第2話

 僕は、ご主人様に呼ばれたので、にっこり笑う。

 そう、何も喋らなくていい。僕は言われた通り、ご主人様に付いて歩いて、笑うだけ。


 ご主人様も、笑っていた。

 垂れ下がった頬が、ぷるぷると揺れている。


 「ふむ、SRとは、なかなかよいものだな。ここでしか、連れて歩けないのが残念だ。もう少し、見せびらかす場所が欲しいものだ」

 ご主人様のひとり言。


 SRって、僕等のことだ。スカーレットランナーって花の名前らしいけど、どうして僕等がそう呼ばれるのかは分からない。


 花と同じ赤い色の液体から生まれたから、そう言われているのかも、ってご主人様は言ってた。


 ファームでは、僕と同じSRが、沢山育てられている。16歳になると、僕等はファームから出て、ご主人様に引き渡される。


 そして動かなくなるまで、ご主人様と一緒に過ごすんだ。


 不意に部屋の戸が、コンコンと鳴った。ドアの方から、澄んだ女の人の声が響く。

 「お待たせしました」

 ご主人様は枕元のボタンを押して、すぐに部屋の戸を開けた。


 すっと扉が音もなく開き、そこから淡いブルーの服を着た女の人が現れる。金髪碧眼、若くて色の白い、昨日の女の人よりずっと綺麗な人だった。


 笑うと、えくぼが出来る。とても、優しそうな女の人。


 ご主人様は、嬉しそうに女の人を見ていた。

 雲の上を歩くような感じでやって来て、彼女はご主人様の隣に腰を下ろした。


 「ミスター、ご指名有り難う。私のことは、エリザベスと呼んでね」

 「ほう、こりゃ上玉だな」

 ご主人様は、エリザベスと言う女の人の手を取り、自分の方に引き寄せた。


 毎晩、女の人にしていること。


 それがどういうことなのか、僕はよく分からなかった。でもご主人様にとっては、とても楽しいことらしい。


 「挨拶はいい、早くこっちへ来い」

 女の人はご主人様ににっこり微笑んだ後、不意に僕に気付いて、少し変な表情をつくった。


 「ミスター、彼は?」

 「SRだ。鑑賞用の人形だよ。友人に勧められて買ったのだが、なかなかだぞ」

 女の人の顔に、驚きが浮かぶ。


 何でだろう?僕を初めて見る人は、みんなそんな顔をするんだ。この部屋に来る時も、そうだ。


 みんな、僕をじろじろ見る。そして、驚く。中には、変な顔をする人もいた。

 「まあ、あの新しいファームで作られていると言う?」

 と、女の人。


 ご主人様は、少し得意そうな顔で頷いた。

 「そうだ、この世で一番高価な芸術品だ。どんなに才能のある芸術家でも、これほどの作品は作れまい。なんせ、生きて動いているのだからな」

 「確かに、美しいですわね」


 ————— 美しい。


 僕は、そうなんだそうだ。

 でも、僕は僕を知らない。

 白い髪と、銀の目と、白い肌を持ってるだけ。


 女の人は、しばらく僕を見つめた後、僅かに瞳を曇らせて目を逸らす。

 なんだか、悲しそうだった。


 どうしてかな?


 何時もなら、女の人はみな、僕を見て喜んでくれるのに。

 でもご主人様は、彼女の表情には気付かず、嬉しそうに話を続けていた。


 「レッドは、私の命令なら何でも従う。そういう風に、ファームで躾けられているのだ・・・まあ、知能は幼児並だがな」


 言いながら、女の人を抱きしめる。

 ご主人様は、どうして何時も、女の人を抱きしめるんだろう?


 何時も楽しそうだけれど、僕には分からなかった。だって女の人は何時も苦しそうだから・・・・・。


 僕は、苦しいのは嫌だな。

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