第91話 甥っ子

 ブローチ型の映像を残す魔導具が完成して、一ヶ月後。

 兄夫婦に子供が生まれた。

 男の子で、髪は兄と同じ紅緋色、目は義姉のアテナと同じ淡藤色。

 名前はミューニク・ラジャー・カーディナルと名付けられた。

 甥っ子の顔は……兄に似ている。成長すれば顔立ちも変わるし、どうなるかは分からないが、きっと兄似のイケメンになるだろう。俺は生まれた時から顔は母に似てると言われ続けたので、きっと甥っ子は兄に似ていると言われると思う。

 ……自分で自分の心を抉ってしまった。

 それはさておき。

 兄夫婦の子供――甥っ子ミューニクには生まれてすぐに会い、こっそり神の俺の権能の守護を使った。

 何処かのお馬鹿な貴族達が何か仕出かされるのが怖いので。

 生まれてから一ヶ月は甥っ子には会えずにいたが、兄夫婦が会いに来ないか? と言ってくれたので、会いに行くことにした。

 そんな訳で、兄夫婦が住む東館にお邪魔しに来た俺は、兄夫婦の使用人達に凄く物珍しそうにちらちらと見られることになった。

 王城でも滅多に会う確率が低いらしい、レアな第二王子が東館にいることに驚いているようだ。

 気にしても仕方がないので、使用人達の視線には気付かない振りをして、何度も来たことがある兄夫婦の部屋に迷うことなく着いた。

 生まれ育った王城なんだから、迷うのかと聞かれそうだが、俺はほとんど南館で生活しているので、あまり行かない場所はちょっと不安である。

 兄夫婦の部屋はもちろん余裕だ。

 兄夫婦の部屋の扉を三回叩くと、兄の応じる声が聞こえた。


「失礼します」


 扉を開けて、部屋に入ると兄と義姉が小さなベッドにいる甥っ子をあやしているところだった。


「こんにちは、兄上、義姉上」


 小さく微笑んで兄と義姉に挨拶すると、兄夫婦も微笑んでくれた。


「いらっしゃい、ヴァル」


「こんにちは、ヴァル君」


「ミューニクもこんにちは」


 ベッドで両手足をバタバタさせている甥っ子に声を掛ける。


「だーう!」


 ミューニクは目を輝かせて、俺に返事のような声を上げた。


「あら、ミューニクったら、今のはヴァル君の名前を言おうとしたのかしら?」


「え、義姉上、まだ生まれて一ヶ月ですし、流石にそれはないのではありませんか?」


「可能性はあるよ、ヴァル。だって、ミューニクは天才だからね! ヴァルも昔から天使で天才だったけど、ミューニクも天才だよ!」


 甥っ子と同じように目を輝かせて、兄セヴィリアンは言い放った。

 親馬鹿……!

 兄はブラコンに妻命に続いて、親馬鹿が増えた。

 ……仲違いがなく、夫婦円満なら、良いのではないだろうか。

 俺は考えるのをやめた。

 気を取り直して、俺はミューニクを見る。

 ミューニクは足をバタバタさせながら、俺に手を伸ばす。


「ヴァル君、良かったら抱っこして下さいませんか?」


「首、据わってないですよね? 大丈夫ですか?」


 確か、前世でたまたま見た本には赤ちゃんの首が据わるのは三ヶ月程度と聞いたことがある。

 まだ一ヶ月なのに、親でもない、子供にも慣れてない俺が抱いても大丈夫だろうか。


「首の後ろに手を添えて、背中からお尻に掛けて抱いたら安定して、大丈夫ですよ」


 にっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべ、アテナは頷いた。

 俺は、義姉に言われた通りに恐る恐る甥っ子を抱き上げる。

 ミューニクは嬉しそうに俺の頬に手を伸ばし、触れた。

 温かい小さな手に、思わず笑みを零すと、兄夫婦が咳き込んだ。


「んんっ、ヴァルとミューニクの天使コンビが可愛過ぎて、今日が私の命日だろうか……!」


「……癒やされますわ。わたくしの出産の疲れが、一気に吹っ飛びますわ……。今なら、オーガキングも一撃で斬り刻めますわ」


 兄夫婦がぷるぷると震えて、呟くように言った。

 義姉なんて物騒なことを言ってるし。

 ……やっぱり俺は考えるのをやめた。


「あ、そうでした。兄上と義姉上に出産のお祝いの贈り物があるんです」


「「贈り物?」」


 ミューニクをアテナに渡して、思い出したことを告げると兄夫婦は首を傾げた。


「はい。出来れば、父上と母上、他の人達にはまだ内緒にして頂きたいのですが……」


 そう言って、空間収納魔法で二つ、小さな箱を兄夫婦それぞれに渡す。


「ヴァル、開けてもいいかい?」


「はい」


 頷くと、兄夫婦は破れないようにそっと丁寧に箱を開けていく。

 箱から取り出すと、ブローチが出てきた。

 兄には義姉の目と同じ色の淡藤色、義姉には兄の目と同じ色の銀色の魔石を嵌めたブローチだ。

 月白から教わった、ブローチ型の映像を残す魔導具を兄夫婦に渡す出産のお祝いの贈り物にちょうど良いと思い、作った。


「これは、ブローチ?」


「はい。実は魔導具でして、縁の右のボタンを押すと映像が撮れて、左のボタンを押すと撮った映像を見ることが出来ます」


「えっ?! そんな魔導具聞いたことがないよ。ヴァル、どうやって作ったんだい?」


「えっ……と……」


 答えた方が良いのかなやんでいると、月白が俺にしか見えない状態で現れた。


『ヴァーミリオン。お前の兄夫婦になら俺のことを伝えて構わない。聖の精霊王であり、初代国王だということもな。親子になるはずだったことは言わなくていい』


 念話で月白が告げと俺の頭を撫でる。

 小さく頷き、兄夫婦を見た。


「……実はこれを教えてくれたのは、私の召喚獣の聖の精霊王です」


「聖の精霊王が? どうして魔導具の作り方を知ってるんだい?」


「その、聖の精霊王は元々人間で、カーディナル王国の初代国王で、魔導具師でもあるので、作り方を知ってて、教えてくれました」


 ストレートに伝えた方が衝撃が少ないかなと思って、そのまま伝えると、兄夫婦が固まった。

 義姉の腕の中のミューニクが元気に手足をバタバタさせている。赤ちゃん、可愛いなぁ。


「ちょっと待って。ヴァル、聖の精霊王が私達のご先祖様でもある初代国王? え??」


 衝撃が強かったのか、兄は混乱している。


「はい。その、本人を喚びましょうか?」


「え? あ、ヴァルの召喚獣だから、喚べば確かに来るだろうけど、私の前で喚んで大丈夫?」


「大丈夫と言いますか、実はもう、いるんですが……」


 そう言って、ちらりと横を見ると、月白が苦笑しながら兄夫婦に姿が見えるように現れた。


『初めまして。カーディナル王国の初代国王のアルジェリアン・クローム・カーディナルだった者だ。今は聖の精霊王で、ヴァーミリオンの召喚獣をしている』


 髪の色を元々の、俺と同じ紅色のまま、月白が小さく笑う。

 髪の色が同じだから、余計に俺とそっくりに見える。


「……王国の歴史書に初代国王の肖像画が載ってたから知ってたけど、本当にヴァルそっくりだ……。あ、いや、この場合、初代国王にヴァルが似てるが正解……?」


 兄が目を見開いたまま、俺と月白を交互に見て呟いた。

 え、そっちの感想?!

 初代国王が聖の精霊王!? な感想じゃないのか、兄上!


『……ふふ。流石、ヴァーミリオンの兄だな。ヴァーミリオンを溺愛しているのは知っていたが、感想がそちらだとは……』


 口に手を当て、月白が小さく肩を震わせる。

 何かのツボに入ったようだ。


『……これからもヴァーミリオンを宜しく頼む、セヴィリアン』


「それはもちろんです。ヴァルは私の大事な可愛い弟なので」


 大きく兄は頷いて、月白を見た。その隣で、義姉も頷いているし、甥っ子も大きな声で「あー!」と返事をした。

 甥っ子、実は会話を理解しているのだろうか。

 ただ、兄が言う俺が可愛いはやめて欲しい。


『本題に入るが、二人にヴァーミリオンが渡した魔導具は、俺が生きていた時代にも存在していた物だが、盗撮等が出来てしまうため、俺が禁書に指定した物だ。今の時代にはどの国にも存在しない。禁書にしておかないと悪用されるからな。特に、俺の血が濃い子孫だと、色々と面倒だろう?』


「確かに……」


 何を知っているのか、兄は俺と月白を交互に見ながら頷いた。

 これ、グラファイト帝国の皇帝が月白の異母兄ということを兄は知っているのだろうか。


『ただ、二人に渡したのは子供との思い出を残せるようにとヴァーミリオンが願い、作り方を俺が教えた物だ。出来れば、セヴィリアン、アテナ、ミューニク、これから生まれるかもしれない子達の間でのみ使用して欲しい』


 穏やかに微笑み、月白は兄夫婦に伝えた。


「えっと、それは、私達の両親に対しても秘密、ということでしょうか……?」


 兄が不安げに月白に問い掛けた。


『出来れば、そうだな。王妃には良いかもしれないが、国王は自分達の子供のことになると暴走するのを俺は何度も見てきたからな。国王が知れば、宰相や大臣達にも自慢するために伝えるだろう? そうすると困るのはヴァーミリオンとミューニクだ』


「……確かにそうですね……。陛下、ヴァル君に対してもですが、ミューニクに対しても溺愛してますからね。有り難いことですが……」


 納得するように義姉が呟いた。

 皆、父に対してどんな印象を持っているのだろう。少しだけ気になった。


『そういうことだから、その魔導具は国王達のいない時に使用して欲しい。そのためのブローチ型でもある』


「見た目は確かにブローチですからね。着けていても気付かないはずです。ヴァル、素敵な贈り物をありがとう」


「わたくしからも、ヴァル君、本当にありがとうございます。大切に使いますね」


「あ、はい。あの、一応、魔石には私の魔力を込めました。聖の精霊王の話では百年分くらいの量を映像として残せるみたいなので、たくさん使って頂けると嬉しいです」


「「えっ、百年?!」」


 兄夫婦がぎょっとした顔でブローチを見つめた。


『安心してたくさん残すといい。将来、子供との良い思い出話になる。それとは別に、ヴァーミリオンを困らせている平民の編入生に対しても形を変えて使う予定だから、国王達には見つからないようにして欲しい』


 “平民の編入生”という言葉を聞いて、兄の顔が王太子としての表情に変わる。

 兄にもダブ村のことはしっかりと伝わっていることがその表情で分かった。


「……成程。証拠集めですね。その編入生に使う時は、この魔導具はどんな形をしてますか?」


『……指輪だ。尾行するにしても指輪なら、手を触る振りをして操作が出来るから扱い易い。こちらは帰った後にヴァーミリオンに作り方を教える予定だ。禁書に指定している物だから、他の者には教えるつもりはない』


「その方がいいでしょうね。ヴァルしか知らなければ、作られることも作り方が流れることもまずないでしょうし、盗撮の不安もなくなります」


 安心するように息を吐いて、兄は頷いた。

 まぁ、ウィステリアやディジェム、オフェリアは知ってるけど、彼等は流すことはしないのは知っているので、ノーカウントだ。


「王家として、家族として弟のヴァーミリオンを守ります。ただ、普段の生活や王城から離れた場所では手が届かないことがあります。弟は見目が良いこともあって、色々な悪意に狙われ易いです。身を守る力は持ってはいますが、兄としてはそれでも心配です。初代国王陛下、どうか弟を宜しくお願い致します」


 王太子の顔から、兄の顔に戻り、月白に懇願するように頭を下げた。


『もちろんだ。俺にとっても、ヴァーミリオンは大切だ。ヴァーミリオンの召喚獣として、しっかり守る。安心して欲しい』


 安心させるように、月白は小さく微笑むと、何故か兄夫婦が咳払いした。


「初代国王陛下の微笑みまで、ヴァルにそっくりだ……。あ、いや、この場合、ヴァルが初代国王陛下にそっくりということか……! ああ、世の中には似た顔が三人いるっていうし、もう一人って……あ、母上か……! 三人並んで、微笑まれたら、私の心臓止まるかも……!」


 兄が頭を抱えて、震え始めた。

 大丈夫だろうか、兄……。

 というか、母にも似てるが、更に俺と双子でもあるハーヴェストが来たら、兄がヤバイかもしれない。 


「あの、兄上。大丈夫ですか……?」


「あまり大丈夫じゃないかも……。ヴァル、聖の精霊王でもある初代国王陛下には、父上達の前に出られる時は社交界デビューパーティーの時のように髪の色を変えて欲しい。今の色が元々だと思うけど、その色で現れたら、多分、父上が暴走する」


「え……」


「そうですね。セヴィ様の仰る通りですね。多分、陛下、初代国王陛下を尊敬されてると思いますから、肖像画でお顔は知っているでしょうし、ヴァル君と現れたら、シエナ様と一緒に部屋に閉じ込めてしまいそうです。色を変えれば、多少は誤魔化せるので大丈夫だと思います」


「その言い方からすると、父上って、聖の精霊王の顔が好みということですか?」


 それはそれで怖いんですが!


「いやいや、違うよ。母上の顔がお好きで、初代国王陛下を尊敬しているんだよ。あくまで、母上優位だよ。まぁ、顔は置いておいて、初代国王陛下の武勇伝は本当にお好きらしいよ」


「ああ、成程。父上は何処までも母上なんですね。色んな意味で安心しました……」


『安心しろ、ヴァーミリオン。俺やヴァーミリオンの顔が好きとか言ってきたら、俺が速攻でお前が住む南館を結界を張って、国王を入れないようにしてやる』


 ふっと小さく笑い、月白が俺の頭を撫でる。

 その時は本当にお願いします……!

 そこでふと俺は気付く。

 父はもちろん、母や兄夫婦が何を好きなのか知らないことに気付いた。

 前世の記憶を思い出してから、自ら南館に籠もることが多くなり、八歳の時の襲撃とかを防ぐ準備もあり、王位継承権を放棄するために、王位を狙う気はないという意思表示のために極力、家族とは距離を取っていた。

 だから、余計に家族なのに、何も知らない。

 卒業パーティーが終わったら、遅いけど、家族として近付いても良いのだろうか。


「ヴァル。色々、今は平民の編入生のことで大変だと思うけど、私はヴァルの兄だから、いつでも話し掛けて欲しいし、頼って欲しい。もちろん、アテナやミューニクにもね」


「そうですね。その時はお願いします、兄上、義姉上。ミューニクは可愛い甥っ子なので、可愛がりたいです」


 そう言って、俺は義姉の膝に寝転んでいるミューニクに手を近付ける。すると、ミューニクが嬉しそうに小さな手が俺の人差し指を掴む。


「だーう!」


「……セヴィ様。やっぱり、ミューニクはヴァル君の名前を言おうとしてませんか?」


「アテナもそう思う? 私もなんだよね。ミューニクは天才だよ!」


 兄夫婦が親馬鹿なことを言い始めた。

 気持ちは分かるけど、多分違う。きっと。


「あの、お二人共、違うと思いますよ……。そう聞こえるだけですよ」


「だーう! あー!」


 そう俺が言うと、ミューニクが否定するように声を上げた。


『……ヴァーミリオン、後でもう一度、守護の権能を使え。俺も後でこっそり加護を与えておく』


 念話で月白がそう言ってきた。

 ちょっと、うちの甥っ子が心配になった俺と月白だった。

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