級スキルの『閃光』は、相手が魔法生物なので有効では無いけれど。

 さっきの中年との戦闘を含め、この5日間で度胸は付いて来た。


 2体のガーゴイルは、幸いコンビプレーなど皆無で勝手気ままに突っ込んで来る。それを見越した位置取りで、冷静に対処する咲良である。

 その結果、敵は数の優位を活かせずに足の引っ張り合い。そして咲良の初撃は、綺麗に戦闘のガーゴイルの喉元へと吸い込まれて行った。


 旗振りのフェイントも綺麗に決まって、『旗操術』スキルのサポート能力は素晴らしい。喉元は魔法生物の急所では無かったみたいだが、明らかに敵のHPは大幅に削れたよう。

 勢いを減じた先頭の仲間を押しのけるように、出遅れたガーゴイルが間を詰めようと接近して来たけれど。こいつの攻撃も旗振りでいなして、華麗に距離を取り直す咲良。


 『旗操術』と言うのは、慣れて来るとなかなか独自の動きが随所に散りばめられているみたい。槍術なんかとも違う、独特の旗でのフェイントや打撃の与え方とか。

 鎌としても使えるし、槍や棍棒としても使える変わった武器なのは理解していた咲良だけど。メインの仕掛けは、幟に付いている旗の使い方にあるらしい。


 その戦法が、魔法生物をいなすのにも使えるのには驚きである。視覚を頼る相手だと、恐らくもっと効果的になるのだろうけれど。

 こちらの場所を見失った魔法生物に、なおも容赦ない攻撃を繰り出す咲良。数分もしない内に、2体のガーゴイルの硬い表皮はどんどんボロボロになって来た。

 そこに、満を持しての止めの一撃を叩き込む咲良。


「よっし、時間は掛かったけど完勝だったね、シェリー! 肝心のドロップは……うん、この大きさはランク3魔石かな?

 両方とも黄色なのは、ちょっと残念」

「それより注意して下さい、マスター……こちらに護衛モンスターを擦り付けたパーティが、様子を窺いに戻って来た模様です。

 文句を言ってやりましょう、アレは明確なルール違反です!」


 迷宮ダンジョンにルールがあるのかは不明だけど、確かに巻き込まれた感は大いにある咲良ではある。とは言え、性格的に相手に怒鳴りつけるのに慣れていない彼女。

 厄介な護衛モンスターの消失を知って、逆に浮かれている若いパーティ員達。これで宝箱を開けられると、元来た小部屋に戻ろうとか話し合っている。


 それを耳にして、さすがに捨て置けないなと悟った咲良。それ以上に、サポートAIのシェリーがご主人に代わって文句を並べ立て始めた。

 要約すると、アンタ等にその宝箱を手にする資格は無いって事らしい。最初はその剣幕にビビっていた少年少女達だったけど、目の前にいるのが変テコな格好の咲良だけだと知ると。

 段々と尊大な態度になって、逆襲に転じて来始めた。


「何だよ、そっちは宝箱の場所すら知らねぇだろう! 敵を倒して魔石は拾ったんだから、それでいいじゃねぇか……そもそもその敵も、俺らから奪った奴だろう?」

「奪ったも何も、泣きながら逃げてこっちに擦り付けて来たのはそちらでしょう。それでマスターが怪我でもしていたら、重大な迷惑行為に該当しますよ!?

 下手したら、逃げ遅れた冒険者が何人も死亡するケースだってあります」


 確かにそうかも知れないけど、向こうだって生き延びようと必死なのだし。咲良はお人好しにもそんな事を考えながら、どう落とし前をつけるべきか悩んでいた。

 正直、こんな揉めた末に宝箱の権利を勝ち取っても嬉しくも何ともない。ただし、向こうのパーティも欲に目が眩んで罠を作動させての逃亡劇らしく。


 その結果、見も知らぬ他の人間を巻き込んだのは、確かに褒められた所業では無い。すれ違った瞬間に、逃げろとの警告もこちらに対して無かったのも含めて。

 ただし、それを全く後悔していない性根はいささか気になる所ではある。幾ら若いからと言って、その辺の常識が欠けていたら同じ事を繰り返すだろう。


 そしてそれが過ちと気付いた時には、犠牲者が出た後って事態も充分に考えられる。一応は年長者として、咲良にはそれを正す義務がある……ような無いような。

 何しろここは異界だし、迷宮には独自の規則があるかもだし。


 そんな主の悩みに、シェリーが誰かが接近中ですと不意に水を差して来た。敵のなすり付け集団は、この不毛な言い争いをさっさと終わらせて宝箱を確保したい気が満々の模様。

 ただし敵の不意打ちも怖いらしくて、サポートAIの言葉に一斉に防御態勢に。若いとは言え、その辺の動きはなかなかで侮れないなと咲良は感心する。

 つまり、万一敵対されたら多勢に無勢でとっても危険って意味でもある。


「何だ、言い争ってると思ったら……片方は行商人か、こんな迷宮内に珍しいな。買った商品が不良品だったのか、それとも金が足りなくて踏み倒しのパターンか?

 さぁ、悪いのはどっちだ?」

「お節介はいいけど、こっちもさっさとベース基地に戻って休みたいわ、ハンス。あっ、行商人さん……商品を見せて頂戴な、出来たらベース基地までついて来て欲しいんだけど」

「はっ、はいっ、喜んでっ……ベース基地ですね、一緒にお邪魔します!」


 突然に商談が舞い込んで、喜びに舞い上がってしまった咲良ではあるけど。話し掛けて来た女性冒険者は、満足したようでそのまま黙り込んでしまった。

 一方のハンスと呼ばれた中年のリーダーらしき冒険者は、揉め事を丸く収めようと事情聴取に余念が無い。咲良の言い分は、代わりにシェリーが順序だてて報告してくれた。


 つまりは、こちらは100%被害者で因縁をつけられただけなのだと。そんな事より、咲良としてはこの場を離れてさっさと行商に向かいたい思いが強い有り様。

 年下の子供達と言い争うより、よっぽど有益には違いない。この場に関しては、シェリーの証言と相手チームの反論にハンスは考え込む素振り。


 この人もお人好しだなぁと、咲良は変な感心を始めてしまうのだけれど。もしいなかったら、当事者同士での出口の無い言い争いを続けてたかもなので。

 その点に関しては、タイミング良く出て来てくれて良かったかも。


 もっとも、彼のパーティ仲間は少々うんざりした顔をしているけど。心なしか咲良より、年下の冒険者パーティへ向ける視線が厳しい気もするので。

 心証的には、咲良の方に分がありそう。


 そしてハンスの裁きも、そんな感じで向こうに非があるとの判決となって。ブーれる駆け出し冒険者たちだけど、若いからと言っても許されない事も当然ある。

 一般社会でも、盗みや傷害が悪であるのと等しく。迷宮内でも、大雑把ながらもしてはいけない行為があるのだ。そして、それを教えるのも先輩冒険者の役割みたいで。


 咲良としては、そんなに時間も無いし異界の冒険者の恨みも買いたくはない。そこで折衷案として、売り物のポーションを3本ほど買ってくれとお願いするも。

 それも金が無いからと突っぱねられて、コイツ等は先を考える能力も無いなとの判断を下さざるを得ない。恐らくだけど、パーティの先も長くないだろう。


「お前らなぁ……そんな儲け優先の判断だと、結局は半年も持たずに“大迷宮”の栄養になっちまうぞ。ポーション代金をケチって、他人と揉めて宝箱を独占してをこの先もずっと繰り返すつもりか?

 自分達のエゴを優先すれば、結局は社会から爪弾つまはじきされるって事を理解しろ」

「そうね、ハンスは半年って言ってるけど、3ヶ月も持たずにあなた達のパーティの何人かは確実に死ぬでしょうね。その後残った者は、田舎に帰るか同じ運命を辿るかって感じ?

 他のパーティに入れて貰おうにも、その頃には皆から嫌われてそれも無理よね」


 辛辣な先輩冒険者の苦言に、さすがの新人たちも押し黙ってしまった。それから渋々と言った感じで、ポーションの値段を聞いて来るリーダーらしき若者。

 ようやくの事、商談は成立したのだが後味の悪さが残ってしまった。行商経験の少ない咲良だけど、なるほどこんなパターンもあるのかと渋い顔。


 それにしても、ハンスの説教は行商人としても為になった。自信のエゴばかり優先していたら、いつか社会からも爪弾きの目に遭ってしまうと。

 元々好きで始めた行商人の仕事では無いけど、続けて行く上でしっかり心に留めておかないと。道を踏み外して、利益優先の悪徳商人になどなってしまわないように。


 もっとも、それより先にこの異世界で生き抜くのが大切ではあるけど。咲良にしても、その日の事で精一杯で余裕などほぼ無いのが実情である。

 余裕の無さは視野を狭める、今後も気を引き締めて行かないと。




 とか思っていたら、いつの間にか遺跡型のダンジョンを出ていた。先導してくれたベテラン冒険者たちの足取りと記憶力は抜群で、迷う事無くそれはもうスンナリと。

 周囲にベテランがいると、こんな心強いんだと咲良は改めて感じてしまった。そして購買意欲も支払い能力も備えているとなると、ほとんど神様である。


 思えばこの5日間トータルで、彼らは最高の顧客なのかも知れない。そして案内された前哨基地だが、半ダースのテントが並んでいるだけと言うお粗末さで。

 店舗や公共施設など皆無で、辛うじて離れた場所にゴミ捨て場とトイレがある感じ。それも“大迷宮”が自然と造り出したモノで、それに関しては優秀みたい。


 何でも捨てたり排泄した物は、1時間もすれば綺麗に消えてなくなっているそう。なので大事な荷物も、冒険者は常に持ち歩くようにしているようだ。

 咲良も新人だと知られてからは、そんなアドバイスは幾つかして貰えた。要するに、大事な荷物を地面に放置していて、いつの間にか消えていたなんて話は幾らでもあるそう。

 “大迷宮”の手癖は、余りよろしくは無いようだ。


「ウチの王国でも、そんな昔話みたいな逸話は幾らでもあるからな。大事な物どころか、寝ていた人が消えたって話もある位だから。

 “大迷宮”は、金策にもなるけど基本は怖い捕食者なのさ」

「そうね、私たちは超巨大な捕食動物の体内で活動している、腸内菌みたいなモノなのかもね。あまり気持ちの良い例えじゃないけど、その位の感覚でいた方が備えにはなるかもね」


 そう言い合うハンスとエリザだが、悲壮感など無いのはさすが肝が据わっている。彼ら5人パーティは、活動を始めて既に7年目の付き合いなのだそうで。

 同郷のパーティで、その辺は気心が知れ合った間柄なのだと思われる。日々の儲けもそれなりにあるようで、ポーションや保存食の取り揃えに文句を言われる程で。


 彼らが以前に取り引きした行商人は、もっと品揃えが豊富だったとの事。それに関しては、ひたすら謝るしかない咲良であった。

 それでもポーションは残りの7本が全て売れたし、マナポや毒消し薬も4本ずつ買って貰えた。保存食と水も10食分を求められ、売り上げは過去最高に。


 この場所は、恐らくあの中年たちに用意されたポイントだったかもだけど。毎回こんな売り上げだったら、確かに行商人の仕事も悪くないかも。

 何しろ単純売り上げで、初の3万円越えである。





 ――こうして咲良の見習い期間は、最後に大成功で幕を降ろしたのだった。







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