第22話 正規ルートに戻って来たかも



 シェリーが『マップ機能』で発見した森の遺跡だけど、しっかりと迷宮ダンジョンだったみたいで。それなりに繁盛しているのか、その周囲に冒険者もいそうだとの報告を受け。

 それなら商品も売れるかもと、足取りも軽くそっちの方面へと向かう咲良である。何しろ今日の売り上げは、1時間が経過した現在ゼロと言う不甲斐なさ。


 それも当然、辺鄙な場所に放り出されて今まで物を売ろうにも人と出会う事すら無かったのだ。出遭ったのは襲撃犯だけと言う、恐ろしく嫌なパターンに。

 あの中年たちだが、3人で徒党を組めば楽にこちらを狩れると判断しての計画だったみたい。レベルアップとスキル取得に妙な自信をつけ、楽に小遣い稼ぎをしようとの腹積もりで。


 元の世界でも、ひょっとしてこの就職で得た力で悪事を働いているのかも。そう思うと恐ろしいけど、向こうには監視カメラや警察と言う防止力もある。

 その点、こっちの世界では悪事の後処理も放っておけば闇の中である。後腐れのない軽いバイトのつもりで、今回の襲撃話に乗ったのだろうけれど。

 まさか反撃にあってノサれるとは、思ってもいなかっただろう。


 咲良は女性の中でも小柄だし、侮って見られるのも当然とも思われる。実際は、それを気にした家族から、幼少期に空手や剣道の道場に通わされていたりして。

 今となってはそれに感謝、少なくともにわか仕込みのスキルと共に役立っている。それにしても、まゆずみと言う指導員は何とも掴みどころの無い性格だった。


 つまりは、自分達が指導中に見習い行商人が命を落とすとマイナス査定となってしまうので。見逃して貰う代わりに、アイテムを渡すとの提案が向こうから。

 それで手を売ってくれとの事なのだが、いかにも虫の良い話である。シェリーはしかし、貰えると言うなら貰っておけばとクールな物言いで。


 どうせ連中を始末するのも後味が悪いし、そうしようかと話は纏まって。さっき貰ったのが、ランク4の黄色魔石5つと白色魔石4つだった。

 ランク4の黄色魔石は、1個が1万円に相当する。つまりは5万円で、咲良的には手打ちには充分な額とも言える。そして白色魔石だが、これで自己成長に100%貯まったとの嬉しい報告がシェリーから。

 そんな訳で、さっきHPを成長させてみたのだがその効果は凄かった。



名前:椿咲良  職業:行商人  ランク:見習い

販売力:F-  懲罰P:526

レベル:09   HP 42/55  MP 20/29  SP22/22


筋力:22   体力:24   器用:18

敏捷:19   魔力:13   精神:25

幸運:08 (+2) 魅力:08   名声:02

スキル(1.1P):『運動補正』『旗操術』『旋風』『硬化』『安寧』『簡易鑑定』

       『軽量化』『気配察知』『閃光』

スマホスキル:『会話:サポートAI』『マップ機能』

武器スキル:《ラッシュ》

称号:『奴隷販売員』『後の先』

サポート:『シェリー』F+




 懲罰ポイントがまた微増しのはアレだけど、何故か名声にも数値が入っていて。これは恐らく、社内で咲良の実力が認められた証だとシェリーの話に。

 ちっとも嬉しくは無いけど、数字が上がれは良い事もあるかもとシェリーは請け合って来るし。そう言うモノなのかと、渋々納得した咲良であった。


 それよりやっぱり、HPの上昇は素晴らしい誤算ではある。これで少々怪我を負っても、ポーションに頼らなくて済むようになった。

 さっきの戦闘で怪我を負った咲良だったけど、さすがに『硬化』スキルも万能ではないと思い知る事も出来た。油断を誘うための芝居も、まずまずだったとシェリーは褒めてくれたし。


 これで以降、ちょっかいが無くなれば良いけど、もし次があれば咲良も容赦しないつもり。命を取るまでは行かなくても、しばらく動けなくなる程度には攻撃を加えてやろうと思う。

 もっとも、次も上手く勝てるとは限らないけど。


「もっと私たちも頑張って力をつけなくちゃね、シェリー。今回は称号とかは貰えなかったけど、少しはあの戦闘で経験値も入ったかな?

 『閃光』の使い勝手も分かったし、ますます戦闘もはかどるかもね!」

「あの光魔法は諸刃の剣なので、使用には充分注意して下さいね、マスター。自分の視力を奪う可能性もありますし、そもそも魔法生物相手には効果が無いでしょうし。

 過信は禁物です、MPコストも大きいですし」


 その通りで、さすがE級魔法だけあって『閃光』は1回の使用に7MPが必要になるっぽい。乱発は出来ないうえに、そもそもこの魔法自体には殺傷能力は無い。

 ただし決まれば、敵の足止め能力は高い魔法ではある。さっきもバッチリ役に立ったし、下手をすればそのまま失明の可能性すらあるそうだ。


 さっきシェリーが説明したように、ゴーレムとかパペットとか、そもそも視力に頼らない魔法生物には全く効果は無いけど。対人戦には、とっておきの奥の手になりそうで持っていて損は無さそう。

 とにかくまゆずみ指導員の態度は、こっちが嫌われているのか好かれていたのか全く分からなかった。中年男の布瀬ふせに、襲撃をそそのかしたのはコイツに違いない筈なのだけど。


 そんな事をおくびにも出さずに、先程は友好的に話し掛けて来ての手打ちの申し込みに。この先も何かありそうで、油断ならない相手だとの認識が湧き起こる咲良である。

 などと考えていると、前方の茂みからゴブリンが2匹出て来た。迷宮ダンジョンが近いとシェリーが言っていたので、そこから湧いて来た奴かも知れない。


 向こうはこの遭遇に、一気にテンションが上がったように大騒ぎ。そして何も考えず突っ込んで来て、有無を言わさず戦闘へと巻き込まれる。

 それでもゴブリンとの戦闘は、初めてでも無いし慌てず対処する咲良である。今はスキルも使いこなせているし、2匹程度なら慌てる事もなし。

 そんな訳で、数分後には咲良の勝利で戦闘は終了。


「気をつけて下さいね、マスター……今の戦闘音を聞きつけて、お代わりが発生するかも知れません。遺跡が近いと言う事は、この周辺の魔素濃度も高いことが予測されます」

「そんなお代わりは欲しくないけど、確かに連戦はキツイよね……こっちはこんな衣装だし、目立つ存在だから隠れるにも不向きだし。

 今度は目立たなくなるスキルとか、そう言うのあれば揃えたいね」

「『隠密』とか『気配逸らし』系のスキルですかね……F級にもあるので、スキルPさえあれば習得は可能ですね。確かに今後、探索も多くなるなら必須のスキルかも知れません」


 シェリーもそう勧めて来るので、咲良の今後の自己強化方針は何となく決まって行く。今は先立つポイントが無いので、ただの無い物ねだりでしか無いけれど。

 それより、どうやら物音に誘われて来る新手のモンスターはいなかったよう。安心して進み始める咲良は、5分も経たずにシェリーの言っていた森の遺跡を発見した。


 それは物寂しい雰囲気で、かなり大きな建物だった。所々、壁や天井が崩壊して蔦や雑草が侵食している。シェリーによれば、ここは迷宮ダンジョンで間違い無いそうな。

 先日の記憶も新しい咲良は、宝箱を求めてちょっと潜ってみたい気もするけれど。相棒無しのソロでの冒険だと、何があるか分からないし怖さが先に立ってしまう。


 それでも抗えない迷宮ダンジョンの魔力、お宝発見で一攫千金出来るんじゃないかって期待感。それが恐らく、向こうの生存のために編み出した作戦なのだろう。

 その迷宮ダンジョン入り口に人影は窺えず、冒険者のパーティはシェリーの話では幾つか遺跡内を探索中とのこと。それなら入り口付近は安全かもだが、宝箱は見つかりっこなさそう。


 咲良は色々考えた末、ちょっとだけ中を窺ってみる事に。ソロでの活動は不安だけど、入り口の周辺をぐるっと見て回るくらいなら平気だろう。

 薄暗い遺跡内は、それなりにダンジョンの雰囲気を感じられて異世界気分は満喫出来るけれど。出て来るのは案の定、ゴブリンやコボルトと言った妖魔の類いばかりみたい。

 これなら浅い層にいれば、倒される心配は無さそう。


「前に進むパーティに、何とか近付けないかなぁ……そしたら上手い事、ポーションとか売れそうなんだけど。どうせこの辺じゃ宝箱は見付からないし、モンスターのドロップもシケてるもんね」

「そうですね、出口付近にパーティの簡易基地もありましたけど……帰り際に、そちらを覗くのも良いかも知れませんね、マスター」


 そんなのあったんだと、咲良は後ろを振り返る素振りを見せるけど。時間もまだ半分は残っているし、少しだけ遺跡探検をするのも悪くないかなと思い直したようで。

 視界のあまり良くない半壊した遺跡内を、勘を頼りに進んで行く。退路はシェリーが覚えていてくれると言うので、とにかく前進あるのみで。


 『気配察知』のお陰で、敵と鉢合わせとか待ち伏せされる事態が起きなくなって本当に楽になった。とは言え迷宮ダンジョン内の敵の配置まで、見渡す事は出来ないそうな。

 それにはもっとランクの高い機能が必要らしく、スキルPは今後もどんどん貯めて行けと言われてしまった。それにはレベルアップが必要だけど、敵が弱くては経験値の入りもイマイチで。


 遺跡内に出現するのも、ゴブリンやコボルトやメインで、ドロップもランク1魔石ばかり。それはそれで危険度は低くて助かるけど、儲け的には微妙である。

 これでは時間の無駄かもと、2人での会議は取り敢えず奥まで進んでみようかとの話に落ち着いた。少々怖いけど、今の所は雑魚モンスターとしか遭遇していないので。

 思い切って奥へ向かうのは、時間の節約と言う考え方も。


「それじゃあ、もう30分ほどこの迷宮をうろつき回ってみようか。なるべく奥に向かう方向で、宝箱かポーションの欲しいパーティ目当てって事で。

 まぁ、宝箱はちょっと無理かもだけど」

「先行しているパーティが、現在でも数チームありますからね……おや、何かがこちらに近付いて来てますね。と言うか、悲鳴も聞こえるので逃走中なのかも知れません。

 マスター、不測の事態に備えて下さい」

「えっ、備えるってどうすればいいのっ!?」


 急なリクエストに、慌ててサポートAIに質問する咲良だったけど。確かにその場違いな騒乱は、こちらへと確実に近付いて来ている模様。

 のぼりを掲げて言われた通りに備えていると、前の通路から若い男女が必死な顔付きで駆けて来る姿を発見した。何かに追われているようですねと、シェリーは淡々と状況を解説して来る。


 それはそうだろう、こんな場所で演技をする意味など無い訳だし。若い男女、恐らくは駆け出しパーティの面々は、咲良の存在に一瞬だけ驚いた様子を見せたモノの。

 何も言わずにすれ違って、とにかく己の身可愛さの逃走に重きを置いたようだ。それと間を置かず、追走者の姿も通路の奥に確認出来た。


 シェリーの説明も簡潔なそいつ等は、推定E級のガーディアンモンスターのガーゴイルだった。2体もいる動く石像は、石で出来ている筈なのに意外と俊敏な動きを見せ。

 以前に戦ったゴーレムとは、明らかに格上にも見えるけどあれ程には大きくは無い。つまりは前に戦った方法で、行けるかもと咲良は幟の先端に『旋風』を掛けての戦闘準備。

 逃げるのも手だが、E級ならそれ程怖くは無いとの計算だ。





 ――何より、雑魚との戦闘は飽きてしまった咲良だったり。





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