第13話 日曜日も行商はあるらしい



 昨日と同じ薄暗い通りに、気付いたらあの格好で立っていた咲良。時間を確認したら、確かにこちらで2時間が経過していた。何となく感心しながら、目立たぬように自分の部屋に戻って来て。

 それからようやく安堵のため息、そして魔法の鞄と派手な法被はっぴを取り去って行く。そして狭い部屋で寛ぐ姿勢を取りながら、今日の行商内容を脳内で反芻する。


 実はあれから、残りの1時間を有効に使おうとシェリーと話し合って。2匹目のどじょうを狙って、森の中を宝箱を求めて彷徨さまよい歩いたのだったけれど。

 その結果、見付かったのは何故かそこそこ小奇麗な小路と、森の中に佇む簡易トイレだった。扉こそ造られてないけど、便器らしき物が森の中にあるのは思いっ切り違和感がある。


 シェリーの話では、何人かが同じ場所で用を足せば、迷宮がそれらしく形作ってくれるそうな。凄い能力に聞こえるけど、向こうではそれは常識みたい。

 つまりはこの小路の存在も、人の往来があった証拠である。その痕跡を辿って進めば、ひょっとして冒険者と遭遇するかもしれないと。

 そんな淡い期待で、移動する事30分ちょっと。


 何とか大通りに出る事が出来て、移動の甲斐があったと咲良が感動していると。更にラッキーな事に、道の端に何かの休憩所みたいな建物を発見。

 声を掛けながら近付いて行くと、中からは休憩中の冒険者一団が出て来て。そして咲良の姿を見て、やっぱり目をいて驚きのリアクション。


 それでも行商人だと説明すると、ようやく納得して警戒を解いてくれた。それから売り物の紹介をすると、何と水を売って欲しいと初めての商談が成立!

 そして10ℓで3千円の儲け、何しろ向こうは6人の大所帯だったようで。思わず感動した咲良は、オマケにとナップザックに入れて持って来たスナックをプレゼント。


 お菓子など、恐らくは初めて食べた異界の冒険者たちはナイスリアクションで。感動したのか、追加で毒消し2本とマナポ1本を買ってくれた。

 無料で出したお菓子のパワーに、咲良も自分の手腕にちょっと有頂天に。とは言え、それ以上は買って貰えず、今回の行商はこれにて終了。

 制限時間が来て、シェリーに転移で地球に戻して貰った次第である。



 そうして今に至るのだが、今日はさすがに探索がタフ過ぎた。大熊からの逃走や、大猿との激闘に神経をすり減らし、咲良は既にヘトヘトの状態で。

 シャワーを浴びで夕食は質素に即席麺で済ませて、早々に就寝してしまった。それでも宝箱を2日連続でゲット出来たので、寝つきは決して悪くは無かった。


 その宝箱の中身だが、ランク2の黄色魔石が34個、それから黒と紫が5個ずつ。ランク3の魔石も少しだけあって、黄色が10個に青と白が1個ずつ。

 それから薬品の入った瓶も少々、ポーションや聖水など種類も豊富らしい。もっとも正確な効能は、鑑定も無いのでシェリーの簡単な見立てではあるけど。


 他にもゴツイ大斧や大槍が入っていたけど、重過ぎるし嵩張かさばるので回収はせずに置いて来た。革鎧も4セットあったが、こちらも同じく放置の対象に。

 勿体無いのは確かだが、移動するのに嵩張り過ぎる。逆に小物で有用性のあるアイテムが幾つか。魔法が掛かっている指輪と、コインの入っていた革袋である。


 そしてメインの当たりは、スキル書が1枚にオーブ珠と呼ばれるこぶし大の球が1つ。あとは木の実が幾つかと、小奇麗な服や肌着が数着分。

 シェリーの予想では、これらは元は冒険者が来ていた物では無いかとの事で。彼らが迷宮内で敵に倒され、それを補修して宝箱の中身に再利用しているのだと。

 そんな前例は、実は結構あるらしい。


 つまりはこの宝箱に入っていた、武器や防具や貨幣袋も前の持ち主がいたって事だろうか。そう思うと複雑な心境の咲良、いつか自分の装備品もこの中にとか思ってしまう。

 そして誰かが宝箱を回収して、何だこの派手な着物はなんて文句を口にする日が来るとか。嫌過ぎる空想だが、無いとも言い切れないのが悲しい所。


 そんな妄想に浸りながら、いつしか咲良は眠りにつくのだった――





 そして次の日の朝、今日は日曜日なので昨日に続いて休みの咲良である。やや寝坊してしまったのは仕方が無い、それだけ3時間の労働はキツかったのだから。

 それからいつもの朝の支度と、朝食を済ませて時間に空きが出来て。それじゃあ昨日の儲けの清算をしようかと、サポートAIに話を向けると。


 待ってましたとばかりに、まずは行商での売り上げを発表するシェリーだったけれど。売れた品も少なく、あっという間に報告は終了した。

 水を買ってくれた冒険者の売り上げの3割が1千8百円、そして咲良が買ったポーション2本の売り上げと代金を差し引くと、昨日の儲けは4百円ボッチとの事。


 ただし、魔石の儲けは宝箱の回収を含めるとかなりのモノに。戦闘で得た儲けは3百円ちょっとだったのに、さすが宝箱のランク3魔石はそれなりに高価で。

 10個で1万円の値がついて、合計で1万4千円近くの儲けに。紫の魔石も27P分を回収出来て、スマホの起動エネルギーも確保出来ているとの事。

 そしてやっぱり、マスターは運が良いですねとのシェリーの言葉。


「初日の業務から、2日連続で宝箱を探し出すなんて恐らく前例がありません。この調子で5日を乗り切れれば、もっと時間や行商にも融通が利くようになりますよ、マスター。

 引き続き、この調子で頑張って行きましょう!」

「それはまぁ、儲かるのなら頑張るのもやぶさかじゃないけど……問題は、続いて取得するスキルかなぁ。『硬化』スキルのお試しも出来たし、有用なのは分かったけど。

 次にレベルアップで得た4ポイントで、何のスキルを取るか考え物だよね」

「いえ、宝箱にランク2の黒魔石が5個入ってましたので、現在は9.2ポイントをマスターは所有していますね。従って、E級の『簡易鑑定』や攻撃魔法の『雷撃』などのスキルも交換可能ではありますけれど。

 昨日の話題にあがっていた、F級の『気配察知』『探索』『持久力』などを取得するのも手ではありますね。同じ場面で、苦しい思いをする可能性もありますから。

 個人的には、私は『マップ機能』か『知識:サポートAI』を推奨します」


 シェリーは自分の機能の向上が、何より嬉しいみたいでそう口にするけど。『知識:サポートAI』スキルでは、残念ながらアイテム鑑定は出来ないそうだ。

 宝箱から回収したアイテム、特に指輪辺りは魔法のアイテムの香りがプンプンするのだが。効果が分からないと、さすがに身に着けるのはちょっと怖い。


 たくさん回収した木の実にしても、食べるのは怖いし手付かずのままである。毒では無さそうだが、さすがに異界で入手した食料を口に含むのは躊躇ためらわれるし。

 そんな訳で2人で相談した結果、7Pの『簡易鑑定』と2Pの『マップ機能』を取得する事に。連日の自己強化だけど、シェリーはレベルアップが早いのは最初の内だけだと釘を刺して来た。


 宝箱の発見もそうで、そんなラッキーはそうそう続かないですよと。それから、宝箱の中にもスキル書とオーブ珠が入ってましたよと、今更ながらの報告に。

 そう言えばそうだったと、慌ててナップザックの中身を探ってみると。指輪や木の実と一緒に出て来て、咲良は早速それらの品を『簡易鑑定』に掛けてみる事に。

 そうして判明した、なかなかの当たりの品の数々。



【スキル書】使用者は『軽量化』を取得可能

【オーブ珠】使用者は《ラッシュ》を取得可能

【聖水】ランク2の聖水

【幸運の指輪】装備者に「幸運+2」を付与

【魔力の果実】食用者に「MP+2」を永久に付与

【魔猿の毛皮】毛皮素材(ランク2)



 スキル書で覚えられる内容も判明して、この『簡易鑑定』と言うのはなかなか凄いかも。さすが7Pもしたスキルである、恐らく今後も末永く役立つ予感。

 オーブ珠の《ラッシュ》については、殴打武器を持っていれば発動する武器スキルであるらしい。咲良ののぼりも棒状の武器には違いないので、有効なのではとのシェリーの勧めで。


 思い切って両方とも使用して、これで今後の探索も楽になる予定。ちなみに『軽量化』は、武器や荷物に掛ければ一定時間軽くなると言うスキルみたい。

 これも使い方によっては、色々と探索に便利かも。例えば昨日の逃走劇でも、荷物に掛ければもっと楽が出来た筈。戦闘で役立つかは想像でしかないので、これも要検証だろう。


 『魔力の果実』だが、10個くらいあった木の実の中にたった1個だけ混じっていた。このMPアップ効果だけど、どうやら永続的らしい。

 なかなか貴重なアイテムみたいだけど、これも自身で使ってみる事にした咲良。味はちょっと薄味のりんごみたいで、まあまあ美味しく完食出来てしまった。


 異界のコインについては、シェリーの能力で売り上げとして計上する事に。それによって、咲良は今後6千円分の商品を無料で使用しても大丈夫と言われた。

 『幸運の指輪』は取り敢えず自分で使用して、高い買値がつけば売っても良い気が。どこに売るかは不明だが、今後そんな機会もあるだろう。


 『魔猿の毛皮』も同じく、持ち歩いて異界で売り手を探す感じだろうか。シェリーの話では、異界で得た金や宝石をこっちで現金に換金するのはアリらしいので。

 将来的に、そんな方法での現金ゲットもあり得るかも?




 そんな事をして、午前中は時間を潰していた咲良だったけど。シェリーから、休日も関係なく行商仕事はありますよと、嬉しくない事実を聞いてしまって。

 正直、疲労困憊の身で1日くらいは休みが欲しかったのが本音とは言え。3時間程度のお仕事に、グチグチ文句を言う時間も勿体無い気がして。


 仕方無く、夕方近くまで自分の部屋でダラダラ過ごしてそこから重い腰を上げ。鞄の中の商品補充をして貰いに、行きたくもない事務所に足を向ける事に。

 昨日みたいに、同期の仕事仲間に鉢合わせするのも嬉しくないし。近くまで来て様子を窺うも、特に怪しい影は周囲には見当たらず。


 そんな訳で素早く事務所前へとおもむいて、用件を済ませてさっさと帰路へとつく。ちなみにこの鞄の補充は、事務所が開いている午前10時から午後6時までの間のみらしい。

 それ以外は受け付けず、もし間に合わなかったら補充は不可能との事。


 そして異界への行商は、夕方6時から深夜の12時までの各々の好きな時間にとのお達しで。その間で2時間を融通して、好きに稼いで来いって話のようだ。

 そう言う細かい業務規程は、さっきまでの暇な時間にほぼ全て読破した咲良である。何しろ相手は“契約”を盾に取って好き勝手する異界の人種なのだ。


 下手に業務規程の穴を突かれて、これ以上不利な立場へと追いやられたらたまらない。逆に言えば、向こうも“契約”が無いとこちらには手出しは出来ないって事でもあるし。

 その辺はシェリーも太鼓判を押してくれて、彼女自身も会社の手下って訳では無いらしい。完全に行商人個人のサポートの為に、生み出された人口知能って感じで。


 咲良も安心して、色んなことを頼ったり質問出来ており、2日しか経っていないのに今や大切な相棒である。そんな相棒と、今日はマシな場所を割り当てられたらいいねとか話して歩いていると。

 不意に進行方向を塞がれて、驚いて立ち止まった彼女の視線の先には。この陽気の良い春先に、いかにも怪しいコート姿の怪しい男が立っていた。

 そして向こうは、咲良の事を知っているようで。


「ふむっ、お前が先日の説明会で暴れた新人か……異界を先導員無しで2日も生き延びて、まずまず適応能力は高そうではあるな。おっと、紹介が遅れた……俺の名前は獅子堂ししどう、お前の先導員をやる予定だった者だ。

 若い奴は対応力が高いな、だから人気でもある訳だが」

「人気って……何でただの新人に人気が出るの?」


 取り敢えず敵意は無さそうな指導員に、咲良は質問をぶつけてみる事に。こちらの素性は向こうも知っている様だから、自己紹介は必要なさそうってのもあったけど。

 意外とフレンドリーと言うか、獅子堂と名乗った男はこちらより遥かに事情に詳しそうなのは確かである。シェリーの他に、知り合いを作っておきたいと言う頭も働いたのだが。

 彼から帰って来た答えに、聞くんじゃなかったと後悔する破目に。





 ――つまりは獅子堂も、厄介な異界の住人であったらしい。





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