第81話 襲撃〜公式戦
「公式戦という国を挙げてのお祭りのようなものなのに、疎外感が半端ない……」
ミモザが淹れてくれた紅茶を飲みながら、溜め息を吐く。
今日はフィエスタ魔法学園の日ではあるのだが、公式戦の準備期間で、授業はない。
参加する生徒は訓練や作戦会議。参加しない生徒は公式戦の準備や自習となっている。
俺はウィステリア達の作戦会議が終わるまで、王族専用の個室で待機となった。
俺がウィステリア達といると、他クラスから謎の牽制があったので。
公式戦にクラス代表として出ないので、自クラスを応援するのは仕方がないが、第二王子として応援以外は平等に接して欲しいと他クラスの教師と生徒から言われてしまったからだ。
言われたことは分かるが、何でそこまで意識するのか。
『リオンの作戦が怖いのだろう。特に同学年の他クラスは、昨年の模擬戦で煮え湯を飲まされたからな』
紅が俺の思考を読んで、くつくつと笑う。昨年の模擬戦を思い出したのか嬉しそうだ。
「まぁ、突飛なことをしたと思うよ? 意表を突いた時って、爽快だし。我ながら性格悪いなとは思うけど」
『リオンはもう少し、図太く行動しても問題ないと我は思うぞ』
「魔法学園ではともかく、他ではあまり目立ちたくないんだって。顔や召喚獣、持っている剣で目立っちゃってる分、その他で目立ちたくないんだよ。ほら、出る杭は打たれるって言うじゃないか」
『出る杭……リオンの場合はその杭はオリハルコン並みの硬さだから、打つ側の木槌の方が壊れると私は思うけど?』
光の剣クラウ・ソラスこと蘇芳が、ニヤニヤと俺と同じ年頃の少年の姿で机の上に座る。
「か弱い俺がオリハルコン並みの硬さな訳ないよ。蘇芳、そんな酷いことを言うなんて……」
憂い顔で言い返すと、蘇芳が顔を赤くした。
静かに遣り取りを聞いていたハイドレンジアとミモザが吹いた。
『ちょ、ヴァーミリオン! 思ってもないこと言って、私で遊ばない!』
『仕方ないよね? クラウ・ソラスを誂うのって面白いしね。僕も参戦したいところだよ』
フラガラッハこと鴇が机の左側に座って、ニヤニヤと蘇芳と同じく俺と同じ年頃の少年の姿で笑っている。
『フラガラッハー? 君がリオンの一番の相棒のような顔をしているけど、私は認めてないからね?』
『聞き捨てならないな。我がリオンの一番の相棒だが? リオンも認めていることだが?』
蘇芳と鴇との遣り取りを静かに聞いていた紅が参戦した。俺の一番の相棒というのが気に入らないのだろう。
「そうだね。紅が俺の一番の相棒だね」
『ぐっ。に、二番目は私だからね! 順番でいうとフラガラッハは最後でしょ!』
『えー? それはおかしくない? だって、閉ざされた世界で僕は五百年、神のリオンの相棒をして支えていたんだよ? フェニックスはリオンが一番って認めてるから譲るけど、長さで言うとクラウ・ソラスが最後でしょ』
『ぐぬぬぬ……。正論だけど、何か納得出来ない……』
不毛だ。
静かに聞きながら、俺は思った。
今から、また面倒なことが起きるのに、俺の召喚獣と武器達は余裕を崩さない。
紅達からすると余裕なのは確かだ。
「……公式戦、ゆっくり楽しみたかったなぁ……」
「我が君。今回の髪と目の色は何色に決まったのですか?」
苦笑しながら、ハイドレンジアが話題を変えようと俺に尋ねた。
ハイドレンジア達にも朝起きて、すぐに公式戦で起こることを伝えてある。
「ん? あー……髪と目の色ね……」
尋ねられて、朝の出来事を思い出す。
昨夜、萌黄から得た情報を朝から国王である父、母、兄夫婦、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、デリュージュ侯爵、ヴァイナスを集めて、伝えることになった。
伝えた後、俺は公式戦に出ないこと、光の剣クラウ・ソラスが俺の姿になれることを告げた。
公式戦には出ない俺は自由に動けるので、グラファイト帝国の手の者が凶暴化して暴走した時は俺が動いて止めることになった。国王含むトップの人達は他国からの来賓がいたりと動けないからだ。
が、やはり、昨日、タンジェリン学園長が言っていた通り、俺は特にカーディナル王国の初代国王に似ているため、グラファイト帝国に要らぬ情報を与えてしまう懸念があるので、髪と目の色を変えるようにと父とヘリオトロープ公爵から言われた。
その後、何故か俺の髪と目の色を何色にするのかで、父親対、母親とヘリオトロープ公爵の連合が揉め始めた。
何でだ。意味が分からない。
他の兄夫婦達は面倒な揉め事には関わらない方が安全と思っているのは、皆の表情で分かった。
ついでに、俺を、特に右肩に乗る紅に視線を向けている。止めてくれ、と。
国トップの言い合いは見ていても見苦しくなるので、すぐ紅に止めてもらった。
揉めたことで国トップだとすぐには決まらなかったので、俺の髪と目の色は紅が決めてくれることになった。有り難い。
「紅が決めてくれたんだけど、髪の色が薄い灰色が混じった水色で、目の色は薄い赤が混じった灰色になったよ」
正確には髪の色がやや灰色い青紫系の色――月白色で、目の色はやや灰色い赤系の色――灰桜色だ。
どちらもあまり印象に残らない色、ということでその色になった。髪の月白色は、紅も父親になるはずだった月白の左目の色で、元相棒だから選んだのだろうか。ふと気になったので、後で聞こうと思う。
両親達の前で、実際にその色にしてみたら、印象は確かに薄いと言ってくれたので、きっと大丈夫なはずだ。服装も黒ではなく、墨色っぽい色にするつもりだ。あくまでも印象を薄くするためだ。
ヘリオトロープ公爵からも王家の影っぽい服装にした方が良いと言われたので、そのような装いになった。ヘリオトロープ公爵が用意をしてくれるらしい。ヘリオトロープ公爵なら安心だ。多分。
「成程。印象を薄くする目的ですね。クラウ・ソラス様が我が君に姿を変えておくのも含めてのその色ということですね、紅様」
『そういうことだ』
「ヴァル様、仮面はどうされるのですか?」
ミモザが紅茶のおかわりを置いて、俺に聞く。
「流石にフルマスクは蒸れるから、目を覆うだけの仮面――アイマスクにするつもりだよ。服装に合わせて同じ色にする予定。一応、ヘリオトロープ公爵から王家の影っぽい服装でって言われたから、それかな。ちなみに色は墨色っぽい色で、服装と仮面も用意してくれるみたい」
「そうですか……。仮面は私が選びたかったです……。ちっ」
「……仮にも第二王子の侍女なんだから、舌打ちは駄目だよ、ミモザ……」
「仮ではありません! 十三年間、ヴァル様の正真正銘の侍女です! これからもその予定です! どうか悪しからずご了承下さい! 舌打ちは申し訳ございません、心の声が漏れました!」
素直にミモザが謝った。本当に素直だな。が、悪びれていない。
「心の声って……。俺の前だからいいけど、陛下というか、王妃陛下やヘリオトロープ公爵の前ではしたら駄目だよ?」
「……我が君の前でも本来なら不敬ですよ。ミモザ、本当に我が君の侍女を外されるぞ」
溜め息と共にミモザに彼女の兄が苦言を呈する。
「ヴァル様の前以外では流石の私もしないですよ、ハイドお兄様。ヴァル様の前でもしてはいけないのは分かっているのですが、少しでもお気持ちが解れればと思って……」
「ミモザの気持ちは有り難いけどね。気心の知れた、信頼してる二人だから、余計に他でやらかして離されるのは辛い。流石に俺も庇えない場合があるから。だから、本当に気を付けて欲しいな」
「うっ……反論出来ないですね……。気を付けます。ヴァル様にお仕えしたいのに、離されるのは嫌です」
ミモザがしょんぼりした表情で項垂れる。俺としては主従関係だけではなく、本当に家族のように思っている二人なので、その気持ちは嬉しい。軽口を言い合えるのは第二王子としては有り難いので。
「あ、あの、話は変わって、ヴァル様。王家の影っぽくされると言ってましたけど、武器はやはりクラウ・ソラス様やフラガラッハ様ですか?」
ミモザがすぐさま切り替えて、俺に疑問を聞いてくる。長い付き合いだが、切り替えが相変わらず早くて感心する。
「蘇芳だと流石に第二王子って分かるし、鴇でもいいけど、他国にカーディナル王国の至宝と呼ばれる光の剣クラウ・ソラス以外の名前のある武器を所有していることを知られるのは悪手だと思う。だから、剣以外の武器にするつもり。あ、大鎌は使わないよ。昨年の模擬戦で使ったから、第二王子って分かる」
「確かにそうですねー……。美し過ぎる死神って言われてましたよね、ヴァル様。では何の武器を使われるのですか?」
「王家のというか、影っぽくだと、やっぱり短剣?」
「拳では?」
ミモザが真顔で答えた。
いや、何で拳なんだよ。
「え、何で、拳……。影ってそんな肉弾戦メインだっけ?」
俺が間違っているのだろうか。
短剣とか暗器のイメージが……って、俺が暗殺者と混同してる?
「影って、その場で武器が壊れても、失っても、その身一つで切り抜けないといけないのでは……?」
ミモザの言葉で、凄く、物凄く、前世で姉がプレイしてた殺さずに潜入作戦をするゲームを思い出す。この世界には銃も段ボールもない。
ミモザも日本に住んでいた訳ではないし、そのゲームも知らないはずだし、そういうイメージが頭にあって言っただけなのは分かるが、あのゲームを思い浮かんでしまうからやめて欲しい。
「ミモザ、それは何か別のモノと混ざってない? 何か、拳って聞くと筋骨隆々な巨体な人が思い浮かぶんだけど……」
「そうですよねー……。ヴァル様がお強いのも、格闘が出来るのも知っているのですが、得体の知れない凶暴化した人を殴って欲しくはないですね。謎の液体とか、何かばっちいモノがヴァル様に付着するのは許せませんし。武器は何がいいですかね?」
眉を寄せて、ミモザは腕を組んで悩んでいる。
いや、本当に何を想像してる? ミモザさん。
「……我が君、考え過ぎずに短剣でいいのではないでしょうか?」
「そうだね。それが無難だよね……。変にこだわり過ぎて、王家の影っぽい人じゃなくて、逆に第二王子って分かるかもしれないし」
「それがいいかと私は思います。ウィステリア様やディジェム公子達には今回のことはお伝えなさるのですよね?」
「もちろん。ディルが狙われてる訳だし。俺が変装して動くことを伝えておかないと、ウィスティやディル達がうっかり変装した俺の名前を言っちゃったら変装の意味がなくなる」
「そうですね。その方がいいでしょうし、お伝えしなかったら、ヴァル様がウィステリア様とディジェム公子に怒られそうですね」
ミモザが有り得そうなことを呟いた。
「そうだね。とりあえず、後でここに来る時に伝えるよ」
苦笑して頷くと、ハイドレンジアとミモザも苦笑した。
「え、ヴァルじゃなくて、俺が狙われるのか?」
公式戦の作戦会議が終わったディジェム達と、公式戦に出ないグレイ達が王族専用の個室に来てすぐ、グラファイト帝国の元皇族の襲撃があることを伝えた。
タンジェリン学園長には既に伝えてある。俺と一緒に応援するつもりだった伯母になるはずだったタンジェリン学園長の、グラファイト帝国の元皇族に対する怒りは怖かった。
「最終的な目標は俺なんだけどね。ディルを足掛かりにするつもりのようだよ」
「足掛かり……裏にいるのは元女神か?」
「萌黄が得た情報では元女神は裏にいる。別件で除籍させられたグラファイト帝国の元皇族がカーディナル王国に流れて来たらしい。ディルを公式戦で襲って怪我を負わせるなりして、カーディナルとエルフェンバインを仲違いさせて、こちらの戦力を落とすことで皇族に復籍するつもりらしい。元女神はその混乱に乗じて、俺を手に入れるつもりらしい」
「はぁー……何というか、更に公式戦出たくなくなった……」
「ヴァル君のことだから、何か対策を考えているのよね?」
ディジェムを慰めるように肩をぽんぽん叩きながら、オフェリアが聞いてくる。
「まぁね。王族含む、国の上層で自由に動けるのが俺だけみたいだからね。国王夫妻と王太子夫妻、ヘリオトロープ公爵は他国の来賓の相手があるし、シュヴァインフルト伯爵やセレスティアル伯爵、デリュージュ侯爵は闘技場の警備の総括がある。今朝、陛下達に伝えた時に聞いたけど、エルフェンバインの公王と公妃もディルの応援に来るみたいだから、身軽なのはまだ公に出てない俺だけだね」
「え、俺の両親が来るのか……?」
「連絡来てない? 陛下の話によると、第一公子も行きたかったって言ってたらしいよ。『城を空ける訳にはいかないから、仕方ないけど本当は行きたかった。くれぐれもディルに宜しく、公式戦頑張れ』って伝言付きだったけど」
「うわぁ……身内の伝言を親友の口から聞くのが、こんなにも恥ずかしいなんて……。あの兄も公式な手紙に何を書いてるんだ……。送るなら、俺に直接送れよ……」
ディジェムが顔を赤くして、項垂れた。
年頃の、思春期な男子らしい表情をするディジェムに同情の目を向ける。彼の家族も、俺の家族と同じで溺愛のようだ。
「それで、ヴァル様はどのように動かれるのですか? 僕やアルパインの援護はいりますか?」
ヴォルテールがディジェムに同情の目を向けつつ、俺に聞く。
「援護は大丈夫。むしろ、公式戦に集中して欲しい。今回は俺と召喚獣だけで動く。と言っても、紅達を出すと、必然的に正体が俺と分かるから、表立って出さないけど。光の剣クラウ・ソラスが俺の姿でタンジェリン学園長と応援席にいてもらうから、表向きの護衛も大丈夫。その間、俺は王家の影っぽい格好と髪と目の色を変えて、目の部分だけ仮面を着ける。戦い方も冒険者の時に見せた感じにするつもり。武器は短剣と格闘……かな」
「……ヴァル殿下、そこは暗器じゃないのですか?」
静かに聞いていたリリーが呟いた。
「リリー! 流石にヴァル殿下も暗器は使われないわよ」
ピオニーが慌てて、リリーに訂正しようとする。
「あー……いや、ピオニー嬢。一応、使えるんだ、暗器。去年の模擬戦では言わなかったけど……」
「はい?」
「……あの、ヴァル殿下は何処へ行こうとなさってます?」
リリーが呆然とした顔で尋ねる。
「三歳の時から、剣の師匠のシュヴァインフルト伯爵から誘拐されたりとかで、脱出する時に武器を現地調達することがあった場合、使える武器は大いに越したことはないってことで、ある程度の武器は使える。暗器もある程度、教わった。使い道がないけど。第二王子にたくさん仕込んで、将来どうする気だと当時、子供ながらに思ったけど、確かに使える方が何かと便利ということで開き直って教えてもらったよ。まさか、十六歳で役に立つなんてね」
三歳の俺もびっくりだ。
「俺としては、ヴァル様に何をお教えしてるんだと父に言いたいです……。俺は剣しか教わってないのに……」
シュヴァインフルト伯爵曰く、俺が八歳の時点で騎士団の副団長か団長並になってしまったらしいので、剣の基礎、応用を教えきってしまい、あとは鍛練するしかないということで、剣の鍛練ついでに他の武器の基礎、応用も教わることになった。
それをそのまま言ってもいいのか分からないので、曖昧に笑うことにした。
「そういうことで、公式戦の一回戦で当たる一年生のオニキスクラスの一人が捨て身でディルを襲うつもりらしいから、その時に王家の影っぽい格好で俺が防ぐ。アルパインとヴォルテール、イェーナ嬢はウィスティとディルを守って欲しい。姿を表さないけど俺の召喚獣の火の精霊王と水の精霊王も守ってくれるから。その間に俺が襲撃者を捕らえる。その時に王家の影っぽい口調や動作とかをするつもりだから、公子らしく接してね」
「公子らしく……魔王っぽく? ヴァルに?」
「第二王子じゃない、王家の影っぽい人に公子らしく接してね」
にっこりと告げると、オフェリアがくすりと笑う。二度同じことを言ったのが面白かったようだ。
「あの、その時のヴァル様の髪と目の色はどんな色ですか?」
気になるのか、今まで静かに聞いていたウィステリアが首を傾げながら俺を見る。
「それは、その時のお楽しみにってことでいいかな? その方がディルも気が紛れるんじゃない?」
「その方が助かる。どんな色になるか予想して、当日、答え合わせをしたい。そのくらいの楽しみは欲しい。運の権能って、どうやったら使えるかな……」
切実な表情でディジェムが呟く。若干、顔が疲れている。
「そういう訳だから、ウィスティも予想してみて欲しいな? 公式戦が終わったら教えて」
愛おしむようにウィステリアに微笑むと、彼女も友人達も顔を赤くした。
そして、公式戦当日になり、蘇芳にタンジェリン学園長と一緒にいてもらう。ハイドレンジアやミモザ、今日の護衛役だったグレイ、レイヴン、サイプレスも一緒だ。
俺が一緒にいないことで、お詫びをタンジェリン学園長に伝えたら、一日、伯母と過ごすの時間を作って欲しいとお願いされた。
それで、タンジェリン学園長の怒りが消えるならいいかと思う。俺のせいでも何でもないが。
全身、墨色の騎士のような服に胸当てと籠手を身に着け、肌が出ているのは顔だけの、王家の影っぽい格好の俺は、髪の色を月白色に、目の色を灰桜色に変え、目の部分を仮面で覆い、闘技場の一番高いところで姿を魔法で消して、様子を伺う。
ついでに、魔力感知で王家の影っぽい格好の俺が第二王子だとバレる訳にもいかないので、普段の火の属性の擬態から、闇、光、聖、無属性という敢えて変わった属性に擬態している。
今は公式戦の開会式が行われている。
元女神やその母親がやって来ないように王城と同じ結界も既に張っているし、念の為、両親や兄達に萌黄と青藍、ウィステリア達に東雲と竜胆、タンジェリン学園長達のところに紫紺と花葉にお願いして、姿を消した状態で守ってもらっている。
俺のところは紅と月白だ。俺のところは過剰戦力ではないだろうかと思うが、二人が頑として譲らなかった。
「公式戦、ちゃんと見たかったなぁ……。本当に元女神もグラファイト帝国の元皇族も許すまじ」
『グラファイト帝国が先に手を出して来たら任せろ。俺が潰してやる』
月白がニヤリと笑う。恨みが本当に深そうだ。
「……父様。今は聖の精霊王なんですから、簡単に潰そうとするのはやめて下さいね。父親が魔に堕ちるのは嫌です」
『精霊でも魔に堕ちるのは確かだからな。息子に言われたら仕方ない。だが、グラファイト帝国から守るのはさせて欲しい。もちろん、元女神達からも』
「ありがとうございます」
仮面を着けたまま微笑むと、月白は俺の頭を撫でる。月白の左目と同じ色の髪だからなのか、撫で方がいつもよりゆっくりだ。
「髪の色、気に入りました?」
『俺の左目と同じ色だから、少し親近感がな。普段の髪の色も同じなのにな』
「紅がこの色にしたのは何か意味がある?」
『少し、アルジェリアンに譲歩しただけだ。この前、神のリオンの父親に煽られていただろう? 他の父親とそこまで面識は我にはないが、アルジェリアンとは長い付き合いだから、我慢していたのは知っている。リオンが生まれてから』
『フェニックス……ありがとう』
お互い小さく笑う紅と月白を見て、俺も微笑みながら、闘技場に目を遣る。
開会式が終わったところのようで、早速、ディジェム達のチームと相手の一年生のオニキスクラスのチームの対戦が始まる。
すぐに動けるように、中腰の姿勢で待機する。
武器はフラガラッハの鴇が擬態した短剣だ。
うっかり、神のみの属性の滅が出ないように気を付けつつ、鴇にも気を付けてもらえるようにお願いしている。
闘技場のアリーナの中央には、ディジェム達と一年生のオニキスクラスのチームが睨み合い、お互い最初の一撃を窺っている。
初めに動いたのはディジェムで、訓練用の剣を振り上げた。相手の金髪の男子生徒が攻撃を同じく訓練用の剣を構えて防ぐ。その横から、もう一人の訓練用の槍を持った黒髪の男子生徒がディジェムに攻撃しようとし、アルパインが防ぎ、ヴォルテールが魔法で火の球を放つ。
ウィステリアとイェーナが背後から、後衛で支援魔法を放とうとした緑色の髪の女子生徒に訓練用の細剣と槍で防ぎ、オニキスクラスのチームを分断する。
『やるな。お前の最愛と親友、友人達のチームは』
月白が感心した様子で呟く。その間にオニキスクラスのチームは五人から二人が脱落者席へ飛ばされ、三人になった。
「敵に回すと厄介なんですよ、本当に」
だから、突飛なことで掻き回して、鉄壁な守りを崩して、こちらのペースに巻き込まないとこちらが負けると思った。
それが去年の二回目の模擬戦だ。
月白と話しながら、ディジェム達の戦いを見つめる。
ディジェム達が相手のオニキスクラスのチームを抑え始め、見るからに優勢になった時、相手の攻撃魔法メインで戦っていた茶髪の男子生徒の様子が変わった。
『――来たな、リオン』
「そうだね。行こうか」
立ち上がり、姿を消したまま、アリーナの端へと転移魔法で移動する。
アリーナの中央を見ると、茶髪の男子生徒が胸を抑え、苦しげに顔を歪ませている。
獣のような唸り声を上げながら、茶髪の男子生徒の身体が一回り、二回りと大きくなり、爪が黒く伸びて硬化し、下向きの鉤形に湾曲し、鋭く尖る。まるで、鉤爪だ。緑色の目が濁り、白くなる。
茶髪の男子生徒の様子に気付いた観客達がざわめく。
そのざわめきが引き金に、茶髪の男子生徒はディジェム目掛けて、鉤爪で攻撃しようとする。
俺はそれに反応して、転移魔法で移動し、ディジェムの前に現れ、短剣に擬態したフラガラッハで防ぎ、そのまま弾き飛ばす。
いきなり現れた俺に、オニキスクラスのチームの他の生徒達も、観客達も驚いて、静まり返る。
周りの様子に目もくれず、茶髪の男子生徒は尚もディジェムを鉤爪で攻撃しようと動く。それを俺が短剣で防ぎ、顎を下から蹴り上げ、回し蹴りをすると少し吹っ飛び、倒れる。
痛みを感じないのか、すぐさま立ち上がり、また鉤爪でディジェムを攻撃しようとこちらへ駆けてくるのを迎え撃ち、短剣を素早く振り、鉤爪を斬り落とし、踵落としを二回り大きくなった首へ食らわすと、やっと動きを止めて、倒れて沈黙した。
また動いてもらっては困るので、闇属性の魔法で身体を拘束し、ディジェムに向き直る。
「――ディジェム公子、お怪我は?」
「ああ、ない。助かった。礼を言う」
俺の姿に戸惑いつつも、それを表には出さないようにディジェムは魔王っぽく言おうとする。
「ご無事で何よりです。彼のことはこちらで調べます。残りの公式戦をお楽しみ下さい」
それに俺は小さく微笑み、一礼する。
父達がいる貴賓席にも一礼して、闇属性の魔法で拘束した茶髪の男子生徒と転移魔法で移動した。
転移魔法で王城の地下牢に移動した俺は、予め、事前に話していた牢番から鍵を受け取り、気絶している茶髪の男子生徒を拘束したまま独居房へ入れ、結界を念の為、張っておく。
鍵を閉めて、その独居房の前の壁に縋り、息を吐く。
姿を元に戻してもいいが、牢番以外に第二王子とバレる訳にもいかないので、そのままの姿で独居房の様子を窺う。
気絶していて、すぐには目覚めないとは思うが、得体の知れない薬をグラファイト帝国の元皇族に飲まされているので、何が起きるか分からない。
様子を見ておくのがいいと思う。
『闘技場の様子はどうですか、父様』
一時間くらいが経った後、様子を見てもらっていた月白がやって来たので、念話で聞く。
『ああ、しばらくアリーナから全員離して、問題がないか確認していた。国王が原因を調査していることと、安全であることを確認出来たと説明した。それからは滞りなく進んでいる。あの時点で優勢だったヴァーミリオンの最愛と親友、友人達のチームも勝ち進んでいる。もうすぐ決勝だろう』
『そうですか。公式戦、見たかったなぁ……』
愛しの婚約者と親友と友人達の晴れ舞台だったのに。グラファイト帝国の元皇族と元女神に対して、恨みしか出ない。元女神に関しては更にだ。
『来年、楽しむといい』
『そうですね。来年も俺は出られないでしょうけど』
溜め息を吐いて、苦笑した。
それから更に一時間後、公式戦が終わったらしい、ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵がやって来た。
そこで、更に面倒臭い真相を知ることになる。
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