第69話 狩りの準備

「で、何でまた俺達は王族専用の個室に呼ばれてるんだ?」


 ディジェムがジトッとした目で俺を見る。


「ちょっと相談したいことがあって」


「相談? 何かしら?」


 オフェリアが首を傾げながら、尋ねる。


「冒険者に興味はある?」


「あるっ!」


「ありますっ!」


 ディジェムとウィステリアが目を輝かせて、俺を見た。

 ウィステリアが可愛い。誰も居なかったら、彼女を抱き締めているところだ。

 流石、転生者でゲーム大好きだった二人だ。

 冒険者に興味津々のようだ。


「ディジェ君、ウィスティちゃん、落ち着いて。えーっと、ヴァル君、どういうこと?」


「素材を集めたいんだ」


「素材? 何のために?」


「魅了魔法を可視化出来る魔導具を作るためだよ」


 笑顔で答えると、オフェリアが俺の言いたい意図が分かったようで、納得したように頷いた。


「成程ね。二年生になったことだし、卒業パーティーまでの日数を考えたら、今から作り始めた方がいいのは確かね。でも、素材は何が必要なのかは分かるの?」


「大体は手に入ってるんだ。手に入りにくい素材が、バイコーンの角、セイレーンの涙、妖精の鱗粉、聖の精霊王の魔力を宿した魔石なんだけど、バイコーンの角以外は手に入りそうなんだ。だから、バイコーンの角を狩りに行こうかと思って、まずは三人を誘ってから、他の皆にも聞こうかな、と」


「待て待て待て。手に入りにくい素材なのに、何でバイコーンの角以外は手に入りそうなんだよ?!」


「あー……成り行きで、ね?」


 説明しようか悩んだ結果、お茶を濁そうと普段しない綺麗な笑みを浮かべる。所謂、王子様スマイルだ。


「普段しない王子様スマイルで誤魔化そうとしても、そうはいかないぞ。いつもは誤魔化されるが、前科があるからな。ヴァル、ちゃんと吐いてもらおうか」


 前世の刑事ドラマで見たような、尋問する刑事のようにディジェムが凄む。おかしいな、魔王と呼ばれている公子なのに、刑事になってる。


「犯罪をしてないのに、犯罪者みたいに言わないで欲しいな。まぁ、秘密にする程の内容じゃないから、ちゃんと説明するよ、うん」


「誤魔化そうとしてた癖に何言ってるんだよ。ヴァルは背負い過ぎなんだよ。俺達なら問題ないから、ちゃんと話せ。むしろ、話さなくて、何処かで傷付くヴァルを見たくない。前にも言っただろ、俺達に四分の一寄越せって」


 凄むディジェムの横でオフェリアが、俺の隣でウィステリアがじっとこちらを見つめる。

 居た堪れない。


『……諦めるんだな、リオン』


 俺の右肩に乗っている紅が、念話で負けを認めろと小さく笑う。勝負してないんだが。


「……手に入りそうという理由を説明すると、聖の精霊王の魔力を宿した魔石は、俺の召喚獣の聖の精霊王がくれると言ってくれて、妖精の鱗粉はタンジェリン学園長の召喚獣が妖精女王ティターニアだから相談しようかと思ってる。セイレーンの涙は成り行きで水の精霊王を召喚獣にして、水の精霊王の魔力を込めた水で代用出来るから、残りはバイコーンの角だけになったんだよね」


「あー、うん。ちょっとさ、ツッコミしてもいいか? ヴァル」


 頭を緩く振りながら、ディジェムが俺を見る。


「どうぞ」


「聖の精霊王の魔力を宿した魔石と妖精の鱗粉は、理由を聞いたら分かった。納得出来る。何で、成り行きで水の精霊王を召喚獣にしてるんだ? セイレーンの涙が何で、水の精霊王の魔力を込めた水で代用出来るんだ?!」


「俺も昨日知ったんだけど、セイレーンの涙の代用が水の精霊王の魔力を込めた水なのは、セイレーンは水の精霊の成れの果てだからなんだって。だから、水の精霊王の魔力を込めた水で代用出来るそうだよ。で、成り行きで水の精霊王を召喚獣にしたのは、五百年前に初代国王の息子として生まれるはずだった俺の妹だからだよ」


「……はい?」


 目をぱちくりと瞬かせて、ディジェムが尚も俺を見る。


「そうなるよねー。俺も昨日そうだったからね」


「いやいやいや、え? どういうことだ?」


「さらりと言っちゃうけど、聖の精霊王はカーディナル王国の初代国王で、五百年前に生まれるはずだった俺の父親で、光の精霊王は初代国王の妻でこちらも俺の母親。闇の精霊王は弟、水の精霊王は妹。ついでに一緒に火の精霊王も俺の召喚獣になったんだけど、彼は兄だよ。つまりは二代目国王だね」


 にっこりと笑顔で伝えると、ウィステリアとオフェリアが呆然とした顔で俺を見つめる。


「さらりと重要なことをぶっ込むなっ! 五百年前にヴァルが初代国王の子供として、生まれるはずだったというのは前に聞いたけどさ、何でその初代国王家族が精霊王で、ヴァルの召喚獣になってるんだよ!?」


「理由は聞けてないけど、多分、ハーヴェストが気を遣って配慮してくれたんだと思うよ。初代王妃のお腹の中で、貴族令嬢が掛けた呪いと毒を引き受けて俺が命を落としたから、家族になれなかったから、ハーヴェストが初代国王達を精霊王にしたんだと思う」


 俺の半身は俺に甘いから。俺もウィステリアと半身には甘いけど。


「過去視の権能を使って、視なかったのか?」


「まだ、なかなか制御出来なくて。不意打ちで過去の出来事を視せてくるけど、一応、今の俺は人間だから、上手く扱えてない。その不意打ちで、二百年前の聖女になれなかった少女の過去を視て、魅了魔法を可視化出来る魔導具があって、王家の禁書に作り方が載っていることが分かったけど」


「禁書……また厄介なものに載ってるんだな」


「魅了魔法は厄介だからね。憶測だけど、可視化出来る魔導具を悪用することも出来るから、禁書に載ってるんだよ」


「悪用ですか? 例えばどういう時に使うのですか?」


 ウィステリアがこてんと首を傾げて、俺を見る。

 その仕草が可愛くて、俺の少ない理性が飛びそうになるから勘弁して欲しい。


「例えば、聖女、聖人、聖職者と呼ばれる人がライバル相手を蹴落としたい時や目障りな人を排除したい時、どうする?」


 俺の問いに、三人は考える顔をする。


「どうするって、貴族と同じで濡れ衣とかを着せるんじゃないのか?」


「そういうのが多いよね。では、その方法は?」


「方法? 話の流れで、魅了魔法じゃないの?」


「魅了魔法を使える場合はね。魅了魔法を使えない聖女や聖人、聖職者は?」


「……魅了魔法を使ったと偽って、陥れるとかですか?」


 思い浮かべるように三人がそれぞれ答える。

 大体、その答えが多いと思う。


「そうだね。その際に、魅了魔法を可視化出来る魔導具があると、魅了魔法を使える使えない関係なく誤魔化せない。だから、その魔導具の作り方を失くせば作れないと考えた聖職者がいて、当時の国王が王家の禁書に作り方を載せたんだ。王家しか閲覧出来ないし、禁書に一度載せれば、もう王家を含む誰も手は出せない。必要な時にないと困るからね」


「貴族も怖いのに、聖職者も怖いな……。でも、禁書に一度載せれば手が出せないって何で?」


「昨日、俺も初めて聞いたけど、初代国王が禁書に一度載せると燃やすことも、消すことも出来ないように、当時の各属性の精霊王に力を借りて、作ったらしいよ」


 昨日、初代国王本人から聞いて驚いたのを思い出す。とんでもない物だよな、王家の禁書も。

 ある意味、王家の禁書も初代国王が作った魔導具だ。


「初代国王の召喚獣も各属性の精霊王だったのか?」


「違うよ。初代国王の召喚獣はフェニックス――紅だけだよ。各属性の精霊王には会う機会があって、その時に力を借りたみたいだよ。詳しくは聞いてないけど」


「凄いな、初代国王……。それよりも、貴族や聖職者が怖い」


「そうだね……。そういう訳で、魅了魔法を可視化出来る魔導具の残りの素材がバイコーンの角なんだけど、それを手に入れるために狩りに行こうかと思うんだけど、一緒に行く?」


「行くっ」


「行くわ」


「行きたいですっ」


 三人は身を乗り出して、俺に頷いた。


「三人共、宜しくね。あとは他の皆にも聞こうね」


「……でも、ちょっと待って。ヴァル君、その髪の色だと王族ってバレると思うのだけど……」


「うん。もちろん、髪の色も目の色も変える予定だよ。髪の色より、目の色の方がヴァーミリオンって分かるから。前にお忍びデートした時も変えたし。ね、ウィスティ」


 笑みを浮かべて、ウィステリアに顔を向ける。

 と言っても、四年前ですが。

 あれからお忍びデートしてないなぁ。したいなぁ。


「はい。そうですね! 今回は何色にするんですか?! 決まってなかったら、私が選んでも良いですか?」


 目を輝かせて、ウィステリアが俺を見つめる。


「あ、それなら、私も一緒に選んでもいい?」


「いいけど、俺のこと着せ替え人形って思ってるでしょ、オフィ嬢」


「ま、まさか。ヴァル君のこと、綺麗な着せ替え人形だなんて、お、思っていないわ。き、気のせいよ」


 目を泳がせて、オフェリアは顔を逸らす。珍しく動揺している。


「いつもより動揺しているのは何でかな?」


「ヴァル。気持ちは分かるけど、フェリアを誂わないでくれ。フェリアを誂って良いのは俺だけだから。あ、俺もヴァルの髪の色、面白そうだから選んでみたい」


 オフェリアを庇うようにディジェムが助け舟を渡し、俺に牽制する。顔を赤くしながら、ディジェムが言ってるので、ニヤニヤと俺は笑う。


「まぁ、いいけどね。ちなみに、三人は何色を選ぶ?」


「参考までに、前回は髪と目は何色だったんだ?」


「前回は髪も目も黒色だったよ」


「じゃあ、今回は黒色じゃない色がいいよな。折角だし」


「何で、そんなに乗り気なの、ディル」


「既に目がオッドアイで珍しいけどさ、色んな色のヴァルを見てみたいじゃん? 面白そうだし」


 ディジェムがきょとんとした表情で答えると、ウィステリアとオフェリアがうんうんと頷いている。

 ディジェムとオフェリアはともかく、面白そうだったからなのか、ウィステリア……。











「うーん……どれも甲乙付け難い。フェリア、ウィスティ嬢、どれが良かった?」


 場所は変わって、王城の南館の俺の私室で、ディジェムが鏡に立つ俺を見ながら、ウィステリアとオフェリアに尋ねる。


「そう、ね……。結局、どの色にしても顔に目が行くから、いっそのこと貴族の子息のお忍びという設定で、銀髪蒼眼で良いんじゃないかしら?」


「オフィ様に激しく同意なのですが、金髪碧眼も捨て難いです。ディル様はどうですか?」


「俺は暖色の逆の寒色で攻めるのも良いんじゃないかなって。蒼髪で赤眼もアリな気がする」


「あの、敢えての、王都で多い、茶髪に碧眼も良いかとわたくし思います。王都で多く、地味な色と思われるかもしれませんが、ヴァル様のお顔が映えて良いかと……」


 まさかのイェーナが挙手をして、意見する。

 映えたら、忍べないじゃないか。本末転倒になる。


「……敢えての、だったら、ウィステリア様の髪と目の色も良いと思います」


 リリーも口を開いて告げると隣のピオニーも頷く。本音はウィステリアの色だから、それを採用したいけど、多分、俺の僅かな理性が飛ぶので、却下したい。


「中性色の緑色や紫色はどうですか? 中性色なら、意外とヴァル様のお顔の印象を消せるのでは……」


 アッシュがじっと俺の髪を見ながら呟く。

 一番、アッシュが真面目に俺のお忍びを考えてくれてる気がする。


「そうですね。有彩色にするとどうしても、ヴァル様のお顔も映えてしまうので、中性色や無彩色にしてしまうのも良いように思いますね」


 アッシュの言葉にグレイも頷き、呟く。

 グレイもアッシュと同じく、真面目に考えてくれてる。俺の甥っ子になるはずだったから、グレイの頭を撫でたくなる。同い年だししないけど。


「……でも、結局、どの色にされても忍べない気がするのは俺だけですか? 王子力、入学当初より上がってますし……」


「……確かに。だから、色を変えて、ヴァル様だと分からない、何処かの貴族の子息のお忍びって設定が活きるんですよね……。僕としてはしっかり魔法でお守りしますけど」


 アルパインとヴォルテールが俺を見ながら呟く。

 結局、一周回って、最初に戻った。

 俺の近くで、ハイドレンジアとミモザ、シスル、レイヴン、ロータス、サイプレスがにこにこと微笑ましくこちらを見ている。

 俺の側近と友人勢揃いで、話が纏まらない。

 俺の同級生の友人達がやいのやいの言ってるだけで、年上組は口は挟んでいない。多分、次の機会で口を出す気だ。


「……結論からすると、俺は金髪碧眼で良いのかな?」


「いや、ホント、甲乙付け難いよな……。どの色も別の魅力があるし。ヴァルは罪深いな……」


「……君にもそっくりそのまま返すよ。ディルも試してみるといいよ。土壺に嵌まるよ」


 とりあえず、魔力で銀髪蒼眼に変えた状態で、ディジェムに言うと、彼は小さく息を飲んだ。


「……さっきは気付かなかったが、銀髪蒼眼にすると、年相応の、より女性に見えるのは何でだ?」


 そう言われて、俺はすぐに金髪碧眼に変えた。


「あ、そっちの方がまだ、年相応の貴族の子息に見える」


 まだ、ということは、女性に見えるかもしれないのか。まぁ、女顔だから、少し諦めてるが。


『……まだ諦めてなかったのか、リオン』


 俺の右肩に乗る紅が溜め息混じりに念話で突っ込んだ。

 諦めてませんが。二十代になったら、もしかしたら、少しは男性寄りの顔になるかもしれないじゃないか。

 俺は大概、往生際が悪いんです。主にウィステリアと女顔に対して。


「じゃあ、これで決まりで、軽装に着替えて、王都の冒険者ギルドで、冒険者登録……だね。それで、ウィスティ、ディル、オフィ嬢以外は誰が一緒に行く?」


「僕はもちろん、ヴァル様の護衛ですから行きますよ」


「俺も護衛ですから、行きます!」


「ヴァル様、私も行きます。グレイは行きますか?」


「あ、俺ももちろん、行きます」


 アッシュがグレイに声を掛けている。アッシュは最近、グレイと仲が良いようで、話が盛り上がっているところをよく見掛ける。俺を見ながら話すことがあるので、どんな話をしているのかちょっと気になっていたりする。


「ヴァル殿下。私とリリーはロータス兄様とシスル様と実家に行かないといけなくなりましたので、ここで帰らせて頂きます。次回は必ず魔物狩りにお供致します!」


 魔物狩りがしたかったのか、ピオニーとリリーの目が次回もありますよね、と言いたげな目で俺を見上げる。


「いや、ピオニー嬢。魔物狩りじゃなくて、素材集めだから。魔物狩りが目的じゃないから。次回があるかは分からないから」


 溜め息を吐きながら答え、シスルとリリーを見た。でも、きっとまた行くことになるんだろうな。


「……婚約白紙の撤回が上手くいくといいね」


 俺がそう言うと、シスルとリリーは頷いた。

 進級と同時に、俺はヘリオトロープ公爵と共に、魔力過多症を治すポーションをシスルの功績として、国王である父に伝えた。

 ピオニーと俺、そして、最近知ったのだが、シャモアの妹が魔力過多症だったので、シスルの作ったポーションで治ったことが分かり、父に報告した。

 それが上手くいき、シスルは子爵から伯爵に爵位が戻った。

 これで、リリーとの婚約白紙が撤回出来る可能性が見えた。

 そして、今日、シスルはロータス達兄妹の父親のドラジェ伯爵に直談判に行くことになった。

 まぁ、上手くいくようにヘリオトロープ公爵とロータスと一緒に根回しという名の脅迫じみたお願いはしたし、お膳立て出来てはいる。イレギュラーなことがなければ。そのためにロータスも行くことになったが。


「はい。しっかり説得してきます」


 シスルが決意を胸に、俺の言葉に頷く。


「ロータス、頼むよ」


 ロータスに近付き、小声で伝える。


「ヴァーミリオン様、もちろんです。お任せ下さい」


 穏やかに微笑んで、ロータスは頷いた。

 最初のあの胡散臭い笑顔は何処へ行った。神の俺がうっかり言った口説き文句を本当に忠実に守っている眷属神に内心、頭痛がする。

 シスル、ピオニー、リリー、ロータスはここで帰ることになり、名残惜しそうに四人はドラジェ伯爵家へ向かった。

 最後の一人になり、俺は彼女の方へ向く。


「イェーナ嬢はどうする?」


「ヴァ、ヴァル様。わたくしも用事がありまして、ここでお暇させて頂きます。次は絶対、参加致します!」


 イェーナも次もありますよね?! と目で俺に訴える。が、彼女の黄緑色の目は、いつもの自信に満ちた意思の強い目ではなく、少し弱く、精彩を欠いている。

 気付いているのは、幼い頃から友人として共にいる、俺、ウィステリア、アルパイン、ヴォルテール。それと俺達を幼い頃から知っている俺の側近と侍女のハイドレンジア、ミモザだけだ。


「そうか。残念だな。イェーナ嬢、次は必ず行こう。俺にとって、君は幼馴染みだから。いないと物足りない。ウィスティやアルパイン、ヴォルテールもそう思ってると思うよ。まぁ、アルパインは幼馴染みに婚約者が加わるけど」


「ヴァ、ヴァル様、そこでそれを言わないで下さい。照れます……」


 アルパインが顔を真っ赤にして呟く。イェーナも真っ赤になる。


「そういうことだから、何か困ったことがあるなら、俺達に相談して欲しいな。俺が王子だから、という躊躇いはなしでね」


 俺の言葉に、イェーナの目が一瞬揺れるが、自分の意思で踏み止まる表情に一瞬だけなるのを見逃さなかった。この子もハイドレンジア達と同じで頑なだよなぁ。


「……分かりましたわ。その時は、是非ともお話を聞いて下さいませ。ヴァル様、皆様。今日はこの辺で失礼致します」


 優雅にカーテシーをして、イェーナは俺の私室から退出した。

 イェーナの様子に気付いて、アルパインが躊躇う仕草をした。俺の護衛だから、離れられないと思ったのだろう。


「アルパイン、行って構わないよ。レンやレイヴンがいるから、大丈夫。俺には皆がいるけど、イェーナ嬢には君しかいない。何かあったら、すぐ萌黄に伝えて」


「ありがとうございます、ヴァル様。何かあったらすぐお伝え致します。皆様、失礼致します!」


 アルパインは俺達に一礼して、イェーナを追って、俺の私室から出た。


『ヴァーミリオン、俺とティアも行こう』


 俺にしか見えないように月白が現れ、念話で伝えてくる。


『お願いします。父様と母様なら安心ですが、気を付けて下さい。念の為、髪の色は変えておいて下さい。何かあったら、すぐお伝え下さい』


『分かった。任せろ』


 月白は微笑み、アルパインとイェーナの元に行くため、離れた。


「我が君、アルパイン殿とシャトルーズ侯爵令嬢は大丈夫でしょうか?」


「大丈夫。念の為、俺の召喚獣の二人にも行ってもらったから」


「それなら安心ですね」


 俺の二人という言葉を聞いて、ハイドレンジアは誰が行ったのか理解したようで、安堵の笑みを浮かべた。


「……ヴァル。俺達にはさっぱり分からないんだけど?」


「ああ、ごめん。イェーナ嬢の様子がおかしかったから、心配していたんだ。ウィスティやアルパイン、ヴォルテール、レン、ミモザは幼い頃からイェーナ嬢を知ってるから、それに過剰に反応しただけだよ」


「その割には不穏な気配だったのだけど? 何か気付いたの?」


「……多分、イェーナ嬢はチェルシー・ダフニーに呼ばれたんだと思う」


 俺の言葉に、ウィステリアが息を飲む。

 流石にそこまでは気付かなかったようで、ウィステリア、ヴォルテール、ハイドレンジア、ミモザも固まっている。


「ヴァル様。もしかして……」


 ウィステリアが俺に近付いて、震えながら小声で呟く。

 ゲームのウィステリアちゃんの取り巻きだったが、途中でヒロインの友人キャラになる、ストーリーでも何故、友人キャラになるのか一切触れられなかった出来事が今回なのだと思う。

 内容を知っているディジェムとオフェリアの顔が強張る。


「そうだけど、大丈夫。手は打ってる。安心して」


 小声で囁くと、ウィステリアは小さく頷いた。


「ヴァルの落ち着いてる様子からして、もう予測はしていたんだな?」


「予測というか、さっきの様子がおかしかったからね。意思の強い、自分に、シャトルーズ侯爵家に誇りを持ってるイェーナ嬢の様子がおかしくなるのは彼女の家族や王族、ウィスティを除くと、恐らくチェルシー・ダフニーくらいしかいない。イェーナ嬢は魅了魔法をかなり警戒していたからね」


 イェーナはチェルシー・ダフニーが編入して来てから、俺と、特にウィステリアを魅了魔法から守ろうと警戒して、ヒロインが近付くと牽制していた。

 最近は俺が牽制し、イェーナはウィステリアをヒロインから離してくれていたが。


「それでも、あの間で、ヴァル様の召喚獣に行ってもらうまでの対処が早いですよ」


 アッシュが呆然とした声で、苦笑する。


「すぐ対処しないと、今回は取り返しの付かないことになりそうな気がしたからね。時間に余裕があれば、裏付けをしてから動くところだけどね。セラドン侯爵達の時みたいにね」


「ヴァーミリオン殿下、取り返しの付かないことというのはどういうことでしょうか?」


 レイヴンが顎に手を当て、俺を見る。

 彼にも元女神を含む俺の事情やチェルシー・ダフニーが持つ魅了魔法等、大体の状況は説明している。

 それでも変わらず、将来は俺の臣下になりたいと言ってくれていて、奇特な人だなとつい思う。ハイドレンジアやミモザもそうだが。


「イェーナ嬢が強い魅了魔法に掛かる可能性だよ。掛かって、元に戻った後、彼女の性格からすると恐らく俺達から離れる。魅了魔法に掛かって、迷惑を掛けてしまった自分が許せなくてね」


 俺の言葉に、イェーナの性格を知るウィステリアとヴォルテール、ハイドレンジア、ミモザが頷く。


「折角の友人が、チェルシー・ダフニーの魅了魔法のせいで離れるのは俺は嫌だから。その対処となると、すぐ動かないとね」


「確かに、そうなると時間との勝負になるよな。でも、その間、どうするんだ? バイコーンの角、いるだろ?」


「もちろん。イェーナ嬢の性格上、自分のせいで素材も取りに行ってないというのが分かると、これもまたしばらく落ち込むから、バイコーンの角はこの人数で取りに行くよ」


 ディジェムの問いに苦笑して答えると、ウィステリア達も苦笑している。


「魅了魔法を可視化出来る魔導具は、否が応でも必要だからね。完成する、しない、完成する時期で、こちらの優位が変わる。早いに越したことはない」


「ヴァーミリオン殿下。私もお供させて下さい。殿下からお聞きした魔法を使ってみたいです。早速、王都の冒険者ギルドへ参りますか?」


 サイプレスもにこにこと楽しみにしている顔で、俺の指示を仰ぐ。

 俺に聞いた魔法ってアレかな。魔法で紅や萌黄、青藍を作るアレ。

 ヴォルテールにも教えたらとても喜んでいたが。


「……そうだね。行こうか」

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