第16話 月曜日のささやかな祝賀会
どうやら寝ながら考え事をしていたようだ、我ながら器用だなと咲良は思う。戻って来てすぐ爆睡したので、そのせいだったのかも知れないけど。
今後について色々と苦悩していたのも確かで、それで脳が休まらなかったのかも。いや、実際はシャワーを浴びてスーパーのお握りを食べる時間はあったけど。
次の日が月曜で、朝から大学の授業があったのでさっさと寝たのは正解だった。とは言え、爽やかな目覚めとはならなかったのは残念。
考える事はたくさん溜まっていて、日を越した今でも片付いてなどいないのも確か。それでも講義の時間に追われて、咲良は朝の支度をさっさと済ませる。
そしてとるモノも取り敢えず、さっさと大学へと出掛ける事に。咲良の契約している安コーポの、唯一の利点は大学からそんなに遠くない事である。
とは言え山の上にある大学には、坂道を歩いて行かねばならず。その距離は大人の足で歩いて10分と、まずまずの運動を強いられる事に。
テキストを詰め込んだ鞄を肩に掛け、坂道を上りながらも咲良は考える。一緒に『クラン商会』の面接を受けた
それで万事丸く収まれば良いけど、“契約”を盾に取り立てを迫る異界の住人に常識は通用しない気が。そう言えば、もう1人一緒に面接を受けた同じ大学の女生徒がいたような?
確か
心配ではあるが、咲良は行動しながら事態を打開すると既に決めてある。今でもあの3千万もするスマホは、鞄の中に押し込んで持ち歩いている。
そう言えば、中年たちとも変な賭けをしたんだった……向こうは仕事があるだけ幸せだと、考え方が全く違っていたっけ。確かにそうだが、稼げない仕事は無い方がマシとも。
もしくは命懸けと言う、リスクが大き過ぎる仕事を選ぶ意味が分からない。挙句の果てに、もう1人の中年行商人の
そこまで行くともはや犯罪者、強盗を生業とする犯罪者と変わらない気が。勢い余って返り討ちにしてしまったが、死んではいないと思いたい。
相手も商売道具にしこたまポーションを持っているし、それを使って生き延びている筈。指導員もついていたし、死んだとしたら
そもそも、そんな犯罪者に思考を割きたくなど無い咲良である。
などと考えていたら、いつの間にかキャンパスへと足を踏み入れていた。そのままの勢いで講堂へと向かい、そこで友達を見付けて合流する。
その時間は至福と言うか、友達に妙な質問をされなくて済むと言う安心感が。蜂谷の姿はやっぱりどこにも見当たらず、まぁ1日休み位ではそこまで話題にはならないだろう。
取り敢えず、咲良ももう一度昼休みに電話を掛けてみるつもりではいるけど。あれでも気が変わったら、サポート出来る事もある筈だし。
例え異界での、危険に満ちた行商だとしても。
……いや、本当にそうだろうか? 例えば咲良の説得で、蜂谷が行商人の仕事を始めるとする。その結果、“契魔族”
異界の“大迷宮”で、生き延びられる保証はどこにも無いのだ。そしてそれは、咲良にしても同じ事。昨日まで順調だったからと言って、今日もそうだとの保証はどこにもない。
案外、蜂谷の引き籠ると言う選択が、最良な可能性だってあり得る訳だ。そう思うと、強く異界への業務に誘うなど怖くて出来なくなってしまう。
そんな事を考えながら、講義の時間はゆったりと過ぎて行く。咲良はノートを取りながら、自身の境遇を含めた最近の出来事を脳内で振り返る。
その現状はどうやっても努力だけでは好転しそうもなく、大の大人でも
幸いにも、指導員の代わりにサポートAIのシェリーがいてくれるし。ここは楽観的に構えて、何とか日々のミッションをこなして行くしか。
そんな結論しか出て来ず、途方に暮れる咲良だった。
講義の後の休憩時間に、読書家の山村
もしくはお気楽に異世界を楽しむとか、ハード系の設定はあまり見ないそうな。山村の趣味もそっち系みたいで、
騙されて異世界で行商人をする話とか無いのかと質問したら、
そんな彼女だが、今は
そんな訳で、査定時間に蜂谷に電話を掛けてみたのだが。全く繋がってくれずに、こちらは断念する事に。それならと、咲良は暇潰しに3千万のスマホ立ち上げて。
シェリーに、昨日の魔石の換金結果を計算して貰う事に。会話モードをオフにしても、シェリーはマメにこちらをサポートしてくれて本当に有り難い限り。
彼女も新たなスキルを貰って、どうやらご機嫌みたい。
名前:椿咲良 職業:行商人 ランク:見習い
販売力:F- 懲罰P:518
レベル:07 HP 29/29 MP 24/24 SP18/18
筋力:19 体力:21 器用:15
敏捷:17 魔力:11 精神:21
幸運:08 (+2) 魅力:08 名声:---
スキル(3.4P):『運動補正』『旗操術』『旋風』『硬化』『安寧』『簡易鑑定』『軽量化』
スマホスキル:『会話:サポートAI』『マップ機能』
武器スキル:《ラッシュ》
称号:『奴隷販売員』『後の先』
サポート:『シェリー』F+
昨日は現金収入こそ無かったけれど、物々交換で商品はそこそこ売れてくれた。とは言え、お金は入って来なかったのでシェリーの換金での清算となったのだけど。
具体的に言うと、昨日の売り上げは3万円近くで、咲良の儲けは9千円程度になるらしい。その交換に貰った魔石の中の黄色魔石は2万円ちょっと、つまりやや足りない。
穴が開いた分に関しては、それを昨日までの儲けと今回の純金のコインの販売で賄おうって寸法だ。そして査定結果は、何と6万円とちょっととの事!
少なくとも紛い物と言われなくて良かった、シェリーもまずまず良心的な値段だと小声で太鼓判を押してくれて。これで何とか、昨日の取り引きで大きな穴を空けずに済んだ。
それどころか、かなりの利益となって一気に懐が潤う事となってしまった。有頂天な咲良だけれど、今夜の行商の事も考えてと再びシェリーに小声で
それでもまぁ、夕飯にちょっとくらい贅沢するのも許されるだろう。例えば焼き鳥とビールを買うとか、デザートにプリンを買い足すとか。
それについては、シェリーも容認してくれそうで何より。
「うんうん、嫌な事ばっかりだと気が滅入っちゃうもんね! たまにはご褒美も無いと、こんな境遇でやってらんないよ」
「まぁ、人間はそうなんでしょうね……私へのご褒美の、スキル習得も忘れないで定期的に下されば言う事は無いですけど」
そう言うシェリーだが、今の咲良の所有スキルPはたった3.4Pである。レベルアップと黒色魔石で貰えたポイントだが、レベルはこの先どんどん上がり難くなるだろうし。
咲良の計画としては、探索系のスキルを覚えるのが先かなって感じ。何しろ異界には、彼女が逆立ちしたって敵わないモンスターが徘徊しているのだ。
そんな奴らの接近に気付かないのは、ある意味自殺に近いと咲良は思う。きっとシェリーも賛同してくれるだろうし、生存率を上げるスキルはまだまだ必要な筈。
それに加えて、さっき貰えたお金で百円ショップの品の補充をしておかないと。店を出たその足で、近くの商店街を巡る算段を頭で描く咲良である。
そして昨日売れた品の補充と、ついでにホームセンターに寄って安全靴や
持って行くアイテムの重量は増えてしまうけど、いざという時は『軽量化』スキルもあるし大丈夫だろう。効果時間やMP消費の関係もあるので、ずっとと言う訳には行かないけれど。
シェリーは昨日も紫魔石を回収出来て、気楽に小声で語り掛けて来ている。買い物も良いけど、ちゃんと事務所に寄って商品の補充も忘れない様にとの助言も忘れない。
それから昨日貰った魔石の中には、成長石とも呼ばれる白色魔石も少々あったそうで。それを成長エネルギーに変換しておきましたと、報告もしてくれた。
至れり尽くせりだが、シェリー的には売り上げの成長も必要との事。
「箱買いされればボーナス経験値も貰えますし、お金にもなるんですけどね。マスターの初期転移位置では、今後も難しいかも知れません。
会社の悪意を感じますが、それには負けずに行きましょう」
「買ってくれるお客さんに会わないと、そもそも売り上げも見込めないもんね。本当に意地悪だよね、あの会社と気味の悪いあの社長の野郎ったら!」
そう小声で
戻ってからのご褒美に、チューハイ系を1本だけ購入して。それから適当に安いおつまみと、帰ってからの時間に胃に詰め込むためのお弁当も購入する事に。
普段はお金の節約のために自炊しているけど、たまには出来合いの物も悪くは無いだろう。ささやかな贅沢だ、今後の活躍でこんな機会が増えるかは謎だけど。
そもそも生活費が心許ないって理由で、探し当てたバイトだった筈なのに。気がつけば生死を賭けたサバイバルと言うか、行商人としてのデビューである。
世の中には、“闇バイト”なんて言葉がいつの間にか存在するようになってしまっているけど。まさか自分が、その渦中に放り込まれるとは咲良は思いもしなかった。
しかも異世界に放置と言う、信じられないオマケつきである。常識も全く通用せず、知人に話そうものなら懲罰ポイントの上昇を含めたペナルティが存在するそう。
そのペナルティの内容は、残念ながらシェリーも知らないとの事。
まぁ、恐らくだが
咲良は敢えて気にしない風を装って、悪い話は耳に入れないように。避ける事の出来そうもない行商人のバイトだが、命の危険以外は割と楽しみも存在する。
スーパーで買った熱々の焼き芋を頬張りながら、咲良は家までの道のりを歩いて帰る。お行儀が悪いなと思ってはいるけど、焼き芋を冷ます愚を犯す訳には行かない。
そうして家に辿り着くと、あとほんの数時間で異界への転移が待っている。今日は難易度の低いエリアに出れる事を願いながら、咲良は黙々と準備をこなして行く。
備えがあれば、生存率も僅かでも上昇してくれる筈。
――咲良が現状で出来る事は、その積み重ねのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます