第70話 冒険者登録

 俺の髪と目の色も決まり、バイコーンの角を狩りに一緒に行く友人達も決まり、早速、王都の冒険者ギルドへ向かう。

 ヘリオトロープ公爵に、魅了魔法を可視化出来る魔導具を作るための素材集めに行くことを伝えると俺自ら行くのかと呆れられたが、王城にいる者で、仕事がそんなに多くない、信用出来る人が思い浮かばない俺としては、信用出来るのは自分や友人達しかいなかった。

 その旨を伝えると、納得するしかなかったようで、ヘリオトロープ公爵は許可を出してくれた。

 そして、王城から出る前に、ヘリオトロープ公爵から、くれぐれも冒険者の態度に、頭に血が上って、召喚獣共々、冒険者ギルドを半壊にしないで欲しいと懇願された。

 ヘリオトロープ公爵は俺を何だと思ってるんだ。

 一応、俺も第二王子だ。

 他所の、しかも民間の施設を半壊にする訳がない。

 ウィステリアに対して何もして来なかったら、俺も流石に頭に血は上らない。



 そう思った時もありました。



「――それで? 私を女性だと言う者はまだいるのか?」


 鋼の剣に擬態したフラガラッハを左手に、冷めた目で転がっている周囲の冒険者達とまだ立っているというか、立ち尽くしている冒険者達に言う。


 他にも頭に血が上ることがありました。

 所謂、地雷だ。




 この出来事は少し前まで遡る。



 王都の冒険者ギルドに俺達は向かう。

 向かう理由はヘリオトロープ公爵から、素材集めをするなら、冒険者ギルドで冒険者の登録をしておいた方が、素材の所有権等で揉めなくていいし、冒険者達の狩り場を侵犯しなくて済むかららしい。

 王都の冒険者ギルドは、王都の中央にある大きな噴水を中心に、西に飲食を含む様々な店がある商業区の中にある。

 武器や道具を買いやすい場所に冒険者ギルドがあることで、商業区は冒険者も多い。

 前回のお忍びデートでは気付かなかったが、よく見ると冒険者と巡回している騎士の率が高い。お互いに治安を守っているようにも感じる。

 官と民で上手く成り立っていて、王都の冒険者ギルドのギルドマスターの手腕が見て取れる。


「どうした? ヴァル」


 冒険者風の軽装をしているディジェムが、同じく軽装をしている俺を見る。


「いや、治安の守り方が面白くて、将来のことを考えると参考になるなと思って」


「確かにな。そういえば、ヴァルは冒険者ギルドに登録って初めてだよな?」


「そうだね。ディルは登録してるんだっけ?」


「ああ。エルフェンバイン公国でな。世界共通の身分証明書のようなものだから、便利だよな。一応、あっちのギルドマスターには第三公子って伝えているが、ディルって偽名で登録させてもらった。ヴァルは偽名で登録するのか?」


「……そこなんだよね。ヴァーミリオンで登録すると面倒しかないし、かといってヴァルで偽名で登録するとそれはそれで面倒だよなぁと思って」


「面倒? 何でだ?」


 首を傾げながら、ディジェムが俺を見る。


「面倒な平民がいる王都で、ヴァルの名前で登録すると、冒険者ギルドにもやって来るんじゃないかと思って」


「あー……そうだな。確かにそうだよな。じゃあ、他の偽名を考えるか?」


 眉を寄せて、溜め息混じりにディジェムが言う。


「ヴァル以外の偽名だと、呼ばれた時に反応出来るかどうかなんだよね……」


 一瞬、前世の名前を偽名にすることも考えたが、それこそ、チェルシー・ダフニーに転生者がいることが分かってしまう。

 結局、偽名はヴァーミリオンの愛称のヴァルしかない。


「……ヴァルしかないよね、結局のところ」


 大きな溜め息を吐いてると、王都の冒険者ギルドに着いた。

 王都の冒険者ギルドというだけあって、建物自体が大きい。

 ヘリオトロープ公爵の話によると、王都の冒険者ギルドは冒険者登録をする者が多く、適性審査もあるため、訓練としても使える闘技場が併設してあるそうだ。闘技場の大きさはフィエスタ魔法学園よりは小さいが。


「ヴァル様。王都の冒険者ギルドのギルドマスターは私の叔父なので、心配されなくても大丈夫ですよ。父を通して、ヴァル様達が行くことは伝えてますから」


 レイヴンが俺に爽やかに微笑んで伝える。

 彼にも愛称で呼ぶように先程伝えた。姿を忍んでいるのに、ヴァーミリオン殿下と呼ばれたら、完全にバレるじゃないか、ということで。もちろん、サイプレスにも愛称で呼ぶように伝えている。


「あ、レイヴンの叔父さんがギルドマスターなんだ。それなら安心だ。レイヴンも冒険者登録してる?」


「はい。学生時代に冒険者登録して、休みの時に鍛練も含めて、よく魔物と戦ってました。流石に強い魔物の相手は出来なかったので、ゴブリンとかオークとかですけど」


「成程。だから、討伐戦の時に志願してくれたのか」


「それもありますが、一番の理由は以前お伝えした通りですよ」


「そうか。冒険者登録してくれてる友人達がいると、俺も安心かな。初めてだしね」


 冒険者ギルドの中に入る。


「叔父に声を掛けて来ますね」


 レイヴンは爽やかな笑みを浮かべ、受付の女性に声を掛けに行った。


「うん、宜しく」

 

 足を踏み入れると、前世で漫画やアニメでよく観ていたような、がたいの良い男性の冒険者達や、俺から見ると無駄に露出の高い服を着た女性の冒険者達が依頼が書かれている掲示板を見ていたり、受付で依頼を請け負ったり、買取窓口で素材を買い取ってもらったり、隣に併設している食堂で食事やお酒を飲んでいる。

 おお、本当に前世の漫画やアニメでよく観たヤツだ。

 ……ということは、絡まれるフラグ立つよなぁ。


『絡まれるのは恐らくリオンだぞ。分かっていると思うが』


 俺の右肩に乗っている紅がぼそりと念話で呟く。


『うん、分かってるよ。この友人達の中で巻き込まれ体質なのは俺だけだし』


 溜め息を吐くと、隣にいるウィステリアが小さく笑った。多分、紅との念話で何かを察したようだ。


「ウィスティ。念の為、ディルやオフィ嬢のところに移動してて。多分、後で絡まれると思うから」


「……そうですよね。そういうフラグありますものね……。あの、怪我だけはしないで下さいね」


 苦笑いをして、ウィステリアが見上げる。

 そのウィステリアも、今は前回のお忍びデートと同じく、魔力で茶髪に変えている。


「気を付けるよ」


「ヴァル様。叔父がお会いしたいそうなのですが……」


「そうか。行こう」


 レイヴンに案内され、冒険者ギルドの二階にあるギルドマスターの部屋に向かう。それを冒険者達が見ていたのに気付き、また溜め息が漏れた。

 二階のギルドマスターの部屋に入ると、中黄色の髪、レイヴンやデリュージュ侯爵と同じ薔薇色の目の男性が立っていた。顔もデリュージュ侯爵に似ている。


「初めまして、ヴァーミリオン殿下、ディジェム公子殿下。ヒュアラン・ポルネオ・デリュージュと申します」


 頭を下げ、ギルドマスターのヒュアランが爽やかに微笑む。甥のレイヴンと微笑み方が似ている。


「初めまして。デリュージュ侯爵とレイヴンにはいつもお世話になっています。お忍びで来ているので、髪と目を変えていて申し訳ありません」


 素直に謝ると、ヒュアランが慌てた。


「い、いえ。お話するのは初めてですが、ヴァーミリオン殿下を実は何度かお見掛けしていましたし、事情は兄と甥から聞いておりますので謝らないで下さい。この度は冒険者登録とお聞きしましたが、何か理由がおありなのですか?」


 ソファに勧められ、俺とディジェム、ウィステリア、オフェリアが座る。ハイドレンジア、ミモザ、ヴォルテール、グレイ、アッシュ、レイヴン、サイプレスが俺達の背後にずらっと並んで立つ。凄く圧力を感じる。


「ある魔導具を作る際に、必要な素材を集めるために今回、冒険者登録に伺いました。すぐ登録出来るのでしたら、そのままその素材を集めに行こうかと思っています」


「成程……。ちなみに、必要な素材というのはどのようなものですか? あれば、すぐお持ちしますので、わざわざ冒険者登録をなさらなくても……」


 王族の、しかも国王が溺愛していると噂もある第二王子が軽い気持ちで冒険者登録に来ていると思っているのか、言葉を濁しながらヒュアランが俺を見る。

 軽い気持ちには近いが、別に冒険者を軽んじている訳ではない。むしろ、冒険者達が魔物を狩ってくれているから、国民は安心して生活出来ている。

 もちろん、騎士や魔術師達も魔物を退治しているが、毎日している訳ではない。

 だから、カーディナル王国を守るためには騎士、魔術師はもちろん、冒険者も必要だ。

 そんな冒険者を王族が軽んじることは出来ない。


「バイコーンの角です。それと、私は軽い気持ちで冒険者登録に来た訳ではありません。冒険者登録するのなら、今後も冒険者として、魔物を狩るつもりですし、緊急の魔物を狩る要請があった場合はすぐに赴きます」


 ほんの少しの殺気と笑顔を浮かべると、ヒュアランがピクリと反応した。後ろでは、レイヴンが焦っている。


「……大変、失礼なことを申しました。非礼をお詫び申し上げます」


「いえ。私もお忍びで来ていますので、気になさらないで下さい。ギルドマスターとして、他の冒険者の方々と同じように接して頂けると助かります」


「……では、そのようにさせて頂きます。バイコーンの角は今、このギルドにも在庫がありません。ですので、殿下の必要な数以外はこちらで買い取らせて頂けると助かります。それと、冒険者登録ですが、ご存知のように適性審査をさせて頂きます。殿下以外ですと、どなたが冒険者登録をなさいますか?」


「ディジェム公子は自国で冒険者登録していますし、レイヴンも冒険者登録をしていますので、それ以外の全員で登録をさせて頂こうと思っています」


 笑顔で答えると、ヒュアランは頷いた。


「分かりました。でしたら、早速、適性審査の準備をしましょう。その間に、登録の書類をご記入と、注意事項に目を通しておいて下さい」


 ヒュアランは立ち上がり、登録の書類を人数分渡し、自分の秘書らしき女性を呼び、適性審査の準備をするように指示した。





 それから、登録の書類を書き終え、注意事項もじっくり読んで、俺達はヒュアランの案内で適性審査をする会場――闘技場に向かう。

 そこには既に何人かの冒険者が待っていた。

 男性、女性それぞれこちらの人数と同じ人数がいて、それぞれが審査官として審査をしてくれるようだ。

 それとは別に冒険者達が見物客として観客席にいる。

 そして、貴族とは違い、不躾に俺やウィステリア、オフェリア、ミモザを舐めるように冒険者達が見ている。それに過剰に反応したディジェム、ハイドレンジア、ヴォルテール、グレイ、レイヴンが殺気を出している。


「……不敬ですし、不快ですね。我が君はもちろん、女性の方々を見つめる目を潰したいですね」


 ハイドレンジアがぼそりと呟く。


「ハイドレンジアもか? 俺もなんだ。フェリアやウィスティ嬢、ミモザ嬢、ヴァルを見る目を潰したくなる。冒険者登録してなかったら、俺も潰せたのに」


「……こちらから手は出さないでね。出すと面倒だから。あちらから出して来たら、自己責任だから後悔させても構わないけど。ただ、ウィスティを見た奴の目は潰すよ」


 苦笑いしながら、一応、ディジェムとハイドレンジアを含む殺気を放ってる五人に伝える。


「ヴァルが手を出す気満々じゃないか……」


 ディジェムがぼそりと突っ込んだ。

 どのみち、俺にフラグが立ってるし。


「私としては、冒険者より、逆鱗に触れた時のヴァル様が一番、怖いのですが……」


 アッシュもぼそりと呟く。

 一回目の模擬戦のことを思い出したのか、顔色が少し悪い。


「場合によっては、アレよりひどいことになるだろうね」


「そうですよね……。私達より大人ですし、冒険者の方も無謀なことはしませんよね。冒険者の方がヴァル様の逆鱗に触れないことを祈ります」


 願望に近い声音で、アッシュが呟く。

 あ、これはフラグが盛大に、大きく立った気がする。


「皆さん、今から適性審査をさせて頂きます。それぞれ審査役の冒険者が皆さんに一人つきます。順番に担当の審査官と戦って攻撃を五回当てて下さい。当てられなかったら冒険者登録は出来ませんのでご注意下さい。攻撃は武器でも魔法でもどんな攻撃でも構いません」


 ヒュアランがそう言うと、審査役の冒険者が俺達の前に立つ。


「それでは順番にどうぞ」


 ヒュアランが号令を出すと、ウィステリアから順に審査が始まる。

 立った場所が悪かったのか、俺は最後だった。

 ああ、これもフラグだなぁ……。

 順番に進んでいき、順調に攻撃を五回当てられているので、ウィステリア達の冒険者としての登録が完了していく。

 そして、俺の順番になると、担当してくれる緑色の髪をした穏やかそうな二十代後半くらいの冒険者がこちらを凝視してきた。


「……一つ聞きたいんだが、君は女? 男?」


「男だが?」


 相手の言葉遣いより、内容につい、殺気と睨みを込めて即答する。


「本当にか? 君の綺麗な顔が冒険者になることで怪我してしまうのは勿体ない。今からでも遅くない。冒険者になるのはやめた方が……」


 何で、初めて会ったばかりの男にそんな心配をされないといけないのか。

 まぁ、表情から見ると、親切心なのは分かるが。

 冒険者の言葉が聞こえたらしい、ハイドレンジアがつかつかとこちらに近付いて来るのが見えた。

 過保護な側近が殺気を放ってる。


「親切にどうも。だが、私は男だ。顔に傷が付こうが関係ないし、冒険者を諦める気はない。審査を始めてくれ」


 腰に佩いている鋼の剣に擬態したフラガラッハを鞘から抜き、左手で持つ。

 クラウ・ソラスは魔法学園でも見せているので、そこから俺の素性がバレてしまう。そうなる訳にはいかないので、今は短剣に擬態している。

 どちらの剣も普段から擬態しているけど、フラガラッハを使う機会がなかったので今回は使いたい。


『流石に、僕の本気をリオンに出してもらう訳にはいかないよね?』


『まぁ、駄目だろうね。君の本気を俺が出すと、この辺一帯が荒れ地になるし。いきなりどうした?』


『うん、目の前の冒険者はともかく、周りの冒険者達のリオンを見る目がとっても不快。こんなに露骨に不快な目でリオンを見る連中の目を潰したくなる』


『物騒だな、鴇。気持ちは有り難いけど。今後、会うかもしれない連中だから、もし、何か言ってきたりしたら、ちゃんと抗議して謝ってもらうくらいはさせるよ。物理で』


『……リオンも大概、物騒だぞ。気持ちは分かるがな』


 紅が静かに念話で突っ込んだ。


「……分かった。審査を始める。冒険者は自己責任だ。だから、後悔するなよ」


 緑色の髪の冒険者は少し申し訳なさそうに俺に言って、剣を構えた。

 相手が構えたと同時に俺は素早く動き、相手の剣に攻撃を四回当てて、最後の一回は特に力を込めて、鋼の剣を振り下ろした。その勢いで、緑色の髪の冒険者が吹っ飛んだ。


「これでいいか?」


 緑色の髪の冒険者に向かって、静かに言い放つ。

 恐らく、立ってしまったフラグはまだ折れてないと思うけど。


「あ、ああ。合格だ。君は強いな」


 苦笑して、吹っ飛んで尻餅をついた緑色の髪の冒険者は立ち上がる。


「ちょっと、待ってくれ!」


 闘技場の観客席から、がたいの良い、男が羨むだろう筋肉をした四十代くらいの冒険者が俺に声を掛けた。

 俺が羨む筋肉は剣の師匠のシュヴァインフルト伯爵だけど。伯爵の無駄のない、引き締まった筋肉は惚れ惚れする。俺も欲しかったなぁ。


「他のお仲間の実力は認めるが、あんたの実力はよく分からん。もう一度、試させてくれ。マートルは優しいからな。マートルが手加減してるようにも見える。俺が相手になる」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて、四十代くらいの冒険者が俺に言う。その冒険者の周囲には同じ笑みを浮かべる冒険者達がいる。


「お、おい、リーダー! やめとけ! 彼は本当に強い。むしろ、俺より彼の方が手加減していた! ついでに彼を怒らせない方がいい!」


 緑色の髪の冒険者はマートルというらしく、彼は俺の実力が分かったのか、慌てて四十代くらいの冒険者を止める。


『……ほぅ。あの五撃でリオンの実力に気付いたのか。あの者、良い目と勘をしている。リオンを怒らせるのは危険だというのも分かるのもいいな』


 感心するように、右肩に乗る紅が呟く。


『まぁ、しょうがないよね。この流れ、完全にフラグだし。リオンが相手してあげて、相手を地面とお友達にすればいいんだよね? 僕も協力するよー』


『私も協力したいけど、バレて後手に回るのは悪手だしなぁ。リオン、私は念の為、周りを見ておくよ。うっかり、あの女とか来ても困るしね!』


 この場にそぐわない、明るい声で鴇と蘇芳が念話で言う。聞こえるのは俺と紅、蘇芳、鴇だけだけど。


「別に構わない。そんなに異を唱えたいのなら、思ってる全員相手にするが?」


「言うじゃねぇか。あんた、女なんだろ? 威勢の良い女は嫌いじゃないぜ」


 四十代くらいの冒険者がニヤニヤと下品に笑って言う。

 俺が冷笑すると、ディジェム達、俺の友人や側近達に緊張が走った。特に、アッシュは一回目の模擬戦を思い出したのか、顔が青い。


「ギルドマスター」


「はい」


「確認ですが、冒険者同士の対決は自己責任で良かったですよね? それと、ギルドマスターご自身は今からのこと、止めるつもりはないですよね?」


「え、ええ……。冒険者は自己責任が常ですから」


「でしたら、これから起きることも彼等の自己責任で、万が一、この闘技場の何かが破壊されても、あちらが喧嘩を売ってきた訳ですから、私に非がないことで宜しいですか? それと、これは謝っておきます。数日間、王都の冒険者の大半は使い物にならないと思いますので、その間に討伐依頼がある時は私に言って下さい」


 ちょっと、いや、かなり暴論だけど、そこまで言質を取っておかないと、後で色々言われるのは困る。俺にマズイ言葉を言ったら、こうなると教えておかないと、毎回破壊することになるし、冒険者が使い物にならなくなる。

 それこそ、冒険者登録が出来なくなるのは困る。

 なので、ギルドマスター含む冒険者達に、俺に言ったらマズイ言葉を身を以て知ってもらうしかない。前世で知ったパブロフの犬作戦だ。


「そ、そうですね。今回は私も聞いてますので」


 ヒュアランは多分、俺の雰囲気に飲まれたのか、何も考えずに頷いたように見えた。

 よし。言質を取った。ついでに、魔導具で録音もしている。これで言い逃れは出来ない。

 これがヘリオトロープ公爵だったら、こうはならないなと思いつつ、四十代くらいの冒険者とその周囲に立つ冒険者達を見据える。 


「全員、相手してやるから、来いよ」


『……アルジェリアンの真似をするな、リオン。そんな口調、普段から使わないだろう……』


 左手に鋼の剣に擬態したフラガラッハを持ち、右手で煽るように挑発する。普段言わない口調で言うと、紅が念話で突っ込んだ。


『父様の口調を真似した方が挑発しやすいから、つい……。あと、一度言ってみたかったんだ』


 念話でほんの出来心だと伝えると、紅が溜め息を漏らした。

 ああいう、男らしい言葉遣い、一度は憧れるじゃないか。

 しかも、父親になるはずだった人だ。息子になるはずだった俺としては憧れる。

 それはさておき、すんなり挑発に乗った冒険者三人が前に出た。

 挑発に乗った冒険者三人が同時に俺に攻撃してくるのを躱した後、三人に回し蹴りをして吹っ飛ばし、素早く近付いてフラガラッハの柄で首元を叩いて沈める。


「終わりか?」


 俺の動きを見て、固まる冒険者達に尚も煽る。

 頭ではなく、筋肉を鍛えすぎたようで、冒険者達はしっかり俺の挑発に乗って、今度は五人が同時に攻撃してきた。

 それをまた躱し、左手のフラガラッハと蹴りを駆使して、一人また一人と地面とお友達にしていく。

 どんどん冒険者達を地面とお友達にしていくと、筋肉を鍛えられなかった方の冒険者達が俺に魔法を仕掛けてきた。

 発動する前に俺が発動点を潰し、怯んでいる間に近付いて、彼等も地面とお友達にしていく。

 冒険者ギルドの闘技場の地面は、半日でお友達がたくさん出来たようだ。闘技場が嫌だったら申し訳ないが。


「やるじゃねぇか。今度は俺が相手してやる」


 先程の四十代くらいの冒険者がニヤニヤと変わらず笑う。

 大きな斧を右肩に担ぎ、四十代くらいの冒険者が俺を見下ろす。

 がたいが良くて、羨ましい筋肉から繰り出す斧の攻撃はどんなものだろうか。

 剣の師匠のシュヴァインフルト伯爵の大剣での攻撃は重く、そのスピードは前世でちらりと聞いたことがある、物理系の法則無視してないかと思うくらい速い。未だに往なすのが大変で、そこからの俺の攻撃も不意を突かないと剣の師匠に防がれる。

 そんな訳で、がたいの良い人の攻撃イコール、シュヴァインフルト伯爵みたいな重くて速い攻撃と思って疑わないでいる俺の表情は変わらず冷笑しているが、内心は少しわくわくしている。が、相手は怯まないこちらに対して、眉を寄せた。

 怯えると思っているのだろうか。


『こいつ、単純な性格みたいだね。がたいが良いからこっちが怯えると思ってるみたいだよ。失礼極まりないよね』


 鴇が不満そうに念話で呟いた。

 鴇の言葉に、誰にも分からないくらい小さく苦笑して、俺は四十代くらいの冒険者の攻撃を待った。


「攻撃が当たっても泣くなよ……っ!」


 斧を力任せに振り下ろすのを、左手の鋼の剣に擬態したフラガラッハで防ぐ。


 ……軽い。


 シュヴァインフルト伯爵の大剣での攻撃を防ぐ時は、必死に両手で柄を握って踏ん張って防ぐのだが、四十代くらいの冒険者の斧の攻撃は左手で十分だった。

 肩透かしを食らった気分の俺は、内心、見掛け倒しか、と落ち込む。

 簡単に防がれると思っていなかった四十代くらいの冒険者は瞠目する。


「……紛れだろ」


 攻撃を防いだのは紛れだと思ったようで、四十代くらいの冒険者は尚も斧を振り回す。

 左手の鋼の剣に擬態したフラガラッハで攻撃を何度も防ぐと疲れたのか、四十代くらいの冒険者は息を荒くした。


「俺の攻撃を全て防いだ、だと?!」


「……防ぐも何も、単調な攻撃に何故、当たらないといけない?」


 見掛け倒しだったので、溜め息を混じりに言うと、挑発と受け取られたようで四十代くらいの冒険者が顔を真っ赤にして更に攻撃して来た。が、単調な攻撃は変わらず、斧を振り回すだけだった。

 盛大に溜め息を吐き、防ぐだけだった俺は反撃に出ることにした。

 振り下ろす斧をフラガラッハで受け止め、それを少しずらすと、重心がずれたことで四十代くらいの冒険者はたたらを踏む。俺がそれを見逃す訳はなく、斧を弾き返し、鍛えられた腹を蹴る。

 よろけるだけかと思ったら、吹っ飛んでいった。

 拍子抜けだった俺は溜め息を吐き、周囲を見渡す。


「――それで? 私を女性だと言う者はまだいるのか?」


 鋼の剣に擬態したフラガラッハを左手に、冷めた目で転がっている周囲の冒険者達とまだ立っているというか、立ち尽くしている冒険者達に言う。


「……悪い。俺達が悪かった。あんた、貴族で綺麗な顔してるのに、強いな。あ、いや、本当に綺麗な顔なんだよ、あんた。そこらの美形が霞むくらいにさ」


 周囲に転がっている冒険者達のリーダー格だったらしい、吹っ飛んだ四十代くらいの冒険者が起き上がって謝ってくる。まだ綺麗な顔とか言うので冷めた目で睨むと、慌てて弁解する。


「と、とにかく、あんたを侮ってしまったのは悪かった。俺等はあんたの実力をちゃんと認める」


 四十代くらいの冒険者が言うと、同意するように周囲の冒険者達が高速で縦に振る。


「あ、俺の名前はオーカーだ。王都の冒険者ギルドに所属している。あんたの名前を聞いていいか?」


「――ヴァルだ。偽名なのは分かりきっていると思うが、私の本名を探らないことを勧める。知れば、私より周りが動いて面倒事にそちらが巻き込まれる。口封じされないことを祈るよ」


 少し脅しじみた言葉を言うと、俺の元にやって来たハイドレンジアとヴォルテール、グレイ、レイヴンが笑みを浮かべる。

 それを見て、オーカーと名乗る四十代くらいの冒険者の顔が引き攣った。


「それともう一つ。今後、この場にいない冒険者が私や婚約者、友人達に今日と同じことをしてきたら……」


 フラガラッハを右手に持ち替えて、上下に振る。

 闘技場の奥にある、的当て用の木の人形を木っ端微塵になった。


「――次は容赦しない。その冒険者を全力で止めることを勧める」


 冒険者達が呆然と木っ端微塵になった木の人形を見つめる。

 脅しは必要だ。特に、女顔の俺を侮る者には。

 騎士団はまだマシだったことがよく分かる。まぁ、騎士団では俺が第二王子だということを知ってるから、あの程度だったのだと思う。


「それと、我が君にどのように接するのが良いかもお考えになることをお勧め致します。先程のマートル殿の接し方は良い方でしたよ」


 にっこりとハイドレンジアが言葉を接ぐ。

 ハイドレンジアから及第点をもらえたマートルは何故か、ほっとした表情を浮かべた。


「それで、ギルドマスター。私は冒険者の適性はありましたか?」


「えっ、あ、はい。もちろん……」


 呆然としているヒュアランに声を掛けると、上擦った声で頷いた。


「それなら安心しました。早速、素材集めに行きたいのですが、登録したらすぐ行けますか? 注意事項なら先程目を通したので、頭に入ってます」


「ええ。一時間後には冒険者としての証明書をお渡し出来るかと思いますので、受け取り後に行って頂いて構いません」


 淡々と俺が伝えると、ヒュアランは狼狽えた様子で頷いた。









 それから、冒険者としての証明書をもらえるまで、俺達は依頼が書かれている掲示板を見たり、ちょっとした意見交換や雑談が出来るスペースで待機している。


「……ヴァル。ちょっと聞いてもいいか?」


 ディジェムがジトッとした目で俺を見る。

 念の為、防音の結界を周囲に張る。


「何? ディル」


「さっきの戦い方は何だ? いつもの戦い方と違うが……」


「シュヴァインフルト伯爵から教わった戦い方だよ。俺の剣の師匠は俺の容姿も含めて、将来のことを心配してくれてね。三つ戦い方を教えてくれたんだよ」


「ヴァル様、どんな戦い方ですか?」


 ウィステリアが隣で上目遣いで尋ねてくる。

 先程、牽制したとはいえ、その可愛い上目遣い、こんな野郎ばっかりな冒険者ギルドでしないで欲しい。俺や友人達にしか見えないように身体を動かしてガードしましたけど!


「魔法学園とか公の場で貴族や騎士達と戦う時の見せる戦い方と、先程の冒険者や暗殺者、魔物と戦う時の実戦向きな戦い方、あとは元々の俺のスタイル、だよ」


「何でわざわざそんなことを?」


 オフェリアが首を傾げながら俺を見る。彼女の首を傾げる姿を冒険者達にやはり見せたくないディジェムが俺と同じように動く。


「……第二王子が蹴りを駆使して剣を振り回すのは一応、見た目として一部の貴族からは野蛮と思われるからね。そこから付け入られるのは宜しくないって、剣の師匠は俺を案じてくれたんだよ」


「……成程。元々のヴァルのスタイルってどんなのだ?」


「魔法と剣を混ぜた戦い方だよ。昼休憩の時に何度か手合わせした時にしてたと思うけど……」


 その戦い方はセレスティアル伯爵も混ざって子供の頃から教えてくれていたのだが、どうやらその教えてくれた魔法を含めて、色々とマズイ戦い方だったようで、ヘリオトロープ公爵があまり人前ではやらないで欲しいと魔法学園入学して二ヶ月後には止められた。その後からはあまりその戦い方はしていない。

 俺としてはとても合った、戦いやすさだったので、とてもがっかりしている。田舎の領地に行った後は解禁するつもりだ。


「あ、ああ。あのエグイ戦い方か……。ヘリオトロープ公爵が止めた気持ちは分かるわ。時間差じゃなくて、攻撃魔法と同時に剣の攻撃が来るのは無理」


 げっそりとした表情で、ディジェムが溜め息を吐いた。


「それで、ヴァル君はさっきの戦い方になったのね。冒険者の人達が青褪めるのは見ていて、可哀想に思ったけれど」


「俺が一番可哀想だよ。何で毎回、毎回女性と言われないといけないのか……。あれは冒険者達の自業自得だ」


「ヴァル君が怒るのは分かるけど、あそこまでしなくても、とつい思っただけよ。もちろん、私も頭に来たのよ。友人のヴァル君を女性と言ったり、侮ったことは」


「女性ではないと否定するのに、ヴァル様の話を聞かない、信じない冒険者の皆様が悪いと私は思いますし、ヴァル様のは正当防衛だと思いますっ」


 両手をぐっと握り、少し鼻息荒くウィステリアが俺を庇った。

 珍しいウィステリアに、ディジェムとオフェリアを含む友人達が見る。

 ハイドレンジアとミモザはうんうんと頷いている。

 ウィステリアの横顔を見て、俺は苦笑する。

 彼女は気持ちがよく分かるのだろう。

 乙女ゲームで、自分は関与していないのに、否定するのに、聞き入れられずに断罪されたから。あれはあくまで乙女ゲームのウィステリアちゃんであって、目の前の俺の最愛のウィステリアではないけれど。

 それでも自分のことのようにウィステリアは感じているのだと思う。俺は乙女ゲームの第二王子を自分のことのように感じないが。むしろ、一発どころか何発も殴りたいが。


「ありがとう、ウィスティ。まぁ、ああいう連中は一度、痛い目に遭ったら分かると思うから、次からはして来ないだろうし、この場にいなかった冒険者達が俺に絡んだらいけないというのも分かると思うから、もう起きないと思うよ」


 ウィステリアの頭をぽんぽんと軽く撫でて、安心させるように微笑む。それを見たらしい、通りすがりの冒険者の男性がひぇっと顔を赤くして小さく悲鳴を上げたのを目聡く発見した、ハイドレンジアが睨んで威嚇した。

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