第86話 ダブ村
「ヴァーミリオン様。ご報告があります」
王城の南館の俺の私室にロータスがやって来た。
顔は少し、焦った様子だ。
「ロータス、どうしたんだ?」
書類仕事を終わらせ、執務をする机でミモザが淹れてくれた紅茶をのんびり飲んでいた俺はティーカップをソーサーに置き、ロータスを見る。
公式戦から一ヶ月が過ぎ、現在は初夏だ。
そういえば、もうすぐ俺の誕生日だなぁ……とぼんやりと考える。
去年は色々と起こり過ぎて、すっかり忘れていたが。婚約者のウィステリアや家族、友人達から誕生日プレゼントをもらって、そういえばと思い出したくらいだ。今年も忘れそうだなぁ……。
「ヴァーミリオン様が気にされていらした、チェルシー・ダフニーの出身地であるダブ村ですが、先日、ドラジェ伯爵領に帰郷と同時に調べに私が伺った数日前に住民全員が亡くなっていました」
「……ん? どういうことだ? 住民、全員?」
思わず、眉を寄せ、普段より低い声が出る。
背後で、ハイドレンジアとミモザ、シスル、グレイ、サイプレス、シメントが息を飲む音がした。
「報告がなかったから、陛下達もご存知ないと思うけど、何故……」
「何処で何が動いているのか予測出来ませんでしたので、念の為、報告を私が止めました。現在、ドラジェ伯爵領の者と、ダブ村を治めている子爵領の者で捜査をしていますが、まだ詳しくは分かりません。分かってから、ヴァーミリオン様にも、陛下方にも報告するつもりでした。子爵領の領主に捜査を要請する際に、ヴァーミリオン様のお名前をお借り致しました。事後報告で申し訳ありません」
「いや、構わないよ。念の為、俺の署名入りの書類をロータスに渡しておいて正解だったね」
苦笑して頷くと、ロータスも俺と似たような顔をした。
ロータスには俺の影のようなことを頼むから、調査中に不測の事態が起きた場合に、第二王子の権限で動いているという署名入りの証明書を渡していた。
出来れば、そんなことが起きないことを祈っていたけど。
「はい。流石のご慧眼です。話を戻しますが、本来なら全てが判明してからお伝えするつもりでしたが、ヴァーミリオン様には中間報告以降は逐一、報告した方が良いかと判断しました」
「どうして?」
「ダブ村のことですが、私が見た死者の様子だと、恐らく、魅了魔法を重ねて掛け続けられた結果のように思います」
「魅了魔法を重ねて掛け続けられた結果?」
ロータスの言葉に眉を寄せる。
「はい。ダブ村の住民、全員が栄養不足気味でした」
ロータスのその言葉にハイドレンジア、ミモザ、シスル、グレイが息を飲む。俺も溜め息を吐く。
「……成程。グレイと同じ症状だね」
こめかみに人差し指を当てながら、ロータスを見る。
「……あの、ヴァル様。グレイさんと、同じ、症状、とは、何ですか?」
シメントが気になったのか、俺に問い掛ける。
公式戦から一ヶ月が経ち、少しずつだが、シメントの栄養面も改善されつつある。まだかなり痩せているし、心の傷はすぐには癒えないが。
そして、シメントにも俺の事情は話している。
どのみち、俺の執事補佐――従僕になるのだし。卒業後に下賜されるはずの田舎の領地に、彼も連れて行くつもりだし。
ちなみにハイドレンジアは、将来的には俺の家令になるつもりらしい。俺としては有り難いが、子爵で子爵家の当主なんだから、俺の家令をする時間があるのだろうか。このまま、お母さんのアイリスさんに任せっきりにするのは……と思っている。一応、アイリスさんとは俺がフィエスタ魔法学園を卒業するまで、という約束をハイドレンジアはしていると聞いている。
あ、話が逸れてしまった。
「俺はあいつの魅了魔法に七年間掛かっていて、去年、ヴァル様に解いて貰えなかったら、ここにはいなかったんだ」
グレイがシメントに簡単に説明する。ざっくりだな。
「グレイの様子を見たから知ってるけど、魅了魔法に掛かるとあまり食事を摂ろうと思わなくなるみたいなんだ。結果、栄養不足の状態になる」
それでもグレイは、闇の精霊王と人間の混血だからなのか、まだ体力と魅了魔法の耐性があったから深刻な栄養不足とまでは至っていなかった。痩せてはいたが。
どちらかというと、栄養状態や精神面が深刻だったのは家族と一部の使用人に虐待されていたシメントの方だ。
「ということは、ダブ村の住民は全員、チェルシー・ダフニーによって、長年、魅了魔法を掛けられていたということか……」
「我が君。確か、あの無礼者は八歳の頃に王都にやって来たのですよね?」
「……っ、調べによるとね。グレイからもそう聞いたから、間違いないと思うけど」
ハイドレンジアのあの無礼者発言に内心、動揺してしまった。チェルシー・ダフニー本人の知らないところで、色々とあだ名が増えていて何だか哀れに感じた。
「ということは、あの無礼者はその前から、魅了魔法を振り撒いていたということですよね?」
「そうなるね。ダブ村の住民達はグレイより長く掛けられていたということになる。その結果が、今回の状況……ということかな? ロータス」
「私の見立てでは、ヴァーミリオン様と同じ見解です。サイプレス卿。貴方はどうお考えです?」
「どう考えも何も、魅了魔法に掛かると、掛けた者のことしか考えられなくなるので、自分のことにも無頓着になります。重ね掛けされていくと、掛けた者のために動くようになるのがほとんどです。その結果、魅了魔法を掛けられた者のほとんどは掛かって、少し経ってから魅了魔法に気付いた者によって解除されて、命拾いをしますが、一部の者は長年、誰にも気付かれず、重ね掛けされてほとんど食べなくなった結果、栄養不足で命を落とします。稀に、重ね掛けされても掛けた者のことしか考えないのですが、自分の意思で食事もちゃんと摂るような者もいますが、本当に稀です。魅了魔法の耐性を持つ者なら、掛かったとしても一時的に解けた時に食事を摂ることは出来ます。なので、私もお二人と同じ見解ですよ」
にっこりと笑顔で、噛むこともなく、すらすらとサイプレスは頷いた。
流石、魔法を司る神で、魔法オタク……。
魔法のことになるとマシンガンだ。止まらない。
「本当に厄介だな、魅了魔法……」
「それと、もう一つ、ご報告があります。ヴァーミリオン様」
「ん? 他にも?」
続きを催促するようにロータスを見ると、彼は苦笑した。
「はい。実は、亡くなったのはダブ村の住民全員とお伝えしましたが、二人だけ、生き残った住民がいます」
「生き残った住民がいる? 体調とかは大丈夫なのか?」
「ヴァーミリオン様はやはりお優しいですね。その二人なのですが、どうやら魅了魔法に耐性があるようで、二人共、魅了魔法に掛かっていません。ですので、栄養状態は問題ありません」
ロータスが穏やかに微笑み、俺に説明する。
グレイのように魅了魔法に耐性がある……ということは周りは全員、魅了魔法に掛かっているのを長年、見ないといけなかったことになる。小さな村では生活しづらかったのではないだろうかと、何となく思った。更には亡くなったところを見ていた可能性もある。その二人の精神面が不安だ。
「魅了魔法に耐性があるのは良かったけど、二人の精神面は大丈夫なのか? 亡くなった住民達を見た可能性があるよね?」
「今のところは落ち着いています。その二人ですが、一人はダブ村の村長の息子で二十六歳で名前をラスカス。もう一人はラスカスの義弟のクラウディで十歳です。ラスカスは当時、次期村長として、領主に半年に一回ある、村で採れた農作物についての報告会へ行っており、帰った時に住民が亡くなった後の村の惨状を見ています。クラウディはラスカスがいない間は村におり、住民が亡くなった時の目撃者です。念の為、何者かが動いている可能性も考慮して、ドラジェ伯爵家で二人を保護しています」
「十歳の子供……。住民が亡くなった時を見ているなら、義兄がいるとはいえ、離れたりすると不安定になるかもしれないね。よく看てあげて」
「はい。ドラジェ伯爵家の使用人達に既にしっかり申し伝えています」
ロータスが頷くと、俺も少し息を吐く。が、次のロータスの言葉に動きを止めてしまった。
「それとその、クラウディなのですが、彼の実の姉が、チェルシー・ダフニーです」
「……………………何だって?」
いきなり頭痛が始まった。そんな言葉はないが、頭痛が痛いとうっかり言いたくなる。この場合、頭痛がするが正しいのだが。動揺している。
「チェルシー・ダフニーには弟がいないと聞いていたが……」
「はい。ラスカスとクラウディから聞いた話によると、チェルシー・ダフニーは弟がいることを知らないようです。クラウディはチェルシー・ダフニーが王都に行く少し前に生まれたそうで、両親から娘は育てるが、息子は育てる気はないと言われたらしく、母方の祖父母が激怒して代わりに育ててくれたそうです。その二年後の二歳の時に母方の祖父母も病気で亡くなり、その時も村長が両親に伝えましたが、同じ返答があり、他の村の者達もチェルシー・ダフニーは育てるが、クラウディは育てないと言ったらしく、村長家族――特にラスカスが引き取り、面倒を見ていたようで、クラウディは彼に全幅の信頼を寄せています」
ロータスの言葉にこの場にいる全員から殺気が溢れる。優しいシスル、シメントでさえも怒っている。
「……ラスカスという村長の息子に良識があって良かったよ。クラウディもそんな事情なら、ラスカスを慕っているだろうね」
「保護をして、五日見ましたが、顔立ちは姉弟ということもあり、似ていますが、性格はチェルシー・ダフニーと雲泥の差です」
そう留めて、静かにロータスは俺を見た。
無言でどうするのかと聞いてくる。
ある意味、今回のこの出来事はチェルシー・ダフニーを追い詰める口実の一つになる。
ただ、それに巻き込まれた形になる十歳の少年と、その義兄を――王族として守るべき国民を追い詰める口実として使うのはどうなのかと思う。
ラスカスもクラウディもいい迷惑だ。
チェルシー・ダフニーの出身地だったばっかりに、弟だったばっかりに。
今まで、生活しづらかったかもしれないが、平穏ではあったと思う。
平穏を壊されたことで、追い詰める口実として第二王子に使われるのは申し訳なくなる。
が、チェルシー・ダフニーを言い逃れ出来ないように追い詰めて、捕らえないと、もっと被害が増える。
……ちゃんと説明しよう。それで駄目なら別の手を考える。
「……彼等に会うことは出来る?」
「はい。いつでも来てもらうことは出来ます。最初に保護する時に、高貴な方に
頬を掻きながら、ロータスが苦笑する。
その言葉にがっくりと俺は項垂れる。
何で、そこは第二王子って言わないかな、俺の眷属神!
「そこは勿体振らないで欲しかったかな……。期待値上げられると困るんだけど……」
「ヴァル様なら高貴な方とお伝えしていても、相手は問題なくヴァル様を見て、腰を抜かされると思いますよ? 私もそうでしたし」
ミモザが明るくさっぱりとした声音で言った。
ハイドレンジアもうんうんと頭を縦に振っている。
「レンやミモザの時は三歳の第二王子だったんだから、意外性で腰を抜かすよ。今はただの十六歳の第二王子。絶対、王太子じゃなくて、第二王子かぁって落胆するに決まってるよ」
王太子と第二王子では、権力の強さに差がかなりある。
「何で、そこでご自身を下げられるんですかね、ヴァル様は……」
「色々あると卑屈にもなるよ」
特に色々と拗れてるし。
「それは置いておいて。二人を保護した、ということは、パーシモン教団も動いてる?」
「そのようです。私が二人を保護した五日後にダブ村に現れました。その時には子爵家やドラジェ伯爵家で捜査した後でしたので、住民の遺体も含めて、ほとんどの証拠に繋がりそうな物は回収しておいたので、何も残っておりませんが。ラスカスの話だと、元々ダブ村に常駐し、チェルシー・ダフニーの後を追い掛けて王都に行ったパーシモン教団の神官と一年に一回、チェルシー・ダフニーと訪れていたようです」
「ねぇ、ロータス。一年に一回、彼女と神官、様は何をしに訪れていたの?」
シスルが眉を寄せて、ロータスを見る。珍しく、チェルシー・ダフニーとパーシモン教団に不快感を抱いた表情を浮かべている。
「ラスカスの話だと、ダブ村の住民達からお金を集めていたそうです。住民達も自ら進んでお金を渡していたようです。それも、村では見ることがほとんどないらしい金貨が革袋にたくさん入っていたそうです」
「お金を集める? パーシモン教団に対する献金か?」
変な方向に話が進んでいる気がして、更に頭痛がする。
信者が少なくなっているから、魅了魔法を使えるチェルシー・ダフニーを使って増やすつもりなのか?
「あの、ヴァル様。多分ですが、あいつが王都で贅沢な生活をするためのお金だと思います。俺が魅了魔法に掛かっていた時も近所の連中から、あいつはお金を奪ってましたから」
「確かに、王都と、王都から離れた村だと収入も支出も違いますからね。ですが、平民の暮らしなら、少しだけ収入が増えるので、少し余裕があると思うのですが……」
ハイドレンジアが国の税制を思い出すような顔で呟く。
「あいつは昔からこの世界のヒロインだとか、聖女だとか、将来は王妃様だとか訳の分からない痛いことを言ってましたので、平民の生活が嫌だとも言ってました。なので、あいつの両親はもちろん、近所の連中から奪ったお金で、貴族のような生活をしてました。水準は裕福な商家や男爵家くらいの生活ですが。下は子爵家、上はもちろん王家のようにお金を湯水の如く使いたいと言ってました。実際は湯水の如くではなく、ドブのようにと言ってました。言葉の誤用が凄くて……」
グレイが眉間に皺を作って、溜め息を吐く。
ドブのようには使えないだろう。金をドブに捨てるならともかく。むしろ、どんなドブだ。見てみたい。
「グレイ殿の見解の通りです。ラスカスとクラウディもそのように答えました。ダブ村の住民達がチェルシー・ダフニーに王都で暮らすための生活費と言っていたそうです」
グレイの言葉にロータスは頷き、俺を見る。
「……そうか、成程。つまりは自分のために他人のお金を巻き上げている訳だね。それで魅了魔法の影響で死者が出た訳だから、証拠、証人を集められれば、捕らえることも出来るね」
「ヴァル様。ついでに、パーシモン教団の関与も分かれば、カーディナル王国から一掃出来ませんか? 魔法を司る神としては、あの教団は潰したいところです。昔と違って、今は本当に腐ってますし、ハーヴェスト様を侮辱するにも程があります」
サイプレスがじっと俺を見つめる。
神は世界に滅多なことが起きない限り、あまり手出しが出来ない。なので、現在、この世界を創った女神の存在を使って、好き勝手している教団をほとんどの神は潰したいと思っている。
ちなみに、パーシモン教団はこの世界を創った女神の名前を昔は知っていたが、今は知らないというオチがある。昔、パーシモン教団がとある国と結託して、侵略しようとした国の王様に返り討ちに遭い、名前を載せた経典を返り討ちにした王様が粉々にしたらしい。誰とは言わないが、物騒な王様もいるものだ。
「パーシモン教団はハーヴェストの名前を使って、好き勝手をしているから、確かに俺も嫌な思いしかない。関与が分かれば、陛下に上奏してみるよ。チェルシー・ダフニーについては卒業パーティーまでは泳がせるつもりだけど、その間に平民の人達に被害が出るのは避けたい。ロータス。チェルシー・ダフニーが今、住んでいる周辺の住民の様子を魅了魔法が掛かっているかどうかと、栄養状態の確認。もし、お金を奪っているところが分かれば、現行犯で捕らえて欲しい。恐らく、その時はチェルシー・ダフニーではなく、パーシモン教団の神官だろうから。もちろん、教団の支部に悟られないようにね。出来るかな?」
「問題ありませんと言いたいところですが、フィエスタ魔法学園の授業等もあるので、魔法学園の間はサイプレス殿にお願いしても宜しいですか?」
「サイプレス、どう?」
「私で宜しければ、お任せ下さい。ヴァル様」
「じゃあ、お願いするよ」
小さく笑うと、ロータスとサイプレスが一礼した。
「……本当なら、取り押さえる時に映像で残せると良いんだけどね……。魔導具、作れないかな」
『ヴァーミリオン。俺が教えよう』
頭を撫でながら、月白が現れた。
「え、父様が教えて下さるんですか……?」
『まだ俺がグラファイト帝国にいた時に、映像を残す魔導具を作ったことがあるんだ。帝国から出る時に全て破壊したし、設計図も持って来たから帝国にはないが……』
「設計図……。王家に関わる書物にはありませんでしたが……」
『禁書に載せた。禁書にしておかないと悪用されるからな。特に、俺の血が濃い子孫だと、色々と面倒だろう?』
月白が苦笑しながら、俺の頭を撫でる。
初代国王の血が濃い子孫……つまり直系の王族だと、彼に似た顔になる可能性が高い上に、映像として残ると複製されて、最悪な場合、グラファイト帝国の皇帝に渡る可能性があるということだろうか。
つまり、今の時代だと、俺のことを考えた結果ということだ。
『素材は魅了魔法を可視化する魔導具より集めやすい物ばかりだ。後日、教えよう』
「助かります。ありがとうございます」
穏やかに微笑むと、月白はまた俺の頭を撫でた。
『これで、卒業パーティーでも、結婚式でもお前の最愛の姿を映像として残せるだろ? 夜な夜な見放題だな』
念話で月白が俺に言う。声音は誂いが滲んでいる。
『……変な趣味な人にしようとするのはやめて下さい、父様』
夜な夜なではない。いつでも見放題だ、と月白に言い返すと認めてしまうことになるので、ぐっと抑えた。
そして、二日後。
ダブ村の村長の息子のラスカスと、彼の義弟でチェルシー・ダフニーの弟でもあるクラウディを王城の南館の応接室に呼んだ。
俺が来るのを応接室で先に待っている、一般人でもあるラスカスとクラウディは、ロータス曰く緊張でガチガチに固まっているらしい。
前世では一般庶民で、呪いのせいでほとんど外出も出来ずに引き籠もりだった俺としても、彼等の気持ちは凄く分かる。
一般人からすると、王族なんて貴族よりも雲の上の存在だろうし。
前世の俺もそんな雲の上の存在の方にお会いしたことないし。そんな俺がまさかの王族に転生するとは思わなかった。今思うと凄いジョブチェンジ。
「……国王や王太子ではなくて、会うのは第二王子だから、少しは気持ち的には楽かな」
『変わらんだろう。むしろ、国王や王太子以上の緊張だと思うぞ、リオン』
紅が俺の呟きに反応して返す。
『リオンは麗しの第二王子だもんね〜? 服装が公式用ではなくて、私的な服装とはいえ、美しいのは変わらないしねー。これが、受勲式のような公式な行事なら、一般人より慣れているはずの貴族も当てられて倒れる人がいるんじゃないかな〜? 髪型も服装も公式用になるし』
腰に佩いた光の剣クラウ・ソラスこと蘇芳が誂いを含んだ声音で俺に言う。
『公式な行事のことは置いて、ダブ村の二人はリオンを見たことがないし、村って閉鎖的なことが多いだろうし、確実に腰は抜かすだろうね。本当に美しいかは別として、村の中で一番可愛いんでしょ、チェルシー・ダフニー。それよりも確実にリオンの方が可愛いし、美しいんだから』
短剣に擬態しているフラガラッハこと鴇が辛辣なことを言っている。
「……何と言えばいいのか分からない。というか、男で可愛いは褒め言葉じゃない」
俺としては複雑だ。俺の中で可愛いのはウィステリアだし。
『結局、リオンはリアちゃんに行き着くんだから、深く考えないでよ』
俺の思考が流れたらしい、鴇が呆れた声で言う。
「……とにかく。応接室に行こうか。待たせてるし」
私室から出ると、ハイドレンジアとミモザ、グレイ、シメントが待っていた。シスルとロータス、サイプレスは既に応接室にいる。流石に王城の南館が襲撃されることはないだろうが、念の為だ。
「我が君。既に、二人共、待っております」
「そうだね。緊張させてるだろうね」
俺も逆の立場だったら、早く終われと思う。なので、少し足早に応接室へ向かう。
『リオンは優しいな……』
早足の俺に、念話で紅が優しい声音で呟いた。
応接室に着くと、ハイドレンジアが中で待っているシスル、ロータス、サイプレス、来客であるラスカスとクラウディに分かるように、扉を三回叩いた。
応接室の中からロータスが扉を開け、俺達を招き入れる。
ハイドレンジア、ミモザが先に入り、少し間を置いて俺が入ると、ラスカスとクラウディと思われる二人がソファから立った状態で、こちらを見て息を飲み、後ろからシメント、グレイが入り、扉を閉めた。
応接室のソファの前まで行き、対面に立つラスカスとクラウディに声を掛ける。
「待たせてしまって申し訳ない」
俺が声を掛けると、ラスカスとクラウディが固まった。
ロータスの話だと、ラスカスは二十六歳で胡桃色の髪と深緑色の目をした青年で、クラウディは十歳で桃花色の髪と胡桃色の目の少年だ。
クラウディは特にチェルシー・ダフニーの弟ということもあり、顔立ちは少し姉に似ている。が、クラウディの方が賢そうな雰囲気を感じる。
何となく、育てる人と環境で変わるのかなと思う。
「第二王子のヴァーミリオンだ。初めまして。ラスカスとクラウディで良かったかな?」
フルネームではなく、省略して挨拶すると、ラスカスとクラウディが更に固まった。
目の前に王族がいるのだから、固まるよね。
「はひっ! ら、ラスカスと申します! こちらは義弟のクラウディですっ! お初にお目に掛かります! 王国の太陽であらせられる、ヴァ、ヴァーミリオン第二王子殿下にご挨拶を申し上げます!」
慌てて、ラスカスは左胸に右手を当て、一礼した。クラウディも義兄に見倣って、同じようにする。
二人共、一般人なのに、臣下の礼が取れることに内心、感心した。
『ふむ。あの小娘より、弟とその義兄は教養があるようだな。ちゃんと出来る平民もなかなかいない』
紅も念話で感心した声を上げる。
『まぁ、育てる人と環境の違いなんだろうね。クラウディは良い義兄に育ててもらったんだろうね』
念話で俺も紅に返しつつ、緊張のあまり顔色が悪いラスカスとクラウディに微笑する。
「挨拶ありがとう。早速で申し訳ないけれど、色々とダブ村で起きたことを聞きたいから、話してもらえないかな?」
ソファに座るように二人を促し、俺もソファに座る。
「は、はい。俺、あ、いえ、私達で分かることでしたら……」
ラスカスは今回のダブ村で起きた内容を俺に説明してくれた。
内容はラスカスが次期村長として、領主に半年に一回ある、村で採れた農作物についての報告会へ行き、村に帰った時にら住民が亡くなったこと。クラウディはラスカスがいない間は村におり、住民が胸を押さえて苦しみだし、亡くなったことを説明してくれた。
ロータスから聞いた通りだったし、彼等に嘘をついている様子は見受けられなかった。
「成程。教えてくれてありがとう。報告会に行く前に、村の住民達の様子におかしいことはなかった?」
「様子……いえ。特に変わった様子はなく、普段通りの村の雰囲気でした。ただ……」
「ただ?」
「その、最近……ではなく、十年前からですが、村の様子がおかしくなりました」
躊躇うように、ラスカスは俯き加減に呟いた。
「十年前? 何があった?」
多分、チェルシー・ダフニーのことだろうなと思いながら、ラスカスに先を促した。
「十年前、ある少女に対して、村の皆が異常な程に夢中になりだしました。村の皆がおかしいと私が感じたのはそれからだと思います」
「夢中?」
「はい。十年前、その少女のことを突然、村の老若男女達が可愛い、何かをしてあげたい、構ってあげたいと言い始めました。最初は少女の両親から、近所の者、村の皆へと波及していき、二週間後には村全体に広まって、少女を可愛がり、構うのは当然だと言い始めました」
ラスカスの話を初めて聞いたらしいクラウディが目を見開いて、義兄を見ていた。
「ラスカスは同じように思わなかったのかな?」
「いえ……。むしろ、当然だと言い切る村の皆に対して、不快感しかありませんでした。その少女に会う度に、頭痛と吐き気がありました。村の皆が言い始めて二週間後くらいにはずっと体調不良でしたので、自室に閉じ籠もってました」
『……魅了魔法の耐性による体調不良だな』
『そうだね……』
話を聞いた紅が念話で俺に呟いた。
「それから二年間は、外に出る度に、吐き気が強くなり、動けなくなってしまうので、私はずっと自室に閉じ籠もってました。体調が戻ったのは少女とその両親が王都に行くことになった後です」
「少女が王都に行くことになった理由は何か知っているかな?」
「はい。本人ではなく、彼女が理由を話していたのを聞いた村長である私の父からですが、その、王族である、ヴァーミリオン殿下に会うため、と言っていました」
ラスカスの話を聞いた俺の側近達と侍女から殺気が漏れる。
その殺気を感じたラスカスとクラウディがびくりと身体を震わせる。
俺は手を上げると殺気が消える。殺気が消え、ラスカスとクラウディは小さく息を漏らす。
「私に会って、少女は何をするかは言っていた?」
「はい。ですが、私は本人から聞いた訳ではなく、父からの又聞きにはなりますが、その、ヴァーミリオン殿下に会って、王妃になると言っていたそうです。そのために王都へ行って、聖女になると……」
ラスカスの話を聞き、俺は頷いた。
そうだろうとは思っていたけど、やはりチェルシー・ダフニーは乙女ゲームの通りに動こうとしている。
乙女ゲームでは、両親がお金を稼ぐために王都へ行き、ヒロインもついて行く。王都に暮らし始め、聖属性を持っていることをパーシモン教団の教会で神官に見出され、聖女と呼ばれ始め、魔法学園で活躍していくと王国内で聖女と呼ばれるようになる。攻略対象キャラの第二王子のルートへ行くと、将来的に王妃になる。
個人的には王太子の兄夫婦とその子供がいるのに、何でそれをすっ飛んで第二王子が国王でヒロインが王妃になるのか分からない。前世で、姉と妹によくつっこんでいたのをふと思い出した。
「それと、その、王都で暮らすためには今の収入では厳しいから、村の皆に援助して欲しいと少女がお願いしていました。今までも、似たようなことを言っていた村から出た者もいたのですが、その人には断っていたのに、少女には村の皆が全員、援助をしていました」
「それを裏付けるものは何かある?」
「はい。何かあった時のために、私とクラウディを守れるようにと、父の机から抜き取った少女からの援助を催促する手紙を持っています。その手紙にはパーシモン教団の神官スチール様からのものもあります」
凄いな、ラスカス。一般人にしておくのが惜しいなと思っていると、俺が座るソファの隣に立つハイドレンジアがこちらにちらりと目を向けている。
「我が君……」
「今、その話はしないよ、レン」
ちらりとハイドレンジアに目を向けて告げた後、ラスカスとクラウディに目線を戻す。
「村の様子は分かった。それで、クラウディはどうして、ラスカスの義弟になった?」
一応、聞いてはいるが、本人達から聞きたい。何か、チェルシー・ダフニーを追及出来る材料があるかもしれない。先程の手紙のように。
「クラウディは、少女が王都に行く少し前に生まれました。ただ、クラウディの本当の両親から娘は育てるが、息子は育てる気はないと言ったらしく、母方の祖父母が激怒して代わりに育てていましたが、その二年後のクラウディが二歳の時に母方の祖父母も病気で亡くなりました。その時に私の父である村長が、王都にいるクラウディの両親に亡くなったことを伝えましたが、生まれた時と同じ返答があり、他の村の者達も少女は育てるが、クラウディは育てないと言って、誰も引き取ろうとしませんでした。憤った父と私が引き取り、クラウディを育てることにしました」
「あの、ヴァーミリオン第二王子殿下。実際に、僕を育ててくれたのは義兄です。村長が怒ったというのも、僕を使って、姉に会おうと考えた結果の演技です。結局、村長達は僕に対して何もしてません。食事も、服も、寝床も教養も全部、義兄が用意してくれました」
「……そうか。その時、ラスカスは何歳だった?」
クラウディの言葉に、眉を寄せて頷く。貴族でも、平民でも、親を選べない。だから、クラウディにラスカスという義兄がいて良かったと思う。
「十八歳です」
「十八歳なら、成人もしているし、ラスカスがクラウディを育てているのは法律上は問題ないか……」
「あの、ヴァーミリオン殿下。クラウディが私の義弟になる手続きの書類の写しも、本当の両親が育てないと答えた手紙も、もしもの時のための証拠として私が持っています。王都で義弟の両親に関することで何かがあった時や、義弟が出世して活躍した時に、自分達が両親だ、と金銭を要求した時に拒否出来る証拠にと思っていたので」
本当に凄いな、ラスカス。
一般人にしておくのが本当に惜しい。
そう思っていると、隣でハイドレンジアが咳払いをしたが、俺は流した。
「そうか。もし、クラウディに何かあったら、私が保証しよう。もちろん、ラスカス、君のこともね」
そう告げると、ラスカスとクラウディは大きく目を見開いた。
「あっ、ありがとうございますっ!」
ラスカスが頭を下げると、クラウディも同じように頭を下げた。二人共、まさか第二王子が保証してくれると思っていなかったようだ。
まぁ、普通はそうだよね。
「それで、ラスカス。君が話していた少女というのは、名前はチェルシー・ダフニーで合っているかな?」
合っているのは知っているけど、一応、確認だ。
面倒臭いが、こういうのは手順がいるので。後で、宰相のヘリオトロープ公爵や国王である父に伝えないといけないことなので、公式に残すために書類が必要になる可能性もある。
「はい。間違いありません。あの、ヴァーミリオン殿下、何故、彼女の名前をご存知なのでしょうか?」
「フィエスタ魔法学園に私は通っているのだが、一年前に同じクラスに彼女が編入してきた。それからは色々と迷惑を被っているところだよ」
ラスカスやクラウディのせいでもないので、さらっと軽く伝えた。
すると、ラスカスよりクラウディの方が顔を青褪めた。
「ヴァーミリオン殿下、申し訳ございませんっ! 姉が殿下にご迷惑を……っ!」
立ち上がり、クラウディは勢い良く頭を下げた。
「クラウディは謝らなくていいよ。君のせいではない。もちろん、ラスカスも」
「でも、僕の姉なので……」
「確かに君の姉だけど、君との面識はほとんどないのだろう?」
「は、はい。顔を見たことがありますが、話したことはありません」
「なら、ほとんど他人だよ。書類上も君の家族は義兄のラスカスだ。ただ、同じ血が流れているだけ。それとも、君はチェルシー・ダフニーの弟でいたい?」
「いえ。僕の家族なのは義兄のラスカスだけです」
俺の問いに、クラウディは頭を横に大きく振った。
「それなら、君が謝ることではないよ。私もだが、君もラスカスもチェルシー・ダフニーに迷惑を被っている被害者だよ」
「……勿体ないお言葉を、ありがとうございます」
クラウディがもう一度、俺に頭を下げた。
十歳なのに、この子もしっかりしている。ラスカスの教育の賜物なのかな。
「ラスカスもクラウディも、チェルシー・ダフニーの直接的な被害者だから、今回のダブ村での出来事について真相を伝えておく。これは私の見解でもあるが、ほとんど真実で間違いないと思ってくれて構わない」
そう言うと、ラスカスとクラウディは目を見開いた。
実はこっそり過去視の権能で視たので間違いない。裏付けがいるので、ラスカスとクラウディの話を聞いたけど、俺が視た過去視と相違はなかった。
「今回、ダブ村で起きた出来事の原因はチェルシー・ダフニーだ。彼女は聖属性の魔力の持ち主で、幼少の頃から魅了魔法が使える。その魅了魔法を使って、ダブ村の住民達を魅了し、金銭を要求していた。その結果、魅了魔法を重ね掛けされ続け、住民達は栄養不足の状態が続き、今回、魅了魔法と栄養不足が影響して、亡くなった。これが真相だ」
「お待ち下さい、ヴァーミリオン殿下。魅了魔法は、世界共通の常識で、禁じられているはずです。平民の、同じ村出身の私でも知っていることですし、クラウディにも教えました。なのに……」
ラスカスが顔を真っ青にして、言葉を止めた。
続きの言葉は言わなくても分かる。
なのに、何故、平気でチェルシー・ダフニーは魅了魔法を使うのか。そう言いたげだ。
ラスカスの隣で、クラウディも真っ青になっている。
「魅了魔法に掛かると、掛けた者の思う通りに動くようになり、食事も少なくなる。ダブ村はチェルシー・ダフニーがいる王都と離れていたから、重ね掛けされていたが、常に掛け続けられている訳ではない。時々、チェルシー・ダフニーが神官と村に来てはいなかったか?」
「はい。一年に一回、来ていました。その時に村の皆から金貨の入った革袋をもらっていました」
「その一年に一回、チェルシー・ダフニーはダブ村の住民達に魅了魔法を重ね掛けしていた。段々、住民達の食事量が減っていなかったか?」
「あっ、減っていました。両親とお手伝いさんの食べる量が、十歳のクラウディが食べる量より少なくなっていて、不思議に思っていました。もしかして、それが原因で村の皆が……」
「そうだ。普通は個人差があって、同時に亡くなることはないが、どうやら、生命力も減っていたようだね。だから、同時に亡くなった」
この原因は元女神ミストだ。去年、チェルシー・ダフニーの中に入ってから、元女神は時々、チェルシー・ダフニーの身体を使っている。
その際に、こっそりダブ村に訪れ、住民達の生命力を奪っていた。自分の力に還元するために。
過去視で視た時は溜め息しか出なかった。
チェルシー・ダフニーも元女神も、本当に害でしかないように思う。
その話まではラスカスとクラウディには話せないが。
「……村の皆が亡くなった原因は分かりました。でも、何故、私やクラウディは無事だったのでしょうか?」
「君達は魅了魔法の耐性があるみたいだね。ラスカスが体調不良になったのは魅了魔法に抗うための拒絶反応だ。生命力も減らなかったのは、チェルシー・ダフニーが来ても、会いに行かなかったからではないか?」
「確かに、私もクラウディも進んで会いに行ってはいません。私は特に体調不良になりますし、クラウディも会っても意味がないので」
会っても意味がないというラスカスの辛辣な言葉に、背後のグレイが小さく吹いた。
「それと、チェルシー・ダフニーより強い魔力が二人にはある。それも魅了魔法に掛からなかった要因の一つだ」
「えっ、あの、私達に、強い魔力が、ですか?」
「ああ。平民でも魔力はある。生活魔法と呼ばれるものを二人も使えるだろう? 君達はそれよりも強い魔力がある。クラウディは今後、十五歳になる年に、フィエスタ魔法学園に通うことになる。ラスカスは本来なら、フィエスタ魔法学園に通わないといけないくらいの魔力がある。それを君の父である村長、更には領主も怠ったことになる。調べる魔導具が村にないことも原因かもしれないが、怠慢ではあるな。ダブ村のことが明るみになったことで、領主のビートル子爵も少し罰則が課される。君達は全面的に被害者だし、何も罪を犯していないから、何もないから安心して」
俺の言葉に、ラスカスとクラウディは呆然としている。
「あの、ヴァーミリオン殿下。これから、私とクラウディはどうなるのでしょうか……」
「何も罪を犯していないのだから、捕らえることはしない。それは安心して欲しい。ただ、私に協力をして欲しい」
「協力、ですか?」
「そう。協力だ。先程、言ったように、チェルシー・ダフニーに色々と迷惑を被っている。魅了魔法もその一つだ。それを追及しようにも、魔力感知が出来る者が少ないことで、なかなか罪に問えない。現在は魅了魔法を可視化する魔導具を作ったから、罪に問えるようになったが、それでも証拠が薄い。そこで、君達にはダブ村で起きたことを証人として、国王陛下や宰相等の大臣達、本人の前で証言して欲しい。そこで罪に問いたい。そのための協力をお願いしたい。もちろん、その間、身の危険が起きないように、この王城の南館で過ごして欲しい。どうだろうか?」
「義兄さん……」
不安げにクラウディがラスカスを見上げる。
不安だよね。まさかの王族から協力を仰がれている訳だし。
「……確かに、私もクラウディも、チェルシーから迷惑を被っています。チェルシーが魅了魔法を使わなければ、私もクラウディも、村の皆も平穏に暮らせていたと思います。ヴァーミリオン殿下、協力させて下さい。ただ、お願いがあります」
「お願い? 私が出来ることなら、もちろん聞こう。何かな?」
「チェルシーを罪に問うまでの間と、ヴァーミリオン殿下に協力した後ですが、何処か家と仕事を紹介して頂きたいのです。村にはもう戻れません。身の安全を保証して頂くのはとても有り難いのですが、私達のような平民が、王城に住まわせて頂くのも恐れ多いです。これから、義弟のクラウディを養うためにも、家と仕事が欲しいです」
ラスカスの言葉を聞き、隣と背後から側近達と侍女から視線が集中する。
隣のハイドレンジアからは苦笑にも似た顔を向けられている。長年、俺に就いていることもあり、俺の考えは分かる。そんな顔だ。
「仕事なら、良ければ、私の臣下になってもらえないかな?」
「えっ?! 私が、ヴァーミリオン殿下の、臣下ですか?! 何故ですか!?」
「君の、何かあった時のために取っておく、証拠にも成り得る保管能力がとても惜しくてね。そういう眼は欲しい。特に、私はフィエスタ魔法学園を卒業後には王城を出て、陛下から領地を賜る予定だからね。貴族、平民問わず、能力があり、善良な人材はいくらでも欲しい」
そう告げると、ハイドレンジアが小さく溜め息を吐いた。やっぱりか、と言いたげだ。
「もし、ラスカスが私の臣下になるのなら、この王城の南館で二人共、暮らすといいよ。君達の身の安全は守れるし、その間に二人には必要な教養はもちろん、魔力や魔法の扱い方も教える。給金も出す。クラウディに関しては、成人して、フィエスタ魔法学園を卒業してから、将来どうするか決めてもらって構わない。どうだろうか?」
ラスカスは目線を落として考える顔をし、その後、クラウディを見た。クラウディは大きく頷いて、義兄を見上げている。
無言でクラウディを見た後、ラスカスは真摯な顔で俺を見た。
「……凄く有り難いお話で、出来過ぎで、騙されていないかと思うくらいですが、ヴァーミリオン殿下は平民の私や義弟の話を疑わずに聞いて下さいました。私で良ければ、ヴァーミリオン殿下の臣下になります」
「あの、ヴァーミリオン殿下が成人して、フィエスタ魔法学園を卒業後と仰いましたが、僕も、ヴァーミリオン殿下の臣下になります」
「クラウディ。今、決めなくてもいいんだよ。君は十歳で、未来は無限に広がっている。今から狭めなくてもいい」
「いいえ! ヴァーミリオン殿下は、ロータス様を通して、僕と義兄を助けて下さいました。実の姉に迷惑を被っているのに、弟の僕に責任を問うこともなく、ただの平民なのに、一人の人間として接し、考えて下さいました。そのように見て下さったのは義兄以外には、ヴァーミリオン殿下だけです。だから、僕は助けて下さった恩返しをしたいですし、ちゃんと見て下さる方の元で働きたいです。だから、ヴァーミリオン殿下の臣下になります! ならせて下さい!」
クラウディがじっと胡桃色の大きな目で俺を見つめる。
この子、本当に、あのチェルシー・ダフニーの弟か? そう思うくらい、十歳にしては聡明な、しっかりとした言葉で真っ直ぐ俺に言う。
そこまで言われたら、俺も無下には出来ない。
「……分かった。二人共、私の臣下として迎えるよ。これから、宜しく。ラスカス、クラウディ」
そう言って、穏やかに微笑むと、やっぱりラスカスとクラウディもソファから崩れ落ちた。
……本当に、この顔、どうにか出来ないだろうか。
『あーあ。リオンがまた善良な国民を魅了しちゃった』
誂うように笑いながら、蘇芳が念話で呟いた。
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