吸血鬼は蒼い血の夢を見るか?

独一焔

── Jour zéro ──

 我が名はユーリ・ドゥ・オステルメイヤー。

 真祖の血族の末席に連なる、誇り高き吸血鬼ヴァンパイアである。

 とは言え、魔女狩りや革命などの面倒な人間共のヒステリーの巻き添えを回避するべく、世を忍ぶ存在となって幾星霜。日本Japonとかいう東の果ての島国で、奴等の発展を見届けるのはそれなりに楽しかった。

 ……が、ここ最近は技術の進歩も腹這いな上に、黒死病ペストじみた疫病まで流行り出す始末。

 再び面倒に巻き込まれるのは御免被るので、賢明な私は血族に仕える者共に屋敷の世話を頼み、暫し休眠する事にした。

 我等には追い付く事もない愚物、もとい食糧だが、ここまで滅びる事なく生き延びてきたのが人間だ。

 半世紀程度眠っていれば特効薬の一つでも作り上げ、再び繁栄を広げているだろうと思っていたのだが──



 微睡みをガコンと無粋な音が遮った。

 遮光カーテンを完全に閉める前に棺の蓋を開けたのだろう。ごく僅かだが、目の前の隙間から不快な日光が差し込んでいる。

 そも、眠っている吸血鬼の棺の蓋を勝手に開けるなどマナー違反中のマナー違反。即座に八つ裂きにされても文句の言えない蛮行だ。

 なので私は息を潜め、蓋が開いた瞬間に下手人をそうしてやろうと爪を構えた。

 今時、こんな辺境にエクソシストがいるとも思えないが、『念には念を入れよ』という言葉もある。


 さあ、開けると良い。それが貴様の最期だ!


「……? あなた、は──?」


「────」


 白状すると、これは私の落ち度である。

 長い眠りで飢えていた事を抜きにしても、一瞬にして我を忘れ、魅了チャームの使用すらせずに。

 無防備にも眼前の白い首筋に囚われ、の処女の血を吸う事だけを優先してしまった。

 野犬のように襲いかかり、牙を突き立て、


 ガリ、ボキッ


「………………な、んだと──?」


 ……無様にも、吸血鬼にとっての武器の一つであり、誇りでもある牙を破損してしまった。

 恥ずかしさのあまり顔が火が出そうになる。棺があったら入りたい。だが、その前に追求するべき事がある。

 故に、私は散らばりかけたプライドを懸命にかき集め、声の震えを抑えながら誰何すいかした。


「何だ貴様は、肌固すぎるだろう!? ……ではなく」


 威厳が足りない。やり直し。


「無粋にも我が眠りを妨げるとはいい度胸だな! この屋敷の主たる私を、誇り高き吸血鬼ヴァンパイアであるユーリ・ドゥ・オステルメイヤーと知っての狼藉か? 今すぐ殺されたくなければ名を名乗れ!」


「私は雪永桜ゆきながさくら、チャイルノイドです。ここにはクラスメイトの皆さんからの提案で『肝試し』に来ました。目的は『恐怖体験』を通して、『シンギュラリティ』に到達することです。あなたの屋敷への不法侵入および、睡眠の阻害については謝罪いたします。申し訳ございませんでした」


「そ、そうか。殊勝な心掛けだな」


 怒涛の勢いで名乗りと事情説明、果てには謝罪まで同時にされてしまい、こちらも冷静になりかけた。

 だがここで引いては真祖の名折れ。私は再び威圧しようとして、


「……ん? チャイルノイドだと? 何だそれは」


 耳慣れぬ言葉に聞き返した。

 すると彼女は丁寧に……それこそ機械のように丁寧に、現在の人類の状況と自身の事について教えてくれた。


 彼女の説明によると、人類は三十億まで数を減らしており、なのに何の対策もせずに放置していると言う。

 種の繁栄よりも個人の安寧とやらを優先したとか。なるほど、馬鹿だな?

 人間共が享楽をありのままに享受するなど百年早い。享楽それ吸血鬼われらの領分故に──コホン、話が逸れた。


 そんな奴等が生殖を経ずに子を得る手段として作り上げたのが、目の前の少女──に見える機械だそうだ。

 正確には機械人類アンドロイドであり、『チャイルノイド』とはその中の一種らしい。

 休眠に入る前、『人工知能』とやらで世界が騒いでいたのは小耳に挟んでいたが、どうやらここまで進化したようだ。


 ……いや待て、いくらなんでも進化しすぎじゃないか?

 そう思い恐る恐る西暦を尋ねたところ、なんと私が眠りについてから二百八十七年も経っていた。……嘘だろう?

 半世紀と二世紀半過ぎではあまりにも年月が違いすぎる!

 道理でここまで進化しているはずだ!

 ならば二足歩行する意味不明な形状の青いロボットはどうした!? それはまだ? 使えないな人間。

 ……いくらなんでも話が逸れ過ぎた。元に戻そう。


 とにかく、様々な工夫で子の成長を再現しているというチャイルノイドそれらは、他者とのコミュニケーションを通して『自我の芽生え』──『シンギュラリティ』とやらに到達する事を、己の命題としているらしい。


「──以上が、現在の人類と『チャイルノイド』に関する説明です。ご満足いただけましたか?」


 説明を終えると、少女はこてんと首を傾げた。可愛らしい……が、正直機械らしさは拭えていない。

 疑問を示すための、語尾のイントネーションの上げ方もいつか聞いた人工音声そのもので、目の前の精巧な姿と合っているとはとても言いづらく、『不気味の谷』とはこの事かと強く実感した。

 不快感に顔をしかめながら、私は機械の少女に語りかける。

 ちなみに口調を取り繕うのは既に止めた。面倒だし。


「へえ、なるほど。私が二世紀半くらい眠っている間に、人間は益々傲慢さを増したようだね。不老不死にも届かないうちに繁栄を捨てるだなんて、生物として破綻しているとは思わないのか?」


「その質問にはお答えしかねます。私は機械人類アンドロイドなので、人類の生物的破綻についての意見を持ち合わせていません」


「あっ、そう」


 四角四面な返答だ。面白みの欠片もなく、こちらが投げかけた皮肉も完全にスルーしている。所詮は機械という事か。

 再び名前と『シンギュラリティ』とやらに到達しているのか否か聞けば、少女──サクラは未だ到達していないようだった。

 それはそうだろう、これで感情があると言われる方が驚きだ。

 ……ここでようやく、最初はかなり聞き逃していた部分に気が付いた。

 確か彼女は私の棺の蓋を開け、私の牙を破損せしめた後にこう言っていたはずだ。


『私は雪永桜ゆきながさくら、チャイルノイドです。ここにはクラスメイトの皆さんからの提案で、『肝試し』に来ました。目的は『恐怖体験』を通して、『シンギュラリティ』に到達することです』


「なるほど、そこで最初の話に帰結するわけだ。……我が屋敷に不法侵入した挙句、無断で棺の蓋を開けたっていう話にね!」


 思い出せば怒りがぶり返してきた。

 既に謝罪は受けているが、機械に謝られても何の慰めにもならん!


「はい、仰る通りです。あなたの屋敷へ不法侵入したのは、クラスメイトの彼女たちから提案されたプログラム『肝試し』の一部でした。ですが、結果的にあなたの睡眠を妨害してしまった点に関しましては、彼女たちにとっても、提案を受け入れた私にとっても予想外の展開であり、予測し回避することは不可能であったと進言します」


「だから許せって? 君、存外図々しいじゃないか! いいかよく聞け、私の怒りが冷めやらぬ一番の理由、それは──」


 彼女の前まで進むと、罪を自覚させるために私は破損した牙を見せた。

 少々インモラルな行為だが、この際仕方あるまい。


「象牙すらも遠く及ばぬ白さと鋭さを持つ誇りの牙が、君の鋼鉄の肌のせいで折れてしまったことだよ!!」


 我々吸血鬼にとって、牙は食事に用いるナイフカトラリーであり、敵対者の命を奪うナイフ武器でもある。

 大きく、堅く、鋭く、白く輝く牙は芸術品にも引けを取らず、そのような牙を持つ吸血鬼は同族の羨望を得る。無論、私は羨望される側だ。

 その、かつては多くの賛美を得ていたはずの牙が、こんなにもあっけなく折れてしまったのだ。

 私の心的外傷は計り知れない。これは謝罪の他にも誠意ある行為を──


「ですが、その件に関しては私に予告なく噛みついてきた、あなたの方に非があるのでは?」


 正論を言うな!


「だって仕方がないだろう!? 突然無遠慮に起こされたと思いきや、目の前に君のようなもの凄く好みの処女がいたんだぞ! 吸血鬼として血を吸いたくなるのは当たり前だ!!」


 悲しいかな、正論を突きつけられると、思わず怒りを露わにしてしまうのが感情を持つ者の定め。

 感情を持たぬ機械風情には到底理解できないだろう。


「申し訳ございません。言っている意味が理解できません」


「唐突に機械じみた返答するな!」


 その後、やけに頑固な彼女と問答する事三十分。

 血の代わりとなる貢物として、私は彼女に特選牛乳と現代の知識を要求した。牛乳も突き詰めれば血液ではあるので、この辺りが妥協点だ。

 そして駄賃代わりに、彼女へ『感情』とは何たるかを存分に示す事となった。

『見て盗め』はこの国の常套句と聞いている。これで彼女も少しは表情豊かになるだろう。

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