第11話 2日目の丘陵エリア
行商人のトレードマークの
もっともこれから向かうのは異世界で、やるのは行商人だけど。いや、場合によっては冒険もする予定の咲良である。転移される場所が判然としないので、予定は未定だけど。
とにかく準備は整った、シェリーにそう告げるとそれでは転移開始しますとの通知。そして一瞬の乗り物酔いに似た感覚の後、目を開けると知らない異界の地に立っていた。
信じられない思いの咲良だけど、何と言うかこの転移の魔法は凄い。魔法の鞄の収納技術も凄いし、これで違法契約で無かったらやる気ももっとあっただろうに。
他の契約行商人の、モチベーションは一体どうなってるのだろう?
などと咲良は思いつつ、周囲を見回してまずは位置確認。シェリーは『地図』系のスキルのインストールを促すばかりだし、確かにその内に必要には違いない。
スキルPは現状全く余っていないので、レベルアップが先ではあるけれど。とは言え、やはりいざと言う時にスキルPがゼロと言うのはちょっと怖い。
そして周囲は、昨日と同じく丘陵地帯が広がっていた。ただしその遥か向こうには、高く切り立った山脈が窺える。昨日とは違う場所なのだろう、確信は無いけど。
そして人の姿は周囲には皆無、その辺は毎度の意地悪仕様である。と言うか、送り手がわざと人のいないポイントへと咲良を送り込んでいる可能性が高い。
そんな嫌がらせも、連中なら嬉々として行う筈……嫌な想像だが、会社の人事なんてほぼほぼ感情で行われている可能性が高い。
シェリーの情報では、最初の『見習い』期間はとにかく生き残れば合格みたい。売り上げとか関係なく、いわゆるチュートリアル感覚で“大迷宮”に慣れる期間だそうで。
そう言う意味では、この意地悪に意味はないとも。
「いえ、しっかり売り上げは計上されるので、冒険者の多い地点の方が良いに決まってますよ、マスター。そんな訳で、今回も冒険者を探しながらモンスターを狩って下さい。
レベルアップで得たスキルPは、ぜひ私のアップグレードスキルに!」
「いや、こっちも生き延びるために強化はしたいんだけどね……確かにお金儲けも大切だけど、この異界じゃ死ぬ危険性も高いからなぁ。
戦闘系のスキルだって、揃えた方がいいんじゃないかなぁ?」
戦闘してモンスターを倒すと、自然と魔石もドロップするし。借金の返済には程遠い金額だが、日々の糧位にはなりそうではあるし。
そんな訳で、今日も頑張って3時間の活動をこなす予定ではいるモノの。さて、どこから手を付けるべきかと、咲良は人の気配の無い丘陵地帯をじっと窺う。
取り敢えずの目標は、今日もレベルアップと宝箱の発見なのだけれど。新しくスキル書から覚えた、『硬化』スキルの練習もしたい所ではある。
そんな事を思いながら、何となく地形の複雑な方へと歩を進めて行く咲良。少し離れた場所に、深々と木々の生い茂る森林地帯が存在している。
他には特に、人が通る道すら窺えない寂しい地帯となっており。とは言えここも、しっかり“大迷宮”のエリア内には間違いなさそうとのシェリーの助言に。
どんだけ広いんだと、今更ながら異界の常識に呆れる思い。
「それでも別の世界から、行商人を何人も送り込むんだから冒険活動は活発なんだよね、シェリー? 危険だけど、それだけ儲けも出てるって事なんでしょ?」
「そうですね……そう言う意味では“大迷宮”が太っ腹と言う認識は、間違っていないと思われます。ただし、ビギナーの行商人の死亡率は先日語った通りですけど。
マスターがその中に含まれない事を、切に願っております」
有り難くて涙の出るAIサポートの激励に、それじゃあ気合いを入れて行こうかと返事をする咲良である。とは言え、今日は昨日と違って荷物が重くてちょっと大変。
その原因は、背中に背負ったナップザックと、腰に
それからベルトポーチには、いざと言う時用にポーションや毒消しを入れてあって。これらは昨日の魔石の儲けから、わざわざ自分用にと購入したモノ。
命には代えられない買い物なので、その辺をケチろうとは思わない咲良ではあるのだけれど。使わないに越した事は無く、その辺の感情は微妙な所。
そんな感じで、昨日よりは戦いと行商の備えはバッチリ。そして森の端へとようやく辿り着いて、そのひんやりした空気に一瞬警戒などしてみたり。
とは言え、モンスターの気配は未だに漂っては来ない。昨日レベルが幾つか上がったとは言え、まだまだ駆け出しペーペーの咲良である。
手強いモンスターの相手など、まだ出来ようもなく。
慎重になり過ぎて、悪い事など何もない……シェリーも次に獲得するスキル候補は、『気配察知』系が良いのではと親身にアドバイスを飛ばして来ている。
ちなみにこのスキルだが、スマホの機能から意外と簡単に獲得は可能との事。もちろんスキルPを支払う必要はあるし、安いスキルばかりではあるけど。
ちなみに、安いスキルは大抵がF級と呼称されており、2~5Pで獲得出来てしまう。便利には違いないけど、飽くまで戦闘や探索のサポート的なスキルでしか無く。
強烈な魔法や上位スキルを覚えようと思ったら、10倍以上のスキルPを支払うか、上級スキル書をどこかで獲得する必要が出て来るそうな。
冒険者が迷宮から獲得した物を購入しようと思ったら、数十万~百万以上が必要だとの事で。逆に言えば、万一それらをゲット出来たら一気にお金持ちって意味でもある。
何とも夢のある話だが、確率的にはそんな可能性を内包するのが“大迷宮”でもある。これを聞いて、俄然ヤル気を
ただまぁ、真面目に働いて借金返済など無理筋なのも確かだし。
「まぁ、確かにそうですね……実際に、売り上げ上位ランクの行商人も、迷宮探索での戦利品の儲けの方が多いって方も存在しますし。
そう言う方は、個人でチームを率いてたりする場合もありますね」
「ほおっ、それは凄そうな……それにしても、背中のナップザックが重いし邪魔だなぁ。色々と買い込んで用意したのに、売る相手がいないって悲しいよね。
あと2時間ちょっとで、冒険者と遭遇出来ればいいけど」
「地面や周囲の景色に違和感がないか、気をつけて観察して下さい、マスター。人の通った形跡や、モンスターの生息地域の可能性もありますので。
スキルで早めに、『探索』系を取るのも悪くないですね」
結局はスキル頼りになりそうな気配の野外活動だが、咲良に足りないモノは確かに多そうだ。それもその筈、冒険者としても行商人としても、まだまだ駆け出し2日目なのだ。
とは言え、そんなこちらの事情など向こうにすれば全く関係の無い事で。明らかにそんな顔付きの一団に、森に入って10分後に遭遇してしまう咲良であった。
しかも向こうは団体様で、4匹のゴブリンと見られる集団は、邪悪な表情で獲物を見付けたと騒がしい。見初められた咲良は、外見からして派手な法被を着込んで目立つ存在。
シェリーにアレはF級ランクの妖魔の代表、ゴブリンだと説明を受けて。それじゃ弱いのかなとの感想を漏らした咲良だったけど、内心では4匹は多過ぎじゃんと批難
しかも奴ら、粗末ながらも各々武器を手にしている。粗末な棍棒とか、錆びた短剣だとかその程度ではあるけど、リーチのある武器には違いなく。
咲良は焦りを心の中から排除して、素早く作戦を練り始める。リーチがあると言っても、こちらの武器の
あとは向こうの数的有利だが、これは先制攻撃で何とかする予定。
そんな訳で、咲良は前もって手にしていたボウガンで、闇雲に突っ込んで来る先頭のゴブリンに先制の一撃。相手が単純で助かった、それをモロに喰らっていきなり戦線離脱の先頭ゴブ。
このボウガンは、昨日の野盗から奪った戦利品である。遠距離からの先制攻撃用にと、一応持参したのがいきなり役に立ってくれた。
とは言え、いつまでもその余韻に浸っている余裕が無いのも事実。咲良はそれを地面に投げ捨て、次なるゴブリンに幟の先端での突きを見舞う。
残った2匹だが、ここで咲良は『硬化』スキルを使ってみる事に。敵の持っているのは棍棒と木の槍で、当たっても余り痛そうでも無かったし。
いきなり実践投入のこの防御スキル、確かに効果は抜群だった。2匹揃っての攻撃に、咲良はほぼ痛みも感じず体勢を崩す事もなく。
逆襲の一撃で、3体目のゴブリンを一撃で屠る事に成功する。
こうなるともう、余程の事が無い限りは咲良に負けは無い。仲間が相次いで倒された事で、4匹目のゴブリンは明らかに怯んでいるよう。
魔石から生まれたモンスターも、思考力はあるようで興味深いかも。今回その判断力は、咲良に良い方に作用して逃げ腰のゴブリンを楽に倒す事が出来た。
ゴブリン4体程度は楽勝みたいだけれど、貰える経験値は少ないようだ。レベルアップはせず、そして落ちていた魔石もランク1の極小の黄色ばかりが4つ。
つまりは40円で、労働に対して正当な報酬とはとても言えない感じ。他にも粗末な樹の槍や、錆びた短剣が落ちてはいたのだけれど。
持って歩く苦労を考えれば、これも労働力に合わない気が。
「この魔法の鞄に全部入ってくれれば、ドロップ品を持ち運ぶのも楽なのにね。向こうで買った商品も、こんなナップザックに入れて運ばずに済むし。
自分で空間収納みたいなスキル、持つ事は出来ないのかな、シェリー?」
「B級ランクにありますね……習得には200Pほど掛かりますけど。レベルアップのポイントでの習得はまず無理なので、ランク7の黒色魔石2個を探し出す必要があります。
その労力も、物凄く大変には違いありませんけど」
あるにはあるらしい、覚えるには膨大なポイントが必要らしいけど。レベルアップで習得するには、実に100以上もレベルを上げなければならないようだ。
ベテラン勢の中には、お金を払って魔法の鞄のサブポーチを開放している者もいるそうで。その場合だと、衣装タンス1個分の容量を500万で購入するのだとの事。
空間収納は確かに便利だが、咲良程度の腕前だと割に合わない気も。まだまだレベルが低いので、大したドロップ品も獲得は出来ないし。
とは言え、背中のナップザックの重さが無くなるのはかなり魅力的な話である。500万なんて、到底用意は出来そうには無いけど。
そんな事を考えながら移動していると、新たに3匹のゴブリンと遭遇した。今度は棍棒持ちが2匹と、弓矢持ちが1匹の組み合わせで向こうのヤル気も満々。
一斉に襲い掛かられて、咲良としても肝が冷えたモノの。
『安寧』が上手く効いているせいか、平静は保てている感じでスキルって本当に凄い。そして今回の戦闘も、『硬化』スキルを練習しつつも危なげなく勝利の運びに。
落ちている魔石を拾いながら、レベルアップはまだかなと咲良は呑気に構えていたのだが。何だか体の気怠さが、昨日の比では無い事に気付いて。
おかしいなと思って、思わずシェリーに質問する事に。
「シェリー、この体の気怠さは何だろう……昨日はもっと長い時間戦闘してたけど、ここまで疲れなかった気がするんだけど?」
「恐らく、単純にスキルの使い過ぎですね、マスター。『硬化』のスキルは使う度にMPを消費するので、そのせいだと思われます。
MP枯渇は、慣れないと相当な
そんな事を初めて聞いた咲良だったが、なるほどステータスを確認するとMP残量は僅か3と言う有り様。シェリーの話では、休んでいれば自然回復するそうなのだが。
それ以外だと、売り物のマナポーション――通称マナポを使用する方法もあるみたい。ポーションよりもお高い、1本1500円なので簡単に使おうとは思えないけど。
慣れないこの気怠さ、例えるなら二日酔いとか徹夜続きの状態に似てなくもない。咲良は幸いにも、どちらもほぼ経験した事は無いとは言え。
やっぱり辛い状況には変わりなく、サポートAIに勧められるままに休憩をとる事に。そして近くの大きな樹の幹に寄り掛かった瞬間、その生物と強烈に目が合った。
それは軽自動車サイズの巨漢の大熊で、明らかにテリトリーを侵略されて荒ぶっていた。侵入者と認定された咲良は言い訳も出来ずに、ただ
その大熊は、咲良の派手な衣装に多少の警戒感を示してもいるようだった。結果、後ろ脚で立ち上がって怒りの咆哮をかまして来たのは、咲良にとって
その隙に、咲良は立ち上がって思い切り逃げの戦法に。
――そこからは暫く、生死を賭けた鬼ごっこの時間。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます