第12話 賭けるチップは自分の命らしい



 酷い目に遭った咲良だが、幸いにも敵の巨体はすばしこい人間を追い詰めるようには出来ていなかったようで。20分以上の追い駆けっこの果てに、何とか逃げ切る事に成功した。

 今は乱れまくった呼吸を整えて、シェリーの小言を耳にしている所。例えば『持久力』系のスキルを取得すべきだとか、アレはC級ランクの敵だから到底敵わないとか。


 『気配察知』系のスキルは早急に欲しいですねとか、言わずもがなのアドバイスに。足りないモノが多過ぎて、先行きがとっても不安な咲良である。

 そしてやっぱり、目立ちまくるこの衣装と重い荷物は逃走にはとっても致命的と判明した。途中に狭い幅の倒木で出来た簡易迷路が無かったら、完全に掴まっていた。


 さすがの大熊も、そんな天然要塞を破壊する事も叶わなかったようで。お陰で反対側の出口から、まんまと距離をとる事に成功して今に至る。

 運が良かったですねと、サポートAIは仕切りに咲良の隠れた才能を褒めそやすけど。実際のステータス欄の彼女の『幸運』の数値は、実はそれ程に高くは無いと言う。

 ただ、シェリーに言わせればその乖離かいりも当然らしい。


「マスターの閲覧しているステータス欄ですが、飽くまでこちらの世界の参考数値に過ぎません。従って、HPが満タンなのに一撃で死んでしまう事もあり得ます。

 逆にMPがゼロなのに、根性で魔法を使う事だって可能です」

「なるほどね……しかし『魅力』とか『名声』とか、変なステータスも存在するねぇ。『名声』の欄は数値が入ってないけど、私がこっちの世界で名声を得てないって意味かな?」

「そうですね、このステータスプログラムは、異世界の行商人の成長をベースに組み込まれていますから。これの素晴らしい所は、戦闘以外でも行商成功で経験値が得られる点ですね。

 マスターも、このプログラムを最大限活用して強くなって下さい!」


 そうシェリーに励まされて、なるほどと納得する咲良である。それにしても、物を売っても経験値が得られるとは、何とも凄いシステムかも。

 それよりようやく息が整って、周囲を観察する余裕が戻って来た。闇雲に走り回ったせいで、ここがどこなのか全く分からないのは困りものだけれど。


 どんなに迷っても、無事に地球に送り返してくれる転送システムは素晴らしいと思う。お陰で余計な心配をせずに、この“大迷宮”を歩き回れる。

 と言うか、ここは本当に未だ“大迷宮”の敷地内なのだろうか。外れたからと言って罰則は無いだろうが、ちょっと不安でもある。


 それなら敵を見付けて討伐すれば良いと、シェリーの助言は的確である。“大迷宮”のモンスターなら、倒せば魔石に変わってくれるので一発で分かるし。

 そんな訳で少しうろつき回ってみた所、1本の樹に大量に密集している大蛾の群れを発見した。1匹が座布団くらいの大きさで、間違ってアレの鱗粉を吸ったら大変そう。

 シェリーも自信満々に、アレの鱗粉は毒でしょうねと言って来る。


 そんな確信は嬉しくないが、あれだけ敵がいれば倒し甲斐もありそうだ。休憩してMPも回復したし、敵の防御も弱そうではあるし。

 猛烈に連続して殴り掛かれば、『運動補正』と『旗操術』スキル頼りで何とかなりそう。駄目ならまた逃げるのみと、覚悟を決めて挑んだ討伐戦だけど。


 幸先は良くて、樹の幹にとまっていた大蛾を連続で潰す事に成功する。そいつ等は、目論見通りにたった一撃で魔石へと変わって行ってくれて。

 それに安堵する間もなく、目に付く敵をどんどん幟でブッ叩いて行く。その内に宙に飛び立つ奴も出始めて、咲良の周辺はとんでもない状況に。


 更には飛来する毒鱗粉を、『旋風』スキルで吹き飛ばす咲良。そんな荒技で撃破数を伸ばしてやると、敵の群れもどうやら慌て始めた様子で。

 段々とこれは不味いと散って行き、気付けば近くに敵影は皆無となった。こちらも随分とダメージを受けてしまったので、この戦闘の幕引きは丁度良かったかも。

 そう感じながらも、咲良は周囲を確認しつつ魔石拾い。


「うっわぁ、この場所だけで30匹以上のモンスターを倒せたみたいだよ、シェリー。魔石はほぼランク1だねぇ……黄色が圧倒的に多くて、あとは黒と紫がちょっとずつかな?

 それでもレベルが1つ上がったよ、有り難いねっ!」

「おめでとうございます、マスター……さっそくチャージして、お金とエネルギーに変換しておきますか?

 先ほどの戦闘で、HPも減ってるので回復もしておいて下さいね」



名前:椿咲良  職業:行商人  ランク:見習い

販売力:F-  懲罰P:512

レベル:05   HP 10/24  MP 09/18  SP12/14


筋力:16  体力:18   器用:13

敏捷:14  魔力:09   精神:17

幸運:07  魅力:08   名声:---

スキル(2P):『運動補正』『旗操術』『旋風』『硬化』『安寧』

      『会話:サポートAI』

称号:『奴隷販売員』

サポート:『シェリー』F



 仕方が無いので、咲良は売り物のポーションを今日も自主購入して回復する事に。何しろ異界を歩き回るのは、まさに命懸けの行為なのだし。

 たった1つしかない命を、粗末に扱って後で後悔しても遅いのは当然だ。変にケチらず、ポーションで事足りる内はどんどん使うべし。


 そうして回復が終わって一息、シェリーに時間を確認して貰ったらまだ1時間以上残っているらしい。行商は行なっていないのに、前半はやたら忙しなかった。

 大熊に追い掛けられたりと、欲っしてないイベントのせいなのだが。メインは宝探しだった筈と、迷宮の楽しみを放棄したくない構えの咲良である。


 そんな願いが通じたのか、再び移動を始めて10分が経過した頃に。前方に割と巨大な大樹を発見、そのうろには大き目の宝箱が設置されていて。

 一気にテンションの上がる咲良だが、その護り手に毛並みの青い巨大猿が配置されていて。ソイツを倒さない限り、どうにもお宝ゲットとはならないみたい。

 そこで2人は、離れた場所で作戦会議。


「さっきの大熊よりは全然大きくないし、何とかなりそうではあるよね。シェリーはよく、モンスターのランクを口にするけど。

 あの敵なら、頑張れば私のスキルで行けそうじゃない?」

「大猿はEランクですかね、意外と腕力や俊敏性に長けてて侮れない敵ですよ。マスターはまだスキルの使い方に不慣れですので、気をつけて下さいね」


 確かにそうだと、気を引き締め直しながら咲良は大樹へとこっそり近付いて行く。とは言えそんなに親切に障害物は置かれておらず、すぐに大猿に見付かってしまって。

 それどころか、樹の上から追加の猿型モンスターが数匹降りて来る始末。数的有利を向こうに許しては、戦闘素人のこちらは一気に不利になってしまう。


 そんな訳で、さっきと同じくボウガンを使っての先制攻撃。これは見事にヒットしたけど、次の矢をつがえる時間なと当然無いので。

 やっぱり地面に投げ捨てて、猿との接近戦に備えて前進する。大猿はガーディアンなのか、その場で動かず待ちの姿勢。有り難く、咲良は雑魚の猿からほふって行く。


 その後の大猿との戦いは、かなり熾烈を極めて危うい場面も何度かあったけど。例えば武器の幟を奪われそうになったりとか、近くの石を投げつれられたりとか。

 一度は離れて、回復にポーションを飲む破目になったのだが。深追いして来ない敵で本当に助かった、お陰で一命をとりとめる事が出来た。


 それでも凄いパワーで、2度も吹き飛ばされて危うく人生終了しそうになって。格上の敵との戦闘は、やっぱり避けるべきだったと反省するも。

 武器のリーチの長さと言う、唯一の利点を大いに活用して何とか敵のHPを削って行って。諦めずに戦闘を続ける事15分、ゴリ押し戦法で何とかなってしまった。

 そして拡散する光と共に、魔石に変わって行くガーディアン大猿。


「やった、何とか倒せた……」

「おめでとうございます、マスター……危うい場面もありましたが、諦めずに挑戦した結果ですね! この粘りを行商にも生かして、どんどんレベルアップして行きましょう」


 行商の方が楽なのは分かるけど、こんな僻地へきちに飛ばされては売る相手もいない。地面に座り込んで呼吸を整えながら、咲良はそんな愚痴を思わずこぼして。

 それから、本日2本目の売り物のポーションを使用。今の所、自分しかその商品を使っていないと言う皮肉に、咲良は苦笑いしながら自分の治療に励む。


 ガーディアンの大猿は、ランク2の白色魔石を1つと座布団サイズの毛皮をドロップしてくれた。そして念願の、木のうろに隠された宝箱を開く権利をゲット。

 シェリーからは、やっぱり運が良いですねと呆れた様子で声を掛けられたけれど。確かに2日連続での幸運には、彼女自身も心弾むモノが。

 レベルも戦闘でまた上がったし、結果は上々である。





 ――例え商品を買ってくれる、冒険者に全く出会わなくてもだ。






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