【Side 8】友人として、侯爵令嬢として(イェーナ視点)

 わたくし、イェーナ・リーフ・シャトルーズにはとても大切な友人がいます。

 その方々はわたくしより身分が上で、高貴な方々なのに、わたくしの勝ち気な性格を気にすることなく、幼い頃からずっと、わたくしの話を最後まで聞いて下さり、とてもお優しく接して下さいます。

 わたくしの性格が禍して、小さなトラブルをたくさん起こしていた幼い頃から、公平に見て下さり、トラブルの相手もわたくしも窘めて、時には諭して、それでもわたくしから離れることなく友人として接して下さいます。

 そんな方々だから、わたくしはどんなことが起きても、あのお二人を裏切ることも、離れることもありませんわ。


「――だから、よくお聞きになりましてね、チェルシー・ダフニーさん? わたくしの大切なご友人である、お二人のお心を害すような貴女の友人にわたくしがなるだなんて、世界が滅んでもあり得ませんわ!」


 目の前で睨むチェルシー・ダフニーを、わたくしも睨み返します。

 腕を組んで、扇を右手に持って優雅に令嬢らしく微笑みます。


 どうして、こんなことになったのか、それは少し時間を遡ります。









 それはヴァーミリオン殿下――ヴァル様が冒険者ギルドで、冒険者登録をしないかとわたくし達にご提案下さる前日。

 わたくしが魔法学園に通う間、住んでいる王都のシャトルーズ侯爵邸に一通の手紙が届きました。

 差出人が載っていない、その手紙の中身は申し上げにくいのですが、あまり綺麗とは言えない字で、こう書かれていました。


『あなたの秘密をあたしは知っている。ヴァーミリオン王子に知られたくなければ、明日の放課後、魔法学園の中庭で待ってる』


 ……わたくしの秘密? 何かしら?

 ヴァル様に知られたくないような秘密??

 あったかしら?

 あ、もしかして、初めてヴァル様にお会いした、同年代の子供達とヴァーミリオン殿下が交流するために王妃様が主催したお茶会から、ウィスティ様との婚約発表をするまでの間、ヴァル様に初恋したことを言ってますの?

 お父様はもちろん、シャトルーズ侯爵家の誰にも、ましてやウィスティ様にも気付かれないようにしていたのに、この手紙の差出人は知っていますの? 何故??

 手紙の文章もおかしくて、不快に感じます。

 中庭で「待ってる」ではなくて、「来い」じゃないかしら?

 知られたくなければと言いつつ、命令いえ、脅迫ではなくて、お願いのような文章で、この差出人は何がしたいのかしら。

 自分の部屋で手紙を見つめながら、首を傾げるわたくしは眉を寄せます。


「……確かに、あの頃はヴァル様のお顔を見て、恋を自覚しましたわ。わたくしより素敵なウィスティ様にお会いしてからは、お二人の仲睦まじいお姿に憧れましたけれど……」


 そんな甘酸っぱい、わたくしの大切な思い出を思い返します。





 十二年前、同年代の子供達とヴァーミリオン殿下が交流するために王妃様が主催したお茶会で、わたくしは初めてヴァル様という素敵な存在を知りました。

 実家のシャトルーズ侯爵家で、この国の第二王子様がわたくしと同い年、という話は確かに何度も聞きました。

 ただ、四歳のわたくしにはそれが本当なのかが、よく理解出来ていませんでした。

 だって、第二王子様を実際にこの目で見たことがありませんでしたから。

 わたくしはこの目で見て、耳で聞き、感じ、接した上で、判断するようにしています。それは物心がついた頃からしています。

 あやふやな噂を信じず、自分で判断するようにとお父様やお母様、お兄様から教えて頂いたものの一つです。

 ですので、お茶会では心底驚きました。

 ヴァーミリオン第二王子殿下という素敵な方が本当に存在していることに。

 王妃様に似た天使のような容貌、王家の色と呼ばれる赤の中でも綺麗な鮮やかな紅色、それぞれ色が違う金と銀の綺麗な目、女性顔負けの肌の白さ等、ヴァル様の良いところは枚挙に暇がありません。

 ヴァル様に惹かれたのはわたくしだけでなく、同年代の貴族の子息子女はもちろん、その親すらも息を飲んだくらいです。

 そんなヴァル様の外見とは別に、後に友人になって下さるウィスティ様をあらぬ噂が流れる前にさらりとお救いした機転は素晴らしいもので、たまたま間近で見ていたわたくしは、本当に同い年なのかと思ったくらいです。

 そのお茶会に一緒に付いて来て下さった、十歳上のお兄様が「ヴァーミリオン殿下は年齢で侮らない方がいい。ちゃんと真摯に接しないと、大人でも潰される」と少し青い顔をして呟いたのをよく覚えています。

 実際にそうなったところを後に何度も見ましたから。


 王妃様主催のお茶会の時はわたくしは、まだヴァル様とウィスティ様にとって烏合の衆の一人でした。

 王妃様主催のお茶会から数日後、お父様を介して、ヘリオトロープ公爵家へお邪魔させて頂きました。

 そこで間近で見たウィスティ様は絵本から出て来たお姫様のような、とてもお可愛らしいお姿でした。

 家族以外、誰も知らないのですが、勝ち気な性格とは裏腹に、可愛いものに目がないわたくしはウィスティ様を口説く勢いで、いつの間にか友人になっていました。

 お話してみると、ウィスティ様の可愛らしさは限界突破しており、更には公爵令嬢で、王弟の息子の子供……準王族なのにそれをひけらかすこともなく、優しく穏やかに接して下さいます。

 ウィスティ様と友人になって一ヶ月後、ヴァル様とウィスティ様が婚約したことが王家から発表されました。


 その時、わたくしの初恋は終わりました。

 わたくしの淡い初恋は終わりましたが、不思議と妬み嫉みはなく、ヴァル様にもウィスティ様にもお幸せになって欲しいと思うくらい、とても清々しい気持ちでした。

 そして、お二人を間近で見守りたいと思うくらい、応援の気持ちが強く、邪魔をする貴族の子息子女を牽制する日々が始まりました。

 気が付けば、同志も出来ました。

 ヴァル様の護衛のアルパイン様とヴォルテール様です。

 パーティーがある度に、三人でヴァル様とウィスティ様に近付こうとする貴族の子息子女を牽制していると、ヴァル様に烏合の衆の一人から、初めてイェーナとして認識されました。

 そこからお会いする度に、ウィスティ様の側にいてくれてありがとうとお礼を仰られたり、ウィスティ様の近況や好み等を聞かれることが増えました。

 それを見て、わたくしを側室にしようとしていると何処かの貴族が言い始めましたが、ヴァル様は見ただけで分かるように、婚約者のウィスティ様に対する接し方、友人のわたくしに対する接し方、その他大勢の接し方で分かりやすく変えました。

 それだけで、常識のある貴族は分かります。

 ウィスティ様以外には興味がない、と。

 それを六歳でやってのけ、噂を流そうとした貴族はヘリオトロープ公爵様とわたくしのお父様によって不正も見つかり、潰されました。今思い返すとヴァル様が裏にいらっしゃるように思います。

 年齢、外見で分かりにくいですが、さらりと大人の貴族の言葉を躱し、無邪気な第二王子を演じるヴァル様にわたくしは脱帽しかありません。

 その中で、時折、一瞬だけ見せる、ウィスティ様を愛しそうに見つめる目やお顔は、とても大人びた表情で、つい目で追ってしまいました。

 そんなヴァル様に気付いた方は、貴族の中にいらっしゃるのでしょうか。

 初恋は終わったと、わたくしの中でも心の底の箱に閉じ込めたはずなのに、ヴァル様のその大人びた表情を見てから、また燻りだしそうになりました。


 更には、八歳の時の建国記念式典に起きた国王陛下ご夫妻の襲撃をヴァル様主導で未然に防ぎ、伝説の召喚獣と呼ばれるフェニックス様や風の精霊王様を喚び、セラドン侯爵を捕らえたのは凄く格好良かったのです。

 しかもセラドン侯爵に、ウィスティ様をお守りしようと言い放ったヴァル様の言葉は今でも忘れられません。


『……一つ言うが、八歳の女の子が国王陛下夫妻の襲撃を考えるか?』


『初めて会った狸と、何年も何度も言葉を交わした婚約者。どちらを信じる? 婚約者に決まっているだろう! ついでに言うが、彼女には風の精霊を護衛につけていた。何かあれば報告するようにと。国王陛下夫妻を襲うことや王位の簒奪を考える素振りも動きも全くなかった』


 ウィスティ様のご家族以外の貴族がセラドン侯爵の言葉に騙されそうになっていたのに、ヴァル様はセラドン侯爵の言葉を強く否定なさいました。

 怒りが滲んだ鋭く睨む金と銀の目と、怒れる美しいお顔の八歳の第二王子殿下を見て、怒らせてはいけない方を怒らせたと、お父様が隣で呟いていました。

 もちろん、わたくしはウィスティ様がそのようなことをするとは全く思ってもいません。

 ウィスティ様は本当に優しくて、人想いの素敵なご令嬢なのですから!

 わたくしはヴァル様やヘリオトロープ公爵様方の様子を見て、わたくしと同じ思いなのだと知り、心密かに流石、ご婚約者様とご家族様! と勝手に親近感を抱きました。

 それと、あの場で不謹慎ですが、もう一つ思ったことがあります。

 ヴァル様のウィスティ様をお守りしようと言い放ったあの言葉、一度で良いのでわたくしの婚約者になって下さる方に守られながら、言って欲しいですわ……。


 後に、似たような言葉を仰って下さる方がいらっしゃるとは当時のわたくしは思いもしませんでしたが。





 あの建国記念式典後も、わたくしはヴァル様やウィスティ様、アルパイン様、ヴォルテール様との交流は穏やかに、波風が立つこともなく、月日は過ぎました。

 そんなわたくしの、ヴァル様に対する淡い初恋は胸に秘め、誰にも知られずにいたのですが、実は、一人、気付いた方がいらっしゃいます。

 言うまでもなく、ヴァル様ご本人でした。

 それは十歳の、アルパイン様のお誕生日パーティーで、シュヴァインフルト伯爵家にお邪魔した時のことです。

 ヴァル様は、王太子で当時は第一王子のセヴィリアン殿下と王位を争う気がないため、目立たないようにほとんどのパーティーに出ることがないのですが、護衛で友人のアルパイン様達、わたくし、もちろん、ウィスティ様のお誕生日パーティーの時には必ず参加されます。

 だからなのか、ヴァル様にお近付きになりたい貴族は主催者の家はもちろん、友人のわたくし達に招待状を送って欲しいと事前に声を掛けて来ます。もちろん、一笑に付すのですが。

 それでも、貴族として、それなりに交流はしないといけないので、わたくしのパーティーの時はそこまでひどくない貴族は呼んではいます。両親に事前に聞いたりした上で、ではありますが。

 ウィスティ様やアルパイン様、ヴォルテール様も同じようで、いつも大きな問題もなくパーティーは終わります。

 が、その時のアルパイン様のお誕生日パーティーの時は違いました。

 どうやって招待されたのか、国王陛下やヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、我がシャトルーズ侯爵と水面下で敵対している派閥の貴族が、アルパイン様のお誕生日パーティーに何組かいらっしゃいました。

 気付いたわたくしのお父様は、すぐシュヴァインフルト伯爵を見ます。そのシュヴァインフルト伯爵はヴァル様がどちらにいらっしゃるか確認するように探しています。

 ヴァル様を、敵対している派閥に囚われる訳にはいかないのでしょう。

 だからなのか、ヴァル様もさらりと躱し、誰もいないバルコニーに避難していました。

 少しヴァル様の様子が気になったわたくしはバルコニーに向かいました。そのバルコニーの、室内から見えない位置でヴァル様は手摺りに縋って、夜空を見上げていらっしゃいました。

 まるで絵画のような、その光景に思わず息を飲んでしまいました。

 視線と気配に気付いたのか、ヴァル様はわたくしの方に顔を向けました。


「シャトルーズ侯爵令嬢? どうしたの?」


 少し目を丸くして、ヴァル様がわたくしを見ます。

 ヴァル様は友人と思って下さっているようで、そういった表情をわたくしに見せて下さり、内心ホッとします。ウィスティ様やご家族、ご友人、臣下の方以外には表情をほとんど変えません。

 隙きを見せないようになさっているのだろうと窺えます。だから、ウィスティ様に見せる甘い表情を見ると、ヴァル様が一息出来る場所があって良かったと思えるのです。


「い、いえ、普段いらっしゃらない派閥の貴族の方が殿下の元にやって来ていないか確認に参りました。いらっしゃらないようで安心しましたわ」


「いつもありがとう。シャトルーズ侯爵令嬢やアルパイン、ヴォルテールが牽制してくれるから、俺もウィスティもとても助かってるよ」


 安堵するように小さく微笑み、ヴァル様は手に持っていたグラスを少し飲みます。中身は何なのか、少し気になりました。


「水だよ。果実水とかだと見た目では何が入っているか分からないからね。シュヴァインフルト伯爵やアルパインの家だから、何もないのは分かっているけど、不特定多数がいるパーティーだから、念には念を入れておかないとね。俺が倒れたらシュヴァインフルト伯爵達に申し訳ないから。王族は厄介だよね」


 苦笑して、ヴァル様はほとんどの毒は効かないけどねと呟きながら、グラスの水を飲み干しました。


「それで、シャトルーズ侯爵令嬢は他に何か気になることでもあった?」


「……少し、ヴァーミリオン殿下のご様子がいつもと違うので、気になりました。何かありましたか? わたくしで宜しければ、お聞きしても?」


「……あれだけ牽制しているのに、俺に側室を、と言って来る貴族が多くて辟易してるだけだよ。シャトルーズ侯爵令嬢も、狙ってる?」


 静かに、笑みを浮かべ、ヴァル様は普段、ウィスティ様やわたくし、アルパイン様達にあまり見せない、王族の顔を覗かせます。

 ヴァル様の表情もですが、わたくしは一番、言葉にどきりとしました。金と銀の異なる綺麗なその目は、何でも分かるのだろうかと思うくらいですわ。

 でも、わたくしは自分の心を奮い立たせ、真っ直ぐヴァル様を見据えます。


「いいえ。ウィスティ様とご友人になり、お二人のご婚約が発表される前は、確かに殿下に淡い恋心を抱いていましたわ。あのお茶会からご婚約の発表まで、お慕いしておりましたわ。ですが、今はその恋心はございません。友人としてお慕いはしております。わたくしは仲睦まじくしていらっしゃる殿下とウィスティ様のお姿を友人として、間近で見るのが好きなのです。お二人には幸せになって欲しいと思っています。殿下も、ウィスティ様も裏切りたくありませんし、裏切る気もございません。わたくしは別の方を婚約者として見つけ、その方と愛を育みたいですわ」


 今言ったことは本心です。

 初恋は実らないと聞きます。だから、わたくしはこの初恋を良き思い出にして、次の恋へ進みたい。

 毅然としてヴァル様にお伝えすると、驚いたように目を少し見開きました。


「……シャトルーズ侯爵令嬢はウィスティと似ているね。だから、友人になれたのかな」


 ぼそりと小さくヴァル様は呟きます。

 ウィスティ様に似ているだなんて、とても嬉しいことを仰って下さいます。


「少しでも、慕ってくれてありがとう。俺はウィスティを必ず幸せにするよ」


「ええ。宜しくお願い致しますわ。殿下しかウィスティ様を幸せに出来ないと、わたくし、ずっと思ってますの。ですから、もし、ウィスティ様を悲しませるようなことをなさったら、わたくし、殿下を許しませんので、悪しからず!」


 不敵に傲慢な令嬢のような笑みを浮かべると、ヴァル様は小さく吹き出しました。ヴァル様の珍しい表情を見て、わたくしは思わずきょとんとしてしまいました。


「ははっ、そうだね。その時は俺も、俺自身を許せないだろうね」


 ヴァル様のその言葉を聞いて、わたくしは思いました。

 ウィスティ様を愛していらっしゃる、ヴァル様の愛は滅茶苦茶重たいのだと。

 それを受け止められるのはウィスティ様しかいないのだと。


 後の話ですが、シュヴァインフルト伯爵に最近、使用人として雇われた侍女と執事見習いが敵対している派閥に買収されて、招待状を偽造してパーティーに参加したようでした。招待状を偽造しているので、詐欺罪としてその侍女と執事見習いは捕らえられ、参加した敵対している派閥の貴族は、ヘリオトロープ公爵様によって別の不正容疑が見つかり捕まりました。

 そして、わたくしは思いました。

 ヘリオトロープ公爵様怖いと。ヴァル様は公爵様に似ていると。






 そんなことを思い出し、わたくしは憂鬱になります。

 確かに、以前、だいぶ前ですが、ヴァル様のことをお慕いしてました。

 その過去は変わりません。

 今のわたくしは、婚約者であるアルパイン様をお慕いしているのです。

 今更、何処かの誰かに、初恋を蒸し返されるかもしれないと思うと、憂鬱になります。

 だから、友人になって下さった皆様の誰にも相談出来ません。

 わたくしの初恋を知っているのは、わたくしとヴァル様しかいません。

 そのヴァル様に相談するのも、何だか違う気がします。


「……もしかして、それが狙いですの? わたくしをウィスティ様やアルパイン様と仲違いさせるつもりですの?」


 もしそうなら、非道なやり方としか思えません。

 常識のある人ならしないやり方だと思います。


「……差出人の人がどういう意図なのか、知らないといけませんわね」


 まず知らないと、次の行動にも移せません。

 罠かもしれませんが、手紙に従って、魔法学園の中庭に行くしかないようです。

 扇をぎゅっと握った後、手紙を封筒に戻し、魔法学園の制服の裏ポケットに手紙を忍ばせました。








 そして、次の日の放課後、魔法学園の中庭へ向かいます。

 向かいながら、先程の出来事を反芻します。


『俺にとって、君は幼馴染みだから。いないと物足りない。ウィスティやアルパイン、ヴォルテールもそう思ってると思うよ』


 それにしても、ヴァル様。

 あの口説き文句は何ですの?!

 わたくしの心臓に止めを刺すつもりですの!?

 幼馴染みと仰って下さったのは、とても嬉しくて、光栄なことです。

 ヴァル様の幼馴染みになれなかった貴族の子息子女の方が多いのですし。

 ウィスティ様からお聞きした、ドヤ顔というやつですわ。

 だけど、あの言葉は、心を揺さぶるあの言葉は、反則ですわ……!


『何か困ったことがあるなら、俺達に相談して欲しいな。俺が王子だから、という躊躇いはなしでね』


 それに、見透かされてます……!

 これは絶対、今からのわたくしの行動を把握なさっている気がしますわ……。

 これで、ヘマをしたら、わたくし、ヴァル様にどう顔を合わせたらいいのでしょう。

 合わす顔がありませんわ。

 だから、失敗は出来ません。絶対にこの手紙の差出人の思惑を知り、ヴァル様やウィスティ様に害があれば潰しておかないといけませんわ。

 侯爵家やお父様の法務大臣の権力等、何でも使って潰しますわ。

 中庭に向かっていると、アルパイン様の声が後ろから聞こえて、振り返りました。


「イェーナ!」


「アルパイン様?! どうかなさいましたの?」


「どうかじゃないよ。君が心配で来たんだ」


「心配って、ヴァル様は?! 今から冒険者ギルドに行くのでしょう? 護衛の貴方がいないとヴァル様の御身が……」


「そのヴァル様が、イェーナのところに行けって仰って下さったんだ。ヴォルテールとレイヴン卿がいるからって」


 アルパイン様の言葉に、わたくしは目を見開きます。

 これはもう、ヴァル様はわたくしが何をしようか分かっているの確定ですわね。


「俺がイェーナのことが気になる状態で、ヴァル様の護衛が務まらないとバレてしまったみたいで、君を守りに行けって。イェーナには俺しか守る人がいないからって。確かに俺はイェーナを守りたい。ヴァル様も友人として大事だけど、イェーナがとても大事だから……」


 ヴァル様の言葉に、アルパイン様の言葉に、わたくしは胸が熱くなります。

 心配して下さる婚約者や友人がいるのは、こんなにも心強いだなんて。


「……実は、少し不安だったのです。今から行って、会う人に。来て下さって良かったですわ……」


 そう言って、アルパイン様に昨日届いた差出人不明の手紙を見せます。

 その差出人不明の人も、今朝、分かりました。

 差出人はチェルシー・ダフニー。

 ヴァル様を狙い、ウィスティ様を貶めようとしている平民の女性です。

 手紙を見たアルパイン様がわたくしを見ます。

 少し、怒っていらっしゃいます。


「……せめて、俺には先に伝えて欲しかったよ。まだ会う前だったから間に合ったけど。この前の時も、冷や汗を掻きっぱなしだったんだからさ……」


 アルパイン様は溜め息を漏らします。

 この前……エクリュシオ子爵とシャモア様の結婚式の後のことですわね。

 あの時も、チェルシー・ダフニーはわたくしの前に現れ、アルパイン様が助けて下さいました。


「う……それは、申し訳なかったですわ……。この手紙の差出人が、ヴァル様やウィスティ様を害する気なら潰しておかないと、という思いがとても強く感じてしまって……」


「あのさ、イェーナは女性だ。ヴァル様は女性のような容姿だけど、男性で、とても強い。俺より強い。もちろん、女性で強い人もいるけど、相手は魅了魔法が使える。俺もイェーナも魔法はどちらかというと苦手な方だ。そんな二人で相手の魅了魔法に掛かって、ヴァル様やウィステリア様達に危害を加えてしまったら、どうするんだ?」


 ……返す言葉がありません。

 ぐうの音も出ません。

 確かに、そこまで考えていませんでしたわ……。

 でもそれは、この手紙の差出人がチェルシー・ダフニーと思わなかったのが理由です。

 魔法は苦手ですが、相手が誰であろうと引けを取るつもりはありませんでした。

 が、魅了魔法だと話は別です。

 先日、ヴァル様から以前頂いた物理と魔法結界、状態異常無効を付与されたネックレスだけでは魅了魔法が防げない場合があると聞きました。

 今のところは防げていますが、相手が魔力の覚醒等、今以上の魔力を使用していれば、防げない可能性がある、と。

 ちなみに、わたくしやアルパイン様は魔力の覚醒を進級前にしました。

 わたくしやアルパイン様は王族ではないので、「最愛から愛を貰う」という条件で魔力の覚醒はしないのですが。

 ……ヴァル様やウィスティ様はお互いの愛を貰ったのでしょうか……。

 いつか、聞いてみたいですわ。ふふふ。

 おっと、話が逸れてしまいましたわ。話を戻さないと。


「……差出人が分かったのは今朝ですわ。たまたま彼女の文字を見て、手紙と同じだと分かりましたわ。それまでは彼女ではなく、何処かの貴族で、わたくしの家やヴァル様やウィスティ様との交流を妬んだ者達が貶めようとしているのだと思ったのですわ」


「それでも可能性は考えておかないと。俺も猪突猛進なところがあるけど、イェーナも似たような部分があるから気を付けないと」


「う……そうですわね。ごめんなさい、次からは気を付けます」


「次なんだ……。今からじゃないんだ……」


「仕方ないですわ。もう今から行かないといけないのですから」


 扇を広げて笑うと、アルパイン様は困ったように溜め息を吐きました。

 そんなアルパイン様を見て、わたくしはあることを伝えようと口を開きます。


「……アルパイン様。この手紙に書いてある秘密、というのを先に聞いて頂けます?」


「俺が聞いても大丈夫なのか?」


「ええ。問題ありませんわ。手紙に書いてある秘密は、多分、わたくしがヴァル様に恋をしたことがある、ということだと思いますわ。恋をしたのは四歳の時のお茶会から、ウィスティ様との婚約発表の時までです。ちなみに、ヴァル様は初恋のことはご存知です。もちろん、今はヴァル様に恋心を抱いていませんわ。わたくしは今、アルパイン様に恋心を抱いていますから、差出人から言われても、絶対に傷付かないで下さいませ」


 言い訳のように、早口でわたくしはアルパイン様に伝えます。わたくしの想いをちゃんと正確にアルパイン様に伝わって欲しくて、真っ直ぐ見つめて。


「うーん……傷付くも何も、それ、普通じゃないか? だって、ヴァル様の容姿は綺麗で、男の俺でも時々、ドキリとするしさ。ずっと護衛として間近で見ていたけど、ヴァル様に惚れない同年代の女性を見たことがない。一度は誰だって恋心を抱くと思うし。時々、男性でもいるから、ヴォルテールと一緒に近付かせないようにしてるけど。今は恋心はないんだろう? イェーナは俺のこと好きって言ってくれたからさ、俺はイェーナを信じているし、傷付かないよ」


 少し照れたようなお顔でアルパイン様が言います。そのお言葉に、わたくしも顔が熱くなります。

 この方は、本当にヴァル様と違う意味で、わたくしの心臓に止めを刺す気ですの?!

 ヴァル様は遠回しに気遣いのお言葉を、アルパイン様は真っ直ぐに愛の言葉を仰います。

 この主従、本当に似てますわ……。

 いつもはエクリュシオ子爵の方に目が行きますけれど、アルパイン様もヴォルテール様も結局のところヴァル様に似ているのですわ。類友ですわ。


「それに、俺も実を言うと、俺の初恋はアテナ王太子妃様だから……」


 困った顔で、アルパイン様はぼそりと告げます。

 はい?! それは気付きませんでしたわ!


「……それは、アテナ王太子妃様は剣がお強いから、ですか?」


「うん。俺も五歳くらいの時で、父上とアテナ王太子妃様の父上が従兄弟同士だから、よく一緒にうちの家にいらしてたんだよ。その時はセヴィリアン王太子様と既に婚約されてると知らなくて、女性でお強いから憧れて……」


 尚も困った顔でアルパイン様は、小さく告げます。

 アテナ王太子妃様のご実家のクレッセント公爵家は騎士の家系で、ご当主様はアテナ王太子妃様のお父様で、騎士団総長のシュヴァインフルト伯爵様と従兄弟にあたります。

 よく家にやって来る身近な女性、となるとアルパイン様がアテナ王太子妃様に憧れるのは仕方のないことだと思います。

 わたくしがアルパイン様だったら、間違いなくアテナ王太子妃様に憧れますわ。女性のわたくしでもアテナ王太子妃様は憧れる一人ですもの。


「もちろん、今はイェーナが一番だから!」


 真っ直ぐアルパイン様はわたくしを見つめて、言って下さいます。少し目は不安で揺れていらっしゃいます。

 その真っ直ぐさを見て、疑う訳がないのに。


「だ、大丈夫ですわ。わたくしもアルパイン様が一番ですもの。アルパイン様を信じてます」


 アルパイン様の手を握り、わたくしも負けじと真っ直ぐ見つめ返します。

 ただ、段々と恥ずかしくなり、わたくしは誤魔化すように咳払いをします。


「そ、そういう訳ですので、中庭に参りません?」


「そうだな。行こうか。俺が絶対に守るから」


 アルパイン様の言葉に、顔が熱くなっているのが分かります。

 もう、この方は……!

 きっと、ヴァル様も似たようなことをウィスティ様にされていらっしゃるんでしょうね!

 そんなことを考えて、顔の熱さを戻そうとするのですが、アルパイン様が追い撃ちを掛けてきます。

 手! このタイミングで手を繋ぎますの?!

 実はアルパイン様、恋愛上級者ですの?!

 追撃がお上手ですね!?

 戦い、お上手ですしね!




 そんなことをぐるぐる考えていたら、いつの間にか中庭に着いていました。

 魔法学園の中庭には小さな噴水、その周りにベンチ、少し離れたところにお茶が飲めるように四阿があります。

 件の手紙の差出人は四阿ではなく、堂々と噴水の前で立っています。

 ……と言いますが、わたくし達が来た方向ではなく、反対側に堂々と立っていらっしゃるので、雰囲気がグダグダです。

 あの編入生は空気が読めないのですわね。

 わたくし達の教室や王族専用の個室がある方向の、反対側で待つ理由は何ですの?

 場所の把握が出来ていませんの?

 眉を寄せていると、アルパイン様が宥めるように肩をぽんぽんとして下さいました。

 とりあえず、わたくしが大人になって、反対側に行きましょうか。

 反対側にいる編入生のチェルシー・ダフニーの方に行くと、あちらが気付いて、ニヤリと笑いました。


「待っていたわ! イェーナ!」


 呼び捨てにするチェルシー・ダフニーに、わたくしとアルパイン様の顔が一瞬、しかめます。


「……用件を聞く前に、一つ、いいかしら?」


 扇を広げ、チェルシー・ダフニーにわたくしは優雅に貴族の令嬢らしく笑います。


「な、何よ!」


「貴族を呼ぶ時は、名前を呼ばずに、家名で呼ぶのが常識ですわ。ましてや特別に名前を呼ぶことを許している、または友人ならともかくとして、わたくしは貴女と友人でもない。ただの同級生ですわ。わたくしを呼ぶなら、シャトルーズ侯爵令嬢と呼んで下さる?」


「ひどいっ! あたしはイェーナのことをお友達と思っていたのに! そんなことを言うなんて!」


 目を潤ませて、チェルシー・ダフニーはわたくし、というより、隣にいて下さるアルパイン様に向かって言います。

 成程、そうやってまずはアルパイン様から魅了魔法を使う気なのですね。


「わたくしは貴女とちゃんと言葉を交わしたのは、突然、わたくしに『何故、自分の友人にならないのか』と仰った時だけですわ。それからは全く言葉を交わしていないのに、何故、もう友人になっているのです? わたくしは友人になりましょうとか言った覚えはございませんわ」


「と、友達は友達になろうって言ったら、もう友達になるものでしょう! あたしのお友達はそうだもの!」


 チェルシー・ダフニーが駄々を捏ねるように、わたくしに言い返します。

 それは、貴女が魅了魔法を使いながら言うからそうなるのでしょう? と言い返したくなりますが、それを言ってしまうと、ヴァル様が恐らく考えていらっしゃることが水の泡になりそうな気がするので言いません。

 同じことを考えているのか、アルパイン様もぐっと何かを堪えるように口を結んでいます。


「……友人になろうと仰るなら、相手もなろうと言わない限りなれませんわ。お互いが同意するものではなくて? 少なくとも、わたくしはそうしていますわ。貴女の友人はそうかもしれませんが、わたくしは貴女の友人になろうと思いませんわ」


 溜め息混じりにわたくしが伝えると、何故か、チェルシー・ダフニーが狼狽えました。


「な、何でよっ! イェーナはあたしのお友達になるんでしょう! だから、ここに来たのでしょう?!」


「……何故、ここに来たら、わたくしが貴女の友人になると思っていますの?」


「手紙を読んでくれたから、ここに来たのでしょう?!」


「意味が分かりませんわ。手紙には友人になろうと一言も書いてありませんでしたわ。『あなたの秘密をあたしは知っている。ヴァーミリオン王子に知られたくなければ、明日の放課後、魔法学園の中庭で待ってる』と書いてありましたから、その意図を知るために来ただけですわ」


「いと? イェーナも糸が好きなの?」


「はぁ?」


 思わず、声が出てしまいましたわ。

 そういえば、以前、ヴァル様も話が通じないと仰っていたことがありましたわ。

 しかも、同じく意図は何か、と聞いたら糸が好きなのかと返してきた、と。

 話の通じなさに、イライラして来ましたわ。

 とりあえず、糸好き女は無視して、話を進めましょう。


「……貴女、まさかとは思いますが、手紙でわたくしの秘密を知っている、ヴァーミリオン殿下に知られたくなければと脅して、わたくしと友人になるつもりでしたの?」


「な、何で分かって……」


 図星だったのか、チェルシー・ダフニーは先程以上に狼狽えました。


「……それは友人でも、何でもありませんわ。ただの脅迫して言う通りにさせているだけの、つまらない関係ですわ。そんな友人など、わたくしには不要ですわ。何より、わたくしには既に掛け替えのない、とても大切な友人達がいます。友人になろうと言いながら、人の弱味を握ろうとする者など、わたくしは認めません。何より、わたくしはシャトルーズ侯爵家の長女です。平民だからと差別する気はありませんが、相手の家格、素性等を無視するような無遠慮な者を友人と認めませんわ」


 扇をぱんっと閉じて、わたくしはチェルシー・ダフニーに言い放ちます。


「ヴァ、ヴァーミリオン王子に知られてもいいのね!」


「あら。ヴァーミリオン殿下はご聡明なお方ですからね。わたくしのどの秘密を貴女が知っているのか分かりませんが、殿下は既にご存知ですわ」


 貴女の思惑もね。と言いたいところですが、不要な情報を相手に渡す気はさらさらありませんわ。

 とりあえず、今は何の意図でわたくしに近付いたのかが分かればいいですわ。

 何となく、ヴァル様に近付くために周りから崩すつもりなのかなと感じてはいますが。


「それに、わたくしにはヴァーミリオン殿下にも、隣のわたくしの婚約者のアルパイン様にも知られたくない秘密なんてございませんから悪しからず」


「……イェーナの初恋が、ヴァーミリオン王子って、あの女は知ってるの?」


 唸るような声で、チェルシー・ダフニーはわたくしに返します。

 確かにウィスティ様にはお伝えしていません。多分、何となく勘付いていらっしゃる気はしますが。

 ウィスティ様は恋のお話が大好きですから。

 成程。そうやって揺さぶる気ですのね。

 アルパイン様が静かにそっと手を握って下さいました。それだけで、負ける気がしませんわ。


「知りませんわ。でも、別に知られても問題ありませんわ。わたくしには大好きな婚約者のアルパイン様がいらっしゃいますし。なので、後でわたくしがヴァーミリオン殿下の大切な婚約者様であるウィステリア様にお伝えしても、どうということはありませんわ」


 敢えて、ウィスティ様のことを、ヴァル様の大切な婚約者様と表して返すと、苦虫を噛み潰したような顔でチェルシー・ダフニーはわたくしを見ました。


「くっそ、リア充爆発しろ!」


 聞いたことがない、不可解な言葉を発しながら、チェルシー・ダフニーはわたくしを睨みます。


「――だから、よくお聞きになりましてね、チェルシー・ダフニーさん? わたくしの大切なご友人である、お二人のお心を害すような貴女の友人にわたくしがなるだなんて、世界が滅んでもあり得ませんわ!」


 目の前で睨むチェルシー・ダフニーを、わたくしも睨み返します。

 腕を組んで、扇を右手に持って優雅に令嬢らしく微笑みます。

 隣ではアルパイン様が腰に手を回して、穏やかに、わたくしに向かって微笑んで下さいます。

 アルパイン様が隣にいらっしゃるから、チェルシー・ダフニーの言葉に心が揺れることなく、冷静に対応出来たと思います。

 恐らくですが、心が揺れると、魅了魔法に掛かりやすくなるのでは、と何となく感じます。

 先程から、この目の前の人はずっと魅了魔法を掛けているような、魔力を感じますから。


「……おかしい……。だって、イェーナは、乙女ゲームで、あたしのお友達になるはずなのに、何であの女から離れないのよ……」


 小さく呟く声で、爪を噛みながら、チェルシー・ダフニーの目が泳ぎます。

 乙女ゲーム? 何ですの、それは。

 聞いたことがない言葉に眉を寄せます。


「……何で、何で、何で、あたしのお友達にならないのよ、イェーナ!!」


 睨む、というより、懇願するようにチェルシー・ダフニーがわたくしを見つめます。

 見つめられても、わたくしは揺らぎません。

 何故なら、そう言いながら、チェルシー・ダフニーは魅了魔法を使い続けていますもの。

 演技派ですわね。


「だから、言いましたでしょう? 相手の家格、素性等を無視するような無遠慮な者を友人と認めません、と。もっと、分かり易く言いましょうか? 相手の気持ちを察さずに無視して、友人となるのは当然と勝手に決めつける人と友人になりたくありませんわ!」


 冷めた目で伝えると、チェルシー・ダフニーは身体を震わせました。


「……何で、あたしの魅了が効かないのよ……」


 本当に小声で、チェルシー・ダフニーが言います。

 小声でも、世界で禁止されている魅了魔法を使っていることを言わない方がいいですのに。魅了魔法を使う側が動揺して、どうしますの。魔法が苦手なわたくしでも、チェルシー・ダフニーの魔力がぶれぶれになっているのが分かりますわ。

 情報になるものはこれ以上、ありませんわね。


「もう話はこれでいいかしら? わたくしはこれからも、貴女の友人になるつもりは一切ございませんから。それでは失礼致しますわ」


 優雅にカーテシーをして、アルパイン様と共に、チェルシー・ダフニーを残して、この場から離れました。








 謎の呼び出しが終わり、わたくしはアルパイン様のお家のシュヴァインフルト伯爵家の馬車の中で、盛大な溜め息を長く吐きました。


「……もう、何なのですの。あの編入生は……!」


「頑張ったな、イェーナ」


 穏やかに微笑んで、アルパイン様はわたくしの頭を撫でて下さいました。

 この方は二人きりの時は、このように甘いのです。

 話によると、ヴァル様がウィスティ様に二人きりの時にそうなさっていると聞いたらしいアルパイン様が、真似ていらっしゃるようです。

 不満はありませんわ。

 だって、ヴァル様とウィスティ様の仲睦まじさは憧れですもの。

 真似から、そこから自分達のやり方を目指せばいいのですから。


「アルパイン様がいて下さったからですわ。ありがとうございます。いて下さらなかったら、もしかしたら、あの編入生の魅了魔法に掛かったかもしれませんわ……」


「魔力が流れてたからな。俺はずっとヒヤヒヤしてた。イェーナが魅了魔法に掛かるんじゃないかって」


 手を握って、アルパイン様がわたくしを見つめます。少し、アルパイン様の手が冷たくて、心配して下さったのだなと分かります。


「それはアルパイン様もですわ。ずっと静かでしたもの。わたくし、隣で実は魅了魔法に掛かってましたとなったら、どうしましょうと思っていたのですよ?」


「いや、イェーナの舌戦が凄いから、俺が入る余地がなかったんだ。昔からヴァル様やウィステリア様をお守りするために牽制していたから、口ではイェーナには敵わないなと改めて思った」


「あら、言葉ではいくらでも武装出来ますけれど、わたくし、非力な令嬢ですわよ。行動に移されたら、わたくしもすぐ対応出来ませんわ」


「そのために俺がいるんだ。だから、あの編入生が何かして来たら、すぐ対応出来るように構えていた。イェーナが非力なご令嬢なのは俺も知ってる。イェーナは大切な友人達のために動くから、それを守るのが俺の役目だと思ってるよ。イェーナも何だかんだで、ヴァル様に似てるし。類は友を呼ぶのかな」


「アルパイン様もヴァル様に似てますわ」


 口を膨らませて、わたくしは恥ずかしくてそっぽを向きました。


「それは、何だか嬉しいな。ヴァル様みたいな強い人を目指してるから」


「なれますわ。アルパイン様なら」


 そう言って、わたくしが微笑むと、アルパイン様は顔を真っ赤にしました。

 普段は格好良いのに、そういうところはとても可愛いなと感じながら、頬に軽く口を付けました。









 そして、次の日。

 わたくし達は今日の出来事を報告し、その後、ヴァル様からとんでもないブーメランが返ってくるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る