第20話 火曜日の憂鬱



 火曜日は4時間連続の実習が入っており、大学の単位を落とせない咲良は超大変。幸いにも、寝坊しての遅刻の心配は、AIサポートの相棒を入手して極端に減ってくれたのだけど。

 アレでも過酷なバイトのお陰で、一時期は寝坊癖が付いていて大変だったのだ。咲良が幾ら真面目な性格だからと言って、自分の体力までは誤魔化せない。


 その点、シェリーは幾ら本体の電源を切ろうにも、勝手にオンにし直してしゃべくりまくってくれて安心だ。さすが3千万のスマホ、それだけの価値はある?

 とにかく長丁場の実習に、咲良は気を引き締めて大学の講堂へと出向いて行って。各部の全員が参加なので、100人近い講座はなかなかに壮観である。


 そこでは同じ班の蛯名や山村、駒根や友坂と一緒に実習をこなす予定なのだが。やっぱり蛯名だけは大学に来ておらず、皆もそれぞれ心配そうな表情。

 事情を知らないかと問われる咲良だが、バカ正直に話せる内容ではないし。話す事が自身にもリスクがあるうえ、話した相手にどんな災厄が降りかかるか分からないと言う。

 そんな訳で、咲良も分からないとはぐらかすしか。


 そんな微妙な空気の中、実習の時間はのんびりと進んで行く。咲良の専攻している心理学科の実習だが、要するに生徒自身が被験者となっての簡単なモノばかりで。

 例えば“錯視”とか“脳の反射時間”とか、その手のテーマに沿った実験を1日掛かりで行う訳だ。そして得られたデータを纏めて、班でレポートにして提出する。


 なかなか大変だけど、自分が専攻した学科が心理学なんだと味わえる曜日でもある。ゼミが始まる3学年までは、必修科目ばかりで大学生と言う気がしないのだ。

 その点は、1年生だった去年とは違う変化で大歓迎ではあるのだけれど。心理学って文学部の癖に、やたらと数学の知識が必要で参ってしまう。


 例えば先ほどの実習で得たデータだが、何度か実験を繰り返したり色んな人でやったりと数値は様々である。その平均値を出したり、データそのものが信頼出来る数値なのかを判定するには。

 どうしたって計算が必要で、数学の公式を操る能力が必須となる。文系だからと数学から逃げていた者には、この壁が立ちふさがって大変な事に。

 まぁ、今回は班単位でのレポート提出なので何とかなるけど。


「それにしても、蜂谷が心配だなぁ……この実習だけは出席しとかないと、単射落とすだけじゃ無くて留年しちゃうぞ?

 先週末から、風邪か何かで体調崩してるのかな?」

「そうかも知れないね……私と山村君で、実習が終わったら様子を見に行ってみるよ。咲良ちゃんは、確か新しいバイトがもう始まってるんだっけ?」

「う、うん……今日も夕方から入ってる」


 その言葉は嘘ではないが、決まりの悪い思いの咲良である。友坂朱里あかりは優しい性格なので、友達の体調を本気で心配しているのだろう。

 読書家の山村あきらも、蜂谷とは気が合っていたし、ひょっとしたらそれ以上の感情を抱いているのかも。その辺の機敏に疎い咲良でさえ、察せられる程度には。


 とにかくそんな話をしながら、昼休憩を恒例の学生食堂で過ごして。そこは安いだけあって、物凄い混雑ぶりで食べたらすぐに席を空けるのが暗黙の了解になっている。

 そんな訳で、5人は食事を終えてキャンパスへと。


「蜂谷の出身って、確か東北の方面だっけ……連絡つかないって事は、ひょっとしたら地元に戻ってるかも知れないね。

 理由までは分からないけど、複雑な事情が絡んでるのかも?」

「よせよ、駒根……もしそうでも、何か一言ある筈だろ? どっちにしろ、向こうに話せない事情があるなら少し時間をおくべきだと思う。

 それで解決するかは、また別の話だろうけど」


 そう言う蛯名は、さすがに班のリーダー役だけあって冷静である。そしてある程度の事情を、何通りか把握しているのかなと思わせる口振りで。

 体調不良で電話にも出ないって事も無い筈と、思惑を巡らせているようだ。その推理はおおむね正しいのだけれど、咲良の口からは言えない事。




 午後の実習も、咲良の5人班は滞りなく実験を終わらせてデータを得る事が出来た。そこからのレポート作成は、週末まで猶予があるのでゆっくりやれば良い。

 朱里あかりは宣言通りに、山村と一緒に彼女のコーポへと様子を見に行くようだ。咲良はそんな友達と大学の前で別れて、いったん自分の安コーポへと戻って行く。


 それから行商用の鞄を手に取り、昨日の冒険を束の間思い出して。今日も頑張りましょうと激励して来るシェリーに、そうだねと曖昧に言葉を返す。

 曲がりなりにも無事に戻って来れた4日目の行商だが、儲けはそれなりに出す事が出来た。最後のミミックとの戦闘でレベルも9にあがったし、ドロップも良いモノを得られたし。


 その内訳だが、まずは向こうのお金で金貨が7枚に銀貨が30枚程度。それからランク2の魔石がまずまず程々に、ランク3の魔石も少々。

 装備品では鋼の小剣や小盾が幾つか、あとはランタンや油袋や食器類も落ちていた。それから最後に、待望のスキル書が1枚だけ。

 そのドロップは、まるで宝箱を引っ繰り返したようで。


 サティと2人で大喜びして、2人で仲良く分配方法を話し合って。実用的だが重くて持ち運びが不便な品は、ほぼサティに持って行って貰う事に。

 向こうのお金も、シェリーによると7万円相当あったそうなのだけど。つまりは金貨1枚が、だいたい1万円相当だろうか。その代わり、スキル書と魔石を多めに貰う事にして。


 公平かどうかはともかくとして、2人とも不満なく分ける事が出来た。そして背荷物をパンパンに膨らませたサティとは、残念ながら地下遺跡の出口でお別れに。

 そこで4日目の活動限界に達して、咲良は前哨基地にお邪魔する事は叶わなかったのだ。それでも少女を見送り際に、また会おうねと2人で約束して。


 それからさっき分けたお金で、サティはポーションと毒消し草を4本ずつ買ってくれたのだった。思わぬ儲けだが、これで明日以降の少女の冒険の安全度が上がれば幸いだ。

 そのあとにシェリーに転移して貰って、無事な帰還に感謝しつつ眠りについて。それから次の日に実習があったのだが、それも終わってまた異界へと赴く時間が近付いて来た。

 その前に、改めて昨日の儲けを報告する律儀なシェリー。


「昨日の売り上げは過去最高で、17.400円もありましたよ、マスター! ただしお仲間とポーションを3本、毒消し薬を2本使ったのでマイナス4.500円となります。

 マスターの手取りは3割の5.220円ですが、自己使用分を差し引いて720円ですね。ただし、黄色魔石の儲けが7.320円ほどありますので8千円の黒字が確定となっております。

 ちなみに私のエネルギーも、30%回復しました!」

「それは良かったね、私も昨日でレベル9にあがったし……ただまぁ、あのワイバーンとか化け物級のモンスターには、まだ全然敵わないだろうけど。

 スキル書から『光明』って、明かりを灯せる魔法も覚えたし。成長に関しては、まずまず順調だよね、シェリー?」

「白色魔石のパワーもランク3を3つも獲得して、今は50%以上貯まっています。100%になれば、好きなステータスを上昇させられますよ、マスター。

 お勧めはHPかMPですが、どの数値を上げるか考えておいて下さいね」


 どうやら白色の魔石には、自己成長のパワーが秘められているみたいだ。将来の成長に期待しつつ、咲良は自分のステータスを閲覧する。

 自分を客観視するこの作業、慣れていないのでかなりの違和感。



名前:椿咲良  職業:行商人  ランク:見習い

販売力:F-  懲罰P:518

レベル:09   HP 35/35  MP 29/29  SP22/22


筋力:22   体力:24   器用:18

敏捷:19   魔力:13   精神:25

幸運:08 (+2) 魅力:08   名声:---

スキル(11.1P):『運動補正』『旗操術』『旋風』『硬化』『安寧』『簡易鑑定』

        『軽量化』『気配察知』『光明』

スマホスキル:『会話:サポートAI』『マップ機能』

武器スキル:《ラッシュ》

称号:『奴隷販売員』『後の先』

サポート:『シェリー』F+




 そしてスマホに示された自分のステータスを見て、驚きの声を上げる咲良だった。いつの間にやら、スキルの所有数が10を超えている。

 殆どがF級ランクのスキルで、シェリー専用のスキルを足してではあるけど。それにしても、戦闘アリの行商道中に心強いラインアップな気がしないでも無い。


 他にも昨日回収した品物の中には、黒色魔石のランク3も含まれていたようで。お陰で保留してあるスキルPが、レベルアップの分も含めて11Pを超えてしまった。

 これでランクE級のスキルも、一応は習得が可能となっているけれど。シェリーのお勧めは相変わらずのサポートAI用のスキルだし、派手な魔法は20Pとかするみたいで。


 選び切れずに、今回は保留とした咲良であった……まぁ、スキル書で保有スキルは増えてくれてるし、慌てる必要も無い。いざと言う時用の為の、貯えもあった方が安心出来るし。

 そんな事を相棒と話し合って、それから出掛ける準備など。鞄の商品の補充を行って、それからスーパーへ寄って軽く食材の買い物を行って。


 家へと戻って軽く腹ごしらえをしてから、今夜も異界へと行商へと赴く予定。シェリーの話では、この5日目を無事に終えれば正式採用となるらしい。

 そんなのはちっとも嬉しくは無いけど、持てる商品の量は一気に倍に増えるそうだ。そうなると、1日の売り上げが数万円台も全く夢ではなくなるかもとの事。

 確かに、机上の計算だとそうなるかもだが。


 咲良は冒険者としても、行商人としても駆け出しの半端者以外の何物でもない。5日のお試し期間を生き延びたからと言って、急に商品が飛ぶように売れ始める訳でも無し。

 そんな弱音を吐くあるじに、シェリーは心配はありませんと自信満々な態度。そのいわれなき自信が、一番怖いんだけどなと心中で咲良はため息一つ。


 どちらにしろ、途中下車はスピードの乗り切ったこの列車からは怪我なしではとっても無理なのはわかっている。いや、ひょっとしたら怪我では済まない可能性も高いとも。

 それなら、毒を食らわば皿までの精神で、金儲けに邁進まいしんするのも悪くない手のように思えて来る。そこまで思って、蜂谷の境遇を思い出して咲良はまたため息一つ。


 どうしようもない事を抱え込んで、この数日ですっかりニキビも増えてしまった咲良だけれど。出来る事を1つずつ、それ以外に方法を知らないので。

 こんな悩みを、1人で抱え込んでいたら或いは精神を病んでしまっていたかも知れない。ただ幸いな事に、咲良にはシェリーと言う相談役がついていてくれた。


 さすが3千万の価値のスマホである、これは皮肉でも何でもなく心からそう思う。例えその不当の借金を、返す当てが全く無くてもだ。

 そして思う事はたった1つ、今日も無事に戻って来れますように。





 ――さて、そろそろ出掛けないと事務所が閉まってしまう。







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