── Premier jour ──

 悪夢のような出会いがあった次の日。

 今日は休日らしく、律儀にも彼女は朝から特選牛乳を持ってやって来た。

 ……朝からだとぅ!?


 知らんのか、吸血鬼の主な活動時間は日が沈んでからだぞ!?

 そう言ったところ、早起きの大切さを滔々と説かれた。いやだから、私は吸血鬼であって、人間とは種も格も違う生物なのだが……。

 ……まあ仕方ない。年頃の少女に夜出歩けと言うのも紳士的ではないだろう。


 だが待てよ、彼女は機械なのだし別に関係ないのでは……?

 一応尋ねてみたところ、門限は午後六時らしい。

 やけに早いな。しかし、それが家の方針だと言うのであれば私も受け入れよう。

 一応、今日は遮光カーテンがちゃんと閉まっているので日中でも動けるしな。


「……それにしても、世話を任せていたにしては屋敷の中が荒れ放題だな……」


「では、掃除いたしましょうか? 基本的な清掃プログラムはインプット済みです」


「それもそうだね」


 という訳で、今日は二人で手分けして屋敷の中を掃除する事になった。

 誇り高き吸血鬼が己が屋敷の埃を掃うなど洒落にすらなっていないが、再び廃墟と侮られて心霊スポットにされるのも業腹だ。

 一流の吸血鬼は掃除においてもまた完璧であるという事を、彼女にもとくと見せてやろうではないか!



 数時間後。埃と蜘蛛の巣に塗れ、壁や床も痛み放題だった我が屋敷は部屋の半数が綺麗になっていた。

 なお、そのうち私が手がけたのは、抜けている床や穴の開いた壁の修繕などの大工仕事だけである。


 ……何が『基本的な清掃プログラム』だ! プロ級の手際のせいで、殆どする事がなかったぞ!?

 彼女を問い詰めれば「必要なのでインプットしたまでです」と答えるのみ。最近の家屋はこれ程の腕がないと綺麗にならないくらいに汚れているのか!? 違うのか。

 何、親の方針? 君の親、少し厳しすぎやしないか?


「いえ、両親は私の将来を考えて、このプログラムを選んでくれたのだと思います。なので、私が拒否する理由はありません」


「君の将来の夢は、ハウスキーパーか何かなのか?」


「違います。そもそも、私に『将来の夢』はまだありません。私は未だにシンギュラリティに到達していませんから。ですが、両親が私にそういった道へ進んでほしいと願うのならば、私はそうするでしょう」


「なるほど、つまらない人生だね」


 人に近付いてなお傀儡を望むとは。操り人形は虚しいだろう?

 たまには舞台から降り、観客として奴等を哂う立場に回っても良いのでは?

 ……と言った意味合いの言葉を投げかけてみたところ、再び機械的に『仰る意味が分かりません』と言われてしまった。

 ま、まあ良いだろう。私も少々難しい言葉を使いすぎた。


「つまり、君も少しは親の言う事を無視しても構わないという意味だよ」


「…………? 申し訳ございませんが、非行のお誘いはご遠慮ください」


「……そうか」


 やれやれ、これでは先が思いやられる。

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