第18話 地下遺跡を彷徨う



 あんな大物が出るなんて、ここは“大迷宮”でも割とへその近くなのかも知れませんと、シェリーが推測を口にした。どうやら大迷宮には中心があって、そこに近付くほど魔物も強くなるらしい。

 そんな説明を聞きながら、外の様子が気になる咲良とサティ。地下遺跡の通路は、今の所は安全だけど通って移動しようとはさすがに思わない。


 結果、2人で協力して外の様子を確認する事に。何しろ咲良1人だけでは、見上げる屋根部分には届きそうもない。荷物運びの少女に肩を貸して、その上に乗っかって貰う。

 2人してなるべく気配を消しての作業、何しろ相手はCランクの魔物との事なので。こちらまで発見されたくないのは、両者とも同じ思いだ。

 そしてサティの解答は、向こうは絶賛食事中との事で。


「……生き残ってる冒険者はいないみたい、他の方向に逃げたのかも知れないけど。今外に出るのは自殺行為かもね、割とすぐ近くにワイバーンがいるから。

 しばらくは動かない方が良いと思う、私たち」

「そっか、了解……ご苦労様、何にしろ生き残れて良かったよね。それにしても、魔石から生まれた生物も食事をするんだねぇ」

「活動エネルギーはどうしても必要ですから当然ですよ、マスター。それにしても、明らかにあのパーティ員達は気の抜き過ぎでしたね。

 話を盗み聞いてましたが、恐らく2チームで臨時にチームを組んだんでしょう。ただ、考えが浅はか過ぎて、長くは生き残れないタイプの冒険者だと思ってました。

 ポーション購入をケチった時点で、早々に見切るべきでしたよ、マスター」


 シェリーの辛口トークに、サティは不思議そうな顔付きだけど。精霊か何かだと思ったのか、敢えて突っ込む様子は無い。それにしても、2チームが組んでたパーティだったとは咲良は気付かなかった。

 他に生き残りがいれば良いけどねと、こっそり話し合いながら現状を確認する2人。地下遺跡の通路は割と広く、暗がりのせいでどこまで続いているかは不明である。


 そう言うと、サティは荷物からランタンを取り出して、数分で明かりの確保に成功。咲良も百円ショップで買った携帯電灯を使用、これで移動に支障はない感じ。

 ところが生き残りの軽戦士が、それに反応して横槍を入れて来た。


「おいっ、何を勝手に移動しようとしてるんだ……? お前らはウチのパーティが雇ったポーターだろう、契約通りに荷物を砦まで運ぶんだよっ!」

「私が契約したリーダーは、あんたとは別の人でもう死んじゃったけど? そもそも警備の不備から起きたこの事態でしょ、こっちは戦う術を持たない運び屋なんだから。

 この先あなた1人で、しっかり私たちを守ってくれるの?」

「そうだね……報酬を貰えるかも怪しいし、荷物は返すから後は好きにしてよ。元々あのパーティ、ポーターの扱いも奴隷同然で酷かったし。

 いちゃもんつけて、未払いも多かったもんね」


 そうなのか酷いなと、驚きと批難の顔の咲良に反応して。向こうの軽戦士は、尚も粘って何とか2人を仲間と言うか手下に招き入れようとトークを繰り広げるけど。

 と言うか、どうも相手は落下時に足をひねっている様子。咲良がポーション売ろうかと言うと、途端に嫌な顔をしてそれ位は無料で提供すべきだろうと駄々をこねる始末。

 その意味が分からず、呆気にとられる咲良。


「何で無料で、ウチの大事な商品を赤の他人に分けなきゃならないの? あなたのその理論は、本気で理解不能なんだけど?」

「何言ってやがる、今は同じパーティだろうがよっ! あるモノは融通し合うのが筋だろうが、お前ひょっとして素人かっ!?」

「マスターはあなたとのパーティを拒否してますから、その理論は前提から間違ってますね。既にたかりの境地です、大人しく支払っての購入をお勧めします」


 ナイスサポートのシェリーの言葉に、相手の冒険者は再び嫌な顔。とことんケチな性格らしく、なるほどこれは未払い案件が多いとのサティの言葉も頷ける。

 そんな連中は、いつか信用を無くして周囲にそっぽを向かれるのだ。浅はか過ぎて、その考えに至らないのは何とも哀れではあるけれど。


 咲良の荷物は、走って逃げる際に地上に捨てて来てしまって地上に置き去り。サティは背負っていた荷物を、その冒険者に投げ捨てるように渡して身軽になった。

 その明確な決別に、向こうはようやく己の不利を悟った様子。


 覚えてろと見事な捨て台詞を残して、びっこを曳きながら暗闇に消えて行く冒険者。丁寧に荷物も持って行ったけど、灯りも持たずに平気なのかなと変な心配をする咲良。

 取り敢えず面倒は去って行ったけど、地上に出るのは今は不味いし。サティと名乗る駆け出し少女が、腕前はともかく信頼出来そうなのが唯一の救いだろうか。


 ただし、向こうも生活に困窮する冒険者見習いの立場らしく、明らかに咲良より年若い。どうしようかと話し合うも、向こうからは積極的な意見は出ず。

 そこで提案、咲良と2人で無事に砦に戻らないかと。その手段は2通りあって、地上でワイバーンが去るのを待つパターンと。後は、この地下遺跡を進んで行く方法と。

 幸い、手元には灯りも武器も魔法もある。


「へえっ、サクラは魔法も使えるんだ……私はボウガンと短剣かな、まぁ矢弾は高いから手作りだけど。それから罠感知とか開錠技能は先輩から少しだけ学んだよっ!

 あっ、だからサクラは精霊と話が出来るんだねっ?」

「まっ、まぁね……私はある程度前衛も出来るよ、こののぼりが意外と強力な武器になってくれてさ。精霊の名前はシェリーって言うんだ、宜しくしてあげてね。

 私よりは物知りだから、頼りにはなるかな?」

「不思議なアイテムも持ってるよね、その光ってる棒は魔法のアイテム? サクラは行商人って言ってたっけ、だから珍しいアイテム持ってるんだ?」

「そうそう、こう言うの砦でも売れるかな……そうだ、簡単な携帯食もあるんだけど。ちょっと食べてみて、感想くれたら嬉しいかな。

 例えば食感とか、この辺りで売れそうかとか」


 今回はシェリーの入れ知恵で、簡易スナックの類いも荷物に持ち込んだ咲良である。その中の百円で買えるスナック類から、腹に溜まりそうなビスケットを取り出して。

 サティに感想を貰おうと、開封して差し出してみると。向こうも興味を持ったのか、さほど警戒もせず口に入れて咀嚼そしゃくし始める。


 咲良も小腹が空いてたので、同じく早めの休憩タイムに突入。2人でポリポリと音を立てながら、薄暗闇の遺跡の通路でスナックの品評会とは洒落ているのか。

 同じく取り出した、スーパーの安売りでゲットした微炭酸飲料は、サティをかなり驚かせた様子。それでも食感は悪くないねと、とうとう2人で1袋食べ切ってしまった。

 そして一言、感想はとっても美味しかったとの事で。


 少なくともこちらの世界では、似たようなスナックは出回って無いらしい。割と高値でも売れるかもと、嬉しい言質を地元民から頂いて。

 今後は人の多い所で、百円市で仕入れた品を3~5倍の価格で売るのも良いかも知れない。もちろんそれは売り上げ実績には反映されないが、副業はむしろ推奨されている感じ。


 空いた時間を有効に使うのは、雇い側としても悪い事では無いみたいだ。例えば冒険に適していない、高難易度の敵のいるエリアにワープさせられた時とか。

 今がそうなのかもと思いながら、咲良は重い腰を上げ。それじゃあそろそろ移動しようかと、相棒のサティに持ちかける。さっきの話し合いで、2人でこの地下遺跡を探索する事に決定したのだ。

 サティは砦の方角も、何となく分かるとの事で。


 出口を探しながら、砦の近場まで地下の通路を辿って行こうとの意見である。途中のモンスターだが、この近辺はそれ程に強い敵は出ないだろうとの事。

 あのワイバーンは、どうやら本当にイレギュラーだったらしい。新たな縄張りを求めて、他から来た“渡り”なのかもとサティは推測しているけど。


 ひょっとしたら、奴に食べられた冒険者の遺品の宝物が、もう出現してるかもと明るい口調。“大迷宮”に住まう人々にとって、それは常識の範疇はんちゅうであるらしい。

 何とも逞しい、辺境の冒険者の思考である。


「それって、もし見付けたら持って帰っても平気な感じなのかな?」

「宝箱から出たって言えば、誰も何も言わない風潮があるよね。実際、宝箱に収納された時点で、アイテムも武具も新品みたいになるからさ。

 血糊とかべったりついてたら、さすがに買い手も疑うだろうけど」


 なるほどと納得して、咲良は異界の常識を吸収して行く。そんな話をしながら、2人は移動を開始。進む方向は、嫌な事にあの軽装備の冒険者が走り去った方向だ。

 ただまぁ、そっちが砦の方向なのだから仕方がない。そして敵の気配も今の所ないし、このまま何事もなく進めれば万々歳である。



 光源が2つでも頼りないのは、咲良が現代っ子だから仕方がない所か。逆にサティは、探索モードで明らかにポーターをしていた時と眼付きが違う。

 恐らく嫌々こなしていたポーター作業から解放され、心構えがまるで違って来ているのだろう。そんな頼もしい相棒が、10分も進まない内に何かの気配を察知した。

 そして真後ろの咲良にそれを知らせて、位置を交代する。


 この取り決めは探索前に決めていて、極めてスムーズに行われた。それを含めて探索を楽しんでる感じの咲良だったけど、戦闘に関しては全く楽しくは無かった。

 出て来たのはゾンビ風の敵2体で、その存在感は臭いを含めて半端では無かった。ただし動きは緩慢で、良いまとでしかないって感じだ。


 咲良はなるべく近付かず、のぼりの一撃でそれらを片付けて行く。武器も持たない腐った敵たちは、それだけでノックダウンして魔石に変わって行った。

 それを見て、ようやく息をついて緊張を解く咲良。


「ふうっ、薄暗闇で死霊系モンスターと遭遇って、かなり怖いなぁ」

「サクラ、向こう側は明るいよ……多分だけど、あっちは人が何度か入った事のあるエリアかも。“大迷宮”は人の出入りや希望に沿って、そんな便利な演出もしてくれるから」


 そうらしい、場所によってはトイレさえ常備されている迷宮も珍しくないそうな。それは先人探索者が、その場で用を足したからに他ならないのだが。

 そんな場所を見付けると、他の者もそこで小用を足すようになって行き。どんどん立派なトイレが、自然と出来上がって行くらしい。


 凄いな大迷宮と感心する咲良だけれど、そんな感じで各地に特色のある地形が出来上がっているそうで。この辺は『レンガ造り』エリアとして、周囲から認識されているとの事。

 そんな感じで、大迷宮は不思議に溢れている。


「“大迷宮”も、冒険者に訪れて貰う事に利益があるのでしょうね……さすがに異界多しと言えども、唯一無二の存在なので簡単に比較は出来ませんけど。

 植物を例に挙げると、受粉を手伝って貰うとか種を遠くに運んでもらうとか。もっとも、大迷宮に雌雄があるのかなど、誰も知りはしないのですが」

「そうだね、辺境から来た人は大迷宮の常識には疎くてビックリするかもね。慣れたら便利だし、特に何も思わなくなるんだけど。

 ここみたいに、灯りとかトイレのある地下遺跡の“迷宮”とかもね」


 『クラン商会』がこの異界を販売エリアに選んだのも、この大迷宮が存在するからに他ならないそうだ。相乗効果で冒険者も数多く存在し、ポーション系の需要も多いのだ。

 もっとも、その分販売員の危険も高いし消耗率も自然と上がっているのは周知の事実で。詐欺に近い“契約”でもって、人員を補給している現状みたい。


 そのお陰で、こんな地下遺跡を彷徨さまよう破目に陥っている咲良は大変だ。今回も無事に生きて戻れると良いけどと、内心でため息をついていたら。

 暗がりの向こうから、フラッと出て来たスケルトンの群れと対峙して大慌て。強くは無いので慌てないでと、咄嗟のシェリーの助言を受けて咲良は戦闘に突入する。


 戦闘に関しては、度胸もついて来たし取得したスキルで何とかこなせるようにはなって来ている。スケルトンはF-の敵だそうで、これも幟で殴って難なく撃破。

 5体いたけど、サティに手伝って貰って数分も掛からず戦闘終了に至った。


 そして小部屋に到達したと思ったら、初の分岐が待ち構えていた。しかも3方向で、どれも似たような道幅で判断基準は方向のみと言う。

 サティは真っ直ぐ行けるなら行こうと言う意見で、咲良もそれに乗っかる事に。しばらく進むと次の小部屋にぶつかって、そこには何と宝箱とそれを守る番人が。

 ついでに言うと、それに倒されて大迷宮に吸収されかけてる死体も1体。


「あっ、さっきの生き残りの軽戦士……うわっ、死体ってあんな感じに迷宮に吸収されるんだ。グロいなぁ、それにしても何て迅速なリサイクル」

「恐らく死体はスケルトンかゾンビになって、装備品は宝物の中身にと余す所は無いのでしょうね。マスターもああならないよう、充分に注意して下さい」


 シェリーの軽口だか忠告だかを聞きながら、咲良は番人から目を離さない。サティも素早く飛び道具を準備しているようで、番人と言うか番犬をじっと見据えている。

 宝物を守っているのは、人より余程大きな狼タイプのモンスターだった。新たな侵入者に、威嚇の唸り声で迎撃態勢を整えている。

 その唸り声が途絶えた瞬間、その巨体が弾丸のように襲い掛かって来た。





 ――そうして相手の先制で、強敵との戦いの火蓋は切って落とされた。






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