第87話 ヘリオトロープ公爵邸へお泊り

「ねぇ、リア。父様が映像を残す魔導具の作り方を知ってるらしいんだけど、一緒に作らな」


「リオン様、作りたいですっ!」


 即答だった。若干、食い気味だった。

 現在、フィエスタ魔法学園から帰る馬車の中だ。

 ダブ村の村長の息子のラスカス、チェルシー・ダフニーの弟のクラウディに会って、話をした二人には俺の臣下として、そのまま王城の南館に居てもらうことになった。

 早速、二人とシメントも交えて、ハイドレンジアが教養を含めた仕事内容を、サイプレスが魔法を教えることになった。

 そして、次の日である現在。

 明日はフィエスタ魔法学園が休みだからなのか、ウィステリアを通して、ヘリオトロープ公爵一家からお泊りの提案があり、承諾したら、即日、婚約者により俺は、ヘリオトロープ公爵領の本邸ではなく、王都のヘリオトロープ公爵邸に連れて行かれることになった。今乗ってる馬車はいつもの王家の馬車ではなく、ヘリオトロープ公爵家のものだ。

 ヘリオトロープ公爵邸に行くのだから、ということで、ウィステリアと共にヘリオトロープ公爵家の馬車に乗り、王家の馬車は王城へ戻った。

 王城の南館に住むハイドレンジア達は俺が帰るまで休むように伝えた。出来れば、もっと休んだり、休暇を取るように言っているのだが、ハイドレンジアを筆頭に休みをほとんど取ってくれない。

 俺はブラックな職場にするつもりはない。むしろ、ホワイトを目指しているので、しっかり休みを取って欲しい。領地を下賜されたら、まず最初に絶対に福利厚生を充実させようと思っている。

 そんなことを考えつつ、目の前にある問題の一つのダブ村での出来事と、ラスカスとクラウディのことをヘリオトロープ公爵邸に着いたら、ヘリオトロープ公爵に報告しようと思う。

 今回のことは第二王子の俺だけでは荷が重い。

 チェルシー・ダフニーだけなら、第二王子でも捕縛は出来るが、パーシモン教団も関与しているのなら、第二王子の権力だけでは心許ない。

 宰相や王太子、国王のいずれかの権力なら、チェルシー・ダフニーのことで関与していることが分かれば、パーシモン教団ごと捕らえやすい。

 チェルシー・ダフニーはもちろんのこと、パーシモン教団のことも萌黄と紫紺、ロータスに探ってもらっている。

 ヘリオトロープ公爵に報告した後に、ウィステリアや友人達にも話そうと思う。そこで、友人達にも協力を仰ごうと思う。情報が欲しいので。


「あの、リオン様。何か、ありましたか?」


 首を傾げながら、不安げにウィステリアは隣に座る俺を見上げた。


「……うん。あったね。頭痛の種が増えたよ。というか、元々あった頭痛の種に芽が出て、蕾が増えた……が正しいのかな」


『……正しいだろうな』


 静かに聞いていた紅が同意してくれた。


『何じゃ、リオン、また何かに巻き込まれたのか?』


 ウィステリアの召喚獣でフェンリル女王の桔梗が、心配そうに眉を寄せた。


「今度、皆にも話すけど、巻き込まれたというか、小規模だった問題が中規模になったんだよ。多分、最終的には大規模になるんじゃないかな? 言葉は悪いけど、面倒なことにしやがって、と言いたいね」


『……リオン。アルジェリアンに感化されていないか? 我は心配』


『聞き捨てならないぞ、フェニックス』


 溜め息混じりに言う紅に、食い気味に月白が現れて睨み合う。


「父親だからね。何処かしらは似ちゃうんじゃないかな」


『元々親子になるはずだったんだ。似るのは仕方ないが、言葉遣いは似るな。リオンには合わない』


『過保護だな、フェニックス』


『アルジェリアンもな』


 謎の言い合いになっている紅と月白を呆然と見ていると、ウィステリアが小さく笑う。


「リオン様の周りの皆様は、全員、過保護になるんですね」


『妾からすれば、リアもじゃからな』


 桔梗が溜め息と共に呟いた。










 それから王都のヘリオトロープ公爵邸に着き、馬車からウィステリアと共に降りた俺は、またヘリオトロープ公爵一家と公爵邸の使用人達に出迎えられた。

 相変わらず、息を飲むが悲鳴とかがないのは凄いなと感心する。


「お待ちしてました、殿下。お帰り、ウィスティ」


 ヘリオトロープ公爵が穏やかな笑みを浮かべ、俺に挨拶をし、ウィステリアの肩に手を置く。


「只今、帰りました。お父様」


 ウィステリアもにこやかにヘリオトロープ公爵に返していて、良好な親子関係でほっこりする。

 そんなヘリオトロープ公爵親子を見つつ、ふと疑問に思った。

 フィエスタ魔法学園の授業が終わり、家に帰る時間は大体、夕方頃だ。

 その時間なら、宰相のヘリオトロープ公爵は仕事のはずだ。その彼が、公爵邸にいるということは、休みが取れたということだろうか。


「お招き下さいまして、ありがとうございます、ヘリオトロープ公爵」


 俺の顔で読み取ったのか、ヘリオトロープ公爵は良い笑顔を浮かべた。


「セヴィリアン王太子ご夫妻が協力して下さいました。ヴァーミリオン殿下が泊まるのなら、家族とゆっくり休んで欲しい、と」


「……今度、兄にお礼を言いに行きます」


 ヘリオトロープ公爵を通して、兄夫婦に会いに来いと兄が言っていることが分かった。

 兄夫婦にもうすぐ子供が生まれる。

 乙女ゲームの時と違って、義姉のアテナは去年の社交界デビューの時のフォギー侯爵の襲撃で、大怪我を負っていない。

 乙女ゲームでは怪我の影響で子供は一人のみで、二人目以降は産むことが出来なくなったが、この世界では違う。

 義姉は元気で、今のところは安産だろうと王家の医師からはお墨付きをもらっている。それでも、生まれるまでは何が起こるかは分からないので安心出来ないが。

 義姉にストレスが掛からないように、少しだけ顔を覗くくらいにしようと思う。


「いらっしゃいませ、ヴァル君」


「お邪魔します、アザリア夫人」


 ヘリオトロープ公爵の隣で、アザリアさんが嬉しそうに微笑む。本当はヘリオトロープ公爵夫人と言いたいところなのだが、彼女が“ヴァル君”と呼んだということはこちらも名前で呼べということなのを察して、“アザリア夫人”と咄嗟に呼んだ。

 嬉しそうということは、正解だったようだ。良かった。というか、将来の義理の母の言葉をちゃんと聞いておかないと地雷を踏む。後が怖い。


「ヴァル、いらっしゃい」


 嬉しそうにヴァイナスが頭を撫でようと手を少し上げて、使用人達がいることを思い出して、すぐに手を下げた。その理性はあったようで、内心、ホッとした。


「お邪魔します、ヴァイナス」


「中に入りましょうか、殿下」


 ヘリオトロープ公爵が息子のヴァイナスの行動に苦笑して、俺を公爵邸の中へと促した。

 中に入り、ウィステリアとヴァイナスが早速、俺が泊まる部屋を案内する。

 前回のヘリオトロープ公爵領の本邸と同じで、俺が泊まる部屋は左隣がウィステリアの部屋で、反対の右隣はヴァイナスの部屋のようだ。

 そこも本邸と同じなんだ……。

 とりあえず、案内された部屋で、フィエスタ魔法学園の制服から私服に着替え、部屋を出ると、部屋の前でヴァイナスが待っていた。


「ヴァイナス、どうしました?」


「ウィスティは少し準備があるそうなので、それまで私がヴァルの案内をしようと思いまして……」


「そうですか。ありがとうございます。あの、もし時間があるのでしたら、ヘリオトロープ公爵とヴァイナスに話があるのですが、お二人共、時間はありますか?」


「私も父も大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。良い話ではない上に、休日に話すのは……と思ったのですが、早めに話しておかないといけないことなので」


 溜め息混じりに苦笑すると、ヴァイナスは表情を引き締めた。


「……かなり深刻なようですね。すぐ、父の私室に行きましょう」


 ヴァイナスに促され、俺達はヘリオトロープ公爵の私室へ向かった。










 ヘリオトロープ公爵の私室へ向かい、ダブ村で起きたことと、ラスカスとクラウディの話を二人に説明した。


「……厄介なことになりましたね」


 向かいのソファに座り、眉間を揉みほぐしながら、ヘリオトロープ公爵は溜め息を吐いた。

 何故か俺の隣に座るヴァイナスも苦い顔をしている。


「学園内でのことなら、私とタンジェリン学園長で対処が出来るのですが、ダブ村での出来事は流石に私のみでは心許ありません」


「そうですね。魅了魔法に、村の住民五十人余りが亡くなった上に、王都でも死者が出る可能性があり、全てにパーシモン教団が絡んでいる可能性があるとなると、第二王子のヴァルだけでは対処は難しいですね。陛下のお力がいるでしょうね……。陛下に報告はなさいましたか?」


「いえ。私も知ったのは昨日ですので。本当なら昨日すぐに報告と思ったのですが、まずは先にチェルシー・ダフニーの様子を見てからと思い、今日になりました」


「偶然とはいえ、当家に外泊をお願いして良かったですね」


 ヘリオトロープ公爵と俺の話を聞きながら、ヴァイナスが俺の頭に手を伸ばし、撫でる。我慢出来なくなったようだ。


「出来れば、楽しい話をしたかったですよ……」


 ヴァイナスに頭を撫でられながら、苦笑する。


「それで、チェルシー・ダフニーの様子はどうでしたか?」


「特に変わった様子はありませんでした。ただ、少しだけ、持ち物の質が良くなったように感じます」


「持ち物の質、ですか?」


 ヘリオトロープ公爵が目を瞬かせて、俺を見る。


「はい。同じ物でも、前まではお金持ちの平民が持つ物を使っていましたが、今日は男爵や子爵が持ちそうな物に変わったように見えます。全く興味はありませんが、様子を見ないといけなかったので仕方なく見ましたが」


 つい恨みがましく言うと、ヘリオトロープ公爵とヴァイナスが苦笑した。

 見るなら、ウィステリアがいいです。


「……ヴァルの話を聞くに、ダブ村からの資金提供がなくなったので、王都の自分が住んでいる周辺の者に魅了魔法を使って、資金を得ている可能性がありますね」


「父上の仰ってることの可能性が高いですね。村より、王都の方が収入は高いです。仕送りをするために、各領地から王都へ出稼ぎに来る平民や男爵、子爵家の者もいますからね」


 ヘリオトロープ公爵とヴァイナスの言葉に、密かに頭痛がする。

 本当に面倒なことにしやがって……!


『リオン、落ち着け』


 念話で紅が嗜める。

 分かってるんだけど、ストレスが溜まってるのもあって、言葉が悪くなる。


『……後でリアに癒やされろ』


 俺の思考が流れたのか、溜め息混じりに紅がとんでもないことを念話で言ってきた。

 癒やされろ……色々、自分に制限を課しているのにどうやって?

 思わず、真面目に悩んでしまった。


「色々と、裏付けが必要なのは分かりました。陛下にもお伝えした後は、私達も調べましょう」


 ヘリオトロープ公爵が言うと、ヴァイナスも頷いた。


「ご迷惑をお掛けしてすみません……」


「いやいや、ヴァルのせいではないでしょう。どちらかというと、ヴァルも迷惑を被っている方でしょう」


「困った平民の魅了魔法でヴァルは狙われている上に、ウィスティには敵意を剥き出しているのですからね。私としては大切な妹と義弟に手を出そうとしている困った平民にはお仕置きをしたいところですね」


 ヴァイナスの言葉にヘリオトロープ公爵が大きく頷いた。


「え……っと、お仕置きってどんな……? あの、それより、どうしてチェルシー・ダフニーがウィスティに敵意を剥き出しにしていることをヴァイナスが知っているんです?」


「どんなお仕置きかは秘密ですよ。ヘリオトロープ公爵家にも影はいますからね。離れたところでもウィスティとヴァルを守るようにしてますから。ほとんどヴァルが防いでいるので、あまり出番はありませんが、フィエスタ魔法学園で起きたトラブルはある程度、把握してますよ。主に、困った平民がウィスティとヴァルにちょっかいを掛けて来た時ですけど」


 ヴァイナスが苦笑しながら教えてくれた。

 そういえば、ヘリオトロープ公爵家の影が何人か潜んでいるのを思い出す。

 王城の南館には王家の影はいないが、フィエスタ魔法学園には王家の影とヘリオトロープ公爵家の影がこっそり来ている。

 俺と紅達召喚獣が警戒するから、遠慮しているのか、かなり離れたところにいるけど。


「あ、そういえば、いましたね。こちらに遠慮して、かなり離れたところにいますけど」


「ヴァルの召喚獣のフェニックス殿や精霊王殿に敵認定されたくはありませんからね」


 ヘリオトロープ公爵が苦笑して答えた。

 まるで、ちょっと触ったら爆発する大きな爆弾を抱えているような、腫れ物に触るような言い方で、義理の父は紅達をどう見ているのだろうか……。


「フェニックス達はちゃんと善悪の判断はついてますよ。悪意が近付いて来る時には先に教えてくれますし」


「ヴァルの召喚獣は流石ですね。そこは私達も安心していますが、それでも、影がいることはご了承下さい。私達の将来の息子ですし、王族ですから御身は大事です。さて、そろそろ夕食の準備も出来た頃でしょうから行きましょう。ダブ村等については、明日、登城した時に陛下にお伝えします。まだ泳がせておいて下さいね?」


 何か分かってもまだ動くなよ? と笑顔で念を押され、俺は静かに頷いた。出来れば早く終わらせたいという考えがバレていたようだ。









 それから、夕食をヘリオトロープ公爵一家と共に済ませ、入浴場でお風呂を借り、夜着に着替え、泊まる部屋に戻る。

 水を飲み、ソファで寛いでいると、扉を叩く音がした。

 応答して、扉を開けるとでウィステリアが立っていた。


「ん? ウィスティ? どうしたの?」


「ヴァル様、少しだけお話いいですか?」


 顔を赤くして、ウィステリアは見上げる。

 彼女も入浴後のようで、服がナイトドレスを纏い、上にカーディガンを羽織っている。

 一応、婚前なので、露出を避けた装いで内心、安堵しつつも、残念な気持ちが入り混じっている。

 俺も思春期の男なので、正直、目の前の最愛の姿はちょっといや、かなりやばい。色っぽいのだったら、もっとやばかった。


「もちろん。どうぞ」


 そんな荒れ狂っている心は隠しつつ、ウィステリアを部屋に通す。もちろん、やましいことはしませんが。


「あの、リオン様……」


 部屋に入った途端、愛称が二人だけのものに変わり、ドキリとする。

 いつも二人だけの時は変わるのに、部屋がヘリオトロープ公爵家で、お泊り……しかも夜というだけで空気感が変わり、勝手に心が色めき立つ。


「リア?」


 荒れ模様の心をひた隠し、ウィステリアに微笑む。

 すると、ウィステリアの両手が俺の顔に伸びる。

 何をするのだろうと、婚約者の行動を眺め、目を瞬かせる。

 ウィステリアの手入れされた綺麗な両手が俺の頬に触れる。

 お風呂上がりの、温かな手に心地良さを感じた瞬間、ウィステリアに頬を引っ張られた。


「……リアさん? 何をしてるのかな?」


「いえ……その、男性なのに、きめ細やかなお肌をしているなと思ったら、更に柔らかかったので、つい、引っ張ってしまいました。ごめんなさい……」


 謝りつつ、ウィステリアは尚も俺の頬に触ったり、撫でたり、引っ張ったりしている。


「いや、他の人なら嫌だけど、リアなら別に引っ張ろうが、触ろうが、撫でようがいくらでもいいんだけどね。これをしたかったの?」


「いえ。実は明日のご予定を聞きたくて……。いきなり、お泊りになったので、お忙しかったら申し訳なくて」


「明日は魔法学園も休みだし、特に何もないよ。あるとしたら、多分、朝一に届けられる書類仕事くらいかな。何かあった?」


「明日、特にご予定がなければ、私とお出掛けしませんか? 前の、王都のお出掛けみたいに」


「お出掛け……お忍びデート?」


 まさかの提案に俺の心の中が春一番が吹き荒れる。もう、初夏なんですがと言うのは野暮だ。


「はい。また、王都をお出掛けしたくて……。どうですか?」


 顔を赤くしながら、ウィステリアは首を傾げる。

 まだ、俺の頬を触っている。そんなに肌触りが良いのだろうか。


「もちろん、一緒にお出掛けしよう。何処か行きたいところはある?」


「前に行ったアクセサリー屋に行きたいです。他はまた、その時の気分でどうですか?」


「うん、いいよ。何だか、リアから誘ってもらって嬉しいな」


 俺の頬に触れているウィステリアの両手を上から握り、彼女にしか見せない、極上の笑みを浮かべる。

 それを間近で見たウィステリアは一気に真っ赤になる。


「リ、リオン様……! も、もう、その笑顔はずるいです……っ!」


「どうして? 俺はリアにしか、この笑顔は見せるつもりはないよ? なら、リアの前でしか出来ないよね?」


 にっこりと微笑むと、ウィステリアは口をぱくぱくさせる。その仕草が可愛くて、抱き締める。


「ちょ、リオン様?!」


「もう、リア。可愛すぎ。俺をこれ以上魅了しないで」


「魅了?! 私、聖属性を持っていませんよ?! むしろ、リオン様ですよね!?」


「俺は聖属性を持ってるけど、魅了は使えないよ。使うのはチェルシー・ダフニーでしょ。まぁ、ちょっとだけ、魅了魔法って使えるかなって、興味本位で試そうかと一瞬思ったけど、俺の魔力でやっちゃうとマズイからしてない。一応、聖の精霊王の父様とセレスティアル伯爵からは使えないってお墨付きもらったから大丈夫だけど」


「リオン様、物騒な興味本位はやめて下さいよ?!」


 抱き締められたまま、ウィステリアはぎょっとした顔をした。

 本当に興味本位で、魅了魔法が使えるのかなって思ったけど、俺の魔力以上の人を知らないので、皆を魅了してしまうことになるので、やめた。

 その後、月白とセレスティアル伯爵に聞いてみると、魔力感知で俺の魔力の周りには特に桃色のものがちらついていないので使えないそうだ。

 魔力感知で桃色のものが聖属性の魔力――白色の魔力の周りにちらついていた場合は、魅了魔法を使っているもしくは使えるらしい。

 なので、俺は使えないと月白とセレスティアル伯爵から言われた。

 ちょっとした研究的な興味はあるが、内心、使えないことにホッとしている。これで、使えてしまうと王位継承権破棄は出来るが、王城の何処かに幽閉とか窮屈な一生になる可能性がある。

 そうなるとウィステリアを幸せに出来ない。


「大丈夫。もし使えるとしても、チェルシー・ダフニーのようなことはしないよ。リア以外を魅了する意味がないし」


「……リオン様に魅了魔法を掛けられなくても、私は既に、リオン様に魅了されてますから」


「それなら、俺もリアに魅了されてるね。それも前世から」


 尚も抱き締めているウィステリアを更に強く抱き締める。

 前世の乙女ゲームでウィステリアを見た時から、頭から離れなかった。

 ハーヴェストの話だと、俺の姉妹がプレイしていた乙女ゲームのウィステリアにだけ、今抱き締めているウィステリアの魂の小さな欠片の欠片を入れたらしい。更に、前世のウィステリアがプレイしていた乙女ゲームのヴァーミリオンには俺の魂の小さな欠片の欠片を、ディジェム、オフェリアのにもお互いの魂の小さな欠片の欠片を入れたそうだ。

 だからそれぞれ無意識に惹かれ、前世からそれぞれ推しだったのだと思う。

 ウィステリア、ディジェム、オフェリアにはまだ伝えていないけど。


「私もです。前世から、乙女ゲームのヒロインより、悪役令嬢に感情移入していたのに、乙女ゲームのヴァーミリオン王子の性格が我儘で俺様なのに、悪役令嬢を断罪するのに、私の苦手な性格なのに、嫌いになれませんでした。魅了されていたのだと思います。それから、初めてお会いしたリオン様を見て、更に惹かれました」


 俺に抱き締められたまま、ウィステリアは顔を上げ、微笑む。

 ウィステリアの女神のような慈愛に満ちた微笑みに、吸い込まれるように額に、頬に、口に、軽く触れる。

 ほとんど無意識に、ついうっかりやらかしたことで、僅かに残っていた理性が働いて、慌ててウィステリアから一歩離れた。


「……ごめん。これ以上は触れないようにするから。もう、何やってるんだろ、俺……」


 口に手を当て、ウィステリアに謝る。多分、俺の顔は赤くなってると思う。


「いえ、その、嬉しかったです……」


 顔を真っ赤にしたまま、ウィステリアは微笑みながら、自分の頬に両手を当てる。


「……お泊りの魔力、怖い……」


 ぽろりと本音を小さく呟くと、ウィステリアが笑った。

 その後、明日のお忍びデートの話をもう一度、少しして、ウィステリアは部屋に戻った。



 ウィステリアが着るナイトドレスとか夜着に対する俺の耐性って、必要だろうかと真剣に考えた夜だった。

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