第9話 無事に戻って来れたけど



 気付けば家の近くの裏路地に立っていた、例の奇天烈な格好のまま。慌てて自分の位置を確認した咲良は、大急ぎで安コーポの自室へと駆け込んで。

 取り敢えず、五体満足での帰還を心の中で感謝したのだった。


 時計を確認すると、本当に事務所での面接からほんの数時間しか経っていない。確か、向こうで3時間労働して過ごしても、こちらでは2時間で済むのだったか。

 シェリーの話だと、空間魔法が法被はっぴに掛けてあるって話だったけれど。そう言えば、シェリーの会話機能はこちらの世界でも有効なのだろうか。

 咲良は何気なしに、法被を脱ぎながら彼女に話し掛ける。


「……シェリー、さっきの経験って夢じゃないよね?」

「残念ながら現実ですね……ところでマスター、こちらの世界で会話機能を使用すると、バッテリーの消費が半端なく速いのですが。

 許可を頂いたと受け取って、喋っても宜しかったでしょうか?」


 普通に返された、しかもこちらの懐事情も心配されると言う。何しろ彼女……と言うかこのスマホは特別製で、家庭のコンセントから電力を補充したら大変な事になるらしい。

 とは言え、バッテリーが無いとスマホはただの四角い板でしかない訳で。咲良はそんな事情を聞きながら、身支度を整えつつシェリーに省エネモードを提案する。


 とにかく無事に戻って来れた事を2人(?)で祝いつつ、今日の出来事や今後の方針を話し合う。実はあの襲撃騒ぎのすぐ後に、咲良のスマホに帰還通知が届いたのだった。

 そしてシェリーから、転移の瞬間を他人に見られたら、懲罰ポイントが増えるとの助言を得て。大通りを外れた地点に移動して、帰還のタイミングを待つ事に。


 そんな大変な思いをした初日の行商だが、シェリーの計算では結果は大赤字らしい。何しろ売れたのは、自分で買った商品が3点のみだったり。

 咲良の3時間のお給料は、販売のみでは825円との事。


「あぁ、商品の支払い代金も自分の財布からだし、本当に大赤字だ。参ったな、探索に時間を掛けたとは言えこんな結果になろうとは……」

『そうですね、探索に傾倒して毒消しやポーションまで使っちゃいましたからね。ただし私には、魔石を換金する機能があるのをお忘れなく、マスター。

 宝箱の中身次第では、一発逆転が狙えますよ!』


 その言葉に、一気にテンションが上がる咲良である。持ち帰る事に成功した革の鞄をひっくり返し、さっき獲得した魔石をスマホの前へ並べて行く。

 ちなみにその戦利品の数々だが、どうやっても魔法の鞄に入れる事は出来なかった。どうやら自社製品以外は入れられないよう、ロックが掛かっているらしい。

 

 セコいなと思わなくもないが、まぁこれだけ持って帰れたのだし良しとしよう。そして思い出す、宝箱からゲットしたスキル書の存在。

 何のスキルを覚えるかは不明だが、シェリーは使って損はないでしょうと助言をくれた。そんな訳で、恐々と使用に踏み切る咲良であった。

 書を開いて手をかざすと、光と共に何かが身体に浸透する感覚が。



名前:椿咲良  職業:行商人  ランク:見習い

販売力:F-  懲罰P:512

レベル:04   HP 20/20  MP 16/16  SP12/12


筋力:14  体力:16   器用:12

敏捷:13  魔力:08   精神:16

幸運:07  魅力:08   名声:---

スキル(2P):『運動補正』『旗操術』『会話:サポートAI』『旋風』『硬化』

称号:『奴隷販売員』

サポート:『シェリー』F



 結果、彼女のステータス画面から分かったのは、『硬化』と言うスキルを新たに覚えたって事で。防御系のスキルらしいが、どの程度使えるかは不明である。

 シェリーの話では、コッチの世界で魔法を使おうにも、コツを覚えるまでは大変なのだそうだ。このスマホも、本当は魔術系のエネルギーで動いているらしく。

 代わりに電気を代用すると、とんでもない消費になるそうな。


 その電気エネルギーの代替になるのが、紫色の魔石らしい。黄色が換金するくらいしか使い道がなく、黒色はスキルPに代替が可能とのシェリーの説明である。

 他にも赤や青や白と、魔石のエネルギーの性質は色によって違って来るそうだ。今回拾った中には、白の小粒の魔石が2粒ほど混じっていたけど。

 こちらは人間の成長エネルギーに、変換が可能との事。


『もちろんその正規の使い方に則らず、売り払っても良いのですけど。勿体無いと言うか、買い叩かれてしまうのでお勧めはしません。

 自身の成長も、将来的にはとても大事ですからね、マスター』

「そうだね、ちなみに大きさの違いはやっぱり価値が違って来るのかな、シェリー」


 全然違って来るそうで、これは覚えていて損はないそう。まず最小のランク1の魔石だが、例えば黄色の小粒石は10円程度の価値しかないそうだ。

 小粒の魔石はモンスタードロップで、黄色が56個、紫が6個に白が2個拾って帰ったけど。黄色の小粒石で560円、紫の小粒石で6%、白の小粒石で2%の価値となるそうな。


 シェリーは素直に、エネルギーが6%回復出来て嬉しそう。そしてそのランク1の小粒石の上が、ランク2の小石サイズの魔石である。こちらは黄色で、8個拾う事が出来ていた。

 このサイズだと、1個100円になるらしい。つまりは800円で、まずまずの儲け。更にその上がランク3の小魔石で、大きさはちょっと大きなビー玉サイズである。

 これが宝箱の中から回収出来て、ランク3の黄色の小魔石が1個千円での換算らしく。それが6個入っていたので、これだけで6千円の儲けになる。

 つまり何とか、今日の儲けは黒字で終わる事が出来た模様。


 ちなみに魔石は、スマホ画面に全部吸い込まれて綺麗サッパリ消えてなくなっていた。これも空間魔法の恩恵らしく、咲良から見たら凄いなと言う他ない。

 そして換金されたお金は、自動振り込みで翌日に咲良の口座に振り込まれるそうな。その点は安心して欲しいと、シェリーの言葉にホッとしつつ。

 これなら仕事として頑張れるかなと、今後の方針も定まりそう。


 怖い場面もあったのは確かだし、今後続けて行ける自信なんて全く無いけれど。ちなみに宝箱の小魔石には紫が2個と白が1個混ざっていた。

 ランク3のこの魔石は、1個で10%の価値があるとの事で。これだけで、試供されたスマホの3日間分のエネルギーは何とかなりそうとの話である。


 スマホと言えば、咲良はろくいじった事が無かったのだけど。こちらの世界で使えるアプリは皆無の模様で、完全に異世界での仕事用オンリーみたい。

 つまり、こちらでも電源は入るけどラインとかインスタとか、グーグルマップとかの使用はこのスマホでは不可能みたい。残念だけど、電気代も凄いみたいだし諦める事に。

 シェリーはその気だったけど、貧乏を理由に諦めて貰った次第である。




 それから咲良は遅い夕食を食べて、風呂に入ってサッパリした後に。薄っぺらい布団の上にゴロンと横になって、色々と考えを巡らせ始める。

 まずは一緒に面接に行った蜂谷だが、部屋に戻ってすぐに電話を掛けてみたのだけれど。一向に通じず、こちらの不安は増すだけの結果に。


 まさかいきなり死んだり、行方不明になったりはしていないと信じたいけど。指導員を外されたのは咲良だけで、他の新人にはしっかり付いていると言う話だったし。

 取り敢えず、明日の朝にでももう1度連絡を入れてみる事にして。明日は土曜日で、文系の咲良は大学の授業は何も無い休暇日でもある。


 本当は早速、バイトに励んで金銭を稼いでいた筈なのだが。とんでもない会社に違法な契約をさせられて、にっちもさっちも立ち行かない状態と言う。

 一番頼りになるシェリーに相談してみたが、彼女にもどうにも出来ないとの返答で。彼らはこの世のことわりとは別の次元に存在しており、契約無効を訴えても無駄であるらしい。


 違法な契約ではあるが、何しろ相手は異世界人なのだ。下手に逆らえば、呪いのような症状に、こっちが追い込まれる可能性が高いそうな。

 クーリングオフ的な法律に頼るのは、無駄な足掻きでしかないとの事。


 何しろ向こうは、ガッチリと咲良たち従業員の魂を契約で質に握っているのだ。百目鬼とどめき社長はそっちの契約魔法のエキスパートで、その点に抜かりは無いそうな。

 シェリーも詳しい事は知らないそうだが、契約魔法は“制約系”の分野では物凄く強力なのだそう。元々は、ハンデをわざと付ける事で特定の力をアップする魔法だったそうだが。


 悪用する者も後を絶えず、種族ごと土地を追われる破目になった経緯があるとの事。そして辿り着いたのが、平和ボケが蔓延しているこの世界というのは皮肉である。

 百目鬼には、さぞかし美味しい牧場に見えている事だろう。


 挙句の果てに、無防備な羊の立場の咲良たちは口に出せない額の借金を背負わされた訳である。シェリーは超前向きに、少しでも行商で稼ぐべきと励ましてくれているけど。

 そんな事で多額の借金が減らせるのか、はなはだ懐疑的な咲良ではある。何しろシェリーが馬鹿正直に語ったデータでは、1ヶ月過ぎた行商人の死亡率は6割近いそうなのだ。


 さすがにそれは高過ぎる、例えそれを乗り越えたトップの行商人が結構な額を稼いでいようと。とは言え先月始めた新人の中には、現在月で80万稼いでいる者もいるそうだ。

 そんな成功話を聞くと、咲良もうらやむ気持ちにもなるけれど。


「どっちにしても、明日も行商に行かなきゃ駄目なんだよね……せめて危ない目に遭わないように、レベルアップとスキルを充実させる事からコツコツ励む事にしようか?

 誰か、法律に詳しい人とかに助言が貰えればいいんだけど……」

『異界の契約話を、親しい人に打ち明けるのは情報漏洩ろうえいに当たるので止めておいたほうが宜しいかと。巻き込まれると大変です、こちらの世界にもその手の暴力団体が存在してると思いますけど。

 異界の存在の彼らは、更に暴力的で手口は超鮮やかですので』


 怖い話をサラッと口にするシェリー、つまり彼らは拉致とか暴力に訴える事を平気で行うらしい。そっち系が得意な異界の住人も、バッチリ社員に揃えてあるそうで。

 どこで利害が一致したのか、そんな存在が現世には数多く潜んで生活しているらしい。知らぬは現世人ばかり、この世はとっくに浸食を受けていたとは。


「何か暗い話ばっかりで、気分が落ち込んじゃったなぁ……そう言えば、友達に異世界モノの小説を紹介して貰うのを忘れないようにしなきゃ。

 向こうの世界で成功して、こっちで金持ちになって悠々自適に暮らすのを夢にしようかな。そんな小説があれば、是非とも参考にしなきゃね」

『マスターは向こうの世界で、慣れない戦闘や対人戦をこなして、アドレナリン過多の状態にあると推測します。『安寧』と言うスキルを習得して、今夜はゆっくり眠る事をお勧めします。

 スキルのリストでも眺めて、楽しみながら寝て下さい』


 そう言われれば、何だかいつもと違う興奮状態の気がして来た咲良である。布団の上に寝転がってるのに、確かに一向に眠気は訪れて来ない。

 普段はしない切った張ったの運動を、数時間に渡ってこなしていた筈なのだが。シェリーの言う通り、自身が知らずにかなりの興奮状態にあるのかも。


 咲良は寝転がったままスマホを操作して、スキルのリストを言われるまま眺め始める。そして『安寧』をリストの中から発見、効果は平穏で安らかな心理状態を得られるとの事で。

 その落ち着きは、戦闘中も発揮され慌てる場面が減るそうだ。しっかり手持ちのポイントで獲得が可能で、それは良いなと彼女は素直にそれを習得する事に。


 こっちの世界では、スキルの効果はそれ程には現れないんじゃと思っていたけど。これは精神系のエネルギーを利用するそうで、確かに心が穏やかになった気が。

 ギスギスしていた心のとげの感触は、いつの間にやら綺麗に溶け去ってくれていた。咲良はそれを感じて、さっさと消灯からのお休みモードへ。


 明日からの強制バイトの要請に、やっぱり多少の不安は感じるモノの。宝箱やら相棒のシェリーの存在に、一筋の光明を見出しつつ。

 そう言えば、彼女が昔読んだ小説や漫画の主人公の相棒には。


 『敵は海賊』の“ラジェンドラ”や、『コブラ』の“レディ”やらのサポート能力に猛烈に憧れた記憶が。そして、異世界で行商を行う立場に追いやられている現状では。

 頼りになる相棒は必須で、相方の為にも頑張ろうと言う気力も出て来る。多少危険な仕事と割り切って、高収入を目指してちょっとずつ頑張るのみ。





 ――まずはそこから、異世界行商は始まったばかり。







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