第2話 現在地は判明したけど



 やっぱりここは“大迷宮”で間違いないようだ、少なくとも冒険者達はそう言う見解らしい。そんな彼らの仕事は、ここで敵を狩ったり宝箱を探したりがメインとの事で。

 それはそれで楽しそうだ、恐らくは命懸けな上、種々様々な苦労も発生するのだろうけれど。少なくとも、咲良さくらが押し付けられた販売員よりは儲かりそうな気配はする。


 どのみち、この異界を歩き回るリスクはそれ程変わらないのだろうし。これからの、バイトでのお金儲けの指針にはなりそうな気配。

 もっとも、契約の解除が出来ないかを模索するのが先ではあるけど。社長の話では、魔法的な契約は絶対で、逆らうと酷いペナルティがある的な忠告を口にしていた。

 それによると、他人への相談もペナルティの対象らしく。


 さっきの冒険者の話では、大迷宮を拠点とする行商人はまだまだ少なくて、不便は感じているとの事で。噂の前哨基地に関しても、物資が豊富とはお世辞にも言えないとの話だった。

 ひょっとして、そこにビジネスチャンスが転がっているかもと、わざわざそこまでの道のりまで教えて貰った咲良。丁寧にお礼を述べながら、彼らに別れを告げて。


 再び独りとなった、現在の状況である……とは言え困った、ここが何処かは分かったモノの。異世界の“大迷宮”でポーションや携帯食の行商は、素人には荷が重すぎる。

 さっき出会った彼らは、欲しがる冒険者は一定数存在するのではと口にしていたけれど。上手く売り込めるかはまた別の話で、そんな経験など咲良にあろう筈もなく。

 とは言え、時間を無駄にするのも勿体無い気が。


「選択肢が増えちゃったなぁ……安全そうな前哨基地に行ってみるか、それともここらを徘徊するモンスターとやらを見てみたい気も……」


 去って行く冒険者たちの後ろ姿を眺めながら、彼らの残したアドバイスを脳内整理する咲良。情報も売れるとは良い事を聞いたが、迷宮ビギナーの彼女には生憎とそんなモノは皆無だ。

 それを探すために、しばらくこの周辺を探索するのも悪くない気がして来た。気前が良いと太鼓判を押されたこの“大迷宮”だが、儲け口のパターンは幾つあっても悪い訳は無い。


 それもこれも、全ては生きて戻れればの話ではあるけど……それは先程の冒険者達も口にしていた、定番のネタでもあるらしい。つまりは危険を見極めて、無理せずコツコツ攻略に励めとの助言っぽい。

 咲良にしても、無理をするつもりは毛頭ないのだけれど。持ち前の好奇心が頭をもたげて、この地のモンスターとやらをこの目で確かめてみたいと言うのが本音ではある。

 ましてや金目のものが満載の宝箱が、平気で周辺に転がっているとの話!


 その理由については詳しく言及出来なかったが、どうやらそれを発見~回収に至れば、5人チームでも半月程度は余裕で暮らせる稼ぎが入手可能との事だ。

さすがに大通りの周辺には出現しないが、少し道を入っての発見話はそこそこあるらしい。そんな話を聞いて、少し楽しくなって来た咲良である。


 確かにこの地は、単身でうろつき回るには物騒であるには違いない。だからと言って、この地が初見の自分と組んでくれるお人好しの冒険者を探すのも骨なのは確か。

 コミュニケーション能力はそこそこあるけど、咲良の奇天烈な格好に眉をひそめない者はいないだろうし。戦闘自体も、彼女は玄人と言うレベルにはお世辞にも達してはいない。

 たしなみ程度に、幼少期に剣道や空手を習った程度である。


 そう言えば、ある程度はスマホの運動サポート機能が、持ち主の動きを補助してくれるとの説明を聞いたような。さすが高価なだけはあるが、それだけこの場所が危険だからとも取れる。

 しばらく迷った末、咲良は少しだけ大通りを外れてみる事を決意した。お宝満載の宝箱を発見出来るかも知れないと言う可能性は、かなり魅力的には違いないので。

 危険はある程度仕方がない、冒険者の真似事の開始である。




 最初に目的地にしていた雑木林は、そう言う意味ではモンスターの宝庫だった。人間を見たら襲い掛かって来るソイツらは、やはりゲームで言う所の“敵役”なのだろう。

 さっきの冒険者の話では、こんな雑魚でも狩れば幾らかの稼ぎになるらしい。咲良が苦労して倒した敵は、ネズミやイタチ、それからヘビ型の動物タイプが主だった。


 ソイツらを余り苦労せず倒せたのは、スマホのサポートが優秀だったせいかも。いや、あの派手な色合いののぼりも、武器としては秀逸には違いなかった。

 力任せに殴るも良し、引っ掛けてぐも良しの多機能性を備えており。しかも、布の部分で絡め取って動きを止めるも良しと来ている。


 ただしかなり癖があるのも確かで、扱いづらいなと戦闘中に思ったのも事実。慣れるにも相当な使い込みが必要だろうが、やはりサポートは存在するのかも。

 上手く使いこなせるようになれば、強力な相棒と呼んでも差し支え無さそう。さすが5百万もした装備品である、値段に合っているかは全く不明だが。


 咲良が遭遇したモンスター達も、なるほど敵と呼んで差し支えなかった。何しろこちらを視認した途端に、連中は問答無用で襲い掛かって来るのだ。

 イタチに似た奴は大抵単独だったが、ネズミタイプは性質タチが悪い。複数匹での群れ行動が常識で、その獰猛さは雑食を通り越して肉食かと疑いたくなる程。


 大きさもラグビーボール位は優にありそう、それが群れを成して飛び掛かって来るのだ。正直言って肝が冷えた、生存競争って恐ろしいと思う。

 そして何匹か倒し終えて、ようやく戦闘での動きに少しだけ自信がついて来たころ。突然腰のスマホが、ピコピコと何かの通達が来たと告げ始めた。


 実は実生活では未だにガラケーで、スマホの使い方がイマイチ分からない咲良である。これも全て貧乏のせいなのだが、幸いタッチパネルの扱い程度なら何となく分かる。

 友達の使っている場面を、何度も見ていたのが功を奏した訳なのだが。今まで支給されたソレに触ろうとしなかったのは、単純に怖かったからって理由もあったり。

 しょっぱい事実ながらも、今はそうも言ってられない現状である。


 いや、この通知音を無視すれば話は丸く収まったりはしないだろうかと、咲良は後ろ向きな思考を走らせる。今は雑木林を引き返し、道端で一息ついている所。

 幸い大した怪我もせず、最初の戦闘は終了と言うか中断の運びに。大きな樹の下に腰掛けて、咲良はさっきまでの戦闘風景を思い浮かべてみる。


 モンスターを蹴散らした結果、奴らは死体も残さず粒子となって消えてしまった。その後には、決まって小さな鮮やかな色合いの石の欠片を落としていて。

 残念ながら、ゲームの様に経験値や派手なドロップ品は得られなかったなぁとがっかりしていた所に。急にスマホからの通知である、どうやら咲良はレベルアップしたらしい。

 まぁ良かった、今までの戦いが無駄な殺生にならずに済んだ。


「えぇと……確か画面を触れば良いんだよね?」


 お年寄りのようなたどたどしい操作で、スマホを扱う咲良だったけど。彼女の指がモニターの中心の、ふわっとした綿ボコみたいな架空生物に触れた途端、画面は簡易ライン会話のページへと数瞬で切り替わる。

 そしてそれは、猛烈な勢いで勝手に文字を並べ立て始めた。


『――おめでとう御座ございます、マスター。戦闘経験値を一定値得た結果、レベルが2へと上がりました。それから初めまして……私の名前はシェリー、案内用アンドロイドです。

 1時間以上話し掛ける機会を窺ってました、こんな屈辱は初めてです!』

「おぉう……っ、スマホに怒られた!?」

『今のは、私への発言ととらえてよろしいでしょうか? そりゃあ怒りますよ、私の存在意義を全否定されたのですから……案内用アンドロイドの存在意義、分かります!?

 私がしたいのは縁の下のサポートです、頼って下さい!!』


 スマホ初心者の咲良が驚くのも、まぁ無理はない。案内用アンドロイドは完全に機嫌を損ねており、所有から長々と無視された事に対する恨みを書きつづっていた。

 まるで意思を持っているかのようなその態度に、さすがに怖くなった咲良。現実世界のアンドロイドの進化の、更に上を行く破天荒な問答に思わず絶句してしまう。


 とは言え、このまま放置もさすがに不味いと、本能で感じる咲良である。例えばこの遣り取りを見ないフリで、画面をそっと閉じてしまうのは悪手だろう。

 そんな未来の可能性を、ちょっとだけ考えてしまった彼女だけれど。案内用アンドロイドの主張は、自分の機能を頼ってくれとのその一点に尽き。


 取り敢えず平謝りからそちらの意向に沿うと言葉を発したら、すんなりと大人しくなったサポートAIである。シェリーと名乗った彼女は、改めて丁寧な口調でご用件はと問うて来る。

 ようやく本来の用件に、紆余曲折を経て戻って来た感じ。


「そうそう……えっと、私が話せばそちらに通じるんだっけ? スマホのレベルアップの通知について、ちょっと伺いたいんですけど……。

 それから、この手の機械にうといので、今までの無礼はご容赦頂ければ」

『私の名前はシェリーです、マスター。貴方はマスターなので、丁寧口調は辞めて頂いて構いません。私は優秀なので、外部からの音声との対話も可能です。

 マスターのステータス画面に関しては、サブ画面のサムネイルから進めますよ?』


 どうやらシェリーの機嫌は直ったらしく、丁寧な案内が文字の羅列で返って来た。その事実に、ようやく内心で胸を撫で下ろす咲良である。

 それから彼女は、言われた通りにスマホ画面を切り替えてみる。シェリーはふわモコ姿に戻って、スマホ画面内をフワフワ移動して案内を続けてくれた。


 ステータス欄のサムネイルには赤い丸が付いていて、シェリーはこれを押してと吹き出しで催促する。なるほど、赤い点は催促の印であるらしい。

 仕事熱心な案内人に、思わず咲良はほっこり。



名前:椿咲良  職業:行商人  ランク:見習い

販売力:F-  懲罰P:512

レベル:02   HP 15/15  MP 10/10  SP09/09


筋力:11  体力:13   器用:10

敏捷:10  魔力:06   精神:14

幸運:07  魅力:08   名声:---

スキル(6P):『運動補正』

称号:『奴隷販売員』

サポート:『シェリー』F-



 そこには簡潔な感じで、咲良に関するステータスが表示されていた。称号など色々と突っ込みたい所はあるが、概ね理解の範囲内ではある。

 つまりは咲良の持つ、ゲームなどで得た知識の範囲内での言葉としてではあるが。例えば筋力や体力、これが示すのは言葉通りであるのは間違いなさそう。


 良く分からないのは、やはりスキルの『運動補正』だろうか。それと一番気になるのは、懲罰ちょうばつポイントの512の数字の欄……。

 この数値が果たして多いのか少ないのか、個人的に大いに気になる所。その果てに待っている懲罰とやらも不安でしか無いし、レベルアップの喜びなどかすんでしまいそう。


 『運動補正』については、あの悪徳社長の言ってたスマホ補佐の効果の事なのかも? 何だか戦闘中に動きやすいなと思っていたけど、このスキルとやらが働いていたのだろう。

 スキル(6P)との表示にしても、やっぱり何だか良く分からない。それ以上に、懲罰Pが何を意味するかがとっても不安ではあるけれど。

 ここは素直に、彼女サポートAIに訊いてみるべき?


「えっと、シェリー……このスキルって項目について、早速だけど教えて欲しいんだけど? ここに書かれてる数字と、それから『運動補正』って奴について。

 あとは、上の欄の懲罰ポイントって……一体ナニ?」

『マスターは現在、レベルアップ時に2PのスキルPを得ています。あとの4Pは、異世界に到達したボーナスと、3種の神器を初使用したボーナスで得たポイントです。

 これで合計6Pですね……このポイント内で、新たなスキルを取得が可能となります。取得はサブ画面の、スキル獲得画面から行って下さい。

 『運動補正』ですが、これは販売員全員にお祝いにプレゼントされたスキルです。それから懲罰Pですが……会社にとってマイナスの行いをすると、どんどん溜まって行きます。

 そしてある一定の数値を超えると、問答無用で懲罰が執行されます』





 ――ある程度予想していたが、実際に聞くとショックな“懲罰”執行の言葉である。






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