第83話 顚末〜魔導具

「シメント。君の口から色々と聞かないといけないのだけど、話せる?」


「ヴァル様が、いらっしゃるなら、僕が、知っていることを、全て、話します」


 人と話すのが慣れていないのか、たどたどしくシメントはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 ガードゥン子爵家の彼に対する扱いが、この話し方で垣間見える。

 表情には出さないが、シメントの過去が視えた分、ガードゥン子爵家に対して、殺意を抱く。無意識にシメントにハーヴェストが重なって見える。

 私的制裁はしないが、叩けば出てくる埃を全て集めて、父とヘリオトロープ公爵に提出してやる。


「ありがとう。私とヘリオトロープ公爵達が聞く。極力最小限の人数で聞くようにするから、教えて」


 シメントに安心させるように微笑み、彼から知っていることを全て話してもらった。

 まずグラファイト帝国の元皇族と何処で出会ったのかを聞くと、ガードゥン子爵家にやって来る商人を通じて会ったのだという。

 その商人はグラファイト帝国を拠点に、帝国から一番近くでもあるアクア王国等に商売をしており、こちらも隣国ではあるが、敵対中のカーディナル王国やエルフェンバイン公国にも販路を拡張するために、まずは他国とも遣り取りをしているガードゥン子爵家に声を掛けたのだそうだ。

 この時点で、この商人、グラファイト帝国の間諜なんじゃあ……と俺もヘリオトロープ公爵達も思ったが、そこで話の腰を折っても仕方ないので、続きを聞いた。

 その件の商人は、ガードゥン子爵家にグラファイト帝国で量産中で、カーディナル王国にはない様々な魔導具を売ったり、試作品と言って帝国でもまだ出回ってない魔導具を無料でお試しで貸したりしたようだ。

 それで信用させ、ガードゥン子爵家を足掛かりにカーディナル王国内の他の貴族達に紹介してもらおうとしているところだった。ちなみにシメントが聞いた、父であるガードゥン子爵が商人に紹介する予定の他の貴族達の中にドラジェ伯爵家もあったので、萌黄を通して、こっそりロータスに探ってもらうことになった。

 商人はまだガードゥン子爵家以外には会っていないようだ。というのも、意外にもガードゥン子爵家の当主がまだ貴族達への紹介状を渡していないそうだ。


「警戒心が強いのか、はたまた他の貴族達に魔導具を見せたくないのかは分からないが、他の貴族達に紹介されていないのは調べやすいか……」


「……あの、ヴァル様。ガードゥン子爵様は、他の貴族より先に王家の方に、その商人を紹介したいようなのです……」


 シメントが考え込む俺にそう伝えてくれた。が、その言葉よりも、彼の父親に対する敬称に内心、眉を顰める。

 自分の子供に、子爵様と呼ばせているのか。

 同じように思ったヘリオトロープ公爵達も不穏な様子で聞いている。


「王家に? 何故?」


「子爵様は、グラファイト帝国の皇族にも顔が広いらしい商人と同じく、王国と帝国の間で遣り取りをしたいみたいなのです」


 シメントの言葉に俺とヘリオトロープ公爵の視線が絡む。

 要は、自主的……かは分からないが、商人はグラファイト帝国の間諜だよな、これ。

 ガードゥン子爵も間諜になりたいのか?

 頭痛がする。

 しかも、間諜の割には、シメントにぺらぺらと喋る口が軽い商人もどうかと思うが……。

 と、考えていると、シメントからの言葉で理由が分かった。

 ガードゥン子爵としては、商人を出し抜き、グラファイト帝国の情報を聞き出し、伝えて、カーディナル王家に恩を売りたい。

 商人はカーディナル国内の貴族と商売をしつつ、最終的には王家に取り入り、情報を得て、グラファイト帝国に伝えたい。

 それぞれの思惑の最初の入口が、フィエスタ魔法学園に通う第二王子で、年齢が近いシメントが格好の的だとガードゥン子爵も商人も考え、それぞれ別に声を掛け、それぞれ彼にぽろりと漏らしたようだ。

 商人は更にグラファイト帝国の元皇族をガードゥン子爵とシメントに紹介してきた。

 何度も会う内に、元皇族はシメントに本当のカーディナル王国の第二王子は君だと伝えたらしい。

 隣に父親であるガードゥン子爵もいたが、否定をしなかったことで、既に精神的に追い詰められていて、更に言うこと聞かないと危害を加えると父親から言われていたシメントは元皇族の話を信じ込んでしまった。

 元皇族は更に、グラファイト帝国でも生産しなくなった副作用だらけの、薬を飲んだ者は飲ませた者の言う通りになり、凶暴化する薬を何度もシメントに飲ませた。

 そして、元皇族の言う通りに、エルフェンバイン公国から留学中の第三公子のディジェムを襲うように命じられ、俺に阻止されたシメントは今に至る。


「……成程。ガードゥン子爵令息の話を聞く限りだと、ガードゥン子爵も叩けば埃が出そうですね。更に令息が第二王子殿下ではないと否定しなかったことは、ヴァーミリオン殿下と王家に対する不敬罪が適用出来るかもしれませんね」


 にっこりと笑顔でヘリオトロープ公爵が俺の隣で頷いた。

 わぁ、ヘリオトロープ公爵の笑顔が怖い。


「クラーレット。俺とセレストで調べよう。まだ十代の殿下や子爵令息を狙うのは許せん」


「……早急に動こう」


 シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵も笑顔で、ヘリオトロープ公爵に告げる。

 怒ってくれるのは嬉しいが、俺、成人してるんだけど……。

 いつの間にかというか、去年が色々と衝撃過ぎて忘れてたが十六歳になって、夏で十七歳だけど。

 それに、弱いところから突くのは当然と思うのですが。俺が弱いと思われてるのはもう慣れたけど。

 単純で御し易いみたいだし。


『リオン……いい加減、忘れろ。ハイドレンジアが知れば泣くぞ』


 紅が念話で呆れた声で、窘める。

 トラウマはなかなか消えないんです。

 三人で色々とどのように動くかの話し合いをしている師匠達に、弱いところから突くのは当然だと思うと伝えても、多分、聞き流す程、怒り心頭の師匠達を見つつ、小さく息を吐く。


「シメント。次にその元皇族や商人に会うのはいつなのかは分かる?」


 とりあえず、怒り心頭な師匠達は置いて、俺はシメントに問い掛けた。


「いえ。それが、僕が、ディジェム第三公子殿下のお命を、狙わせたことで、多分、用済みだと思ったのか、教えてくれませんでした……」


 教えてくれたら、俺の力になれたのにと小さく呟いたシメントは、申し訳なさそうに眉をハの字に下げた。


「……そうか。ということは、元皇族も商人もシメントの罪が重いものと疑っていないということだね。私が重くはさせないけど」


「でも、僕の、罪は重いと思います。ディジェム第三公子殿下の、お命を狙ったのは、事実です」


「とんでもない副作用がある薬を何度も飲まされて、前後不覚にされて、飲ませた者の言う通りに動かされたのに? 家族に虐げられて、精神的に追い詰められていた上に、父親の言うことを聞かないと身の危険を感じるような時点で、君の落ち度はないと思うけど」


 シメントにそう告げると、話が終わったらしいヘリオトロープ公爵達も頷いた。


「そうですね。ガードゥン子爵令息の状況が立証出来れば、令息の罪は大分軽くなると思いますよ。そこは今から私達がしっかり調べます。それまでは独居房に居て頂きますが」


「ここを出て、私のところに来るまで、君が望まないなら、私の権限で家族にも会わせないから、安心して。とりあえず、ここにいる間からしっかり栄養を摂って、休むといいよ」


 食事を出されているとはいえ、使用人以下の食事だったので、シメントは痩せている。

 栄養もしっかり摂れていないのが分かる。

 初めて会った時のグレイの状態より深刻かもしれない。


「ヴァル様、皆様、ありがとう、ございます」


 頭を下げて、シメントはお礼を言う。

 シメントに俺の召喚獣の萌黄が守ること、食事をしっかり摂るように伝えて、地下牢から出た。





 その後、物凄い早さで剣と魔法の師匠達が、ガードゥン子爵家のやらかしを調べ上げ、更には商人と元皇族をあっさりと捕らえた。

 ついでに紫紺とロータスに、剣と魔法の師匠達も知らないガードゥン子爵家の叩けば埃が出る情報を調べてもらい、それを纏めた俺はヘリオトロープ公爵に提出した。

 公式戦で、エルフェンバイン公国の第三公子であるディジェムの襲撃を見た公王と公妃にも事の経緯を伝え、カーディナル王国とエルフェンバイン公国の二国間で、グラファイト帝国に正式に抗議をした。

 分かっていたことだが、グラファイト帝国側は追放した元皇族がやったことだと、否定した。

 なので、元皇族の生殺与奪の権はこちらが握ることになり、命が惜しい元皇族から色々と情報を吐いてもらうことになった。

 そして、今回の襲撃の実行犯であるシメントは彼を陰ながら支えてくれていた使用人の証言で状況が立証出来たことで、諸々の事情を加味して、執行猶予が付いた。

 監視することも含めて、俺の執事見習いという形で王城の南館に住むことになった。

 シメントの生家のガードゥン子爵家は、色々とやらかしていた。

 やらかしていた一つが、人身売買。

 カーディナル王国やエルフェンバイン公国、その他の国の一部の貴族に誘拐した見目の良い平民を売っていたようだ。

 元皇族がシメントがカーディナル王国の第二王子だと言った時に否定しなかったのは、グラファイト帝国の影が第二王子とシメントを取り替えたと訴え、事実確認のため、王家が混乱している間に俺を誘拐して、自国、他国の何処かの貴族に高値で売ろうとしていたらしい。

 それを聞いた、国王夫妻、王太子夫妻、宰相、騎士団総長、宮廷魔術師師団長、軍務大臣等などの逆鱗に触れて、シメントの虐待のことや他の余罪もあり、ガードゥン子爵家は取り潰しとなった。

 シメントの父親で、ガードゥン子爵家の当主は全ての罪を吐いてもらい、エルフェンバイン公国の方でも罪に問われ、その後、死罪となる。

 シメントの虐待に加担していた母親と姉、一部の使用人は平民にされ、全員囚人として、王家所有の鉱山等で力仕事を二十年課されることになった。

 残りは国王達に任せることになり、俺はやっと後処理から解放された。









「――と、いうことがあったんだよね」


 公式戦から一週間が経ち、ディジェム達に公式戦の裏で起きた出来事の顚末を王城の南館の俺の私室で伝えると、友人達は顔を顰めた。


「ないわ。有り得ん。何だ、その子爵家の家族とグラファイト帝国の元皇族と商人!」


 腕を組んで、殺気を周囲に放ち、ディジェムが唸るように呟いた。

 ディジェムの周囲に座っていたアルパインとグレイが殺気に気付いて、少しだけびくりと身を縮めた。彼の隣に座るオフェリアも気付いて、宥めるように左膝をポンポンと優しく叩いた。


「そうだよね。俺もそう思う」


 頷いて、俺は紅茶を飲む。


「……呑気だな。ヴァルも誘拐されて高値で売られてたかもしれないのに」


「え? 召喚獣達がガチガチにガードしてくれていて、子爵家程度の相手に俺が誘拐されるとでも?」


 にっこりと微笑むと、ディジェムは苦い顔をした。


「あー……うん。それはないな。世界最強の伝説の召喚獣のフェニックスもいて、聖の精霊王達もいて、ヴァル自身も強いから誘拐出来ないよな……」


「……むしろ、たったの一週間で解決するのが凄いと私は思うのだけど」


 オフェリアが苦笑いをしながら、俺を見た。


「凄いよねー……。ヘリオトロープ公爵達の本気を見た気がするよ。本当に鬼気迫るものがあって、一緒に処理してたんだけど、怖かったよ。ね、シメント」


 教養と剣と魔法の師匠達の目が血走ってて、本当に怖かった。途中で、両親と兄のセヴィリアン、義姉のアテナ、デリュージュ侯爵も参戦してて、こちらも怖かった。

 ちらりと、俺の後ろでハイドレンジアと共に立つシメントに声を掛ける。


「は、はい……。ぼ、僕の、せいなので、怖いとは、言えないですけど……」


 シメントは苦笑いをして頷いた。最悪な家族から逃れたとはいえ、まだ心の傷はすぐには癒えないので、まだ話し方はたどたどしい。


「君のせいじゃないよ。俺も、陛下方も君のせいとは言ってないよ。ディルはどう?」


「ああ。未遂だが、襲われた俺の目から見ても、子爵令息のせいではないな。って、もう子爵家はなくなったんだったな。俺達もシメントって呼んでもいいか?」


「は、はい。皆様、そう呼んで、下さって、構いません。あの、ディジェム公子殿下。公式戦の時は、襲おうとして、申し訳ございません……」


 申し訳なさそうにシメントは、ディジェムにお辞儀をして謝った。


「操られてたんだ。気にするな。俺はヴァルに助けてもらって、怪我もしてないし。エルフェンバインはシメントの事情を知って、君に対して罪を問うことはしない。するのは子爵家と元皇族と商人の方だ。だから、気にするなよ」


 王族っぽく、ディジェムはシメントに告げた。

 その言葉に、シメントは目を潤ませた。


「も、勿体無い、お言葉を、ありがとう、ございます……!」


 再度、頭を下げて、シメントはディジェムにお礼を言った。


「あの、ヴァル様。シメント様の生家の子爵家はなくなると仰ってましたけど、シメント様はこれからどうなるのですか?」


 ウィステリアがシメントの身を案じるように、俺を見る。


「俺の執事見習いで、レンの元で仕事を覚えてもらうことになるけど、公式戦に出られるくらいの魔力と実力はあるから、魔法学園に通えなくなるのは勿体無いと思ってるんだよね……。陛下やヘリオトロープ公爵の派閥の信頼出来る貴族の養子とかも考えたんだけど、シメントの精神が心配なんだよね。だから、もう少し落ち着いてから、シメントと決めようとは思ってるところかな」


 焦って決めるより、状況も落ち着いてからゆっくり決めた方がシメントも考えられると思う。


「そうですね……」


 ウィステリアが頷いたと同時に、けたたましいノックの音に女性陣とヴォルテール、アッシュがびくりと身を縮めた。

 俺が応答すると、ハイドレンジアが警戒した様子で扉を開けると、サイプレスが現れた。


「ヴァ、ヴァル様! お待たせしました!」


「サイプレス? 勿体振ってどうした?」


「魅了魔法を可視化出来る魔導具が、出来ましたっ!」


 興奮した様子で、サイプレスが俺に向かって、叫んだ。


「そ、そうか……。ありがとう。お疲れ様」


 微笑して、淡々とサイプレスを労った。


「温度差! 温度差を感じるのは私だけですかっ?!」


 尚も興奮した様子のサイプレスは、俺が座る執務用の机に近付く。

 サイプレスは完成した魅了魔法を可視化出来る魔導具を机の上に置く。

 完成した魅了魔法を可視化出来る魔導具は、両手のひらに乗るくらいの大きさの水晶とそれを載せる台、ガラス盤が台にくっついており、そこに多分、魅了魔法かどうかの表示がされるのだと思われる。

 ただ、個人的に気になったのが俺達が一狩り行ってきた素材は何処に使われているのだろう。

 水晶に付与されたのかな。


「いや、作ってくれたのはとても有り難いのだけど、興奮している人を見ていると、逆に冷めるというか……」


 仮にも魔法を司る神なのだから、落ち着いて欲しいと思うのは俺だけだろうか。


「それで、完成したということは、今からちゃんと動作するかの確認がいるのかな?」


「そうですね。ただ、魅了魔法を使う者が現状、彼女しかいないので、確認が厄介というのはあります」


「……厄介だね……」


 重みの籠もった一言を呟き、溜め息が思わず漏れる。


「あの、サイプレス先輩。魅了魔法を可視化出来る距離はどのくらいなのですか?」


 ヴォルテールが落ち着いた声音で、だが、興味津々の目をサイプレスに向けて、問い掛ける。


「とりあえず、卒業パーティーのフロアの隅から隅までの距離で確認出来るようには調節していますよ、ヴォルテール君。ただ、魅了魔法を使う彼女の魔力量が正直な話、同学年の生徒の中で最下位なので、それに合わせて作ったので、もし、同学年の中で最上位の魔力量のヴァル様が魅了魔法を使えるようになり、使うとこの魔導具が壊れます」


「俺は魅了魔法は使えないよ、流石に。使えたとしても、使わないけど」


「そんなモノなくても、ヴァルなら容姿で誰彼構わず、魅了出来るから不要だろ」


「どういう意味かな、ディル?」


 にっこりと笑顔で問い掛けると、ディジェムが目を逸らした。






 そして、魅了魔法を可視化出来る魔導具は動作を確認するために、フィエスタ魔法学園に持っていくと早速、効果を発揮するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る