第8話 廃墟探索と初めての対人戦
怪我した流れでついでにポーションも使用してみたのだが、これもなかなか凄い事が判明した。
シュワシュワと皮膚が溶けて行くような感触には、少々
結果から言えば、そこからの探索はより慎重になってしまったのは否めない。とても廃墟の奥までは、気楽に足を延ばせなくなってしまった。
そんな事をすれば、命が幾つあっても足りないのは目に見えている。せめてもう少し、入り口付近で力を貯める作業をこなさないと。
そう自分を納得させて、咲良は再び活動を開始する。
それにしても、異界に放り出されて既に2時間近く経過している。こちらの世界では、まだまだ太陽は空の真上辺りで威張っている感じとは言え。
食事のせいでお腹も膨れたし、気候もこの上なく過ごし易くて木陰は凄く居心地が良い。でもまぁ、こんな初めての土地で寝込むほど豪胆な気力も持ち合わせていないし。
戦闘が大好きとか、得意だと言う訳では決して無いのだけれど。それでも咲良は、少しでも異世界ライフに馴染もうと前向きに取り組む姿勢を見せていた。
それもこれも、宝箱と言うモチベーションの力がとっても大きいのは確か。何しろたった1個見付けただけで、5人の大人が半月程度は生活に困らない財宝が貯め込まれているのだ!
多少の危険を冒す、立派な動機付けにはなろうと言うモノ。
先程の戦闘で、闘うヒントみたいなものを得たのも大きいかも。敵の大まかな動き方だとか、嫌な特殊能力だとか。そこを踏まえて囲まれないよう動けば、恐らくは平気な筈。
魔犬に関しては、体躯は今まで出会った敵の中では一番大柄な部類には違いない。その
ただし、オツムはそんなに強くないと言う。
狩りで重要なのは、やっぱり悪知恵とかそこら辺の能力にあると咲良は思う。それが足りないと行動はワンパターンになるし、逆に相手の策略に簡単に引っ掛かってしまう。
咲良が仕掛けたのは、そこまで大した智謀では無かったのだけれど。ただ単に、目の前で
その隙を突いて、咲良は犬の弱点と言われる鼻面に一撃をお見舞いしてやる訳だ。大抵は思い切り踏み込んでの膝蹴りで決まるが、タイミングはなかなかにシビアだったりする。
しばらく稽古的なモノはしていなかったが、幸いな事に身体のキレは衰えていない様子。懸念された命を奪う事に対する抵抗感も、嫌な言葉だが慣れてしまえば平気になってしまった。
何より相手が襲い掛かって来るのだ、反撃しなければこっちがやられてしまう。
しかも魔犬も大ムカデも、廃墟の中に掃いて捨てる程繁殖しているのだ。最初は多少ともあった罪悪感も、数をこなす内に害虫駆除みたいな作業に成り下がってしまって。
それに加えて、死体が残らず消えてしまうのも罪悪感が低減される原因だろうか。そして後に残るのは、小粒~小石程度の大きさの魔石で。
これを集めると、換金出来たりスキルPとして使えたりと様々な恩恵となってくれるそうで。ドロップは残さず集める様にと、さっきシェリーに指示を貰った次第である。
そして現在拾った粒状の魔石は、ほぼ黄色ばかりで40個くらい。それは良いのだが、廃墟遺跡をちょっと入った場所に、何と待望の宝箱を発見してしまった。
興奮する咲良だが、シェリーはそれを守るゴーレムの存在を指摘して来て。
「確かに硬そうな人型の生き物がいるけど、そんなに強くは無さそうじゃない? サイズも私よりは割と大きいけど、動きは鈍そうだし。
まぁ、槍で突いて壊すのは無理があるかもだけど」
「そうですね、あれはゴーレムなので打撃耐性は強い魔法生物です。比較的に魔法には弱いので、そちらを習得して挑むのが良いと思われますが。
マスターの所有ポイントでも、F級魔法なら習得は可能ですね」
シェリーのお勧めは『旋風』とか『雷鋲』で、それぞれ風と雷系の超初歩魔法らしい。魔法を覚えられると知って、咲良は急にテンションアップ。
実は追加の1時間の探索で、先程めでたくレベルが3へと上がったのだ。スキルPも増えていて、どちらか片方だけは取れるとシェリーは薦めて来る。
考えた末、咲良は『旋風』と言う風系の初歩魔法を習得する事に。要するに小さなつむじ風を発生させる魔法らしいけど、それを
カッコ良いなと素直に思う咲良だが、いきなりスムーズに使えるようになる訳も無し。しばらくはその辺の雑魚で練習をして、その威力に感心などしてみたり。
やっぱり剣と魔法の世界だけはある、咲良は身に染みてその凄さを実感。
「どうかな、シェリー……そろそろ慣れて来たし、ゴーレムと戦ってみようか? 勝てる確率はどの位だろうね、魔法にも慣れて来た感じはするけど」
「そうですね、今の動きなら充分勝てそうではありますけど。念の為に、ポーションを使えるようにして戦いに挑んで下さいね、マスター」
シェリーにお墨付きをいただいて、咲良は跳ねる様に大きなお屋敷の前庭へとやって来る。その奥まった場所に宝箱と、その護衛のゴーレムが配置されていて。
アドバイス通りに、咲良はポーションをすぐ取り出せる懐へと忍ばせて。それから『旋風』を幟の槍の穂先へ掛けて、勢い良く敵へと突っ込んで行く。
それに気付いたゴーレムだが、岩の塊だけあって動きは素早くはない。先手必勝と、咲良は素早いステップインからの突きを敵の喉元に見舞う。
それは相手の太い腕でブロックされ、仕切り直しに再び間合いを置いての睨み合い。今度は向こうが太い腕での攻撃を仕掛けて来たが、それを余裕で
そしてカウンターの様に、再び喉元目掛けて穂先でのアタック。
風の魔法を帯びたその攻撃が、今度は見事に急所に決まったようだ。ゴーレムの身体に十字に大きく入るヒビ、そして膝から崩れ落ちて魔石へと変わって行く宝箱の番人。
ホッと息を吐いて、安心した表情で戦闘姿勢を解除する咲良。そしてスマホにはレベルアップの告知、どうやら無事にレベル4へと上がった模様である。
宝箱の前には、ゴーレムのドロップの小魔石と石の斧が転がっていた。それを拾い上げた彼女は、期待を胸に宝箱の前へと進み寄る。
宝箱の定番と言えば、お宝の他にも罠やら鍵やら実はモンスターだったりと色々ありそう。咲良は迷わずシェリーに相談、ただし彼女も当然万能ではない訳で。
2Pスキルに、『罠感知』ってのがありますとのアドバイスのみ。
「う~ん、今後を思えば習得した方が良いのかな、ちょっと勿体無い気もするけど」
「どうでしょうね……確かにこんな浅い場所の宝箱に、罠の類いは無い気もしますけど。それより先ほどの戦闘ですが、素晴らしい動きでしたね。
今更ですが、マスターには戦闘センスがありますよ!」
褒められた咲良はちょっと嬉しそう、そして何も考えず思わず宝箱を開けてしまった。何の仕掛けも鍵すらも付いてなかった宝箱は、簡単に開いてくれてその点は良かった。
そして肝心の中身だが、まずはスキル書が1枚と小魔石が8個程度。それから漬物石サイズの鉱石が1つと、何故か鎌やら骨の矢尻が30個程出て来た。
それから薬品の入った瓶が2本に、割と新しい地図が1枚。地図はどうやらこの遺跡のモノらしいが、宝箱とか特定の書き込みは無い様子。
瓶の中身は、恐らくはポーションではないかとシェリーの助言。こう言うのも『簡易鑑定』などのスキルを取ると、ある程度は分かるようになるらしい。
何も足りてない咲良は、余裕があれば取るよと言葉を濁すのみ。
それにしても宝箱の中身だが、咲良が考えていたよりかなりショボかった。別に金銀財宝を期待していた訳では無いが、もう少し華やかでも良かったのに。
そう愚痴をこぼす主人に、シェリーはこんな浅い場所の宝箱だから仕方が無いとの突き放した口調。そもそもこんな廃墟型のダンジョン、探し回る労力のせいで人気が無い代表なのだ。
短時間で偶然見つけただけでも、運が良かったと言うモノ。
そんな言葉でやり込められた訳では無いが、こちらの世界に来て既に2時間以上が経過している。咲良は出会った冒険者たちに聞いた、前哨基地も見てみようと思い立って。
ひょっとしたら、冒険者が何組かいてポーションを買ってくれるかも知れない。何しろ商売とは、売り手と買う者がいないと成り立たないのだ。
宝箱の中身を回収して一区切りも付いたし、ちょっと移動をしてみようとの提案に。シェリーは賛成も反対もせず、ご主人の意のままにとの返答で。
ドロップ品はどこかの家の中に置いてあった、丈夫そうな革の袋の中へと放り込んで。廃墟型ダンジョンを後にして、大きな道の方へと袋を抱えて歩き出す。
そして本日2度目のパターン、思考に耽る咲良は彼らの接近に全く気付く事が出来ず。幸い向こうも、彼女の奇天烈な格好のお陰で、多少なりとも警戒してくれていたようで。
いかにもガラの悪そうな冒険者3人組が、廃墟の曲がり角付近で驚いたように立ち止まっていた。うおっと声を発したのは、先頭を歩いていたガタイの良い戦士風の男。
咲良の派手な格好に、その男たちは心底驚いている様子。
「うおっ、何だお前……派手な格好しやがって、こんな場所で何してやがるっ!?」
「えっ、何って……モンスター狩りだけど? あっ、冒険者の方ですかね……ポーションはいかがですか、水や保存食もありますよ?」
「何だ、こんな所に行商屋か……こんなに道を外れちゃ、冒険者にも出会えねぇぞ?」
そんな向こうの言葉も、こんな場所で遭遇してしまって説得力も無いけれど。しかしこの3人組、ガラの悪さは見た目から判別出来る程。しかも咲良が営業トークをかましたせいで、リーダーらしき男の顔色が変わってしまった。
つまりは、お前のどこにポーションや水を持っているんだと言う疑問に対して。うっかり咲良が鞄から瓶を取り出した事で、その“魔法の鞄”の性質を知らしめてしまった。
その結果、残りの2人も嫌な笑顔と臨戦態勢に入る状況に。
あからさまでは無いが、前方と左右を囲もうとする相手の動きは穏やかではない。なるほどこんな連中もいるんだと、咲良は多少焦りながらも内心で逃げる算段を考案し始める。
ただし向こうは、ボウガンを含めて既に武器を手にしていると言う。
この状況は非常に良くない、ただし相手は完全にこちらをか弱い女性とみなして油断している。武器も持たずに仲間もいない、流浪の商売人が貴重な装備品を持っていると。
向こうの評価は恐らくこんな感じで、脅せば大人しく貴重な装備を手渡すと思っているのだろう。手荒い真似も辞さないし、慣れっこな雰囲気すら醸し出しているけど。
“大迷宮”は、こんな荒くれ者も内包しているって事だろうか。
争いは避けられそうもないが、相手が武器を持っているのは大問題だ。今や露骨にそれを置いて行けと口走っているヤサぐれ者に、咲良は冷めた視線を返して。
目の前の冒険者は、片手剣を装備してこの恐喝を主導している。剣の刃先はしっかりこちらを向いていて、にやけ顔だが剣の技量はそれ程でもなさそうな気がする。
右手の男は片手斧を所持、問題は左手のボウガンを持っている男だ。
飛び道具と言うのは厄介だが、逆にこれだけ距離が縮まっていると軌道も分かり易くて避けるのも可能だ。終いには有り金も全て置いて行けと、完全に野盗モドキの男達に。
咲良は大仰に降参した振り、鞄を肩から外す素振りを見せ掛けて。手に持つ幟の位置調整、偶然ボウガン男の方へと傾いたように見せ掛けて。
それから先ほど拾った、石の斧や鉱石の入ったズタ袋を、目の前の男目掛けて投げつける。慌てた男の怒声を無視して、咲良は先程の魔犬で練習した手順通りに。
それと共に勢い良く放った空手仕込みの肘打ちは、勢いが良過ぎて両者共倒れになる形に。それでも旗布越しに、ボウガン持ちの追い剥ぎ男の喉の潰れる感触が。
当たり所が相当に悪かったらしく、悪漢は倒された場所で悶絶中だ。肝が冷えたのは、倒れた際に発射されたボウガンの矢が咲良を
最終的には明後日の方向に飛んで行ったけど、もし当たっていたらと思うとゾッとさせられる。こちらの着ている法被は、5百万もするけど防御力は恐らくない感じ。
そしてこの思わぬ反撃に、残り2人の悪漢は
「てめえっ、このアマ……抵抗するつもりかっ!!」
「命が惜しくないようだな、怪我じゃすまねぇぞっ……!?」
命は惜しいが、無抵抗で大切な鞄を奪われる訳にもいかない。何しろ咲良にとっては、ブラック会社から与えられた大切な飯のタネなのである。
追い剥ぎ連中のムシの良さに内心で腹を立てながら、咲良はひたすら冷静に戦況を見極めていた。そして次に取ったのが、転がった状態での幟での足払い攻撃。
これも先程の大ムカデとの戦闘から学んだ、足元からの攻撃って意外と対処に難しいとの観点から。特に対人戦では、滅多にお目に掛かれない攻撃方法な筈である。
この作戦も見事に大
しかも鎌の部分で引っ掛けたので、流血沙汰になってしまった様子。すぐに起き上って来られるよりはマシかと、咲良はその場で体勢を立て直す。
目の前には迫り来る手斧使い、思い切り振りかぶって殴り掛かって来る途中だ。だが、これにビビって受け身になる様では、少なくとも格闘のセンスは皆無であろう。
隙だらけの大振りの一撃なのだ、タイミングを見極めれば反撃は思いの
何しろ彼の持つ幟は、彼の身長程には長さがあるのだ。それだけに振り回すのには腕力も必要だし、余計な旗布が付いている分、扱いにはコツみたいなのが必要になって来るけど。
『旗操術』スキルが良い感じで動きをアシストしてくれているようで。片手でも割と楽に振り回せるし、旗布の空気抵抗は驚く程に少ないと来ている。
そんな訳で、幟の尖端がカウンターで相手の鳩尾にヒット!
特に急所を狙った訳ではないが、的の大きな胴体に向けて差し出した攻撃は最大の効果を得た。突っ込んで来た斧男は、その勢いのまま何故かつんのめってうつ伏せに倒れる始末。
それとは逆にようやく身を起こした咲良、何より怖い敵の武器を走り寄って蹴り飛ばす事に成功する。他の連中の得物も回収して回って、これで身の安全は取り敢えず確保出来た。
残るは、地面に這いつくばって呻いている3人の悪漢のみ。
肝の冷えた戦闘だったけれど、終わってみれば完勝に近い結果に。それでも咲良の心に残るのは、暴力行為による痺れたような苦い感覚のみ。
こんな日常など欲しくは無いが、この先この異世界を放浪するとなれば。何度かこんな目に遭遇する展開は、避けようがないのだろうとも思ってしまう。
あぁ嫌だ、こっちの神経はそんな風には出来ていないと言うのに。
「……一応売り物のポーションあるけど、やっぱ買いません?」
「マスター……戦闘中は口を挟むのを控えましたが、ここは一刻も早く立ち去るべきです」
咲良の自信の無さ気な問いに返って来たのは、聞きたくも無い呻き声とシェリーのお説教の言葉のみ。自分が招いた結果だとは言え、半分以上は相手にも非があるのだし仕方がない。
それよりこの結末の、落としどころはどうつけるのだろう?
――今日の行商は完全に失敗かなと、咲良は心の中で反省するのだった。
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