第21話 またもや辺鄙な場所に出たらしい



 行商5日目、シェリーの話だと見習い最終日らしいのだけど。今回も出現したのは、人気ひとけどころか道すらない辺鄙な森の中と言う嫌われよう。

 こんな場所で、一体誰がポーションを買ってくれると言うのだろう。森は深くて、昼間らしいのだけどほとんど日差しが地面に当たらない有り様で。


 とは言え樹海って程でも無いのだろうか、樹の種類も変わっていて根っこがやたらと張り出していて。マングローブのような感じかも、咲良は実物を見た事は無いけど。

 シェリーも“大迷宮”のどこかでしょうとしか言えず、場所には全く心当たりは無い様子で。どちらに歩き出して下さいとの指示すら、満足に言えない模様である。


 つまりは『マップ機能』にも、特に変わった地形は映し出されてないのだろう。集落はともかくとして、せめて人の歩いた跡くらいは乗っていて欲しかった。

 つまりは、この森林エリアを勘で歩いて探索するしか無いって事である。咲良は試しに耳を澄まして、何となく音のする方へと歩みを進める事に。


 ちなみに今日の彼女のいで立ちだが、昨日に続いて安全靴にジーンズ姿である。上着はもうどう仕様もない、例の業務用の派手な法被はっぴ姿で。

 それから手には同じく派手なのぼりを持って、肩には商品の入った鞄を掛けている。腰にはスマホホルダーと、ポーションの入ったポーチが。

 この5日間で、すっかり馴染んだ姿とも言える。


「あっちから水の流れる音がするかも、ちょっと行ってみようか、シェリー」

「私のマップには、水場の類いは映ってませんけど……耳が良いのですね、マスター」


 田舎の出身だからねと、お気楽に返事をしながら咲良は歩き始める。この風変わりな森林は、根っこが地面に伸び放題で少々歩きにくくはあるけれど。

 文句を並び立てるほどではなく、周囲を警戒しながらしばらく進んで行くと。マップに小川が映りましたと、シェリーが報告して来た。


 そして道中に、モンスターの類いはいない様子……このパターンは、確か3日目にもあったような。シェリーに話を向けると、“大迷宮”の中にも魔素の薄い濃いでそんな癖が出るそうな。

 まぁ、危険な敵に襲撃されるよりは安全な方が良いに決まっている。例え経験値が入らなくても、何度も怖い思いなどしたくは無いのが咲良の心情である。


 特に昨日は、サティと言う相方と一緒に探索をした事もあって。急に1人ボッチの心地悪さに、慎重になってしまうのも致し方の無い感じ。

 サポートAIのシェリーは、飽くまで話すだけで戦闘の補助まではしてくれないので。異界の地で怖い敵と遭遇するのは、勘弁して欲しいって気持ちは当然なのかも。

 そして、日の差さない森の中を歩く事10分あまり。


「あっ、沢に出たね……綺麗だけど、ここからどうしよう? 水辺を伝って進めば、人の住むエリアに出たりしないかな?」

「その可能性は、確かに高いかも知れませんが……水を飲みに来る動物に出くわす可能性も高まりますし、中にはそれを狙う危険生物もいるかもですよ?

 進むなら下流ですかね、今以上の用心を推奨します、マスター」


 確かにそうだと、咲良も自身の覚え立ての『気配察知』スキルを頼りに歩き始める。沢に沿って歩いて行くと、それでも獣道のような歩きやすい箇所が出て来た。

 人の気配は依然と感じられないが、苔むした岩があったり小さな滝があったりと景色は綺麗。そんな感じで油断している所に、『気配察知』が作動した。


 思わず身をかがめて周囲を覗うと、少し離れた前方に水を飲んでいる鹿の姿が。あれは恐らく普通に生息している動物ですねと、シェリーは小声で説明して来る。

 大人サイズの雌鹿らしいけど、その場所だけは日が差していてまるで1枚の絵画のよう。地元が田舎の咲良には、鹿など珍しくも無いけどちょっと見惚れてしまっていたら。


 急にその鹿が驚いて、ダッシュで森の中へと逃げ去って行ってしまった。何事かとビックリ顔の咲良が、恐る恐るその場へと向かって行くと。

 その理由が判明、どうやら沢の水飲み場にスライムが発生していたらしい。獲物の空気を感じて出て来たようだが、まんまと逃げられたのは当然か。

 何しろこの生物、極端に移動速度が遅い。


「うわっ、スライムがいたっ! 凄いね、異世界を5日も彷徨って初めて見ちゃったよ、シェリー! ちゃんといたんだ、ちょっと可愛いかもっ!?」

「下手に手を出すと溶かされてしまいますよ、マスター。スライムは動きこそ遅いですが、生態系の掃除屋と言われる程の雑食ですからね。

 生きていようと死体だろうと、食べれるモノは何でも分解しますよ」


 そんな危険な生物も、今は咲良に見付かって岩の隙間に逃げ込もうと必死だ。彼らの戦闘能力では、相手の隙を突かないと一方的に狩られる立場なのだろう。

 咲良もコイツ等を倒す気満々で、幟の先で試しに突っついてみたりして。ファンタジー小説では核を壊さないと死なないとか説明があるけど、果たしてそれは確かに存在した。


 そしてそれを破壊するのは、やっぱり相当に苦労した。水に浮いたゴムボールを潰すのが大変なのと同じ理由で、取っ掛かりが無いのが辛いのだけれど。

 所詮は最弱生物、何とか時間を掛けて1匹を潰す事に成功して。獲得したドロップ品は、ランク1の黄色魔石が1個……つまりは10円である。


 割りが合わないのは確かかも、まぁゴブリンと同じ価値と言うのも妙ではあるけど。それでも咲良は、有名人に遭えたようなテンションの上昇ぶりで。

 退治した後も、もっといないかなぁとその辺の石をひっくり返してみたり。シェリーにたしなめられて、ようやくその場を出発したのは5分も経ってから。

 そんな感じで、ようやく咲良は下流を目指して歩き始める。



 その先の道には、普通に“大迷宮”産のモンスターが数種類ほど出現して来た。水棲の昆虫タイプが巨大化した感じのモンスターやら、森に棲む小動物型モンスターやら。

 どいつもF級ランクだとのシェリーの説明に、咲良は安心して討伐に挑む。ドロップするのはランク1の魔石だけど、経験値も稼げるし戦闘訓練にもなる。


 水棲モンスターの大アメンボなどは、水系の攻撃魔法を放って来て油断がならなかったけれど。座布団くらいの大きさが、逆に良い的となって幟の一撃で倒す事が出来た。

 動物系では大モモンガが、空からの襲撃で少々厄介だっただろうか。大ネズミの群れは、以前にも戦った事があるし対処は既に慣れたモノ。


 そうやって戦いつつも移動をこなし、約30分後に沢はいつの間にか流れの緩い小川と合流を果たしていた。それに沿って進むと、咲良はいつの間にか拓けた野原に出た。

 日差しの届くその原っぱは、背の低い雑草が一面に生い茂っており。転がって遊んだり、日向ぼっこをするには適した場所のようには見えるのだけど。

 その野原に飛び出すのを躊躇ためらう咲良、何故なら待ち伏せの気配が。


「……何だろう、『気配察知』スキルに嫌な気配が引っ掛かってる。モンスターか何かの待ち伏せかな、この先の野原に何かいそうな気が」

「マップ機能ではハッキリと確認出来ませんね、せめてC級にまで上げないと。引き返すのも手ですが、この野原の向こうに遺跡型の迷宮ダンジョンが確認出来ました。

 どうします、マスター?」


 ここまで進んで、ようやく冒険者のいそうな場所まで出て来れたらしい。とは言え、スキルの与えてくれた予感を無視して突っ込んで、痛い目に遭うのは馬鹿げている。

 せめてどんな危険があるのか、それが分かれば良いのだが。進むのなら、せめて余っているスキルPで自己強化するべきですとのシェリーの入れ知恵に。


 それはいい案だねと、咲良も納得して2人で何を取得するかを小声で相談して。11Pもあれば、E級のスキルをゲットする事も可能との言葉に。

 光系の『光明』を昨日スキル書で覚えていた咲良は、そのF級スキルをE級に上げる事に。どの道強い魔法は、MPの関係で使い勝手が著しく悪いので。

 現時点では、E~F級の魔法を揃えた方が、効率が良いとも。



 そして用心しながら進み出た野原は、パッと見た目ではとっても穏やかな風景で。ポカポカした陽気と合わさって、思わず気が抜けてしまう。

 それでも漂って来る殺気には、咲良の皮膚や第六感がピリピリして来る。これはスキルではなく、生存本能による持って生まれた気質に他ならない。


 その感覚が正しい事は、歩き出してすぐに証明された。何と言うか、このパターンはすぐ先日にも味わった事が。つまりは、同業者による悪意ある待ち伏せである。

 飛んで来た魔法も、同じくこちらの視力を奪う類のモノだった。それから今度は、それに合わせたタイミングでボウガンの矢と炎の魔法が左右から。


 つまりは今回は、複数人に寄る襲撃が咲良の知らぬ間に計画されていたらしい。思わず悲鳴を上げて草むらに倒れ込む咲良、その後に聞こえて来たのは、間違いなく聞き慣れた日本語だった。

 しかも、あまりにも猥雑な類いの台詞も混じっていて。


「おいおい、いきなり殺しちまったらお楽しみの時間が無くなっちまうだろうに。布瀬ふせさんよ、本当に前回こんな小娘に負けちまったのかい?

 まぁ、儲け話を誘って貰ってこっちは有り難いけどよ。なぁ、山田さん」

「油断するな、2人とも……向こうだって、何種類かのスキルを獲得してる筈なんだ。その頭が無いと、前の二の舞になっちまうぞ」

「おい、さっさと身ぐるみいじまうぜ、盛坂もりさかさん……こっちは危ない橋を渡ってるんだ、足が付かないようにするのは常識だろう。

 素人と組むと、こっちも危険度が上がるんだ、しっかりしてくれ」


 森の端と進行先の野原に潜んでいたのは、どうやら例の中年軍団だったらしい。しかも3人揃い踏みと来ている、物凄い執念には違いないけど。

 どうやってか、前回の襲撃に失敗した布瀬と言う男は、シェリーにあおられて咲良と賭けをした中年2人を仲間に引き込んだ模様。そして儲けは、仲良く等分する事に決めたらしい。


 それに加えて、若い娘に悪戯をしようとよからぬ思いを企むやからも混じっていたようだけど。どうやら痩せた負のオーラを纏う山田と言う中年男は、この手の襲撃に慣れているようで。

 さっさと用を片して、この場から立ち去りたい雰囲気が台詞からアリアリ。どちらにしても、性根が腐ったタイプには間違いは無い。


 そして反撃のタイミングは、シェリーがしっかり教えてくれてバッチリ阿吽あうんの呼吸。近付いて来た3人の中年男たちは、倒れている獲物咲良を完全に注視していて。

 そのせいで、中年共は揃ってさっき覚えた『閃光』の餌食と成り果てた。『光明』から更に10P支払って進化したこの光系の魔法、E級になって攻撃力も備えたようで。

 強烈な閃光に目をやられ、3人が悲鳴を上げての暫しの失明状態に。


 それにしても、『硬化』スキル頼りのやられた振りはかなり肝が冷えた。容赦なくそれぞれの武器を取り上げ、咲良は安全確保に余念がない。

 ついでに気絶させたいけど、この力加減がなかなか大変である。痩せた体型の山田は一発で沈んでくれたが、不埒な行いを計画していた盛坂は体型が良いだけあってかなりタフ。


 お陰で気絶に追い込むまで、幟で10発以上殴らされる破目に。それから2度目の襲撃企画者の布瀬に至っては、思わず力が入り過ぎたのは仕方が無い。

 シェリーも後腐れの無いように、止めを刺してはと提案して来たのだけれど。さすがに人を殺める覚悟は、『安寧』スキルを持っていても湧いては来そうにない。


 そんなやり取りを行っていたら、いつの間にやら3人の人物に取り囲まれていた。『クラン商会』の先導員たちだ、異界に慣れているだけあって戦闘の心得もある連中みたい。

 実際、咲良はいつ彼らに近付かれたのかも、全く感知出来なかった。これは新たなピンチかなと、彼女の頬や背中を嫌な汗が伝って行く。


 3人目の襲撃犯の布瀬も何とか気絶してくれたが、それ以上は咲良も動けずにいると。その布瀬の指導員の筈の、まゆずみが彼女に話し掛けて来た。

 その口調は、どこか楽し気で雰囲気も穏やか。





「見習いにしては肝が据わっているな、まぁウチの社としては喜ばしい事だ。とは言え、こちらも指導員としての立場がある……そいつ等が死ねば、こっちがマイナス査定だ。

 取り引きをしようじゃないか、それで怒りを収めてくれ」






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