第7話 売り物の商品は良質らしい



 どうしようかと、異界で途方に暮れていた1時間前よりは、幾分マシな状況になってると感じている咲良だけど。正直なところ、まだまだ分からない事だらけに違いは無く。

 実際、見知らぬ場所で1人でうろついていたら、もっと心細かっただろう。だが今は、音声ナビゲートAIのシェリーがきちんと情報を教えてくれる。

 それにレベルアップも果たしたし、スキルも新たに取得した。


「そう言えば、この異世界の活動は3時間だって言われてたけど……本当に3時間で回収して貰えるのかな? 話によると、向こうでは2時間しか経過しないそうだけど。

 この魔法の鞄の事もあるし、あながち嘘だと言い切れないよねぇ」

「空間魔法の得意な異種族が、この異世界販売事業に一枚噛んでるのは聞き及んでます。ちなみにあの支社長は契魔族と呼称されている種族で、契約魔法の使い手ですね。

 彼らと契約した内容を一方的に破棄するのは、自殺行為だと進言しておきます。マスターの魂が質に入っていますので、最悪身体を乗っ取られる恐れがありますね」

「えっ…………そ、そんな事が本当に起こり得るの?」


 起こり得るらしい、それはとても怖い話だが重要な情報でもある。その契約をどうにかするまでは、不本意でも奴らとの契約には従わないと駄目な模様。

 うんざりする咲良だったが、現在の彼女の手には余る重大事項でもある訳で。取り敢えずは目の前の事柄を、1つずつこなして行くしか手は無い感じ。


 ついでの情報で、シェリーは咲良が現在『見習い』中なのだと教えてくれた。この期間を無事に終えると、晴れてFランクが与えられるらしい。

 そうなると、ポーションや保存食の手持ちの数が増えるし、実業時間も4時間に増えてくれるとの事。当面の目標だが、その5日に及ぶ『見習い』期間を無難に終える事っぽい。


 休憩ついでに、彼女は売り物の保存食を1個取り出して、試食では無いけど口にしていた。これから他人に売る商品なので、どんな味がするとか知っておきたかったのだ。

 お勧めするのにも、不味くて食べられないとか粗悪品を売りつけるのは意に反するし。幸いと言うか、口当たりも良いしシェリーによると栄養価も高いそうだ。

 これの売値が1個千円、結構するけどそんなモノか?


 保存食と言うだけあって、2週間以上は常温でも腐らないらしい。味はカ〇リーメ〇ト程度には美味しいし、大きさも満腹感を得られる程にはある。

 それから飲料水だけど、こちらも同じく売り物のペットボトルの中に入っている。1リットルが300円らしく、日本人の感覚では物凄くお高いけれど。

 でもまぁ、持ち歩く労力を考えると妥当なのかも。


 こちらは魔法の鞄のお陰で、重さは全く感じる事は無いのは凄い利点だ。ただし、冒険者が外泊有りで探索に勤しむ時には、割と大変だろうとは察せられる。

 飲み水の確保がいつも上手く行くとは限らないし、水が無ければ死活問題である。そういう意味では、ぼったくりとも言い切れない値段設定ではあると思う。

 これが鞄の中に、現在20本(20リットル)ほど入っていて。


 毎日のノルマで、これを売り切るのが販売員に与えられた業務らしい。割とハードな設定だけど、本当に大丈夫なのか不安になる咲良。大体、今だって1時間で冒険者1組としか遭遇していないと言うのに。

 場所が悪かったと言われればそれまでだが、今後は出現場所もこちらで選べるか不明である。自分に商才があるとは思ってない咲良は、こちらは既に諦め模様。

 ただし、冒険者稼業はスキル次第で行けそうな気配が?


「そう言わずに販売の方も頑張りましょう、マスター。私がサポートすれば、一定の収入は確保出来ると進言します。売り上げが低迷すると、会社に睨まれてブラックリスト入りになる恐れが高まります。

 マスターが求めるのはお金ですか、それとも強さや名声ですか?」

「う~ん……実際問題として、普通に生活して行く上でお金は欲しいよねぇ。出来れは、あのインチキ会社との契約を完全に破棄したいのが第一目標だけど。日々の安定した稼ぎは、もちろん大事だし……。

 名声なんて欲しくないけど、冒険者としての活動にはちょっとした憧れが」


 休憩しながらの、今後の方針決めなどを2人(?)で行いつつ。結局決まったのは、しばらくは異世界に慣れるために好きに行動してみようと言うファジーな行動指針。

 サポート役のシェリーに関しては、日々の売り上げ目標やら危険区域や特定モンスターに近づかないなど、明確な指標を色々と唱えていたのだけれど。

 肝心の咲良の方が、全くこの大迷宮の仕様に慣れていない訳で。


 当分の間は、売上げやら冒険やらダンジョンやらと、小難しい事は棚上げにしておく事に。それでも目の前に広がる遺跡っぽい建物群に関しては、是非とも探索してみたい咲良である。

 今の逆境を深く考えなければ、少しは良い所が見えて来ると言うか。幸いにもその日の売上げの3割は、彼女の取り分として翌日には口座に振り込まれるらしい。

 そして迷宮のドロップ報酬も、シェリーが換金してくれるとも。


 それも日本円にだ、結構凄い機能を持ってらっしゃるサポートAIである。もちろん余剰に稼いだ分は、借金返済に回す事も可能らしいのだけれど。

 それで完済する事が出来れば、晴れて自由の身ではある。そうすればこの異世界行商人から足を洗っても良いし、そのまま稼ぎ続けても良いって話である。

 現在の販売員の中にも、そういう人は結構いるそうだ。


「現在の、月間売り上げトップ5の販売員の方々は全員そうですね。レベルも総じて高く、皆さんAランクの販売員で日々稼いでいらっしゃいます。

 何せ時間を有効に使えるメリットがありますから、月の販売額だけで平均で数百万円は軽く稼いでます。ランクが上がると、任される商品も倍以上に増えますから。

 逆に言えば、上り詰めて辞める人の率の方が少ないですね」

「えっ、マジで……? そりゃあ確かに、確実な販売網と敵を倒せる実力があれば続ける事は苦では無さそうだけど。そこまで死なずに行けるかな、やっぱり先にレベル上げ?

 この世界でコネを作るのは、二の次になっちゃうけど」


 咲良の取り敢えずの方針だが、シェリーにもおおむね賛成して貰って。それじゃあと休憩を切り上げて、彼女は目の前に拡がっている廃墟を見渡す。

 その崩れかけた街並みは、特に敵に侵攻を受けて崩壊したと言う感じでも無かった。普通に造られたけど、人が住みつかず寂れて行ったような雰囲気。

 違和感はあるけど、大迷宮にはこんな場所は割とあるらしい。


 言ってみれば、廃墟に似た建築群とでも表現したら良いだろうか。街並みは恐ろしく整然としていて、廃墟と呼ぶには違和感があり過ぎる。

 人を呼び込むために造られた、テーマパークか何かのような感じ。人が住もうと思えば、さほどの手入れも必要ない位には崩壊は進んでいない。


 街路も建物も、それは同じ評価が受け取れる。最初は戸惑いつつも、その廃墟に踏み込んだ咲良だったけれど。建物の内部の綺麗さに、逆に不安の感情が高まって行きそうに。

 人のいない不自然さとでも言おうか、それが怖い想像を駆り立ててしまう感じ。不気味な静けさが怖くて、咲良はシェリーと他愛ない話をしながら探索を続ける。


 目的は宝箱の発見である、それは終始一貫してブレない目標だ。楽して稼ごうでは無いけど、宝箱の存在は冒険者の大きな原動力になっているのは間違い無い。

 咲良も同じく、気分は完全に宝探しゲームである。廃墟は死角が多いので、どこかにひっそり置かれているんじゃないかと勘繰ってしまう。


 それを阻むかのように、最初の角に達する頃に最初の敵が出現した。先ほどの雑木林とは敵の配置は違うようで、中型犬タイプの魔物が襲い掛かって来た。

 咲良は慌てて、手にしたのぼりでそれを撃退。


「うわっ、と……コイツはさっきの奴らよりは強敵だねっ! 1匹だから良かったけど、群れで来られたら厄介かも……」

「魔犬はランクF+のモンスターですね……それより戦闘音を聞きつけて、新たな敵が接近中です、マスター。しかも複数の気配を感じます、囲まれないように気を付けて下さい」

「えっ、マジですか……」


 さっきの甲虫や大ネズミがランクFだったので、魔犬の単体での強さは確実に上だった模様。更にその戦闘音を聞きつけて、パペット型のモンスターが2体ほどやって来ていた。

 細身の木彫り人形と言う感じの容姿だが、手には棍棒を持っている。武器持ちと言う時点で侮れないと、咲良は気を引き締めて戦いに臨んだのだが。

 リーチの差もあって、2対1でも何とか勝利をあげる事に成功。


 とは言え、最大限に地の利を活かしての作戦勝ちだったのだけど。近くの屋敷っぽい大きな門を活用して、囲まれないように配慮しての戦闘をこなして。

 敵の防御の弱さに助けられたけど、向こうの棍棒の攻撃は割と鋭かった。細身の人形と侮っていたら、割と大変な事になっていたかも知れない。


 それにしても、現在咲良が身を潜ませている屋敷も結構な大きさである。試しに簡単に中を覗いてみたのだが、廃墟と化した家内には特に金目のものは見当たらず。

 宝箱も無いみたいで、逆に部屋に潜んでいた大ゴキブリに襲われて肝を冷やす破目に。そのうちの1匹に顔に貼り付かれそうになった時には、恥も外見も無く大声を出してしまった。

 そして気付くのは、この幟型の武器は接近戦には不利と言う事実。


 だがまぁ仕方が無い、万能な武器や防具など恐らくこの世に存在しないのだろうし。それよりこんな害虫型モンスターも、倒せば魔石をドロップしてくれるみたいだ。

 恐ろしく小さいので、換金価値はあまり無いのだろうけれど。それでもこうやって敵を倒して行けば、レベル3もそう遠くはない筈だ。

 そうやって勇んで屋敷の庭に出た途端、またもや蟲型モンスターの不意打ちが。


「マスター、気を付けて……っ! 敵の気配を微かに感じます!!」

「えっ、マジで……うきゃっ!?」


 気付いた時には足元に噛みつかれ、猛烈な痛みと共に毒を受けていた。1メートルを超す大ムカデの姿に、咲良はゴキブリと違った意味で怖気立つ。

 やっちまった感に襲われつつも、とにかく反撃を試みる咲良。身体を登って来ようとしたソイツを、石突の部分で何とか引っ掛けてひっくり返して。

 それから先端の鎌で、敵の長細い身体を滅多刺し!


 敵が動かなくなるまで、結構な時間が経過した気がする。大ムカデが粒子となって消える頃には、咲良の噛まれた右脚は凄い事になっていた。

 恐る恐るズボンをめくり上げて確認してみると、患部は赤紫に腫れ上がって酷い有り様に。泣きそうになっていたら、シェリーが売り物の『毒消し』の存在を教えてくれた。

 ズキズキと痛む傷口を我慢して、咲良は鞄から小瓶を取り出す。


 考えてみたら、緊急時にもこのアルミ型の蓋は便利かも知れない。指先1本で開けれるし、この大きさならボッケに入れていても邪魔にはならないだろう。

 シェリーのアドバイスに従って、咲良は震える指先で液体の半分を患部へと降り掛ける。もう半分は、口から胃へと流し込んでオッケーらしい。

 薬草の青っぽい匂いが、結構鼻につくがそこは我慢。


 驚いた事に、モノの数分で毒消し薬の効果は現れ始めた。まずは気持ち悪い位に脹れていた患部が、段々としぼんで色も元の肌色へと戻って行く。

 それから心臓のリズムと共にズキズキ痛んでいた痛みも、潮が引くように治まって行ってくれて。驚きの効果である、これなら現世でも結構な値段で売れそうな。

 ただまぁ、法律やら利権やら面倒臭そうではあるが。


「凄い効果だなぁ、私がこれから売る商品はまともみたいで安心はしたけど……行商人を確保する手段だけが違法なんだね、あの商会って。

 つまりは、普通に募集掛けても埒が明かないって証拠かもだけど」

「そりゃまぁ、常に命の危険のある職場ですからね……初心者で始めた行商人の約6割が、1か月以内に命を落としていますし。半年以上続けられる猛者は、更にその半分とのデータです。

 だからこそ、彼らは頻繁に新入社員を募集してる訳ですよ。正規も違法も問わずですけど、それでも人数は足りていないのが現状です。

 マスターの前でアレですけど、成功例なんて1割に満ちませんね」


 正直者のシェリーは、商会の内情を何とも簡潔に暴露してくれた。それから代金の催促も忘れない、先ほどの保存食も咲良のポケットマネーからだったと言うのに。

 痛い出費だが、背に腹は代えられないと財布からお金を取り出す咲良。毒消し薬は750円らしい、ちなみにポーションは1千円ポッキリとの事。


 お高い薬品だが、何だかそれも購入する破目になりそうな予感。それはそれで良いのだが、それを使う事態とはつまり怪我を負う事を意味する訳で。

 でもまぁ、それなりの準備や心構えは必要かと咲良は思い直す。大迷宮での常識なんて、まだ全く分からない身の上なのだし。


 ちなみに商品のポーションや保存食だが、それがほぼ捨て値で売られている異世界から、商会の社員が大量購入して常時ストックしているらしい。

 大航海時代を思わせる、儲け理論の実践はかくとして。





 ――そんな奴らに肩入れしているのだと、うんざりな気分の咲良だった。




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