【Side 10】うまくいかない(チェルシー視点→三人称視点)

 ……うまくいかない。


 ゲームのとおりにメイン攻略対象キャラで、あたしの推しのヴァーミリオン王子を攻略しようとしているのに、うまくいかない。

 ヴァーミリオン王子に声を掛けて、好感度を上げるために近付こうとすると、何故か風が吹いて、目を閉じている間に、ヴァーミリオン王子がいなくなっているし。

 じゃあ、あたしの攻略に邪魔だからって、悪役令嬢を退場させようとすると悪役令嬢の取り巻き達に邪魔される。

 ヴァーミリオン王子にも怒った顔をされるし……!


「おかしい……。乙女ゲームだったら、ヴァーミリオン王子と悪役令嬢はただのせーりゃくで婚約したって言われてたのにっ!」


 あたしは自分の部屋で、テーブルを叩いた。

 それも、乙女ゲームでは四歳のお茶会で、悪役令嬢の方がヴァーミリオン王子に一目惚れをして、父親の公爵を通して、王様にお願いしたって前世で読んだ設定資料集に書いてあったのを覚えてる。

 けど、どう見ても、ヴァーミリオン王子も悪役令嬢に対して、恋をしているように見える。


「もう二年生なのに、好感度がゼロって有り得ない……! 前世だったら、この時点で、恋人になってて、恋人繋ぎとか、バックハグとかされてるのに! しかも、ヒロインにしか見せない笑顔がとかあるのに……!」


 ゲームでさえ、他の攻略対象キャラより美形のヴァーミリオン王子なのに、今のヴァーミリオン王子はそれ以上の美形だ。

 今のヴァーミリオン王子が、ヒロインにしか見せない笑顔をするとしたら、とろけるようなすごい笑顔に違いない。それが見たいのに。


「あの笑顔、ヒロインはあたしだから、悪役令嬢に見せてないと思うけど……。それでも、今の時点で、好感度ゼロなのはマズイっ!」


 バッドエンドにはなりたくない。

 あの乙女ゲームは、普通にプレイすると攻略対象キャラの誰かのエンディングに大体なる。

 あたしがプレイしたデータではバッドエンドは起きなかった。

 でも、バッドエンドは存在するらしい。

 前世のネットでバッドエンドを出した人がいると、見たことがある。

 そのバッドエンドは、ヴァーミリオン王子も、他の攻略対象キャラ達も、悪役令嬢に殺される、らしい。

 もちろん、ヒロインあたしも。

 ヒロインとまではいかないけど、悪役令嬢も魔力が高い。

 だから、ヒロイン達に断罪されたショックで悪役令嬢の魔力が暴走して、ヴァーミリオン王子や攻略対象キャラ、ヒロインは悪役令嬢に殺される、というバッドエンドらしい。

 あたしは見たことがないから分からないけど、そう書いてあった。

 バッドエンドになる全部の条件はネットにもなかったから分からないけど、一つだけあった。

 それは、現在、攻略しているキャラの好感度が卒業パーティーまでゼロだった場合が条件の一つらしい。

 だから、あたしは卒業パーティーまでに推しのヴァーミリオン王子の好感度を一つでも上げたい。

 死にたくない。

 前世でも死んでるのに、この世界でも若い歳で死にたくない。前世で何歳で死んだのかは覚えてないけど、若かったはず。

 高校生、くらいかな?

 死にたくないし、もちろん、ヴァーミリオン王子は推しだから、ヴァーミリオン王子と恋愛したい。

 なのに、邪魔される。


「女神様は、あたしのことを応援してくれているのに、何でうまくいかないのっ?!」


『チェルシー、落ち着いて。焦ってはダメよ』


 あたしの中から、女神のミスト様の声が聞こえた。


「でも、ミスト様。うまくいかないんです。ヴァーミリオン王子と恋人になりたいのにっ!」


『大丈夫よ。あなたには魅了魔法があるじゃない。それに今は上手くいかなくても、大丈夫。最悪な場合、卒業パーティーで入れ換わればいいのよ』


「入れ……かわる……?」


 ミスト様の言っている意味が分からなくて、首を右に倒す。


『そう。卒業パーティーの時にチェルシーと公爵令嬢の立場を入れ換えたらいいのよ。ヴァーミリオン王子達も気付かないわ』


「どうやって、ですか? あたしにはそんな力はないです」


 あたしの力は聖属性で、そんなすごい力はない。

 いくら転生者で、よくあるチートな魅了魔法の力があるとはいっても、神様のような力はない。


『わたくしに任せて。わたくしは女神だもの』


 あたしの中で、優しい声でミスト様が言う。

 何て、優しい女神様なのだろうか。


「分かりました! でも、卒業パーティーまでにヴァーミリオン王子との好感度を上げて、恋人になれるようにします。だから、入れかわるのは最後の最後まで待って下さい!」


『……もちろん。最後の手段のつもりだから、安心して。チェルシー』


 ミスト様の声が母親のような、優しい声音であたしの中でささやいた。

 その声がとても心地良く、気付けばあたしは眠っていた。




◆◇◆◇◆◇




 チェルシーが眠った後、ベッドから彼女の身体が起き上がる。

 起き上がった拍子に白磁色、毛先はピンク色の髪が揺れる。開いた目の色は右目が茶色、左目が暗黒色に変わっていた。


「……本当に、嫌になるわ。何故、女神であるこのわたくしがチェルシーを慰めないといけないのかしら」


 溜め息混じりにチェルシーの身体を一時的に奪ったミストが呟く。

 ベッドから立ち上がり、チェルシーが住む家の窓から見えるカーディナル王国の王族が住まう王城をミストは見上げる。

 その王城にはミストが恋い焦がれている麗しの第二王子が住んでいる。


「……早く、貴方に触れたいわ。ヴァーミリオン……」


 頬を薄く赤く染め、ミストはヴァーミリオンの顔を思い浮かべる。

 たまたま、神界から人間界に下りた時に、当時のカーディナル王国の王妃のお腹に宿る魂に目を奪われた。

 今までにミストが見たことがないくらいの綺麗な魂で、とても輝いていた。

 綺麗な魂なのは、聖と光の精霊王の加護と祝福が影響したからだと思っていた。

 だが、何度も足を運び、その魂を見る度に、どうやら加護と祝福とは違うと感じるようになった。

 綺麗な魂だと感じたのは、自分の運命の人だからだとミストは理解した。

 神や女神でも、運命はある。

 最高神と運命を司る神がそう決めたからだ。

 最高神の次の次――上から三番目の神が運命を司る。

 その神が運命を紡ぎ、最高神や運命を司る神も含めて、全ての生命に運命がある。

 ミストは自身の運命が、カーディナル王国の王妃のお腹に宿る綺麗な魂を手に入れることだと思った。

 それが、全ての始まりだった。

 何度も、何度も綺麗な魂に触れようとすると、誰かしらに邪魔された。

 特に邪魔をしてくるのは、異父妹の創造と豊穣を司る女神のハーヴェストだ。

 更に、ただの人間の女の嫉妬で、綺麗な魂が生まれず、命を落とすとは思わなかったし、ミスト自身も魔に堕ちるとは思わなかったが。


「この前もハーヴィに邪魔されたわ。あと少しで、ヴァーミリオンに触れられたのに……」


 窓枠を握り締め、ミストは怒りを滲ませる。

 綺麗な魂だからなのか、彼の顔もとても綺麗だった。

 その綺麗な魂に触れられるのは、女神であるミストだけだ。他の誰でもない。

 そう信じてやまないミストは、王都の平民が住む区域から僅かに覗く王城をもう一度、見つめる。

 それがまるで、ミストとヴァーミリオンの今の距離のように感じた。


「この身体の魔力がもう少し高くて、ちゃんと鍛練していれば、ヴァーミリオンを魅了出来たのに。本当にこの身体チェルシーは使えないわ」


 自分が魔に堕ちたことで権能も魔力も使えないことを棚に上げ、ミストは鼻で笑う。


「……でもいいわ。卒業パーティーの時にチェルシーと公爵令嬢の立場を入れ換えたらいいのだから。その時に、わたくしも公爵令嬢の中に移れば、魔力はたくさん使えるようになるわ。ハーヴィもわたくしがこんなことを考えているなんて、思っていないでしょうし。ヴァーミリオンしか守っていないのは知っているわ」


 小さく笑い、ミストはチェルシーの部屋にある姿見に目を移す。

 その姿見に映るのは、ミストの女神の姿ではなく、チェルシーの人間の中では可愛らしい位置にある顔だ。

 この顔より、ミスト本人の顔で、本当はヴァーミリオンに触れたいと彼女は思っている。だが、魔に堕ちてしまい、身体がない今は、ミストは自分ではない誰かの身体でないと、ヴァーミリオンに触れられない。

 憂いの帯びた溜め息を漏らすが、すぐにミストは笑みを浮かべた。


「また、わたくしもヴァーミリオンに会いに行かないとね。チェルシーの言う好感度というのを、わたくしも上げないと、ね」


 チェルシーよりも早く。

 そう呟き、ミストは姿見に映る、今の自分の顔を邪悪な笑みに染め、右手で触れた。

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