第17話 レンガ街エリアに出る



 毎度の如く、魔法の鞄を渡して事務所で商品の補充をして貰って。昨日と違ったのは、受付け嬢のコイツやるなって眼つき位のモノだろうか。

 それから咲良は我が家へと戻って、いつもの行商スタイルへとお召し替え。散々迷った末、ホームセンターで購入した安くない丈長のセーフティシューズを履く。


 長く歩く場合を想定すると、履き慣れない靴は不味いかも知れないけれど。スニーカーで戦闘した、前回の失敗を踏まえるとこっちの方が断然良いとも思う。

 そんな葛藤の末、この安全靴へと変えてみたのだけれど。ズボンやベストも、作業着を買った方が良かったかなと今更ながらの後悔である。

 まぁ現状は、無駄に使うお金もそんなに無いのだけれど。


 シェリーは前借しは駄目だと言うし、翌日に振り込まれるお金はまだ怖くて使えない。まとまったお金が入るまで、じっと我慢で過ごすしか手立ては無い。

 これまで3日ほど異界に行商に出掛けて、幸いにも金のコインの換金で黒字になってくれている。その点だけを励みに、咲良は今回も前向きに異界へとおもむくのだった。

 今回も、素晴らしい出会いを願いながら――




 そして4度目の転送をシェリーにして貰っての、その異界の風景の先に。いきなりゴブリンの群れを発見、それは向こうも同様だったらしく。

 何か突然人間が湧いて出たぞと、好奇心と共に目を付けられた咲良。挙句の果てにその5匹のゴブリンの群れは、そのウッカリ者を狩る事に決めたらしく。


 奇声を上げて襲って来て、慌ててのぼりで反撃する咲良である。突きで1匹目を倒して、そのままバックステップで2匹目との間合いを外してやり。

 振り下ろしの棍棒を避けて、右手にいた奴の足元を掬い取ってやる。それに反応出来ずに転がる奴と、ソイツにつまづいて転がるおバカな後方のゴブリン。

 そこからは簡単に、順次数を減らして行って。


 数分後には群れを殲滅していたが、ドロップはランク1の黄石ばかりと言う結果に。つまり労働の対価は50円と言う事になる、本当にシケた相手だ。

 愚痴りながらも、周囲の確認を始める咲良である。


「ゴブリンはFランクの敵ですからね、ドロップが渋いのは仕方がないですよ。それにしても今回はラッキーですね、マスター。ここは大迷宮の、割と活発なエリアのようです。

 冒険者もきっと多いでしょうし、迷宮探索も可能ですよ?」

「おっと、そうなんだ……さっそく『マップ機能』スキルが大活躍だね。ちなみに、もっと詳しい場所は分かるのかな、シェリー?」


 そこまでは分からないそうだが、迷宮の造りなどから大まかな見当は付くそうだ。そんなシェリーの推測によると、ここは大迷宮の“レンガ造り”エリアらしい。

 確かに周囲の道や構造物は、全て様々な色合いのレンガで舗装されている。


 それがまるで立派な町の街道の様で、人が大勢住んでるのかなって気になって来る。ただし近くにまるで人気は無いし、これは砦か前哨基地を探すのに苦労しそう。

 とにかく人のいそうな場所を探すしか無いと、咲良は何となく方向を見定めて歩き出す。行商とはとにかく歩く事と、この数日で覚えた基本でもある。


 歩きに歩いて、とにかく住人か冒険者と会って商品を宣伝する。出会いが多ければ多い程、商品が売れる確率はちょっとずつ上がって行く。

 そう口にするのは簡単だが、それにはとにかく歩いて人と出会うのが前提である。


「さてと、どっちに進もうか……マップ的には、どっちに人が多いのかな、シェリー?」

「そうですね、周囲数キロに人影は割とまばらに点在してはいるんですが。冒険者の前哨基地や、集落となると見当は付きませんね。

 済みませんが、もう少し歩き回ってみてください、マスター」

「了解、それにしても……確かに立派な街並みだけど、ここが冒険者に人気な理由は何なんだろう? 宝箱の設置が多いとか、そんな感じなのかな?」

「いえ……冒険者が集うのは、ここに“迷宮ダンジョン”が密集している為でしょう」


 その説明にいまいちピンと来なかった朔也だったけど、シェリーは懇切丁寧に解説してくれた。つまりは“大迷宮”は生き物で、確かに魔石や宝箱を定期的に生み出してくれるけど。

 もっと密度の濃い“迷宮ダンジョン”と言うのが、この辺には密集して生えているのだとの事。そこはモンスターの数も多いし、罠も多いけど宝箱の設置も多いそうで。


 そこをまとめて何層か攻略に成功すれば、儲けは桁違いらしい。ここはそんな地域なのかと周囲を見渡すが、人の気配は相変わらず無い感じ。

ただし周囲に、塔みたいな細長い建造物が目立っている気も。アレが塔型の迷宮ダンジョンらしく、シェリーいわく割とスタンダードなタイプとの事。


 他にも遺跡型とか地下迷宮型とか、種類分けは多岐に渡るそうな。“大迷宮”は、そう言う意味では太っ腹で、毎月のように迷宮ダンジョンはあちこちに生まれるとの事である。

 初心者の咲良は、ひたすらその説明に感心して聞き入るのみ。


 とは言え、ちょっと試しに入ってみるのもいかにも怖い。初日の廃墟型の迷宮ダンジョンは、逃走経路が物凄くたくさんあったので平気だったけど。

 塔や地下迷宮は、一度入ると逃げるのに苦労しそう。それは正しい反応だと、シェリーは慰めてくれるけど。要するに今日の探索は、危険を冒さず安全に行きたい。



 そんな感じで今日の方針を話し合って、咲良は移動を始める事に。そして10分ほど歩いた頃だろうか、不意に上方から声を掛けられビクッと身を竦める破目に。

 周囲を覗うと、どうやら通り過ぎようとした塔の上部の窓から声を掛けられたらしい。相手は厳つい年配の冒険者らしく、ポーターを探しているとの事。


 つまりはこの塔で見事に宝箱を発見したが、宝物が大き過ぎて運ぶのに人手が足りないそう。相手は塔の5階辺りから声を掛けて来て、もう帰りの算段中らしい。

 羨ましいと言うか、何とも間の抜けた話でもある。とは言え咲良も、かさ張るからと放棄したアイテムが幾つか過去にあるし。案外と冒険者的には、あるあるの話なのかも。

 さて、問題はその話に乗るかどうかって事だ。


「そこの姉ちゃん、話は至極簡単なんだ……この通りを30分も進めば、砦があるからそこまでの荷物運びを手伝ってくれないか?

 報酬はちゃんと払う、実はポーターは既に2人ほど雇っているんだがな。それでも人手が足りないんだ、助けると思って頼む!」

「はぁ、それは構いませんが……こちらは行商人でして、商品を売るのが決まりなんで。前金代わりにポーション買ってくれれば、手伝ってもいいですけど?」


 咄嗟のセールストークだが、咲良にとっては精一杯の交渉術で。これなら相手も吞んでくれるだろうと、勝算あっての交渉でもあったのだが。

 相手の戦士風の男は、束の間引っ込んで誰かと話し合っている様子。それから再び顔を出して、下まで来いと手を振る仕草。交渉成立らしい。

 その事実に、ホッと胸を撫で下ろす咲良。


 そして待つ事10分、ロープで降ろされる大きな宝箱にビックリ。そして相手は、10人近くの大パーティだった様子。挨拶ついでに観察するに、確かに装備の貧弱な荷物持ちが2人ほどいるみたい。

 そして問題の荷物は、大きな宝箱に詰まった何かの牙の束らしい。素材として高く売れるとの話だが、それが数十本転がっている。他にも古い絨毯とか、嵩張りそうな品が数点。

 これをこの人数で運ぶのは、確かに骨が折れそうだ。


 そしてこのパーティのリーダーだが、意外と渋チンだと判明した。前金にしても商品は渡すと言ってるのに、ポーションとマナポ2本に水3ℓ しか買ってくれず。

 とは言え、手伝うと言ってしまった手前、この労働を断る訳にも行かず。まぁ、砦に連れて行って貰うついでに、駄賃を貰えると思って我慢する事に。


「こんにちは、一緒に荷物運んでくれるんだね……凄い派手な衣装だね、行商人ってみんなそうなの? あっ、私はサティって言うの、よろしくね」

「よろしく、私は咲良って言うの……ちなみにこのパーティ、信頼出来るのかな?」


 30分程度の付き合いとは言え、信頼度は確かめておきたいと。話を振った咲良だが、サティと名乗った少女のリアクションは、軽く肩を竦めると言うモノで。

 それを見て、自分の推測の正しさを思い知ってしまう咲良であった。どうやら余り、連中の事は信頼すべきでは無いのかも知れない。


 それでも大事な荷物持ちを、攻撃して減らすバカもいないだろうと。咲良はパーティ内での位置取りだけ用心しつつ、苦労して大荷物を背負い込む。

 そして塔を後にしての、10人パーティでの大移動が始まった。サティと名乗った年下らしき少女は、どうやらパーティの中央を歩くようだ。咲良も同じ位置取りに、何しろ急に襲われてもこの大荷物では対応出来そうもない。


 もしもの時は、パーティの戦士たちに潔く守って貰うしかない。などと思いながら、隣の少女に目的地についてのリサーチなど。

 そこは割と大き目の、冒険者御用達の小さな村規模の中継地点らしい。ちゃんとしたお店もあるらしく、規模も結構大きいとの事で。


「冒険者の数も多いよ、新米の数は逆にそれ程じゃ無いけど。お陰で私もパーティ組みたいけど、ポーター役でしか雇って貰えなくってさ。

 稼ぎも少ないし、生活も苦労する有り様なのよ」

「そうなんだ、狩場的にはどうなの? 新人パーティが潜れる適当な迷宮があるなら、ちょっと勿体無い話だよねぇ」


 生活苦の同志を見付けて、思わず会話にのめり込みそうな咲良に。うるせえぞとの怒号が前方から放たれ、サティとの楽しい会話は敢え無く断たれる事に。

 とは言え、他の連中が熱心に周囲の警護に当たっているかと言えばそうでも無く。何と言うか冒険者の集団は、儲けが確定したためかフワフワした気分が蔓延している様子。


 さっき怒鳴った奴も、新人が楽しくしているのが気に食わなかっただけみたいで。戻ったら酒盛りだと、向こうが余計な歓談を始める始末で。

 馬鹿げたチームには違いなく、サティが首を傾げるのも良く分かる。集団に差した影に気が付いたのも、そんな訳でサティが一番だったと言うオチで。

 仰ぎ見た上空に、巨大な飛行生物がこちらに狙いを定めているっ!


 咲良は咄嗟に左右を確認して、左手に倒壊した遺跡の跡地を発見する。あそこなら、少なくともこんな見晴らしの良い通路よりは安全な筈。

 そんな訳で、咲良は隣のサティの手を取り大声を上げる。


「巨大な飛行生物が接近中だよっ、みんな襲撃に備えてっ!」

「なっ、おいっ……ありゃワイバーンだ、見張りは何やってたっ!?」

「逃げろっ、とにかく散り散りになっ……うわあっ!!」


 咲良の叫び声は、少し遅かった様子……責められるのは見張り役だろうが、それが誰の役目だったか今となっては分からず終い。最初のタッチダウンで、大打撃を受けるパーティ。

 少なくとも2人は派手に吹っ飛んだし、1人は確実に爪に捕らわれ上空行きに。尻尾の毒棘に、やられた者も或いはいたかも知れない。


 少なくとも2度目のタッチダウンまでに、その混乱は収まる気配はパーティ内には無かった。咲良もそれどころでは無く、遺跡の物陰に身を隠そうとしたのだが。

 うっかり下手に、地盤のもろい場所を踏みつけてしまったらしく。手を引いていたサティもろとも、地下の通路へと瓦礫ごと落下する破目に。

 煉瓦と立ち上がる砂煙に、一瞬天地の感覚を失いそうになる咲良。


「しっかりして下さい、マスター。落下した距離はそんなに高くありません、即時に態勢を整え直す事を推奨します」

「そうは言っても、いててっ……でもまぁ、ワイバーンとやらにかじられるよりはマシ?」


 咲良の呟き交じりの返答に、淡々と参加パーティの被害状況を報告するシェリー。どうやって地上の様子を確認しているのか不明だが、死者続出の大変な状況らしい。

 同じく一緒に落ちて来たサティも何とか無事だったようで、そこは一安心なのだが。もう1人、逃亡して来たパーティ仲間がこの地下通路に落ちて来た。


 良く見れば、咲良たちを怒鳴りつけながら周囲監視を怠っていた冒険者だ。革鎧の軽戦士風で、それ故に逃げ足も速かったのだろう。

 咲良はしばらくその場で待っていたが、続けて逃げて来る冒険者の姿は皆無。別の方向に逃げたのか、それとも全員ワイバーンに殺されてしまったか。

 シェリーの話だと、ワイバーンはランクCの魔物だとの事。





 ――大迷宮って、普通にそんな危険生物が飛行しているらしい。






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