第82話 尋問

「お待たせしました、殿下。もう変装を解いて頂いて構いませんよ」


 ヘリオトロープ公爵が穏やかに微笑んで、俺に告げた。

 魔力感知で念の為、確認すると地下牢には俺とヘリオトロープ公爵達だけで、出入口に牢番がいるだけだ。あとは、姿を消したままの紅と月白だ。

 服装はそのままで、髪と目の色を元の色に戻して、目の部分に着けていた仮面を取る。

 いつもの俺の姿を見て、師匠達は何故かホッとした表情を浮かべた。

 不思議そうに俺が見ると、三人は苦笑した。


「すみません、殿下。慣れない色の殿下を見ると、何だか別人に感じてしまって……」


 ヘリオトロープ公爵が尚も苦笑したまま言うと、シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵も苦笑したまま頷いた。


「上手く、演じられてましたか?」


「ええ。普段、魔法学園でも見せない蹴り技を駆使されてましたからな。流石、殿下です。俺の教えたことがしっかり出来ていらっしゃる」


「魔法も敢えての闇属性での拘束で、普段の殿下とは違うところを見せているのも流石です。魔法は完璧です」


「蹴り技と魔法は置いて、ちゃんと王家の影のように振る舞えていて流石でした。陛下達も殿下だと分かっているのに、別人ではないかと混乱してましたよ」


 ニヤリと教養と剣と魔法の師匠達は笑った。

 まぁ、髪と目の色を変えていたし、仮面も着けてたし、蹴り技なんて普段、滅多に使わないし、使ったのも冒険者ギルドで冒険者とお話し合いをしたに分かってもらった時が久々だったし、魔法もあまり使わない闇属性だったし。

 三人の師匠が、自分が教えていたところしか褒めないのは相変わらずだ。

 お互い、煽ってる。

 ちょっと大人気ないんじゃないか? と思うが、何も言わないことにした。

 火に油を注いだら、こちらに引火する。火消しが大変なのは子供の頃から身に沁みている。

 なので、敢えてのスルーが正解だ。


「今から彼に話を聞くんですよね? 私も一緒に同席してもいいですか?」


「殿下をディジェム公子を襲った相手に会わせたくはないのですが、捕らえたのは殿下ですから、問題はない……か」


 ヘリオトロープ公爵に聞くと、困った顔をしつつ、頷いた。


「同席する際は、また先程の髪と目の色にします。私が第二王子と分かれば、話さない可能性もありますので」


「殿下と分かれば話さない、とはどういう根拠で?」


 シュヴァインフルト伯爵が顎を触りながら、俺を見る。


「相手はグラファイト帝国の息がかかっている可能性があります。話を聞く時に第二王子がいると、触発されてカーディナル王国を貶めることしか言わないかもしれないので……。未遂ですが、ディジェム公子を襲ったのも、カーディナル王国とエルフェンバイン公国を仲違いさせるのが目的ですし」


 溜め息混じりに、シュヴァインフルト伯爵に告げる。彼は納得するように頷いた。


「……殿下。何か、気になることでもありますか?」


 俺の顔を見て、セレスティアル伯爵が問い掛ける。


「かなり、ありますよ。何故、彼は唆されて、ディジェム公子を襲ってしまったのか、とか色々考えてしまいますよ」


「聞いてみないと分からないのは確かですね。殿下、行きましょうか。私ももちろん、ウェルドもセレストも殿下をお守りします」


 そう言って、ヘリオトロープ公爵が剣と魔法の師匠達の前で、俺の頭を撫でた。

 それを見た、剣と魔法の師匠達は固まった。


「「ク、クラーレット……! 協定を忘れたのか……!」」


「あ、すまない。つい、殿下の頭を撫でてしまった」


「「つい、じゃない……!」」


 てへぺろと小さく舌を出して煽るヘリオトロープ公爵に、唸るような低い声で、剣と魔法の師匠達が恨みがましく睨んだ。

 ……怖い。というか、協定って何?


『……三人でいる時はヴァーミリオンの頭を撫でたり、溺愛するような動きはしない、と三歳のお前に教養と剣と魔法を教える時に三人で協定を組んだらしい』


 静かに、姿を消している月白が念話で教えてくれた。

 何だ、その協定。溺愛って何で?

 表情には出していないが、心の中では困惑な状態だ。


『……まぁ、三歳の時からリオンは愛らしかったからな。リオンの師匠達がお互いを牽制する気持ちは分かる。同年代の子供より賢く、飲み込みも早いのもあったから、余計に頭を撫でたくなったのだろう。自分達の子供ももちろん可愛いが、必死に食らいつく健気な子供のリオンは庇護対象に大人達は見える。別枠だな』


 紅が更に補足してくれたが、俺にとっては蛇足だ。別枠って、別腹みたいに言わないで欲しい。


「……あの、とりあえず、彼に聞きに行きませんか……?」


 本当に不毛なので、さっさと話を聞きたい俺は髪と目の色を変えて、目元を仮面で覆い、独居房の扉を開けた。

 独居房の扉を開けたことで、師匠達の不毛な言い争いは不完全燃焼な雰囲気で終わった。

 争うなら、俺のいないところでお願いします。

 独居房に入ると、茶髪の一年の男子生徒はまだ気絶していた。

 まだ気絶したままで、薬は抜けておらず、身体はまだ普段……と言っても、公式戦の時しか知らないが、その時の彼よりまだ二回り大きいままだった。

 そんな茶髪の男子生徒を見下ろし、セレスティアル伯爵に気になることを尋ねる。


「セレスティアル伯爵。彼の飲んだと思われる薬の効果を消すために、回復系か浄化の魔法を掛けても問題ないと思いますか?」


 茶髪の男子生徒を同じく見下ろし、セレスティアル伯爵はじっと見つめる。


「……そう、ですね。殿下の魔法なら問題ないでしょう。回復ではなく、浄化魔法を掛けてみて下さい」


 セレスティアル伯爵の言葉に、俺は頷いた。


「浄化魔法? セレスト、どういう意味だ?」


 ヘリオトロープ公爵が何故、浄化魔法なのかとセレスティアル伯爵を見る。


「どういう意味も、彼がその身体になっているのは明らかに呪いだ。飲んだ薬がどのような物なのかはその薬を見てみないと分からないが、呪いの効果を含んだ薬のようだ。だから、飲んだ者は副作用で飲ませた者の言う通りには段々動かなくなり、暴走し凶暴化する。精神を支配するための魔法が呪いに変わり、作用した結果だろう」


 セレスティアル伯爵が茶髪の男子生徒から目を離すことなく、ヘリオトロープ公爵に説明する。

 うわぁ……何、その呪いの薬。

 俺も前世では元女神の呪いで身体が重くて、ベッドとお友達だったので同情するが、茶髪の男子生徒が飲まされた薬は飲みたくない。

 筋肉は魅力……いや、羨まし……くはないが、暴走して凶暴化するのは嫌だ。

 願い下げだ。

 飲みたくないし、なんてモノを作ったんだよ、グラファイト帝国!

 そんな状態を見ただけで分かるセレスティアル伯爵は凄い。流石、俺の魔法の師匠。

 尊敬の眼差しでそっと見ていると、俺の視線に気付いたセレスティアル伯爵が少し照れた。

 その横で、ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵がぐぬぬと唸っている。何でだ。


「……こほん。殿下、そういうことですので、浄化魔法を掛けると、彼の身体も元に戻りますし、目も覚めるでしょう。その時も念の為、まだ拘束を解かないで下さい」


「分かりました、セレスティアル伯爵」


 頷いて、俺は浄化魔法を茶髪の男子生徒に掛ける。

 呪いが拒絶反応を起こしているのか、茶髪の男子生徒は意識がないまま、唸り声と浄化魔法から逃れようと身体を捩っている。

 逃がす訳にはいかず、身体が動く度に俺の手もその方向へ動かす。

 意外と呪いが強いのか、浄化魔法で解く時間が掛かっている。

 浄化魔法が効いてきたのか、徐々に身体が元の大きさに縮んでいく。


「おおっ、元に戻っていく」


 シュヴァインフルト伯爵が興奮した声を上げる。

 浄化魔法で、身体が元の大きさに戻ると、茶髪の男子生徒のまつ毛が揺れた。


「殿下。念の為、離れて下さい」


 目が覚めるようで、ヘリオトロープ公爵が俺を茶髪の男子生徒から離した。

 俺が離れたと同時に、茶髪の男子生徒の目が開いた。


「え、ここは……」


 驚いた様子で、茶髪の男子生徒は起き上がり、独居房の中を見回す。


「気が付いたようですね」


「えっ、ヘリオトロープ公爵……?!」


 ヘリオトロープ公爵がいることに驚いて、茶髪の男子生徒は座ったまま、二、三歩分後退した。


「君が後退したということは、何をしたのかは覚えているようですね? どうして、あのようなことをしたのか経緯を含めて答えて頂けますか?」


 穏やかな笑みを浮かべつつ、有無を言わせない声音でヘリオトロープ公爵は問う。

 自分のことではないが、今のヘリオトロープ公爵に問われると、俺も縮み上がるかもしれない、と表情には出さないが思ってしまった。


『……ヴァーミリオンもしているからな。自分のことだから気付いていないかもしれないが。俺はよく凄むが……』


 月白が念話で俺に突っ込んで、自分がよくすることも伝えてくる。ヘリオトロープ公爵に似るのではなく、凄むのを俺にして欲しいのだろうか……。


「ああ、その前にお名前を聞いてもいいですか? 貴族名鑑等で何処の家の者か分かってはいますが、念の為、確認させて下さい」


 再び、有無を言わせない声音で、ヘリオトロープ公爵は尋ねた。


「……シメント・アンカ・ガードゥンと申します」


「ガードゥン……子爵家の子か」


 シュヴァインフルト伯爵が顎に手を当て、呟く。


「ガードゥン子爵家は中立派で、陛下寄りの考えの家だと思いますが、どうして、あのようなことをしたのです?」


 ヘリオトロープ公爵が茶髪の男子生徒――シメントを見下ろす。


「……家は、関係ありません。僕は真実を知って、正そうと思っただけです」


「真実? どういう意味です? グラファイト帝国の元皇族が何を言ったのです?」


 ヘリオトロープ公爵が首を傾げながら問い返す。


「僕が、本当のカーディナル王国の第二王子だと、グラファイト帝国の皇族の方が教えて下さったからです。だから、正そうと思ったのです。僕が本当の第二王子だと」


 シメントのその言葉に、師匠達から殺気が放たれる。

 当の第二王子の俺には、師匠達のように殺気を放つ程の衝撃はなかった。

 明らかに年齢が一年違うし、髪の色がカーディナルの色の赤系ではないし、もし違うなら、紅達が教えてくれるだろうし。

 ただ、まともに師匠達の殺気を食らってしまったシメントはガクガクと震えていた。そこは少し同情してしまった。

 第二王子としての姿で、この場にいなくて良かったとも思った。第二王子がいたら、多分、彼は黙秘をしたままだっただろう。


「成程。君が本当の第二王子ですか。根拠をお聞きしても?」


「……こ、皇族の方は、第二王子が生まれた時に、ヴァーミリオン王子と僕をグラファイト帝国の皇族の影が、王城に侵入して取り替えたと仰ってました。それが真実だと」


『……グラファイト帝国の元皇族の嘘だな。俺はヴァーミリオンが生まれた時から見ていたが、グラファイト帝国の者が侵入出来る程、王城の警備は緩くないぞ。それに年齢も髪の色が違うだろ。そこに気付けよ、クソガキが』


『……アルジェリアン、リオンに汚い言葉を聞かせるな』


 念話で月白が吐き捨てるように言う。初代国王とあるまじき言葉遣いに紅が静かに窘める。


『あ、悪い。つい、ヴァーミリオンを偽の王子と言外で言いやがったから頭に来た。ヴァーミリオン、ごめんな。気にするなよ』


 頭を撫でながら、月白が謝る。それを苦笑して頷いて、受け入れた。


「そうですか。ですが、おかしくはありませんか? ヴァーミリオン殿下は今年で十七歳。君はいくつになります?」


「……十六歳、です……」


「一年ずれてますよね。王家の方は赤系の色の髪です。君は何色の髪です? それに、私は王妃陛下がヴァーミリオン殿下を出産された場に立ち会いましたが、お生まれになった時から、あの方の髪の色は鮮やかな赤色でしたよ」


「…………」


 ヘリオトロープ公爵の言葉を否定出来ずに、シメントは黙り込む。


「……どうして、グラファイト帝国の元皇族の言葉に唆されてしまったのです?」


 困った様子で、ヘリオトロープ公爵はシメントを見下ろす。

 その様子を後ろから見ていると、俺の権能の過去視が勝手に働いた。

 脳裏に、シメントの、彼の過去が視えてしまった。

 ……これは、確かに信じてしまう。

 辛いことが続くと、人は自分を守るために都合の良いことを信じてしまう。

 その巧言に惑わされる程、矛盾があるのに信じ込んでしまった彼の心が弱り切っていたのが分かってしまい、小さく溜め息を吐いた。

 さて、彼の事情をどうやってヘリオトロープ公爵達に告げようか。

 過去視はもちろん、俺の事情をヘリオトロープ公爵達は知らないし、今後も告げるつもりはない。


『リオン。我を使え。我が視たと言えばいい』


 困っていると、紅が助け舟を出してくれた。


『ありがとう、紅』


 念話で紅にお礼を言い、ヘリオトロープ公爵に近付いた。


「ヘリオトロープ公爵。少し、いいですか?」


「どうしました?」


「彼と、少し話をしたいのですが……」


「私はお勧め出来ません。彼はヴァーミリオン殿下を偽の王子だと言った者ですよ」


 ヘリオトロープ公爵が眉を寄せて、首を左右に振る。


「だからこそですよ。それに、彼の事情を知った以上、別のことで正さないといけなくなりましたので」


「どういうことです?」


「――フェニックスから、彼の事情を聞きました。少し、同情している部分があるんです」


 そう言って、変えていた髪と目の色を元に戻し、目元を覆っていた仮面を外すと、シメントの緑色の目が大きく見開いた。


「目を見開いた、ということは私が誰なのか分かった? ガードゥン子爵令息」


「……ヴァーミリオン、殿下……」


「うん、そうだよ。私がヴァーミリオン・エクリュ・カーディナル。カーディナル王国の第二王子だ。気絶させるためとはいえ、何度も蹴ってごめんね。君の事情は、フェニックスから聞いた。辛かったね」


 労るように、腰が抜けたように座り込むシメントの目線に合うように、腰を落として告げる。


「殿下。彼の事情というのはどういうことです? フェニックス殿から聞いたというのは……?」


「フェニックスは時々、過去が視える時があるそうで、それで彼の事情が視えたそうです」


「彼の事情というのはどういう事情なんです?」


 シュヴァインフルト伯爵が俺が前に出たことで、警戒しながら聞く。


「ガードゥン子爵令息。ヘリオトロープ公爵達に伝えてもいいかな? 伝えたことで、君に不利益になることはしないし、そのことで何かあっても私が守る。現状を伝えることで、今後の君の状況を変えたい。どうかな?」


 シメントの目から逸らさずに告げると、彼の目が揺れた。そして、小さく頷いてくれた。


「……ガードゥン子爵令息は二歳頃から今まで、両親と姉、一部の使用人達から虐げられていたそうです。扱いも食事も使用人以下。家では使用人のように仕事をさせられていたようです。魔力はあったので、貴族の義務としてフィエスタ魔法学園に入学は出来ましたが、寮ではなく家から通わされ、学園以外では扱いは変わらずで精神的に追い込まれたようです」


 簡単にだがヘリオトロープ公爵達に伝えると、師匠達は顔を顰めた。


「自分の子を、どうしてそこまで酷く扱えるのか……。自分の子供とはいえ、物ではないのに」


 ヘリオトロープ公爵の言葉に、シメントは驚いた顔をしている。大人は皆、親のような考えなのだと思っていたのだろう。


「精神的に追い込まれるようなことになっていれば、矛盾があっても、確かにグラファイト帝国の元皇族の言葉を信じ込んでしまうのは仕方ないかもしれませんね。殿下、如何致しますか?」


「陛下にお伝えします。それと、ガードゥン子爵家を調べて下さい。きっと、叩けば埃が出ますよ。その間、ガードゥン子爵令息は私のところに居てもらおうかと思います」


「え……どうして、ですか……?」


 シメントが驚いた顔のまま、俺を見つめる。


「君に酷いことをするガードゥン子爵家に帰す訳にもいかないし、元々帰すことは考えていない。両親と同じくらいの年代の人達が多いところに居るのは、君の精神的には難しいかなと感じたからだけど、どうかな?」


「有り難い申し出ですが、でも、僕は、ヴァーミリオン殿下のご友人を、傷付けようと……」


「彼に聞いてみたらいいよ。君の事情を説明したら、ディジェム公子も私と似たような考えだと思うよ。もちろん、未遂とはいえ、他国の王族を傷付けようとした罪は消えない。けど、情状酌量の余地はあると思う」


 俺の言葉に、シメントの目が戸惑いで揺れる。彼の過去を視た今は、寄り添ってくれる人が今まで居なかったのだろうなと感じる。

 こういう場面で何度も思うけど、初めの頃のハイドレンジアを思い出すなぁ……。

 その彼は、妹と母親がいた。

 でも、シメントは一人だった。

 使用人の何人かはこっそり支えてくれていたようだけど、気付かれたら辞めさせられたり、体罰を受けていたようだから、表立って助けられなかった。

 そこが違うけど。

 どちらかというと、ハーヴェストに似てるかもしれない。

 ハーヴェストを側で助けられなかったから、つい、似た境遇の人を見ると、差し延べてしまう。

 ハーヴェストを助けられなかった、罪滅ぼしのように。


「それに、これは私の個人的な思いだけど、家族に虐げられていたのに、言葉は悪いかもしれないけど腐らなかった君は凄いと思う。公式戦に代表として出られるくらい努力していたのだから、それは凄いことだよ。それに気付かない家族は残念だなと私は感じてる。だから、どのくらいの罪かは陛下が決めるから私には分からないけど、償ったら、私の臣下にならない?」


「えっ」


「殿下……またですか……」


 シメントとヘリオトロープ公爵の言葉が重なった。

 いや、だって、努力とか若い才能が勿体無いじゃないか……。


「またとは酷いですね、ヘリオトロープ公爵。私は酷い扱いを受ける人達が割を食うのが嫌なんです。折角の才能を潰すのは勿体無いですよ」


 そう言うと、ヘリオトロープ公爵は諦めにも似た表情を浮かべる。

 それを無視して、闇属性で拘束していた魔法を解き、更にシメントに告げる。


「ガードゥン子爵令息。私の臣下の何人かは似たような境遇の者がいる。あんなというのは君に申し訳ないけど、あんな家族の元に居てもしょうがない。もし、君が今の場所から出たいと思うのなら、私のところにおいで。歓迎するよ」


 笑みを浮かべ、右手をシメントの前に差し延べると、シメントはおずおずと俺の手を掴んだ。彼の手は緊張からなのか冷たかった。

 掴んでくれたことで、選んでくれたようで、俺は穏やかに微笑み、立ち上がる。

 一緒にシメントも立ち上がらせる。


「決まりだね。しばらくは流石に独居房にいることになるけど、その後は、私のところにおいで。君の家族の元には、私の権限で行かせないし、会いたくなければ会わせない。ここにいる間も、私の召喚獣をつけて危害から守るよ」


 ついでに守護の権能をこっそり使おうかと思う。

 グラファイト帝国の元皇族や元女神が接触するかもしれないし。

 そこで、グラファイト帝国の思惑も分かれば、こちらも動けるし。


「ということで、ヘリオトロープ公爵。グラファイト帝国の元皇族を捕らえてもいいですか?」


「……殿下。そういうことは、私達に任せて下さい。わざわざ殿下が動かなくてもいいんですよ」


「動ける人が動けば、早いと思ってしまうんですよ。それに、今回はあちらが手を出したのですから、こちらとしては大義名分が立ちますよ。まぁ、グラファイト帝国側は追放した元皇族がやったことだと、否定してくるでしょうけど。そうすると、元皇族の生殺与奪の権はこちらが握ることになりますから、色々と吐いてくれるのではと思います」


「……殿下。実は、怒っていらっしゃいます?」


 シュヴァインフルト伯爵がちらりと俺に目を向けて、尋ねる。


「ガードゥン子爵家にもですが、グラファイト帝国の元皇族に対しても怒ってますよ。まだ十六歳の少年の人生を滅茶苦茶にしているんですから」


「少年と言いますが、殿下と一歳違いですよ」


 セレスティアル伯爵が静かにツッコミを入れる。

 珍しいセレスティアル伯爵のツッコミに、こっそり感動する。


「殿下のお気持ちは分かりますが、今回のことは私達に任せて下さい。ガードゥン子爵令息の不利益にはならないように致します。ただ、ガードゥン子爵令息の家族に対しては、何かしらの罰があると思いますが、ガードゥン子爵令息としては問題ありませんか?」


「大丈夫、です。ヴァーミリオン殿下や、ヘリオトロープ公爵方に、お任せ、します……」


 自分の親と同じ世代の大人だからなのか、少し怯えた様子で、シメントは頷いた。


「分かりました。任せて下さい」


「ガードゥン子爵令息。シメントと呼んでいいかな? 私のことはヴァルと呼んで構わないから」


「えっ、あ、はい。僕のことはシメントと呼んで下さい。あの、ヴァル様、とお呼びしていいのですか?」


 恐る恐るといった表情で、シメントは俺を見上げる。


「いいよ。私の臣下達はそう呼んでるから。シメントも私の臣下になってくれるんだよね?」


「は、はい! 罪を償ったら、すぐにでもヴァル様の元に伺います!」


 少し笑顔を覗かせて、目を輝かせて、シメントは大きく頷いた。

 やっと少しだが、笑顔を見せてくれて、内心、安堵する。


「うん、待ってるよ」


 穏やかに微笑むと、やっぱりシメントも顔を真っ赤になった。



 仮面、ずっと着けた方がいいのかなぁ……。

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