第74話 女神と侍女

 ハーヴェストと共にミストを追い払い、とりあえず、俺は馬車で王城へ戻ることにした。

 何故か、ハーヴェストも馬車に乗っている。笑顔で。


「……何で、ヴェルと一緒に王城に帰ることになってるんだ?」


『えっ、嫌だった……?』


 悲しげな表情で、ハーヴェストが俺を見つめる。


「嫌じゃないけど、何でかなって」


『それはリオンの魂がちゃんと一つになっているかの確認と、ミストから守るためよ? だから、今回は力を抑えめで来たのよ。世界に影響がないように。ちゃんと魂が一つになっているから安心したわ』


 にこにこと笑顔で、ハーヴェストが言う。


「守るって、さっきの魔力くらいなら、余裕で防げるけど」


『余裕で今は防げるけど、本当に、リオンに対する執着心が鬱陶しいわよ。わたしが知ってるアレの性格を考えると、多分、一日にもう一、二回はすぐに来るわよ、アレ』


 げっそりとした顔で、ハーヴェストが呟く。


「うげ……。そうなのか。嫌だな、それ。そういえば、閉ざされた世界で似せたモノに散々迷惑を掛けられたけど、本体とはあまり関わったことがないから、ちゃんとした性格を知らないな」


『知らなくていいわよ。あんなの知っても、今後の参考にもなりはしないわ。時間の無駄よ』


「辛辣だな。まぁ、分かるけど」


『辛辣にもなるわよ。アレもだけど、アレの母親も輪にかけて大迷惑だもの』


「……否定出来ないところが、救いようがないよね」


 溜め息を吐きながら、頷き合った。








 王城の南館に着き、タンジェリン学園長から借りた馬車はフィエスタ魔法学園へ戻って行った。

 ハーヴェストと南館にやましいことはしていないのだが、つい、そそくさと入る。

 王城の人達に俺がウィステリア以外の女性を連れて帰ってきたという噂を立てられると、とても困るし、面倒臭い。

 既に夜なので、南館に居るのはハイドレンジアやミモザ等の俺の直属の側近達だけなので、南館に入ってしまえば後は楽だ。

 南館に入るなり、ハーヴェストはきょろきょろと周囲を見回していた。


「そんなに珍しい?」


『珍しいというか、リオンが育った場所なんだなぁと思って』


「まぁ、そうだね。国王夫妻達がいる王城の中央棟より、こっちの方が、俺の家って感じだしね。人が少ない分、気楽だし、こっそり何かしていても他には漏れないから、ポーションとか作り放題だよ」


『……見てたから知ってるけど、ポーションもだけど、とんでもない付与が込められた魔石付きアクセサリーも作り放題だったよね。市場価値を知らない方が良いわよ』


「自重しないで作ってみたからね。皆に渡してる物理と魔法結界、状態異常無効を付与した魔石で作ったアクセサリーは特に」


 どうして両立しないはずの物理と魔法結界が、一つの魔石で付与出来たのかは未だに分からないけど。


『その自重しないで作った、物理と魔法結界、状態異常無効を魔石に付与出来たのは、リオンが守護と再生を司る神になるはずだったからよ。どれも護るためのものでしょう? だから出来たのよ』


 表情に出ていたのか、ハーヴェストが長年の疑問を解決してくれた。


「そ、そうなんだ……。やっぱり俺の事情が関係してたのか……」


 最近、何となく、本当に何となくそんな気がしていたが、やっぱり俺の事情が関係してたのか……。

 そりゃあ、他の人が付与しようとしても、作れないか……。

 そんな会話をしていると、俺の私室に着いた。

 ハーヴェストを中に招き入れ、扉を閉める。

 ソファに掛けてもらい、俺は机の上を確認する。

 特に父からの追加の書類は置いていなかった。

 それにホッとしつつ、ハーヴェストに紅茶を振る舞おうと、勝手知ったる南館の俺の私室近くの配膳室へ向かおうとすると、扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、ハイドレンジアとミモザ、グレイ、シスル、サイプレスが警戒しながら入って来た。


「我が君、失礼致します。お帰りになられたようですが、どなたかいらっしゃ……」


 ハイドレンジアが俺に声を掛け、周囲を見渡し、ハーヴェストを見つけた途端、固まった。


「ただいま、レン。ウィスティを送ってくれてありがとう。俺が帰るまで変わったことはなかった?」


「…………」


 いつもならすぐに返答があるのにないことを不思議に思い、ハイドレンジアを見ると、ハーヴェストを凝視したまま固まっていた。ミモザ達もだ。


「レン? どうした?」


「あ、あの、我が君……」


「ん? 何?」


「こ、こちらの方は、どなた様でしょうか……。髪の色は違いますが、我が君とお顔がとても似ていらっしゃいますが……」


 恐る恐るといった表情で、ハイドレンジアが緊張した声音で俺に尋ねる。


「ああ、紹介してなかったね。この世界を作った女神のハーヴェスト。俺の双子の姉になるはずだった女神だよ」


 そう返答すると、ミモザが悲鳴を上げた。


「ひゃあ~! やっぱり!! 髪の色が違いますが、ヴァル様にお顔がそっくりでしたので、そんな気はしてました! わぁ、本当に女神様?! 私達の主人のヴァル様は本当に凄い方ですね!?」


 興奮した様子で、ミモザは俺とハーヴェストを見比べている。


「あ、あの、ヴァル様。折り入って、お願いがあるのですが……」


「な、何? ミモザ」


 ずいっと俺に顔を近付けて、ミモザは目を輝かせる。


「女神様のお隣りに立って頂けますか?! お二人の神々しいお姿をこの目に焼き付けたいですっ!」


 両手を組んで目を輝かせて、ミモザが要望する。

 ソファに座っているハーヴェストは、声を出さずに静かに肩を震わせている。笑ってる。


「え、何で? それと、ハーヴェストも何、笑ってるんだ?」


『いや、だって、ヴァーミリオンとその臣下達の遣り取りが面白くて……ふふっ』


「俺は特に面白いことしてないけど?」


『微笑ましくて面白いのよ。それに、いいじゃない。二人で立っても。減らないし、むしろ、わたしは歓迎よ』


 にっこり笑って、ハーヴェストはソファから立ち上がり、俺の隣に立つ。


『これでどうかしら? ミモザ』


 俺と同じ背の、俺の周囲の女性より背の高いハーヴェストがミモザに微笑む。


「っ! ありがとうございます! しかも、私の名前も知っていらっしゃり、更に呼んで頂けるなんて! お二人の並び立つ神々しさに、もう、悔いはありませんっ!」


 目を輝かせて、ときめいているミモザは更に興奮している。


「いやいや、他にも悔いはあるだろ、ヴォルテールのこととか。ミモザ、落ち着いて」


「ヴァル様、落ち着くなんて無理です。僕もミモザさんの気持ち、凄く分かりますから!」


 シスルが目を輝かせて、ミモザに同意している。

 しかも、よく見ると、ハイドレンジア、グレイ、サイプレスも大きく頷いている。


「いや、まぁ、この世界を作った女神様だし、まず見ることはないから、気持ちは分かるけど……。それでも落ち着こうか、皆」


 溜め息混じりに伝えると、やっとハイドレンジア達は落ち着いた。目はまだ興奮しているが。

 それぞれ、とりあえずソファに座る。

 ミモザが用意してくれた紅茶の入ったティーカップに俺は口を付けて、一息つく。隣でハーヴェストも同じように紅茶を飲む。

 俺達の姿を何故か、ハイドレンジア達が珍しそうに見ている。双子だし、似たような動きをしているから気になるのだろう。多分。


「レン、俺が帰るまで変わったことはなかった?」


「いえ。何も問題ありませんでした。ウィステリア様も無事にお送り致しました」


「良かった。ありがとう」


「……我が君は何かあったのですね? 女神様がいらっしゃるということは」


 ハイドレンジアが俺に聞くと、ミモザ、グレイ、シスル、サイプレスの顔に緊張が走る。


「……そうだね。チェルシー・ダフニーの身体を一時的に乗っ取った元女神が俺の前に現れたよ」


「ヴァル様、あいつの魅了魔法とか、何もされませんでしたかっ?!」


 グレイが心配そうに俺の方に身を乗り出す。


「ガンガン使ってきたよ。女神とはいえ、元で、神としての全てを失ってるし、自分の権能が使えないけど、残念な魔力量のチェルシー・ダフニーの魔力で、元女神が魅了魔法を使ってきた。やっぱり、チェルシー・ダフニーに輪を掛けて、二重三重に面倒臭かったよ。あ、俺の体調とかは問題ないよ」


「ヴァル様に何もなくて安心致しました。それで、女神様は何故、ヴァル様とこちらに……?」


 安堵した表情で、サイプレスが俺とハーヴェストをまじまじと見つめる。


『元女神がヴァーミリオンに近付いて来たから、牽制をしにね。それと、元女神ミストに対して、怒りそうなヴァーミリオンを止めに来たの』


「いや、怒りそうって……」


『現に怒ったじゃない』


「……あれは怒るだろう。逆だったら、ハーヴェストが怒るだろ」


『否定はしないね』


「あの、我が君。何のことで怒りそうだったのですか?」


 ハイドレンジアが尋ねると、俺とハーヴェストは同時に微笑んだ。二人揃って、誤魔化そうとしている。


「……お二人共、本当にそっくりですね。ディジェム公子にこの前、お聞きした通りですね……」


 ハイドレンジアが溜め息と共に呟いた。

 それより、いつそんな話をディジェムから聞いたのだろうか。


『怒りそうだった話は置いておいて。もう一つは、ヴァーミリオンに対するミストの執着心が本当に鬱陶しいの。アレの性格を考えると、多分、一日にもう一、二回はすぐに来ると思ったから、ヴァーミリオンを守るためにここに来たのよ』


「夜中に来て欲しくないんだけどなぁ……。頑丈な結界を三重掛けにしようかな。明日は休みだから、余計に安眠妨害はやめて欲しいし」


『いいんじゃないかな。ヴァーミリオンの三重掛けの結界なら絶対に入って来られないから、お勧めするわ』


 ハーヴェストが大きく頷いたので、早速結界を張る。南館だけではなく、王城全体に頑丈で、三重掛けではなく、念の為、四重に掛けてみた。


「……ヴァル様。これは厳重過ぎませんか……。お気持ちは分かりますが……。結界に隙間がないのは流石ですが」


 魔法が大好きなサイプレスが呆然と窓の外を見つめている。


「……元女神が本っ当に嫌なんだよ、サイプレス」


「そこまで嫌われる元女神というのも、何と言いますか、哀れですね……。自分が撒いた種とはいえ」


「自業自得だよ」


 そう言うと、ハーヴェストも大きく頷いた。


『とりあえず、結界も張ったし、今は大丈夫のようだから、わたしは帰るね。ヴァーミリオン。お願いだから、ウィステリアや友人達のことで怒って、神の属性の魔力を出すのはやめてね? さっきはわたしやフェニックスがいたから良かったけど、誰もいなかったら止められないからね?』


 ずいっと俺に顔を近付けて、ハーヴェストが笑顔で圧を掛けてくる。同じ顔だから、この顔で圧を掛けられるとこんな感じなのか、と感心してしまう。


「あー……善処するよ」


 ハーヴェストから目を逸らしながら、頷く。

 善処しますイコール頑張ります、努力しますといった意味で、決して了承したという意味ではない。前世の日本の一部では。

 それを知っているのか、ハーヴェストが更に笑顔を深める。


『ヴァー・ミ・リ・オ・ン? 貴方、気を付ける気はあるの? わたしが頑張って作った世界を壊されるのは非常に嫌なのだけど?』


「壊す気はないよ。対象を潰す以外の理性は残すよ。俺だって、この世界で生きてるんだから、壊したら生きられないし。それに世界を壊す程の魔力は流石にないよ」


 火事場の馬鹿力が出ない限り、世界を壊すのは無理だし、まず難しい。なのに、ハーヴェストは何故か俺に何度も釘を刺してくる。


『流石に貴方が魔に堕ちることはないけど、怒ったらそのくらい貴方なら余裕なんだからね』


「えー……いつの間にか、怒ると止められない人に俺がなってるのは何で? 俺としては結構、我慢強いと思うんだけど」


『それは自分のことならね。わたしもそうだし。でも家族や友人のことなら、貴方、すぐ怒るでしょ。特にウィステリアのことになると』


 ハーヴェストの言葉に、ハイドレンジア達が大きく頷いている。

 徐ろに、つい、目を逸らす。

 否定が出来ない。


『ほら、図星でしょ。そういうことだから、貴方こそ、一人になるのはやめてね。ハイドレンジア、皆。わたしの困った双子の弟をお願いね』


「はい、我が君のことならお任せ下さいっ。女神様!」


 名前をハーヴェストから呼ばれて嬉しいのか、ハイドレンジアが目を輝かせて大きく頷いた。

 ミモザ達も頷いている。

 俺の味方がいない……。


『諦めろ、リオン。リオンのことがハーヴェスト様も皆も心配なんだ。もちろん、我も』


 念話で紅が慰めるように言う。ちゃんと分かっているが、それでもと思うのは俺の我儘なんだろうな。


『ヴァーミリオンにもしっかり釘を刺したし、わたしは帰るね』


「ハーヴェスト、ありがとう。またね」


『ええ。また遊びに行くわ。またね、ヴァーミリオン』


 微笑み合うと、ハーヴェストは神界へと戻って行った。

 しばらく、余韻のようなものが辺りに漂う。それを打ち消すかのように、ミモザが俺を目を輝かせて見た。


「ヴァル様! 女神様もですが、お二人共がお美しいのと興奮し過ぎて、今夜は眠れないのですが、どうしたらいいですか?!」


「いや、頑張って寝ようね? 俺はそこまで面倒見られないよ。ヴォルテール、呼ぶ?」


「ちょっ、何でヴォルテール様になるんです?!」


「ミモザの婚約者だし、その興奮をヴォルテールに話したらいいよ」


「何で冷めていらっしゃるんですか、ヴァル様」


「話題の当人に、その興奮を話されてもどう反応したらいいかが分からないし」


 俺がそう言うと、口を膨らませて、ミモザが不満気な顔をする。


「むむ……確かにそうですけど……。そんな冷たいヴァル様は最近、よく見るので飽きました。もう一声、何か違うヴァル様を下さい!」


 いや、だから、何でそこでそんな変態発言になる?

 そんな顔をしていたのか、ハイドレンジアがミモザを止めに入る。


「ミモザ。落ち着け。変な方向に行ってるぞ。それに我が君が怯えるし、侍女外されるぞ。そろそろ戻って来い」


「ハッ! それは困ります! ヴァル様以外の人に仕えるのは無理です。お兄様、ありがとうございます!」


「ミモザも落ち着いたことですし、我が君。もう少し詳しく、元女神と出くわした時の状況をお聞きしても宜しいでしょうか?」


「……あまり思い出したくないけど、言っておかないとこれから対処出来ないか。はぁ……」


 盛大に溜め息を吐き、先程の元女神に出くわしたことを説明する。

 説明していくと、ハイドレンジア達の顔が苦い顔になり、グレイがうげっと呻いた。


「あの、私が言うのもなんですが、気持ち悪いのですが……。流石にそんなことを私はしませんよ」


「大丈夫。ミモザはまだ許容範囲内だし、さっきみたいに暴走しなければまともだから。アレはずっとだから。話が通じないし」


 言いながら、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。ミモザが淹れてくれた紅茶は冷めても美味しい。


「そこですよね。話が通じないのが、あいつそっくりといいますか。だから、身体の中にいるんですか?」


 グレイがとても嫌そうに俺に聞く。


「うーん……本当は魔力の強い人の身体に入りたいところだけど、がっちり守られているから、仕方なくチェルシー・ダフニーの身体に入ったんだろうね。聖属性の身体に、魔に堕ちたモノが入るのはかなり難しいんだけど、多分、チェルシー・ダフニーは色々と罪を犯してるから、元女神も入れたんだろうね」


「あの、チェルシー・ダフニーさんは何の罪を犯しているんですか?」


 シスルが恐る恐る俺に聞く。


「まだ調べてるところだよ。叩けば埃がたくさん出るみたいで、真実かどうかの確認と証拠集めも含めてね。俺もまだ詳しく知らない」


 この前、萌黄とロータスが何とも言えない顔をしながら、中間報告をしてくれた。


「叩けば……俺にやったこと以外にどれだけしているんだ、あいつ」


「ヴァル様。魔力の強い人の身体というのは、どなたのことでしょうか?」


 サイプレスが気になるのか、考える顔をしながら俺を見る。


「ウィステリアだよ。元女神はウィステリアの身体に入ろうとしているんだ。だから、チェルシー・ダフニーには近付けたくない」


「それで、一年生の時の試験の成績発表の時に、ヴァル様が過剰に反応されていたのですね。納得しました」


 サイプレスが納得したように頷いた。


「え、何で知ってるんだ?」


「見てましたので。一部始終。二年生も三年生の発表も同じところでありますから。ヴァル様も見に来られるだろうと踏んで、早めに待機してました」


「そ、そうなんだ。そういうことで、ウィステリアに近付けたくないから、皆にも協力して欲しい」


「もちろんです! ヴァル様にはウィステリア様がお似合いですし、話が通じない元女神が入る隙間なんてありませんし、させません!」


 拳を握り、鼻息を荒くしてミモザが頷いた。












 ハイドレンジア達が俺の私室からそれぞれの部屋へ戻り、俺はやっと一息ついた。


「はぁ……疲れた。明日は何もしたくない……」


 魔法学園は休みだけど、王族の仕事はあるので、あまり休めない。どのみち、父が溜めた書類が回って来るだろうし。

 大きな溜め息が漏れる。


『リオン、そろそろ休んだ方がいい。顔色が良くない』


「休みたいんだけど、ちょっと待って」


 立ち上がり、私室から出る。


『リオン?!』


 慌てて紅も右肩に乗る。

 ハイドレンジアが寝泊まりする部屋の扉を叩く。

 扉が開き、ハイドレンジアが俺を見て驚く。


「我が君? 如何なさいましたか?」


「レン。元女神が王城の結界すれすれにいるみたいだ」


 右肩に乗る紅が驚いて、俺を見る。

 ハイドレンジアは息を飲んで、固まる。


「……はい?」


「結界に触れたから、すぐ分かった」


「如何なさいますか」


「四重に結界を張ったから、すぐには壊されないけど、俺が対応をした方がいいか悩んでる」


「我が君からしたら、会いたくもないでしょうからね。王城の結界すれすれにいるということは、我が君が出るまでずっと居座る可能性もあるでしょうし……。本当に面倒ですね」


 眉を寄せて、ハイドレンジアも溜め息を漏らす。


『萌黄に頼んで、飛ばしてもらったらどうだ?』


「それも考えたけど、また来るよ? 国境付近にというのも考えたけど、魅了魔法の被害が増える悪手になるだろうし。そうなると俺が対応するのが無難な気がする」


「ですが、女神様は我が君をお一人にしないようにと仰せでした。知らないまま、我が君が元女神の餌食になるのは困りますし、私自身が許せなくなります」


「だから、レンのところに来たんだよ。俺も正直なところ、どうするのが最適解なのか分からなくなってて、困ってる」


「女神様を呼ばれますか?」


 ハイドレンジアが困った時の神頼みならぬ、困った時の女神頼みを提案してくる。


「いや、呼びたいのは山々だけど、これでハーヴェストを呼ぶのはね……」


 あまりにもハーヴェストに申し訳ない。


「……とりあえず、行こうか。レン、君はどうする?」


「もちろん我が君と参りますよ。私は魅了魔法に掛からないのですよね?」


「そうだね。でも、俺が付与したアクセサリーを着けておいて。念の為」


「もちろん、常に着けております。我が君に何が起きるか分からないですから」


「……はぁ。嫌だけど、行こうか……」


 溜め息混じりに呟き、紅とハイドレンジアと共に、南館を出た。






 その後、元女神に対して、ちょっとキレるのは仕方ないと思うのは俺だけじゃないと思う。

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