第2話 稽古
「まずは素振りから始めるぞ~」
「「はい!」」
道場の中で横並びに立っている門下生たちの前に立って木刀を構える。
うちの道場だと稽古の始めは毎回全員で素振りをすることから始めるので、皆も木刀を構えている。
「一」
「「一!」」
「二」
「「二!」」
俺が素振りをするのと、それに合わせて声を出しながら素振りを行っていく。
舞鎖流と大層な名前の付いた流派であるが、この素振りの時は特に特殊な事はしていない。
この素振りは体を温める意味合いが強く、次に行う型稽古や摸擬戦に備えるために行っている。
ただしっかりと素振りが出来ていないと型もちゃんと振れないので、ある程度はしっかりやる必要がある。
「田中、もう少し肩の力は抜いて振ろうな」
「あ、はい!」
時より素振りをしながらこういったアドバイスをすることもある。
彼はまだこの道場に来て日が浅いので少し硬さが目立つが、かなり真剣に取り組んでいるので思わず笑顔になってしまう。
「百」
「「百!」」
「よし、このくらいで良いだろう。少し休憩したら型稽古に移るぞ~」
「「分かりました!」」
素振りが終わったので少し休憩することを伝えると、皆思い思いに休憩していた。
「師範代、どうぞ」
「うん?いつも悪いな彩香」
「いえ、好きでしている事なので」
俺も飲み物を飲んで休憩をしていると、一人の門下生がタオルを差し出してきた。
この子は橘彩香、短めの髪に優しい瞳をしている可愛い系の女の子だ。
若いのに毎週のように道場へ来ている。
「今日も来てるけど、休日だし遊んだりしないのか?」
「この稽古も大事な予定ですよ?それに私は遊びよりこの稽古の方が好きなので」
「そっか、花の高校生なんだしもっと色々な事をしてみてもいいかもしれないぞ?」
「う~んそうですね、考えておきます」
そう言いながら彩香は笑顔を浮かべていた。
彼女はこの道場に通うようになってから毎週欠かさず稽古に来ている。
確か歳は十七歳だったかな?
俺がそのくらいの時は千鶴とかと遊び回ってた記憶があるから遊ぶ事を進めてみたけど、どうやら彼女には稽古の方が大事らしい。
彩香も俺の隣で休憩をしており、今は汗を拭いている。
「ふぅ...」
「おい彩香、胴着が着崩れてるぞ」
「え?そうですか?」
普段はしっかりしてる彩香であるが、今は何故か胴着がかなりきわどいことになっていた。
チラッと周囲を見てみると、年頃の男の視線が彩香に集中している。
「はぁ、道場内ではちゃんと着とけよ」
「あ、あの、その」
「はい、これで良し」
「あ、ありがとうございます(もうちょっと照れてくれてもいいのに...)」
「ん?なんか言ったか?」
「い、いえ!なんでもないです!」
手早く彩香の胴着を直してやると、お礼の後に何か言っていたような気がするが声が小さくてよく聞こえなかった。
その後彩香は何故かがっくりとした様子で稽古の列へ戻っていった。
休憩が終わった後はいよいよ型稽古に移る。
それぞれ獲物を持ち、ある程度の階級に分かれて型の確認をしていく。
俺はそれを眺めながら気になった部分があれば指摘したり、質問があれば答えたりしていた。
舞鎖流は少し特殊な武器を使うのである程度使えるようになるまで結構苦労する。
「師範代、型のこの部分なんですけど、中々上手くいかなくて...」
「あ~、確かにちょっと難しい部分だよな。まぁ少し見てて」
門下生の一人に型について質問されたので、実演しながら説明をしていく。
「っと、こんな感じで力を入れないように鎖部分をコントロールすれば出来るはず」
「さ、流石ですね...。頑張ります!」
「おう、分からないことがあれば直ぐに聞けよ~」
「はい!」
うん、うちの門下生は皆真面目で本当に教えるのが楽だ。
たまに他の道場の話しを聞いたりするけど、あまり真面目に取り組んでいなかったり言う事を聞かない人が居たりなど結構苦労している話しを聞いたことがある。
ただうちの門下生は今の所そういった人はいないので本当にありがたい。
しばらく型稽古をしながら時間が過ぎていき、そろそろもう一度休憩をしようとしたところでふと道場の扉が開かれた。
「少し邪魔するぞ」
稽古中に道場の中に入ってくる人は稀なので誰かと思って見てみると、そこには千鶴の姿があった。
「あれ?千鶴?」
「久しいな、慧」
「どうしたんだ?」
「いやなに、少しお前に話したいことがあってな」
千鶴が探索者になってからは、あまり時間が取れないのか道場の方には顔を出していなかった。
そう、彼女もまた舞鎖流の門下生だった時期がある。
だがなんだろう、話したい事?
千鶴の様子からは少し興奮したような雰囲気が感じ取れる。
「なんかあったのか?」
「あぁ、だがここで話すのもあれだな。慧の次の休みはいつだ?」
「ん?次だとちょうど明日が休みかな」
「そうか、なら丁度いい。予定を開けておいてくれないか?」
「分かったけど...」
「ふっ、まぁお前にとっていい話だ。楽しみにしておいてくれ」
なんか本当にテンションが高いな、珍しい。
最近の千鶴はどちらかというとクールな感じなので、ここまで楽しそうにしているのは久しぶりに見た。
「ふむ、久々に道場へ来たしせっかくだから少し体でも動かすか」
「型稽古でもしてくか?」
「それもありだが、そうだな、摸擬戦でもしないか?」
「え?俺と?」
「そうだ」
「う、う~ん」
千鶴から摸擬戦を提案されたのだが、忘れてはいけない。
彼女は今ダンジョン業界で第一線を走り続けるトップ探索者である。
そんな千鶴と摸擬戦?俺死ぬんじゃないか?大丈夫かな...。
「わ、私と摸擬戦をするのは嫌か...?」
「あ、いや、大丈夫だ、やろうか!」
少し悩んでいたら千鶴が凄く悲しそうな顔でそう言ってきた。
やめてくれ、その顔に俺は弱いんだ...。
気が付いたときには摸擬戦を了承していた。
「そ、そうか!ではやろうか!」
「はぁ...」
その返事を聞いた千鶴は凄く嬉しそうな顔をしながらウキウキとした様子で道場に置いてある獲物を選んでいる。
俺、死なないといいな~...。
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