第3話

このまま、この山村で暮らしていてもいいんだろうか。そんな問いが自分の中に浮かぶ。ここではないどこかに楽園があって、そこにいけば、私は思う存分能力を発揮できるんだ、そんな考えが私の中にあるからかもしれない。林業の現場管理の仕事を始めて、一年がたったけれど、給料の水準はとても低い。それに、日中は山にいるので、事務作業は夜しないといけない。定時で帰れない。そんな条件が重なってくると、このままここにいてもいいんだろうかという思いが湧いて出てくる。一緒に職場で働く人も、愚痴ばかり。しんどいなと思う。それでも、日中、山で過ごしていると、その時間はとても貴重な時間に思える。


今日は、山に行って、崩壊した斜面を修復する仕事をした。崩壊した斜面は林道に面していた。林道の通行の邪魔にならないようにするために、斜面の土を重機で取り除いた。それに、再度、斜面が崩壊したら困るので、そこに丸太を組んで、斜面を安定させるための構造物を作った。今日一日は、その作業に当たった。とても疲れた。重機に吊るされた、長さ四メートル以上もある丸太を、斜面の所定の場所に誘導したり、組んだ丸太と丸太の間に、スコップを使って土を詰めたりした。全身が泥だらけになった。服が汗で濡れた。一つのミスで大きな事故に繋がりかねない作業だった。神経を使った。時間があっという間に流れて行った。気がつくと、時刻は5時を回っていた。終業の時刻を過ぎていた。それから、軽バンを運転して山を降りて、事務所に帰った。くたくただったけど、やらないといけない仕事が残っていたので、パソコンを前にして、図面を作成したり、山林を調査した際の資料をまとめたりした。今日は本当によくがんばったと思う。がんばったけど、なんだか、その頑張りが報われないような気がするから、この仕事を続けていてもいいんだろうかって思いが、今の私の中に湧いてくるのかもしれない。


明日も、現場にいき、昨日の仕事の続きをする。それに、作成しないといけない契約書も溜まっているので、現場での仕事を終えてから、事務所に帰って、その仕事に取り組む必要がある。仕事を頑張っても、誰からも感謝されない。でも、やるしかないんだ。そんなことを、考えてる。もうすぐ給料日なので、そのお金で本を買おうと思う。文化人類学者のティムインゴルド が新刊を出す。それを購入したい。やはり、私にとって、本を読むことはとても大切な営みだ。松明の炎を守るように、本を読む営みを続けていきたい。それに、給料は少ないけど、山にいき身体を動かしていると、ご飯を美味しく食べれるし、夜もよく眠れる。良いことだと思う。

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