第52話 再会

「とりあえず、千鶴にメッセ送るか」


魔石売却が終わり、普段着に着替え終わった俺は帰り道を歩いていた。

アホすぎる自分のせいで真由のことを相談し忘れていたので、直ぐに千鶴にメッセージを送る。


この前千鶴にあった時、しばらくは次のダンジョンに集中するため忙しいと言っていたので申し訳ないとは思いつつ、これについては相談しないわけにはいかない。


『真由の事で少し相談したいことがあるから、時間あるときに連絡してほしい』

「とりあえずこれでいいかな」


スマホにメッセージを打ち込み送信ボタンを押した。

いつ返事が来るか分からないが、早めに帰って来るといいなぁ。


「え?師範代?」


そんなことを考えながら歩いていると、ふと声を掛けられた。


「ん?彩香?」


振り返ってみると、そこにはうちの門下生である彩香の姿が目に入った。

トートバックを肩から下げている彼女は、非常に驚いた顔をしている。


俺が探索者になってから一度も道場へは顔を出していないので、彩香と会うのも久しぶりだ。


「久しぶり」

「えぇ、お久しぶりです。本当に……」


そう言いながら彩香は笑顔を浮かべた。

何故かは知らないけど、周囲の気温が下がったような気がした。


おかしいな、今はそんなに寒くない季節のはずなんだけど…。


「か、買い物の帰りか?」

「はい、丁度夕飯の買い物をしていました。師範代は……ダンジョンからの帰りですか?」

「あぁそうだけど、ってあれ?俺が探索者になったこと言ったっけ?」

「師範からお聞きしました」

「あ、そうなんだ…」


おかしいな、普通に会話しているだけなのに何でこんなにプレッシャーを感じるんだ?

だが俺にはこのプレッシャーに覚えがあった。


あれはそう、丁度真由のお見舞いに行った時だ。

真由と天心百花の話題を話しているときに、こう聞かれたことがある。


『慧君って天心百花のクランマスターとかどう思う?』

『どうって?』

『ほら、よく美しすぎる探索者って話題になってるでしょ?だから慧君もそう思ったりするのかなぁ~って』

『あ~、確かに風音さんって美人だよな。年上のお姉さんって感じだし、あのおっとりした雰囲気とか良いよね』

『ふ~ん、そうなんだ~』

『ま、真由?』

『ん~?なに~?』


うん、あの時の真由からも謎のプレッシャーを感じた。

そして今と同じように、周囲の気温が下がったようにも感じた。


その時は結局原因が分からなかった。

だから何故今彩香も同じようなプレッシャーを放っているのかが分からない。


「あ、師範代、この後時間ありますか?」

「こ、この後?」

「はい」

「まぁ、あるっちゃあるけど…」

「そうしたら、少しお茶して行きませんか?」


彩香がニコニコした表情で首を少しだけ傾けながらそう尋ねてきた。

おかしいな、普通に誘ってくれてるはずなのに、何故か断ってはいけないような気がする。


自慢ではないが、俺は直感が当たる方だ。

ならば、俺の答えは決まっている。


「わ、分かった。近場によく行くカフェがあるからそこに行こうか」

「はい!」


俺の返答を聞いた彩香は凄く嬉しそうにしている。


別にプレッシャーに屈したわけじゃないぞ?

俺は直感に従っただけだ。


そんな謎の自己弁護をしながら彩香と共にカフェへと向かった。


▼△▼△


カフェに来た俺たちは席に座り、飲み物を注文した。


「でも、まさか師範代が探索者になるなんてビックリしました」

「あ~、俺もまさか自分が探索者になるなんて思わなかったよ。師範代の仕事も楽しかったし」

「じゃあ、なんで辞めちゃったんですか…?」


彩香は凄く悲しそうな顔でそう聞いてきた。

う~ん、どう答えるべきか…。


俺は千鶴からスキルを手に入れる方法を内密に聞いていた。

それに確か彩香には俺がスキルを持っていないことを話してなかったはずだ。


そのことについて触れないで説明するとなると…。


「ち、千鶴に進められてダンジョンに入ったら中々有用なスキルがゲットできてさ、これなら上を目指せるかもしれないから探索者にならないかって進められてね」

「そうですか……千鶴さんが………」


そう伝えた瞬間、一瞬だが彩香の表情が抜け落ちたように見えた。

それに息を飲んだ次の瞬間にはニコニコとした表情に戻っている。


あ、あれ?見間違いかな…?

そうだよな、いつも楽しそうにしていた彩香があんな表情をするわけないよな…。


「私は悲しかったですよ?師範代が突然辞めてしまって」

「あ~、それはごめん」

「でも、良かったです。今日師範代に会えて」

「俺も彩香に会えて嬉しいよ」

「そ、そうですかっ」

「うん、元々落ち着いたら探索者になった事とかを説明しようと思ってたからね」

「そうですか……」


門下生の中でも、彩香とはよく話す間柄だったので少し心残りがあった。

本当はもっと教えたい事もあったんだけど、それは父さんが教えてくれるだろう。


それに彼女はかなり才能があるので、近いうちに免許皆伝まで行くかもしれない。

そうなれば、うちの道場史上2人目の女性での免許皆伝者になる。


もちろん、1人目は千鶴だ。


「実は、少し師範代にお願いがあったんです」

「お願い?」


なんだろう、彩香がお願いとは珍しい。

いや、そんなに珍しくないか?

稽古中もよく教えて欲しいとお願いされてた記憶がある。


「はい、その、私も探索者になろうと思っているんですけど、まだスキルを持っていないので師範代さえ良ければ、スキルを取るために一緒にダンジョンへ行ってもらえませんか?」

「ダンジョンへ…」


これは少し驚いた。

以前彩香に将来何になりたいか聞いたことがあったのだが、その時はまだ何も決まっていないと言っていた。


そんな彩香が探索者になりたいとは、何か心変わりでもあったのか?

まさか、俺が探索者になったから彩香も探索者になろうとしてるのか…?

いや、落ち着け慧、それは男によくある勘違いだ。


勝手に思わせぶりな態度だと思い込み、勝手に期待して、勝手に玉砕する。

古来より男が繰り返してきた悲しい業だ。


そう、きっと彩香の周りには探索者に興味がある人が居なくて、スキルを取りに行けなかったんだろう。

そんなところへ最近探索者になった俺が現れたから、丁度いいと感じているのかもしれない。


「いいよ、ダンジョンへ行こうか」

「本当ですかっ!」

「うん」

「ありがとうございます!」


特に不都合があるわけでもないので、俺は彩香のお願いを了承した。

まぁ突然師範代を辞めてしまった負い目もあるし。


「いつ行く?」

「そうですね……帰って予定を確認してから決めたいので、連絡先を交換してもいいでしょうか…?」

「確かにその方がいいか、分かった」


彩香にも色々予定があるだろうし、ちゃんと予定を確認してからの方が良さそうだな。


俺はスマホを取り出して彩香と連絡先を交換した。


「ありがとうございます!」


彩香は非常に嬉しそうにしており、いつの間にかプレッシャーも消えていた。

何が原因だったのか分からないけど、ひとまず良かったかな?

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