第5話 可能性
多数の女性の視線を浴びながら席に着き、メニュー表を広げる。
いや~これほど多くの熱い視線を浴びるのは初めてだ、モテ気でも来たかな?
…。現実逃避はやめて飲み物とパフェを注文することにしよう。
「顔色が悪いが大丈夫か?」
「うん?あぁ、大丈夫だよ」
「熱でもあるのか?」
「ないない、超元気だよ」
「本当か?無理してないか?うん、熱はないみたいだな」
「...」
千鶴さん?なんで今日に限ってそんな優しいんですかね。
今もわざわざ俺のおでこに手を当てて熱を図らなくても良かったんじゃないか?
ほら、そんなことするから周囲の視線が強くなったじゃないか。
このままだと視線だけで俺に穴が空くぞ。
「すみません、ダンジョンコーヒーとスペシャルデラックスパフェアラモードを一つ下さい」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「お前はいつもそれを食べてるな」
「千鶴は今日は食べないのか?」
「あぁ、あまりお腹が空いてなくてな」
「ふ~ん?」
珍しいこともあるもんだ、千鶴がパフェを食べないなんて。
「そう言えば、ダンジョンニュース見たよ」
「あぁ、最近攻略したダンジョンのやつか」
「そうそう、ニュースに千鶴が出ててビックリした」
「私はインタビューなど受ける気はなかったんだが、仲間がどうしてもと言ってな...」
インタビューの話しになると少し恥ずかしそうにしていた。
あんなに凛々しくインタビューに応じていたのに、本当は恥ずかしかったんだろうか?
だとしたらちょっと可愛いな。
「今回潜ったダンジョンはどうだった?」
「そうだな、私たちのクランが潜るにしては難易度が少し低かったな」
「確か調査の一環で潜ったんだっけ?」
「そうだ」
ダンジョンに潜るのには様々な理由がある。
素材が欲しい、邪魔な所にダンジョンがあるので攻略して消したい、未調査のダンジョンだから調査をしたい、などが主な理由だ。
この中でも今回千鶴が潜った理由は未調査ダンジョンを調査する為だったはずだ。
未調査ゆえに、どの程度の難易度なのか分からないので大体は実力のあるクランやチームが調査を依頼される。
「どんな感じだった?」
「そうだな、洞窟タイプのダンジョンで獣系のモンスターが多かったがそれくらいだったな」
「へ~、じゃあウルフとか出た?」
「あぁ出たぞ、他にもダンジョンラットやパワーベアーなんかも出たな」
「おぉ、まさにダンジョンって感じだ」
「当然だろう、ダンジョンに潜ってるのだから」
千鶴の話しを聞くとまさしくダンジョンと言ったらというようなモンスターの名前が上がったので思わずテンションが上がる。
その様子が面白かったのか微笑ましいものを見るような目をしながら千鶴が答えていた。
「ボスは何だったんだ?」
「オルトロスが出てきたな」
「へ~、頭が二個あるウルフ系のモンスターだよな?凄いな」
「まぁあまり大したことはなかったがな」
「千鶴さんすげ~」
オルトロスはBランクのモンスターに分類される。
上から数えたほうが早いランクなのでもちろん凄く強いのだが、それを大したことないと言ってのける千鶴は流石だ。
これが最前線を走る探索者か、マジでカッコいいな。
「お待たせしました、こちらダンジョンコーヒーとスペシャルデラックスパフェアラモードでございます」
「ありがとうございます」
このダンジョンコーヒーはダンジョン内で取れる豆を焙煎したものだ。
普通のコーヒーでも良いんだけど、俺はこれが好きでよく飲んでいる。
うん、やっぱりこの香りが良いんだよな~。
そして目の前に置かれたパフェにも目を向ける。
色とりどりの果物がふんだんに使われたこのパフェは俺のお気に入りだ。
食べていると幸せな気分になる。
「頂きます」
「お前は本当に甘いものが好きだな」
「正直いくらでも食えると思ってる」
パフェをもりもり食べてると千鶴がそんなことを言ってきた。
だが俺は知っている、千鶴の方が甘いものが好きだという事を。
さっきも食欲がないとか言ってたがおそらく早めに来てパフェを食べているだろう。
本人は気が付いていないのか、口元にクリームが少しついている。
ちょっと面白いのでこのままにしておこう、いつ気が付くか楽しみだ。
「それで話しってなんだ?」
「そうだな、そろそろ本題に入ろうか。慧、もしスキルが手に入ったら探索者になるか?」
「うん?ん~そうだな~多分なるんじゃないか?」
千鶴がこんな話しをしてくるのは珍しいな、今まで俺に気を使ってそんな話しはしたことがなかったのに。
「そうか...。実はな、ある興味深い話しを聞いたんだ」
「その話って?」
「スキルを獲得できなかった者が、スキルを獲得できたという話しだ」
「は?マジで?」
「あぁ」
そんなことあるのか?俺もダンジョンが好きだから色々な情報サイトを見回ってるが、一度もそんな話は聞いたことがない。
「実は勘違いでダンジョンに入ったと思ってた人が獲得したとかじゃなくて?」
「どんな状況だそれは。違うぞ、ちゃんとスキルを取れなかった人が獲得したんだ」
「マジかよ...」
思わずパフェを食べる手が止まってしまう。
もし、もしだ、千鶴の話しが本当だとしたら俺も....。
「どうやってスキルを獲得したんだ?」
「あぁ、私が聞いた話になるが、どうやらその人物は凄くダンジョンが好きな人らしくてな?」
「うん」
「ただダンジョンに入ってもスキルを獲得できなかったんだ」
「まるで俺みたいだな」
ここまでの話しを聞くと、まるっきり高校卒業した後の俺と一緒だ。
なんか親近感が湧くな。
「ふふ、そうだな。それでその人はどうしても諦めきれなくて一度でも良いからモンスターと戦ってみたいと現役の探索者に頼み込んで、第一層だけ探索することにしたそうだ」
「すげー行動力だな」
「あぁ、その階層にはスライムが居てな?その人物でも倒すことが出来たそうだ」
「まぁスライムは誰でも倒せるモンスターの代表格だからな~」
スライムは基本的にダンジョンの一階層に出現する。
そしてスライムの現れるダンジョンは難易度が低いことが多いと統計がとられている...と、ダンジョンニュースサイトで見たことがある。
「それで記念にその人物がスライムを倒したところ、見事スキルを獲得できたそうだ」
「はぁ~なるほどな~初めて聞いたわ」
「そうだろうな、これは天心百花の伝手を使って聞いた話しだ。一般には出回っていない」
「なるほどね、じゃあ俺もモンスターを倒せばスキルが手に入るかもしれないってこと?」
「あぁ、その後有志を募って色々と検証がされたらしいが、スキルを獲得できなかったものは全員モンスターを倒すことでスキルを獲得できたらしい」
「マジかよ」
じゃあ俺もモンスターを倒せばスキルが手に入るってことか?
だから千鶴はさっき探索者になるかとか聞いてきたのか。
「しかも面白いことに、そういったものは全員通常より強力なスキルを獲得したらしい」
「へぇ、例えば?」
「二種類の魔法を使えたり、通常より倍率の高い身体強化が使えたりだな」
「そりゃ強いな」
基本的にスキルで出来ることは一つに限られている。
魔法が使えるスキルであれば一種類しか使えないし、身体強化も微々たるものだ。
これを思い出すと如何に千鶴のスキルがぶっ壊れているかが分かるな。
「だから慧、もしよかったらこの後ダンジョンに行かないか?」
「あ~、モンスターを倒しにか?」
「そうだ。そしてスキルを手に入れたら、探索者になって欲しい」
いつになく千鶴が真剣な目で見てくる。
その目を見ながら考えていると、高校時代をふと思い出した。
どんなスキルが手に入るかとか、探索者になったらどのダンジョンへ行こうとか、もしこんな素材が手に入ったらどう使うかとか、そんな事ばかり千鶴と話していた。
あの頃は探索者になることを疑ってなかったし、まさかスキルが手に入らないなんて思ってもみなかった。
スキルが手に入らなかったから仕方なく実家の道場で働いてるけど、今の仕事も嫌いじゃない。
ただもし本当にスキルが手に入るなら俺は....。
「どうだ?慧」
「そう...だな。今の生活も嫌いじゃないけど、どこか探索者になる夢は諦め切れてなかった。だからもしスキルが手に入るなら俺は、探索者になるよ」
そう千鶴の目を見ながら宣言した。
改めて言葉に出すと、やっぱり心にストンと落ち着くものがある。
言葉では仕方ないとか、しょうがないとか言ってたけど、やっぱり諦めきれなかった。
「(慧の真剣な瞳...んっ、私はその瞳に弱いんだ...)そ、そうか。それは良かった...」
「あぁ、だから千鶴さえ良かったら一緒にダンジョンへ行って欲しい」
どうしたんだろう、一世一代の宣言をしたはずなのに千鶴は何故か顔を背けながら髪をくるくる弄っている。
これは千鶴が照れたときによくやる動作だ、今照れる場面なんてあったか?
「そうだな、ダンジョンへ行こう」
「じゃあこのパフェ食べ終わったら行くか」
「あぁ」
もう一度ダンジョンへ行くために、まずはこのパフェを片づけることにする。
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