第90話 映像を残す魔導具=アレ

 王城の南館の俺の私室で、緊張感が漂っていた。


『――これが、映像を残す魔導具だ』


 そう言って、月白が俺とウィステリア、ディジェム、オフェリアに映像を残す魔導具の完成形を見せてくれた。

 手の平サイズより少し大きめの、長方形のモノだ。

 ……どう見ても、寝たきりだった前世で、呪いでなかなか動けない身体で外部の情報を知るのに、とってもお世話になった、アレだ。

 所謂、スマートフォンだ。

 まじまじと俺達は目の前の魔導具を見つめる。


『……ただ、これは俺がヴァーミリオンの前世を見に行った際に目にしたスマートフォンを参考に、既にあった形を改良して作った物だ。だから、これを公に使うとあの編入生の娘が反応するだろう』


 見つめる俺達に苦笑して、月白が更に言った。


「では、既にあった形で作るんですか? 父様」


『その方がいいだろうが、持ち運びはしにくい。ちなみに、既にあった形はこれだ』


 そう言って、月白は既にあった形の方の映像を残す魔導具を机に置く。

 既にあった形の方の映像を残す魔導具は、四角の箱の上に大人の拳サイズの水晶玉がくっついたような物だった。四角の箱の中にも同じ大きさの水晶玉が入っていて、全体の大きさも図鑑と変わらない大きさだ。

 これは懐やポケットにも入らないし、持ち運びしにくい。


「……確かにこれだと持ち運びしにくいですね。父様が改良して下さった方のが持ち運びしやすいので、改良された方のがいいです」


 俺がそう答えると、ウィステリア達も頷く。


「ただ、あのヒロインにはこれが何かすぐ分かる上に、俺達が転生者という情報も分かってしまうよな。俺もこっちの方がいいけど……」


 ディジェムが目の前の二つの映像を残す魔導具を見つめ、考える顔をする。


『……更に、形を変えてみるか?』


「父様。例えば、どんな形にですか?」


『そうだな……。ブローチくらいの大きさの装飾品の形ならどうだ?』


 顎に手を当てて、月白がニヤリと笑った。


「「「「!?」」」」


 俺達全員が同時に、月白の方へと勢い良く顔を向ける。

 その動きに月白が苦笑した。


『お前達は本当に仲が良いな。装飾品なら、身に着けていても怪しまれないだろ? もちろん、悪用しない前提にはなるが……』


 月白の言葉に俺は深く頷いた。

 コレが、もし世の中に広まったら、盗撮が増える。女顔で生まれてしまった俺は、確実に盗撮される。盗撮、ダメ、ゼッタイ!


「……あの、撮影した映像はどうやって再生するのでしょうか?」


 気になっていたのか、ウィステリアがおずおずと右手を挙げて、月白に質問する。


『既にあった形のも、スマートフォンも撮影、再生のボタンがそれぞれある。それを押せば撮影、再生が出来る。既にあった形の再生方法は部屋を暗くして、天井に映す方法だ。スマートフォンは言わずもがなだな。お前達の方が詳しいだろう? ブローチなら、そうだな……。両側に撮影、再生のボタンを押せるようにすればいい。再生は再生する時の魔力に応じて、天井に映す、手の平くらいの大きさで映す、というのはどうだ?』


「とても良い案だと思うのですが、私達はまだ基礎しか授業で習っていません。難しそうに思うのですが、出来るのでしょうか……?」


 オフェリアが目を輝かせつつも、心配そうに質問する。


『基礎しか知らない者達が作れば、出来ないだろうな。だが、俺はカーディナルの国王になる前は、グラファイト帝国の皇帝の庶子で平民生まれで、日々の生活をするために冒険者と魔導具師をして糧を得ていたから、しっかり教えられる。応用については問題ない。安心しろ』


 安心させるように穏やかに微笑み、ウィステリアとオフェリアの顔が赤くなった。


「……初代国王様、顔がヴァル君に似ていることもあって、野生なヴァル君みたいで、新しい扉を開きそう……。前の冒険者ギルドのヴァル君は初代国王様に似せたのね……」


 ウィステリアも同意するように、オフェリアの隣で無言でこくこくと頷いている。


「いやいや、ウィスティもオフィ嬢も、そんな扉開かないで」


「いや、ヴァル。俺も初代国王そっくりなヴァルもアリだと思うぞ。時々、見せられると、ギャップでファンが増えるぞ? 俺が女性だったらヤバかった。多分、課金してる」


「ファンはいらないよ。ファンなんて増やしてどうするの。しかも、課金って……」


「新しい新興宗教とか? ほら、ヴァルは神でもあるし、パーシモン教団を潰すんだろ? 課金という名の寄付金が増えて、働かなくても収入が得られるぞ」


「神は君もでしょ、ディル。パーシモン教団を潰すのはカーディナル王国内のね。流石にチェルシー・ダフニーの件で追及しても、本体は潰せないよ。働かない人は国王陛下だけでお腹いっぱいだよ。俺はちゃんと働きたい」


『カーディナル王国内の宗教がなくなるなら、ヴァーミリオンを崇める宗教を作ってもいいんじゃないか?』


 静かに俺達の遣り取りを聞いていた月白が、ニヤニヤと俺を誂うように言う。


「……意味が分かりませんよ。それなら、まだハーヴェストや父様を崇める宗教の方が信者が増えます。ハーヴェストはパーシモン教団でも崇められてますが、過去に教団の経典を壊されたことで、ハーヴェストの名前を知らないという意味が分からない状態なので、新たにハーヴェストを崇める宗教を作ってもいいでしょうし、父様は初代国王で未だに人気がありますからね。俺より信者が増えますよ」


『……ちっ。失敗したな。こうなるなら、あの時、経典を壊さなければ良かったな』


「……経典を壊したのって、初代国王だったのか……」


『あの時は、どの国にも加担しないとパーシモン教団が宣言しておきながら、グラファイト帝国と結託して、カーディナルに侵攻しようとしてきたからな。俺とフェニックス、クラウ・ソラス、部下達と返り討ちにしないと大事な民達の命が危ういだろ? どの国にも加担しないと宣言しておいて、この国に攻めて来たのだから、教団の大事なモノを壊しても、反論出来ないだろ?』


「……過激だな、初代国王。気持ちは分かるけどさ」


 ディジェムが苦笑して、ちらりと俺を見た。

 待て待て。俺はここまで過激じゃない。


「……父様。話は戻しますが、このブローチ型の映像を残す魔導具はどのように作るんですか?」


 だんだん話が逸れてきたので話を戻すべく、魔導具の話をする。


『そこまで難しくはないぞ』


 さらりと月白は言ってのけた。

 ただ、俺としてはその言葉に不安が過ぎった。


「……それは、父様のレベルでですか? それとも基礎しか学んでない俺達レベルでですか?」


『……すまない。俺レベルで、だ。だが、たくさんの魔石に二つ以上の付与を平気でやってのけるヴァーミリオンの力量なら問題ない。ウィステリア達の魔力量と魔力操作も問題ない』


 じっとりと見た俺に少したじろいだらしい月白は咳払いをしつつ、答えた。


『魔導具は魔法や魔力付与と比べて扱いづらい。それに、魔力操作はもちろん、魔法の知識、魔力付与の正確性、素材と素材の相性の見極め等、様々な知識が必要だ。お前達は基礎を学んだとはいえ、映像を残す魔導具は応用も必要になるから、上級者と共に作るのが適している。上級者はもちろん俺だ。フォローはしっかりする。早速作ってみようか』









 しばらくして、月白の指導の元、俺達はブローチ型の映像を残す魔導具を完成した。

 途中、ディジェムが魔力を込め過ぎて、魔石をいくつか駄目にしたり、オフェリアがブローチの留め金具の部分を破壊したり、ウィステリアがブローチの周囲の縁の模様に凝り過ぎてボタンを作り忘れたりといったアクシデントはあったが、ちゃんと完成した。ちなみに、俺は前世の趣味の一つがアクセサリー作りだったので、無難な物が出来た。

 そして、ブローチの中央にはそれぞれ、魔石があるのだが、俺達四人は似た者同士なのか、お互いの最愛にあげるつもりだったようで、自分の目の色になるように魔石に込めた。

 ディジェムは真紅色、オフェリアは紺青色、ウィステリアは藍色、俺は金と銀が混ざった色だ。

 俺達はそれぞれの最愛に渡そうとして、オフェリアはそこで、はたと気付いた。


「髪と目の色を変えていたのを忘れて、元の目の色で作ってしまったわ……。どうしよう……」


「父様、魔導具に偽装って出来ますか?」


『そのブローチ型の映像を残す魔導具の魔石に魔力の余裕があれば問題ない。ふむ……問題ない。出来るぞ』


 オフェリアが作ったブローチ型の映像を残す魔導具を見つめ、月白は小さく微笑んだ。


「オフィ嬢。偽装の魔法、掛ける?」


「……待って。流石に私はその偽装の魔法、使ったことがないから掛けられないわ」


『それなら、ヴァーミリオンに頼めばいい。ヴァーミリオンはとんでもない魔法の師匠に、色々ととんでもない魔法を教わっているからな』


「とんでも……何を教わったんだ?」


「……黙秘権を行使してもいいかな?」


 誤魔化そうとにこっと微笑むと、ディジェムが

溜め息を吐いた。


「……成程。これ、聞いたらヤバイやつだ。絶対、各属性の究極魔法を教わったとかいうやつだ」


 おお、凄い。当たってる。

 と言っても、俺が十歳の時に教わったとは流石に分からない、はず。

 思わず、拍手を送ろうかと思ったが、それだと黙秘した意味がないので、無言に留めた。


「とにかく、偽装の魔法をオフィ嬢の魔導具に掛ける?」


「ヴァル君。その偽装、ヴァル君やウィスティちゃん含む私達には見えるように出来る?」


「出来るよ」


 そう答えて、オフェリアのブローチ型の映像を残す魔導具の魔石の部分に偽装の魔法を掛ける。俺達限定で見えるようにもする。


「はい、出来たよ。解除もいつでも出来るから、その時は言ってね」


「ありがとう、ヴァル君。はい、ディジェ君にこれを渡すわ」


 オフェリアは自身が作った偽装の魔法を掛けたブローチ型の映像を残す魔導具をディジェムに渡す。


「えっ?! あ、ありがとう。俺も、これ、フェリアに……」


 顔を赤くしながら、オフェリアから受け取り、ディジェムが自身が作ったブローチ型の映像を残す魔導具を彼女に渡す。

 その遣り取りを微笑ましく見ていたウィステリアが俺を見た。


「ヴァル様、私が作った魔導具、受け取って下さいますか?」


「もちろん。ウィスティも俺の、受け取ってもらえるよね?」


「はい。もちろんです!」


 お互い微笑み合うと、俺達の遣り取りを見ていたらしいディジェムとオフェリアの視線を感じた。

 俺とウィステリアが目を向けると、ディジェムとオフェリアの顔が赤かった。


「……何かな、二人共」


「あ、いや、何というか、俺やフェリアと違って、二人共慣れてるなって思って……」


「年季が違うわね……」


「まぁ、そろそろ婚約してから十三年だしね」


「そうですね」


 ウィステリアと視線を合わせながら、お互いに苦笑する。


「……もう、それ、夫婦でいいんじゃないか?」


「いやいや。婚約と結婚は違うよ。婚約だと制限が色々とある訳だし……」


 本当に、自分が課したこととはいえ、婚約だと制限が多い。他人の目を気にする部分があるし、王子とか年齢的な常識の範疇とか……!

 結婚だとそれが大分減る。

 そういう意味では、早く結婚したいという思いはある。今の婚約期間も楽しいけれど。


「……まぁ、ヴァルの言わんとすることは分かる。俺もヴァルもお年頃の男子な訳だし。婚約期間、長いのも考えものだな」


「だから、俺とウィスティの子供には、ゆっくり見極めてから探すといいよと言うつもり。俺みたいに、小さい年齢でこの子! ってなったら、まぁ、他に取られる前に婚約の打診を相手にするくらいは協力するけどね。俺とウィスティの子供だし」


「ヴァル様、早いです……」


 顔を真っ赤にしながら、ウィステリアは両頬に手を当てる。可愛いなぁ、本当に。


『ヴァーミリオン。とりあえず、妄想は寝る前にしろ。言い忘れていたが四人共、この魔導具だが、保存容量は製作者の魔力に依る』


「……ん? ということは、ヴァルのように魔力が多かったらかなり保存出来る、ということですか?」


『そうだ。もちろん、ウィステリア、ディジェム、オフェリアもヴァーミリオンとまではいかないが魔力が多い。お前達の魔力量なら、毎日映像を一つ残しても、今から百年以上分は余裕で保存が出来る』


 月白の説明を聞き、内心驚く。

 ということは、結婚後、二、三人生まれたとしても、子供の成長を生まれてから残したとしても、余裕だということだ。


「……これ、両親に見つかったら、催促されるんじゃないかな……」


「……まぁ、そうだろうな。俺のところも、ヴァルのところも……」


「……母にバレたらマズイわね……」


「私のところもですね……」


『ヴァーミリオン。俺とティアのことなら安心しろ。もう作ってある』


「父様はまぁ……そうですよね。今、教えて下さった訳ですし。何を残しているかは聞くと怖いので聞きません」


 そう言うと、月白はとっても良い笑みを浮かべた。

 多分、俺が生まれてから今までの映像が保存されてる気がする。スマートフォン型の映像を残す魔導具に。なので、触れないことにした。










 ブローチ型の映像を残す魔導具を作った俺達はお互いの最愛に渡し、試しに映像を撮って確認した。

 ちゃんと動作することを確認し、ウィステリア、ディジェム、オフェリアは満面の笑みでそれぞれ帰宅した。

 自分の私室に残った俺は、先程撮ったウィステリアの映像を眺めた。

 まさか、長年の夢が叶うとは思わなかった。

 月白がいなかったら、ずっと魔導具の作成に悩んでいたと思う。

 どんな素材で、どんな魔石を使うのが相性が良いのかとか、こだわり過ぎて卒業までに作れなかったと思う。

 そう思うと、本当に月白様々だ。

 俺の父様、初代国王なのに凄い……と今の父よりつい、尊敬の念が強くなってしまう。

 もちろん、今の父にも一応はそれなりに尊敬の念はあるのだが。


『日頃の行いだな。我もリオンの側で見て来たが、あの国王はもう少し上手く仕事を他者に押し付けたりすれば、リオンに見つからず、アルジェリアンのように尊敬の念を抱かれたかもな』


 俺の思考が流れたのか、紅が右肩に乗って呟く。


「ん? その言い方だと、父様も仕事を他者に押し付けてたの?」


『主に、被害者は息子のフレイムとロザリオだな』


「兄様とローズ伯母上かぁ……。すぐ想像出来るところが何というか……」


『同情してくれるか、ヴァーミリオン……』


 そう言って、俺を背後からカーディナル王国の二代目国王のフレイムこと火の精霊王の東雲が抱き締めてきた。


「あ、兄様。何と言いますか、大変でしたね……」


 つい、同情してしまい、東雲の頭を撫でてしまった。父に仕事を押し付けられるヘリオトロープ公爵が思い浮かんでしまった。

 俺が撫でたことに驚いて、東雲が固まった。


「あ。ごめんなさい、兄様。撫でるの、嫌でしたよね……?」


『いや、違う。ヴァーミリオンに撫でられるのが初めてだったから、驚いただけだ。俺の長年の夢の一つが叶った。ありがとう。時々、撫でてくれると嬉しい』


 嬉しそうに東雲が微笑んだ。

 ……弟に頭を撫でられるのが夢の一つって……。


『……弟としてリオンが生まれなかったことによる弊害が出たな。気持ちは分かるし、リオンが撫でるのは心地良いからな』


 ぼそりと紅が呟いた。

 何だろう。俺の手から何か癒やしのオーラみたいなのが出ているのだろうか。俺、守護と再生を司るだけで、癒やしではないはずなんですが。


『それはさておき。ヴァーミリオン。あの困った平民の少女を卒業パーティーで断罪後、元女神はどうする気だ?』


「どうするも何も、俺としてはチェルシー・ダフニーの中から引き摺り出して、ハーヴェストと俺に対して、今までしたことについて後悔させるつもりですが……どうかしましたか?」


『いや。今まで見て来たが、君は自分は酷い人間だと言うが、俺から見ればとても優しい。だから、躊躇いが出るのではないかと思ったんだ。もしそうなら、俺がヴァーミリオンの代わりにしようかと思ってね』


 言いながら、東雲は今度は俺の頭を撫でる。


「いやいや、そこまで兄様にさせられませんよ。俺がしっかり、元女神とその母親を後悔させるつもりです! 確かに、貴族とか人間は罪の理由によっては躊躇いが出ますけど、そうでなければちゃんと後悔させてますよ。俺ではなく、国王陛下がですが。それでも余罪が出れば、ちゃんと報告してますし」


 セラドン侯爵とか、ホルテンシア伯爵とか。

 フォギー侯爵はまだ余罪があるらしく、あれから半年近くが経とうとしているのに、処罰が決まっていない。


「……元女神は腐っても女神です。神のヴァーミリオンにとっては半分血が流れてますが、ループするだけの世界で毎回殺されて恨みしかありません。人間の俺にとっては何の繋がりもないので、ただの迷惑な元女神なだけです。だから、躊躇いは一切ありません」


 はっきりと言い切ると、東雲は苦笑した。


『そうか。それなら、俺は何も言わない。だが、もし、必要なことがあれば、いつでも頼れ。俺は君の兄だから』


 優しく目尻を下げて、東雲は穏やかに微笑む。

 微笑む間も、俺の頭を撫でるのを止めない。


「……ありがとうございます。その、困った時は兄様を頼ります……」


 だんだん照れ臭くなって、目線を右下に逸しながら俺は頷くと、東雲は更に笑みを深めた。

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