第84話 魅了魔法と可視化する魔導具

 サイプレスが作ってくれた、魅了魔法を可視化する魔導具を早速、フィエスタ魔法学園に持って来た。

 王族専用の個室の執務用の机に魔導具を置く。


「……これの動作確認、どうしようか」


 じっと見つめ、呟く。

 魅了魔法を可視化出来る魔導具は、両手のひらに乗るくらいの大きさの水晶とそれを載せる台、ガラス盤が台にくっついており、そこに多分、魅了魔法かどうかの表示がされるのだと思われる。


『……まぁ、ヴァルが魅了魔法に掛かることはないと思うが、リスクはあるな』


「そうね。卒業パーティーを行うフロアの隅から隅までの距離、ということは動作確認をしようにも、彼女に、近くにいることが分かる位置にヴァル君がいないといけないってことよね……」


 放課後、オフェリアと彼女の召喚獣のリヴァイアサンの藍玉、紅と一緒に個室で、魅了魔法を可視化する魔導具の動作確認をどうするか悩んでいる。

 ディジェム達はタンジェリン学園長に呼ばれ、そちらに行っている。

 呼ばれた理由は公式戦のことだ。

 スピネルクラスの代表チームになった、ウィステリア、ディジェム、アルパイン、ヴォルテール、イェーナは公式戦で優勝した。

 それによって、王都の数ある新聞社の取材が来ており、その対応をしている。

 そこに俺やアクア王国から出奔中のオフェリアが一緒にいると、流石に新聞社の記者の誰かは青の聖女と気付くかもしれない。

 なので、俺とオフェリアは大人しく王族専用の個室で魔導具の動作確認の方法を考えている。

 他の友人達は、あまり見る機会がない新聞社の取材を興味津々に見に行っている。


藍玉ランギョク、何か良い方法はない?」


 オフェリアがミニサイズのリヴァイアサンこと藍玉に尋ねる。


『そうねぇ……。例えば、ヴァルがその魅了魔法を使う困った子が見える範囲に待機して、相手が気付いたら、しばらく逃げて、魔導具が反応する範囲内の何処かの角で曲がって転移魔法でここに戻る。それで魔導具が反応すればいいんじゃない?』


「成程。そうすれば、動作確認は出来るわね。ヴァル君が追いつくか、追いつかないかくらいの程良い距離で、しばらく走らないといけなくなるけど」


 オフェリアと藍玉の話を聞きながら、どのくらいのスピードで走るのがいいのか考える。俺としてはすぐ逃げたいのだが。


「ヴァル君。あからさまに嫌そうな顔をしないで欲しいのだけど……」


「あ、ごめん。藍玉の案を想像してたら、嫌になってきて……」


「気持ちは分からなくはないけど……」


「それに、ウィスティの視界には入りたいけど、動作確認のためとはいえ、チェルシー・ダフニーの視界には入りたくない……。困る」


 本音をポロリと親友の婚約者で友人のオフェリアに漏らす。


「……美人に憂い顔で言われるのはこっちも困るのだけど」


 俺がうっかり憂い顔をしたらしく、顔を赤くしてオフェリアは溜め息混じりに呟いた。


「度々ごめん。憂い顔をするつもりはなかったんだけど……。意図した訳じゃないんだ」


「でしょうけどね。意図してるなら、ウィスティちゃんの前だけでするでしょうし」


「それは否定出来ないね。ウィスティ達が取材されてる間にちゃちゃっと動作確認しようか」


「そうね。私も嫌なことは早めに終わらせる派だから、賛成よ」


「嫌なことだから、卒業パーティーより前に終わらせたいんだけどね、俺としては」


 溜め息を吐いて、本音をまたポロリと漏らす。

 早く終わらせて残りの学園生活を謳歌したいと思うのは、我儘なんだろうか……。


「卒業パーティー前に終わらせたら、乙女ゲームとして成立しないでしょ」


「似た世界なだけだから。むしろ、ここをモデルにしたゲームだから」


「成程。所謂、聖地ね。ファン垂涎だわ」


「そんな気分に俺はなれないよ。ゲームにない魅了魔法を振り撒く俺の好みじゃないヒロインに狙われ、ゲームに出て来さえしない勝手に魔に堕ちた元女神に狙われて、何が楽しいんだか……。俺の好みはウィスティだけなのに。二人で幸せになりたいだけなのにね……」


 ポロポロと本音を漏らしまくり、魅了魔法を可視化する魔導具の水晶の部分をつんつんと指で突く。


「私も当事者じゃなかったら、聖地とか言っていたかもしれないし、推しに会えたとかすれ違ったとか喜んでいたと思うけどね。卒業パーティー前だと成立しないと言ったけど、正直なところ、私も早く終わらせたいわ」


『……ヴァル、オフェリア。気持ちは分かるが、落ち着け』


 溜め息を吐きながら、紅が呆れた声で言う。

 確かに、嘆いてもしょうがない。


「そうだね。じゃあ、早速、動作確認しようか。オフィ嬢と藍玉はここで魔導具を見ておいてもらえる? 俺と紅はチェルシー・ダフニーにわざと見つかって、しばらく逃げてから転移魔法で戻って来るから。その間にウィスティやディル達が戻って来たら、説明を宜しく」


「分かったわ。気を付けてね」


『……大丈夫だと思うけど、怒って暴れないでね』


 オフェリアが緩く手を振って、藍玉が釘を刺しながら天色の尾を振った。


「極力、気を付けるよ」


『安心しろ、その時は我が止める』


 苦笑する俺の頭を撫でながら、イケメンな紅が言い放った。


「……紅さん、格好良いわ」


 扉のドアノブに手を掛けた時、オフェリアの呟きが耳に届き、俺は心の中で同意しながら個室から出た。









 王族専用の個室から出て、ハイドレンジアとミモザに事情を伝えた俺と紅はとりあえず、スピネルクラスの教室へ向かう。

 乙女ゲームの通りに動くかは全く分からないが、チェルシー・ダフニーが乙女ゲームを踏襲するなら、多分、教室から行動をスタートするはず。ということで、教室へ向かっていれば何処かで見つかるのではないかとなり、紅と向かっている。

 足取りは心境のせいで、重いが。


『リオン。気持ちは分かるが、憂い顔はするなよ。他の生徒がその場で崩れるぞ』


 紅が念話で注意する。


『それは気を付けるよ。リア達の前だからしているだけだし。不特定多数の前では流石にしないよ。一緒にリア達がいたらするかもしれないけど』


『……するかもではなく、する、だろうな』


 ふぅ、と小さく息を吐きながら、紅が真っ直ぐ前を見据えた。


『……リオン。来たぞ』


『うげ……』


 スピネルクラスの教室からチェルシー・ダフニーが出て来た瞬間、念話で呻いた。声で出なかっただけでも、自分を褒めたいくらいだ。

 自分でも分かるくらいの無表情で、チェルシー・ダフニーを見る。見たくないが。

 きょろきょろと周囲を見渡していたチェルシー・ダフニーが少し離れたところにいる俺を見つけた。


『よし、逃げるよ』


『本当に嫌なんだな、リオン』


 チェルシー・ダフニーが俺に声を掛ける前に、回れ右をして、速攻で踵を返した。


「待って下さぁい、ヴァーミリオン王子ぃっ!」


 俺に気付いたチェルシー・ダフニーの声が遠くから聞こえた。が、聞こえなかった振りをして、さくさく進む。

 すると後ろからドドドというような、人が歩く音なのかと思うくらいの音が近付いてくる。


『怖っ! 本当に逃げたい』


『……あの娘は、もう少し恥じらいを覚えた方がいいと思うな』


『もう少し、じゃなくて、かなりだと思うよ、俺は』


『人となりを詳しくは知らぬが、今までの挙動を見ていると否定は出来ぬな』


 走る、までとはいかないが、早歩きより競歩に近い速度で歩きながら、念話で紅と会話をする。

 そうしないと、背後から聞こえる音が怖くて、逃げたくなる。


『リオン、近くなってきたぞ』


 右肩に乗る紅が教えてくれる。が、それが怖い。

 何故、追い掛けられないといけないのか。

 魔導具の動作確認というのは分かるけど。

 案の定、チェルシー・ダフニーは俺に向かって、魅了魔法を掛けてくる。とても弱い魔力だが、気にせず魅了魔法を掛けてくる。

 そろそろ、魔導具が反応する範囲内だ。

 俺は近くに階段を見つけ、そこに向かい、階段の手摺りを跨がって飛び降りる。

 降りてすぐに上から覗かれても見えない、死角の位置に移動し、転移魔法を使う準備をする。


「ヴァーミリオン王子ぃ〜! 何処ですかぁ〜?」


 語尾を伸ばして、鼻のかかった声で上階からきょろきょろと辺りを見回している。

 チェルシー・ダフニーが階下にいることを気付いていないのを確認して、俺は転移魔法で王族専用の個室に戻った。









 個室に戻ると、ウィステリア達も取材が終わったようで座って待っていた。


「ヴァル君、お疲れ様。ウィスティちゃん達もさっき戻って来たばかりよ」


 紅茶を優雅に飲みながら、オフェリアが緩く手を振る。


「……本当に疲れたよ。ウィスティ達もお疲れ様。取材、どうだった?」


 苦笑して答えながら、ウィステリア達を見る。


「はい。当たり障りのないことを答えたつもりですけど……」


「……何かあった?」


 同じく苦笑するウィステリアの様子に、眉を寄せて聞き返す。


「何故、ヴァルが出ていないのかとか、婚約者であるウィスティ嬢から見て、ヴァルはどんな人かとか、ヴァルのことばかり聞かれて困ってた。そこはタンジェリン学園長が誘導して答えてたけどな」


 言いにくそうにしているウィステリアの代わりに、ディジェムが怒気を抑えた声で答えた。その周囲で、一緒に取材の場にいたアルパイン達も怒気を帯びた顔付きで頷いている。


「へぇ。ちなみに、何処の新聞社? ゴシップ系? それとも保守派? 革新派?」


 にっこりと笑顔で俺が聞くと、青藍が現れた。


『ヴァーミリオン様、ご心配なく。ウィステリア様を困らせた新聞社連中には、既にタンジェリン学園長と、タンジェリン学園長から報告を聞いたヘリオトロープ公爵が圧力を掛けました。もちろん、僭越ながら、私も萌黄さんと共に、ヴァーミリオン様の代わりにその新聞社のドアノブというドアノブに、あらゆる机の引き出しに棘付きの蔓を巻き付けましたのでご心配なく』


 こちらも笑顔で青藍が答えた。

 流石、俺の召喚獣。俺が動く前に、やり返していた。しかも、棘付きの蔓って、地味に痛い。

 更にヘリオトロープ公爵とタンジェリン学園長の圧力……。

 どちらも公爵だし、どんな圧力を掛けたのか。想像すると怖い。

 そして、新聞社連中、ということは複数か。


「そうか。ありがとう、青藍。後で詳しく教えてね。それで、オフィ嬢。動作確認はどうだった?」


「ええ。ちゃんと動作していたわ。分かりやすく、魅了魔法って表示されていたから、誰でも分かるから、追及出来るわよ」


「俺達も見てたけど凄いな、この魔導具。素材を集めて、エルフェンバインでも持っておきたいな」


「そうね。バイコーンの時はヴァル君、宜しくね」


 ディジェムとオフェリアが俺を見て、にっこりと笑顔で言ってきた。

 バイコーンを一狩りした時のことを思い出し、俺は苦い顔をする。


「……バイコーンの角なら、まだ少しあるからいつでも渡せるよ。しばらくはバイコーンを狩りには行きたくない」


「それで、ヴァルの方は大丈夫だったのか? チェルシー・ダフニーに追い掛けられたんだろ?」


「俺と紅の共通の意見は、かなり恥じらいを覚えた方がいいってことかな」


「恥じらい……。彼女はヴァル様に何をしたのですか?」


 ウィステリアもにっこりと笑顔で俺に聞いてきた。流石、ヘリオトロープ公爵の令嬢。お父さんにそっくりの笑顔だ。

 俺はつい先程の出来事を話すと、ウィステリア、オフェリア、イェーナ、ピオニー、リリーの女性陣が何とも言えない顔をした。


「恥じらい……覚えた方がいいと思いますわ。流石に平民の女性でも、そのような走り方をなさる方を見たことがわたくしはありませんわ」


 イェーナが扇で口元を隠しながら呟いた。


「……そんな音がする走り方で追い掛けられると、そりゃあ怖いよな。動作確認のためとはいえ、頑張ったな」


「あの形容し難い音が迫ってくるだけで、恐怖だよ。しばらく夢に出るんじゃないかな……」


「……ヴァル殿下、お察しします」


 リリーが同情する表情で俺を見た。

 それから、しばらく世間話をして、それぞれ帰宅した。










「リア。さっきの話の続きだけど、記者に何を聞かれたか、教えてもらえない?」


 フィエスタ魔法学園を出て、馬車の中で隣に座るウィステリアの手を握って、聞く。


「ディル様が仰った通りですよ。その、何故、リオン様が公式戦に出ていないのかとか、婚約者である私から見て、リオン様はどんな人かとか、ですよ。先程も言ったように当たり障りないことを答えましたよ。ただ……」


「ただ?」


 苦笑して答えるウィステリアの顔を見て、聞き返す。


「一部のゴシップ系の新聞社の記者の方だと思うのですが、あることないこと書きそうな雰囲気だったのが気になりました。そこはタンジェリン学園長もフォローして下さいましたけど……」


「そうか。教えてくれて、ありがとう。嫌な思いをさせたね。側にいられなくてごめん」


「リオン様が謝らないで下さい。リオン様の代わりに、萌黄ちゃんや青藍さんが姿を隠して見守って下さいましたし、ディル様達やタンジェリン学園長もすぐフォローして下さいました。側にいられない時はその代わりに、リオン様が万全の態勢で守って下さっているのは知ってます。いつもありがとうございます、リオン様」


 嬉しそうな笑みを浮かべ、ウィステリアは俺を見上げる。


「……リアは、俺の命と等しい人だから、万全の態勢で守るのは当然だよ」


 本音を漏らしてしまい、ウィステリアの顔が真っ赤になる。

 俺も本音をうっかり漏らしてしまったので、耳が熱い。多分、耳が赤くなっていると思う。

 大概、ウィステリアの前では本音だけど。

 それでもかなりの本音を漏らしたと思う。


「あの、珍しく、リオン様もお顔が赤いのですが……」


「大体はリアの前では本音なんだけど、普段言わないレベルの本音をうっかり漏らしたから、あ、言っちゃったって……」


 口に手を当て、ぼそぼそと呟く。

 顔も熱い。顔も赤いな、はぁ、やってしまった。


「リオン様のそういうところを見られると、安心します。うっかりなところを時々見せて下さるので」


「いや、うっかりなんて意図的に見せられないからね。うっかりはうっかりなんだよ」


 尚も口に手を当て、ウィステリアを見ると彼女はくすくすと笑っていた。


「リア……笑い過ぎだよ」


「ふふ……リオン様。絶対に一緒に幸せになりましょうね」


 綺麗な、輝かんばかりの笑みでウィステリアは言った。

 愛しの婚約者のその言葉に、鼻の奥がつんとした瞬間、俺はウィステリアを抱き締めていた。


「もちろん。絶対に一緒に幸せになろう」


 ウィステリアの耳元で囁き、彼女の頬にそっと口で触れた。

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