第85話 敬虔と過激は紙一重

「……なぁ、ヴァル。何を作ってるんだ?」


 机に並べられたモノを見て、呆然とした顔と声で、ディジェムが俺を問う。


「ん? ちょっと現実逃避がしたくて、魔石に魔法付与中。ちなみに付与してるのは属性魔法攻撃上昇と属性魔法防御、物理攻撃上昇と物理攻撃低下、自動回復と速度上昇だよ」


「何で、そんなのものをまた……」


「ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵から頼まれてたのを思い出してね。色々と心が荒れそうだから落ち着けようと思って、無心で作ってるところだよ」


「荒れる……まぁ、気持ちは分かるけどさ……」


 無心で魔石に魔法付与をしている俺を見て、ディジェムが溜め息混じりに頷く。

 机にはそれぞれの効果を付与した魔石を分けて、箱に置かれている。

 ちなみに魔石は前世のビー玉大くらいの大きさだ。

 俺が無心で魔石に魔法付与をしているのには理由がある。

 一つ目は先程、ディジェムに言ったようにヘリオトロープ公爵とセレスティアル伯爵から頼まれたから。

 二つ目は心を落ち着けたかったから。

 三つ目は魔法学園の授業と授業の間の休憩時間、昼休憩、放課後、あらゆる休憩時間にチェルシー・ダフニーが俺にちょっかいを掛けてくるストレスを発散したかったからだ。


『二つ目も三つ目も同じ理由ではないか、リオン』


 念話で紅がツッコミを入れる。


『いやいや、心を落ち着けたいとストレス発散は同じじゃないよ。元の原因が一緒なだけ』


『屁理屈だろう……』


「ヴァル様。何故、父達に頼まれたのですか?」


 ヴォルテールが魔法付与している俺の手をじっと見つめながら、聞く。


「それぞれの効果を付与した魔石を一つずつ宮廷魔術師団に見本として渡して欲しいってセレスティアル伯爵から言われたのと、残りは騎士団に渡して欲しいってシュヴァインフルト伯爵から言われたんだ。まぁ、念の為のグラファイト帝国対策だって、ヘリオトロープ公爵が言ってたよ」


「シメント君の件、ですか?」


 アルパインも興味津々に付与したたくさんの魔石を見つめながら聞く。

 肝心のシメントはまだ魔法学園に復帰出来ていない。というのも、栄養面で十五歳の少年の身体付きではないと判断され、王家専属の医師から止められたからだ。あの状態で、よく魔法学園へ通い、公式戦の代表に選ばれたなと医師は言っていた。

 なので、シメントは王城の南館でサイプレスとお留守番だ。日中、俺がいない南館に侵入するような者はいないとは思うが、魔法を司る神のサイプレスが一緒なので、大丈夫だろう、とは思う。萌黄もいるし。


「まぁね。グラファイト帝国としては、今、完全にカーディナルとエルフェンバインに疑われているから動くのは得策ではないと分かってるとは思うけど、ヘリオトロープ公爵の話だと、今の皇帝が残念らしいからねぇ……。備えあれば憂いなし、だね」


「成程……。でも、ヴァル様のご負担が多くありませんか?」


 魔法付与しているのを初めて見たらしい、アッシュが心配そうに俺を見る。


「心配してくれてありがとう、アッシュ。このくらいは大丈夫。セレスティアル伯爵より魔力量が多いらしいし、こういう作業好きなんだよね」


「ああ、好きそうだよな、ヴァル。俺達に渡してくれた物理と魔法結界、状態異常無効のアクセサリーも、本当に手作り? ってぐらいに細かいし」


「ただの、素人の趣味だよ。褒めても何も出ないよ」


 ちょっと照れ臭くなり、耳が赤くなった。

 それをディジェムに見つけられ、ニヤリと笑われたが、何も突っ込まれなかった。












「ヴァル君。それは甘いわね」


「ローズ伯母上。どういう意味ですか?」


「現、グラファイト帝国の皇帝は残念な上に、面倒臭いから、備えは十全に、万全にした方がいいわ」


 ディジェム達がそれぞれの邸や寮に戻り、一人で黙々と魔石に魔法付与をしていたところに、タンジェリン学園長とウィステリアがやって来た。

 気が付けば、夕暮れだった。


「あの、タンジェリン学園長。グラファイト帝国の皇帝をご存知なのですか?」


 ソファに座って、俺の魔法付与を楽しそうに見ていたウィステリアが、対面に座るタンジェリン学園長に目を向ける。


「ええ。わたくしもアルジェリアン、カスティール。それぞれに因縁があるわね」


「……三人にあるなら、もしかして、私にも、ですか……?」


 タンジェリン学園長の言葉に、嫌な予感しかしない。


「まぁ……そうね。ヴァル君の顔を見られたら、マズイと思うわ」


「あの、ヴァル様のお顔を見られたらマズイというのはどういうことですか?」


「……言ってもいいかしら? アル、カティ」


 同意を取るように、タンジェリン学園長がちらりと俺の背後に目を遣る。


『いや、ローズ。俺が言おう』


 姿を見えないようにしていた月白が花葉と共に現れた。


『ヴァーミリオン、ウィステリア。二人は特に知っておいた方がいい』


 俺、ウィステリアの順に目を向け、月白が言いにくそうな顔をする。

 本当に嫌な予感しかしない。

 面倒事は本当に勘弁して欲しいんですが。


「父様、どういうことでしょうか?」


『現、グラファイト帝国の皇帝はローズとティアの祖母の子供で、俺の異母兄だ』


「……はい?」


 よく聞く、「友人の兄の伯父の従兄弟の娘」とかみたいに、冷静に考えると他人みたいな言い方に困惑した。ウィステリアも困惑した顔をしている。


「えーっと……つまり、ローズ伯母上と母様は異母姉妹ですよね? その二人の祖母……ということは父方の祖母、ですよね? ここまでは合ってますか? ウィスティもここまでは大丈夫?」


『ああ。合ってる』


「大丈夫です、ヴァル様」


「その祖母と、当時のグラファイト帝国の皇帝の子供で、現、グラファイト帝国の皇帝。異母弟が父様……ということですね?」


 俺が言うと、月白と花葉、タンジェリン学園長が頷いた。


「そして、彼はハーフエルフということですね?」


「ええ。その通りよ、ヴァル君」


「ハーフエルフ……成程。初代国王様の異母兄なら、もう亡くなっているのに健在ということは長命な種族の方になりますよね」


『その通りよ、ウィステリアちゃん。更に詳しく言うと、お姉様が生まれた後に、当時のグラファイト帝国の皇帝が、お祖母様に勝手に惚れて、お祖父様を殺して奪ったの。後は……まぁ、私の口からは言いたくないわね』


 花葉の思考が少し流れてきた。

 当時のグラファイト帝国の皇帝って、言葉は悪いが色ボケにも程があるのか……。

 流石に、ウィステリアに言いたくない。


「父様。ハーフエルフということは、魔力や精霊との親和性も高いのですか?」


『普通のハーフエルフなら人間より魔力が高いんだが、あいつは普通のハーフエルフより魔力が低い。少し人間より高いくらいで、精霊との親和性は全くない。むしろ、嫌われているから、精霊を召喚出来ないし、精霊から力を借りる精霊魔法も使えない。ただの長生きな残念野郎だ』


 悪態をつきそうな月白に対し、優雅に微笑みながら、タンジェリン学園長は月白の言葉を継いだ。


「理由は当時の皇帝が祖母を無理矢理、祖父から奪った罰よ。当時の全属性の精霊王が怒った結果、その子供の現皇帝にしっぺ返しが来た訳よ」


 タンジェリン学園長の言葉を聞いた俺は、ふと、入学式前に挨拶した時に感じた違和感を思い出し、彼女に聞いてみた。


「あの、もしかしてですが、ローズ伯母上はエルフの王族で、ハイエルフですか?」


「あら。ヴァル君、いつから気付いてたの?」


「入学式前に挨拶をした時から、です。初対面で聞くことではないですし、失礼かなと思って……」


 頬を掻きながら、苦笑する。

 そんな俺を月白と花葉、タンジェリン学園長が顔を見合わせる。ウィステリアも驚いた顔をしている。


「初対面の時点で気付くなんて、やっぱりアルに似てるわね」


『俺の息子だ。当たり前だ』


「そこでアルが偉そうに胸を張るのはおかしいわよ」


 ギロリと鋭い目で月白を睨み、タンジェリン学園長は咳払いをした。


「コホン。まぁ、わたくしも一応、エルフの王族だけれど、今は王位継承権は放棄しているし、カーディナル王国から離れる予定はないわ。だから、安心してわたくしを頼って下さいな、ヴァル君、ウィスティちゃん」


 にっこりと優しい笑みで、俺とウィステリアにタンジェリン学園長は言った。


『ローズの話は後だ。現皇帝の話に戻るが、ヴァーミリオン。あいつには絶対に顔を見せるなよ』


「それはどういう意味でしょうか?」


『当時の皇族の中で、俺の貞操を奪おうとした奴の一人があいつだ。お前の顔を見たら、俺を思い出すかもしれん』


 月白の言葉に、俺は深い溜め息を吐きそうになった。もう、本当に嫌だ。

 ウィステリアが月白の言葉に眉を寄せた。


『そうならないように俺も気を付ける。お前に何かあれば、俺もティアもローズもグラファイト帝国の皇族を潰す可能性が高いからな』


『私達の息子達もやりかねないわね〜』


「諸々の恨みがあるもの。わたくしも実家に掛け合うわ。それに、ヴァル君は守護と再生を司る神で、この世界を創った女神様の双子の弟なら、実家のエルフの王もキレると思うわ」


 タンジェリン学園長の言葉に花葉が頷いた。


「え、何でですか」


「今のエルフの王はわたくしとカティの兄なのだけど、女神様の敬虔な信奉者なの。嘘臭い教団に成り下がった現在のパーシモン教団の信徒ではなく、そんなのそっちのけなくらいの女神様の敬虔な信奉者よ。その女神様の双子の弟のヴァル君に何かあれば、兄が黙っていないわ」


「けいけんなしんぽうしゃ……?」


 思わず、平仮名になってしまった。

 敬虔な信奉者って何? それは過激の間違いではないだろうか。


「ヴァル様、愛されてますね」


 俺に近付いて、ウィステリアが耳元で囁いた。


「……ウィスティ。それは俺が求めてる愛じゃない……」


 過激な愛はお腹いっぱいです。そして、いりません。程々でお願いします。俺がお腹いっぱいに欲しいのはウィステリアの愛です。


「ヴァル君が良ければ、近々、兄に会って下さいな。グラファイト帝国対策で」


「わ、分かりました……。その時は言って下さい。スケジュールを調整します……」


『それと、ウィステリア。君も気を付けて欲しい。ヴァーミリオンの婚約者として、君は知られている。グラファイトもだが、他の悪巧みの連中もフェニックスやクラウ・ソラスを持つ、ヴァーミリオンを手に入れる為に、君を先にと考える者もいる。ヴァーミリオンの強みでもあり、弱みでもある君に何かあれば、ヴァーミリオンが何をするか俺も正直分からない。もちろん、俺達召喚獣も気を付けてはいるが、自分の身を守る対策はしておいて欲しい』


 父親になるはずだった月白にまで、何をするか分からないと言われて、何だか腑に落ちない。酷い言われようだ。


「ご忠告、ありがとうございます。初代国王様。私も気を付けます」


 ウィステリアは頷き、微笑んで一礼した。

 俺のせいじゃないけど、何だか、ウィステリアにも迷惑を掛けているようで、申し訳なくなってくる。


『ま、まぁ、残念なヤツだが、流石にすぐにはグラファイトも動かないだろうが、念の為に準備はしておいた方がいいな……』


 一応、将来、義理の娘になるウィステリアに照れたらしい月白が頬を掻いた。その様子に、花葉が苦笑している。


『――父上。それなら問題ありません』


 ふわりと火の精霊王の東雲が現れた。


「あら、お久し振りね、フレイム。貴方がヴァル君の召喚獣になるのは予想通りな気がしていたからいいのだけど、いきなり現れるのね……」


 タンジェリン学園長がにっこりと穏やかな笑みを浮かべて、甥の東雲を見た。

 ちなみに、東雲が二代目国王をしていた時の、人間の頃の名前はフレイム・フュリボン・カーディナルという。フレイムだから、火の精霊王……な訳ではないよね……。


『ローズ伯母上、お久し振りです。生前は本当にお世話になりました。伯母上が助けて下さったおかげで、父上が残しためんど……ゴホン。難しい案件をたくさん処理出来ました』


 火の精霊王、今、面倒臭い案件って言おうとしたぞ。というか、初代国王は息子の二代目国王にどれだけ面倒臭い案件を残したんだ?


「本当にねぇ……。あの頃は大変だったわね。フレイムもよく頑張ったわね。何処かの誰かさんが面倒臭い案件を残すから、子供達は大変だったわ、本当に」


 恨みがましくジロリと横目に月白を見て、タンジェリン学園長は東雲を労った。


『過ぎたことを今更蒸し返されてもな。時効だ。それより、問題はないとはどういう意味だ?』


 あ、話を逸した。が、話が進まないのも確かなので、そのまま話の腰を折らずに、東雲が口を開くのを待つ。


『……弟と妹と共に、グラファイト帝国の皇族とその関係者に火、水、闇の魔法を使えないように制限をしました。今、皇族とその関係者は大混乱ですので、しばらくは動けないと思いますよ』


 良い笑顔で東雲が答えた。

 ……何、やってるんだ、三人共。


『あの子達もグラファイト帝国に対する恨みが深いからね。それも、兄弟になるはずだったヴァーミリオンにまで手が伸びるかもしれないとなると、動いちゃうわね……』


 苦笑して、花葉が俺に近くで呟く。


「気持ちは分かりますよ。ウィスティに何かあったら、俺も似たようなことをすると思いますし」


『結局なところ、似た者兄弟ということだな』


 右肩に乗っている紅が静かに呟いた。

 否定出来ないのは確かだ。


『よし、よくやった。じゃあ、ついでに俺も聖属性を使えないようにしてやろうか……』


「カーディナルより、グラファイトの方が聖属性持ちが少ない上に、皇族とその関係者には聖属性持ちはいないから意味がないと思うけど?」


『……む。俺が何も出来ないじゃないか。折角の口実が……』


「え」


 思わず、月白をジトッとした目で見ると、俺から目を逸らした。


「はいはい、アル。また機会があるだろうから、今回は諦めなさいな」


 溜め息混じりにタンジェリン学園長がそこで終わらせた。


「ところで、ヴァル君。困った平民のお嬢さんは、このままなのかしら?」


「このままにしたくないんですけど、卒業パーティーじゃないと、元女神を引き剥がせないんですよ。こちらとしては卒業パーティー前にさっさと終わらせたいのですが、ハーヴェストの話だと、今剥がすとグチャグチャになるらしいんで……」


 想像するととても怖い。本当に嫌だ。


「もしかして、ヴァル君が困った平民のお嬢さんから逃げてるのは、引き剥がしたくなるから、かしら?」


「それもありますけど、単に嫌なだけです。近付くならウィスティが良いです」


「ちょっ、ヴァル様……!?」


 俺の発言にウィステリアの顔が真っ赤になった。


「それもそうね。わたくしもあのお嬢さんより、ヴァル君やウィスティちゃんが良いもの」


『ローズ、アレと俺の息子と息子の最愛を一緒にするな。比べるな』


「はいはい。分かってるわよ。本当にアルは面倒臭いわね。比べるつもりは最初からないわ。揚げ足取らないで」


 溜め息混じりに、タンジェリン学園長は月白を扇で払うような仕草をした。

 仲が良いなと思いながら、ついにこにこしていると、俺の視線に気付いた月白とタンジェリン学園長が苦い顔をした。


「わたくしの方でも、グラファイト帝国の動向を調べておくし、あのお嬢さんのことも警戒しておくから、何かあったら相談なさいね、ヴァル君、ウィスティちゃん」


 そう言って、タンジェリン学園長は優雅に微笑んだ。


「ついでに、そこの父親になるはずだった困った聖の精霊王のことで困ったことがあれば、いつでも相談に乗るわ、ヴァル君」


 挑発するように月白を見ながら、タンジェリン学園長が更に言う。

 対する月白は無言で笑っていた。怖い。


「ははは……分かりました、ローズ伯母上」


 父と伯母の板挟みにされた俺はそれしか言えなかった。

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