RED

しょうりん

第1話

 あのキラキラの先には、何があるのだろう?

 それを目にする度に、僕は思う。


 高い高い、窓から見下ろす景色は、ふわふわしていて気持ちいい。まるで、空を飛んでるような気分だ。


 僕は毎日、ご主人様と一緒にこの部屋にやって来る。大きなビルの中の、ぴかぴかに綺麗なこの部屋に。

 そして、何時もここに立つ。だって、ここに居ろって言うから。


 僕は、ご主人様の命令には、逆らっちゃいけないんだ。


 逆らうなって、そう言われた。逆らうと、ドキドキしてる心臓が、風船みたいに膨らんで、バンって破裂しちゃうんだって。

 

 破裂したら、どろどろに溶けてなくなってしまう。

 それは、痛くて、苦しくて、怖いことなんだってさ。


 それで、キラキラの光も見えなくなる、遠い遠いところへ飛ばされちゃうんだ。

 暗くて、何もなくて、夢さえ見ないところへ・・・。


 「そうだ、東条ファームの株を全て売却してしまえ。その金で、雪村ファームの株を出来るだけ買い占めろ」

 僕のすぐ後ろで、ご主人様の声が聞こえた。


 太くて大きな声だ。僕はその声が聞こえたら、にっこり笑わないといけない。

 そう、ファームで教えて貰った。ファームの小父さん達は、そうしないとドールにされちゃうんだと言っていた。


 ドールになったら動かない。動かないのは嫌だから、僕は言う通りにする。

 だから、振り返ってにっこり笑った。


 僕等は、笑うだけでいい。笑えば、ご主人様は喜んでくれる。

 でもご主人様は、その時僕を見てはいなかった。白いガウン姿で、大きなベッドの上に座って、目に見えない誰かと話をしていた。


 一度、ちらりと僕を見た後、すぐに手にある薄い機械に目を移す。

 手帳だ。確か、そう言ってた。


 「構わん、あんな頭の固い男が経営する農場など、潰れてしまえばいい!」

 ご主人様が、声をもっと大きくして怒鳴る。

 僕は、びっくりして、慌てて顔を窓に戻した。


 そうか、違うんだ。僕を呼んだんじゃない。

ご主人様が誰かと話している時は、邪魔をしちゃいけない。すると、凄い勢いで怒られる。


 僕は少しドキドキしながら、窓の外のキラキラに目を凝らした。


 ————— ああ、本当にあの向こうには、何があるんだろう。


 大きな、大きな、ビルのそのまた向こうには、僕が居たようなファームがあるのかな?

 それとも、クラフトのお墓があるのかな?


 昼間は、小さなハコにずっと入ったままだけど、ご主人様は夜になるとこうしてここに連れて来てくれる。綺麗なストローの中を走るクラフトに乗って、魔法のような世界にやって来る。


 ファームの中では、見たこともない場所だ。


 色とりどりの服を着た人達が、一杯、一杯いる場所。ぴらぴらしたのや、つやつやしたのや、ぼこぼこしたのや、とにかく一杯。

 その人達を見てるだけで、僕の目はくるくる回っちゃいそうになる。


 クラフトから出て、空に浮かんだ部屋に行くまでの間が、僕は好きだった。

 だって、ファームじゃ、絶対外には出して貰えなかったから。


 それから、このキラキラを見るのが好きだった。吸い込まれそうなくらい、綺麗なキラキラ


 「分かったな、上手くやれ」

 また、ご主人様の声が聞こえる。その後に、ピッという小さな音が二回。


 「2016号室だが、女はまだか?」

 ご主人様の言葉に、僕は少しドキドキした。


 そうか、また、女の人が来るんだ。

 この部屋に来た時だけ、僕はご主人様以外の人を間近で見れる。


 他の時は、僕は前を向いたまま、真っ直ぐ歩かないといけない。

 きょろきょろしたり、立ち止まったり、ご主人様の側を離れちゃいけないんだ。


 その決まりを破ると、僕はファームに戻らないといけなくなる。

 キラキラも、ちかちかも、ドキドキもない場所へと。


 ご主人様は毎日、僕をここに立たせたまま、朝までその女の人と一緒に眠る。

 毎晩、毎晩、同じように。

 僕は、眠らない。眠るのは、ハコに戻ってから。


 ハコに戻るのは、嫌いだった。ハコは、ファームと同じで何もない。

ドールみたいに、ひたすら眠るだけ。


 『はい、間もなく』

 何処からか、くぐもったような声が聞こえた。

 フロントの声、って聞いたけど、僕はフロントって人を見たことはなかった。


 声だけが、何時もご主人様の近くから聞こえてくる。

 ご主人様は、再びピッと音を鳴らした後、僕に向かって言った。


 「レッド、何時までもつまらん景色など眺めておらず、わしにその顔を見せろ」


 レッド、それが僕の名。

 ご主人様が、僕に付けてくれた名前だ。それまで僕は、名前さえ持ってなかった。


 名前があるのは、嬉しいことだ。だって、すぐに僕だと分かるでしょ。

 ファームでは、みんな同じだった。「そこのお前」それが、僕の名前のようなもんだったから。


 そして、みんなの名前。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る