第65話 嘘と真実
「皆、昨日はごめんなさい」
次の日、魔法学園の王族専用の個室で、俺は友人達に謝った。
「いや、ヴァルが謝ることじゃないって。あれは俺でも怒る」
「そうですわ。むしろ、ヴァル様が怒らなければ、わたくしが彼女に怒っていたところですわ」
ディジェムとイェーナが言うと、他の友人達もうんうんと頷く。
「でも、あんなに怒ったヴァル様は初めて見ました。私も模擬戦でヴァル様を怒らせた身ですけど、昨日の方が震え上がりました」
俺の愛称を呼ぶことを勉強会の時に許したアッシュが模擬戦のことを思い出したのか、少し青い顔をして言った。
「あそこまで怒ったのは、昨日のを合わせて今までで五回くらいかな……」
「え、五回もあるのか? ちなみにいつ?」
「一回目が建国記念式典でセラドン侯爵、二回目が地下牢で建国記念式典で捕らえたハイドレンジアの父親のホルテンシア伯爵、三回目が社交界デビューパーティーでフォギー侯爵、四回目は昨日かな」
「……全部、怒っても仕方ない内容だな。ん? 五回目は……?」
「今は言わない」
五回目なんて、俺がキレた結果、相手を消滅させたから余計に物騒だ。俺、というか神の俺だけど。
『アレはしょうがなくない? 物騒じゃないよ。起きるべくして起きたことだよ、リオン』
鋼の剣に擬態したフラガラッハ――鴇が俺の思考を読んで、念話で伝える。
昨日まで知らなかったが、フラガラッハもクラウ・ソラスのように擬態が出来るようで、チェルシー・ダフニーとの遣り取りのことを話したら、クラウ・ソラスと共に擬態してくれた。喚ぶより早いからという理由で。
ちなみに、クラウ・ソラスは対抗して短剣に擬態している。
「……ヴァル。その五回目、もしかしなくても、また元女神関連か?」
小声でディジェムが俺に耳打ちする。
「遠いけど、近い? 近いけど、遠い、かな?」
「……後で、教えてくれ」
「分かった」
頷いて小さく笑うと、ディジェムも苦笑した。
「それにしても、昨日の今日で、あの怒りをよく鎮めましたね、ヴァル様」
ヴォルテールが言うと、皆が頷いた。
「俺が怒ってるのはチェルシー・ダフニーにであって、皆ではないからずっと怒ってるのはおかしいよ。怒りを鎮めずに当たり散らすのは周りからしたら理不尽だし、それこそ第二王子として、王族として示しがつかない」
苦笑しながら言うと、ヴォルテールも苦笑した。
「いつも思いますけど、ヴァル様が国王になられた姿を見てみたいですね」
「やめてくれ。国王には向いてないよ。人前で話すのが苦手だし、表に出たくない。兄が立太子してるのに、王位で争いたくないよ。俺は田舎でのんびり隠居生活が性に合ってる」
「田舎でのんびりという気持ちは分からなくもないな。俺も数ヶ月前まで王位継承争いがあったし」
「物騒だよね。やり合うなら当人同士でやって欲しい。他を巻き込んで、大事にしないで欲しいよね。巻き込まれるのはいつも国民だから」
のんびりとディジェムと頷き合うと、ヴォルテールの苦笑が深くなった。
「……王族同士のお話が重過ぎるのですが……」
「それはさておき。確か、そろそろダンジョン探索の二回目があるよね」
「そうですね。確か、召喚獣も召喚してもいいと聞きました。人数も十五人くらいまでのパーティーで、好きに組んでいいとか……」
アルパインが条件を思い出すように呟く。
「十五人……ということは、この人数でダンジョン探索が出来るね」
そう呟くと、ウィステリア、アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、グレイ、ピオニー、リリー、アッシュ……友人達の大半の目が輝いた。
「ヴァル様、ご一緒にパーティーを組みたいのですが!」
ウィステリアが代表して、目を輝かせて俺を見上げる。その後ろでアルパイン達が見つめている。
「か、構わないけど……。元々、誘おうと思ってたし……」
ウィステリア達の勢いに気圧されながら頷くと、見ていたディジェムとオフェリアが笑っている。
「この全員でダンジョン、となると、ヴァルはどういう陣形がいいと思う?」
「ん? そうだね……」
ディジェムに聞かれ、少し考えていると、アルパイン、ヴォルテール、イェーナ、リリーがじりじりとこちらに近付いて来る。何かしらのアピールのつもりのようだ。
この四人、好戦的なところがあるんだよなぁ……。アルパインとヴォルテールは俺の護衛なのに、護衛対象の俺そっちのけで飛び出す時があるし。代わりに紅やハイドレンジア、ミモザが俺の近くにいてくれるからだろうけど。護衛とは? と思う時がある。
「うーん……とりあえず、ディル、アルパイン、イェーナ嬢、リリー嬢が前衛で、ヴォルテール、グレイが前衛寄りの中衛、ウィスティ、ピオニー嬢、アッシュが中衛、俺とオフィ嬢が後衛かなぁ。進行具合や魔物との相性で、前衛や中衛を交互に替えたりしたらいいんじゃないかな」
後方から魔物が来ても、後衛に俺と俺の召喚獣がいれば対応可能だろうし。
オフェリアは好戦的な雰囲気だが、実はそうではないのを知っている。閉ざされた世界でも彼女は戦うより、防御系の魔法や回復魔法、支援魔法を駆使していた。青の聖女と呼ばれているのは、回復系や支援系……主に癒やしに特化していたからだ。
「あら、ヴァル君、私が戦闘が苦手ってよく分かったわね」
「各国の情報はそれなりに把握してるからね。それに、実技試験の時のオフィ嬢の魔法を見ていたら、魔法の命中精度がバラバラだった。詠唱速度は速いのに。だから、戦闘が苦手なんだなって思って」
「……よく見てるわね。怖いのだけど」
「怖いって、酷いね。何かがあった時にすぐ動いて、指示が出せるように把握してるだけなのに」
肩を竦めながら言うと、ウィステリアとイェーナがくすりと笑う。
「何かって、何かしら?」
「暗殺とか、誘拐とか? 寝込みを襲おうとか?」
「……あるの?」
「まぁ、最近は減ったけど、子供の時は誘拐が結構多かったよ。見た目から単純で御し易いと思われることが多くて、誘拐して傀儡にしようと考えてる連中が多かった。セラドン侯爵を叩き潰した後からは少しずつ減ったけど。それからは一時的に減ったけど、十二、三歳くらいから暗殺と寝込みを襲おうとする輩は増えたなぁ……」
『……いい加減、あの言葉は忘れろ、リオン』
呆れた声で、右肩に乗る紅が念話で呟く。
『仕方ないよ。軽いトラウマというか、ショックだったんだからね』
念話で返している間に、イェーナとピオニー、リリー、アッシュが驚いてこちらを見る。
「お待ち下さい、ヴァル様。寝込みを襲おうとする輩はまぁ、理由は分かりますけれど、王族の暗殺を企てるような貴族がいますの?」
「普通にそこらにいるよ。セラドン侯爵を叩き潰してから一時的に減ったとは言ったけど、社交界デビューパーティー後から増えたね」
「それ、初耳なのですが……」
アルパインが言うと、ヴォルテールが頷いた。
二人共、俺の護衛だから目が怖い。
「社交界デビューパーティーで、光の剣クラウ・ソラスを見せたからね。使い手の俺を殺して、手に入れたいと思ったんだろうね。有名な剣だし」
『無理なんだけどねー。リオンのような綺麗な魂じゃないと、私は使い手になってもらいたくないよ』
『それは僕も同感。リオンだから僕も使い手になってもらったんだし』
蘇芳と鴇が念話で会話をしている。
フラガラッハも持ってますって貴族達にバレたら、更に狙われるだろうなぁ。
『呑気だね、リオン』
鴇が呆れた声で呟く。
『こちらに集中してもらった方が、面倒な貴族を潰せるし』
『まぁ、リオンも強いし、召喚獣も強くて多いし、僕も守るから、呑気になるのは分かるけど』
『これでも周囲の警戒はちゃんとしているんだけどね』
「ということは、貴族じゃなくて、ヴァルを狙って来るのは、そいつらに依頼された暗殺者か?」
ディジェムが険しい声で俺に聞く。
「そうだね。大小限らず、暗殺ギルドが押し掛けてくるから、毎回、全部潰して捕らえてるよ。俺が寝込んでた時も来てたから、ハイドレンジアやミモザ、グレイ、俺の召喚獣には迷惑掛けてたけどね」
『口程にもなかったがな』
紅が念話でぼそりと呟いた。
伝説の最強の召喚獣なんだから、そりゃあ口程にもないだろうね。
「そんなに来るなら、暗殺ギルド、なくなるんじゃないのか?」
「流石にそれはないと思うよ。捕らえた連中の中には有名な暗殺者とかはいなかったし」
六歳くらいの時に、ヘリオトロープ公爵の教養で聞いた、世界で有名な暗殺者達はまだ来ていない。
流石にカーディナル王国の第二王子を暗殺、というのはリスクがあるだろうし。
暗殺出来た場合はネームバリューとしては良いが、失敗した時は地に落ちる訳だし。
こちらを侮ってくれるのは有り難い。使い勝手が良いレベルの暗殺者が減れば、有名な暗殺者達の報酬が上がる訳で、男爵、子爵、一部の伯爵家は支払いがきつくなる。侯爵、公爵の高位の貴族は懐が痛くないかもしれないが、その分、大きな金額が動けば、こちらも把握しやすい。税金等の申告もあるのだし。矛盾がある帳簿を見つけたら、追及出来るし、貴族を捕らえることも出来る。有名な暗殺者達も。まだそこまでには至っていないけど。
ちなみに、有名な暗殺者達の名前……というか、通り名は前世で聞くような中二病な通り名で、初めて聞いた時にはむず痒くなったのを覚えている。
疾風のなんちゃらとか、稲妻のなんちゃらとか、漆黒のなんちゃらとか聞いた時には拷問かと思った。ヘリオトロープ公爵の前で、顔に出さなかった自分を褒めたいくらいだ。
「一国の第二王子を狙うのはまぁ、リスクがあるよな。成功すれば知名度が上がる。失敗すれば地に落ちる訳だし。有名な暗殺者な程、報酬が高くても、狙う時のリスクを考えるよなぁ。下っ端な暗殺者程度なら、ヴァルや側近達は余裕か」
「お陰で、牢獄がいっぱいらしいよ。社交界デビューパーティー前は空きがあったんだけどね」
「それは襲撃を企てた貴族が悪いって。エルフェンバインも人の事が言えないけどさ、カーディナルの内部もおっかないな」
「……どの国も似たようなものだと思うよ」
一番酷いのはグラファイト帝国だけど。関わりたくないから、話さないけど。
過去視の権能、本当に制御出来るようにならないと、色々きつい。不意打ちで来るのがきつい。
「話を戻すけど、この十一人でダンジョン探索でいい? 誰か他に約束しているとかはない?」
俺が問い掛けると、全員がアッシュを見た。
「えっ?! あ、私にはいないですよ。その、模擬戦のことを思っていらっしゃるのでしたら、アレは父に指示されて付いてきた伯爵家の子息達で、仲良くもないですよ。その後、話していた子息達は中立派で、子供の頃からの友人でしたが、父が捕らえられてから疎遠になりました。私は犯罪者の息子ですから」
苦笑して言うアッシュに、息を吐く。
俺の背後で、ハイドレンジアとミモザが同情の目をアッシュに向けている。
ウィステリア達が悲しげにアッシュを見ている。
「……俺の側近と侍女、友人にも言ったことがあるんだが、アッシュ。一言、言ってもいいか?」
アッシュが俯きがちに静かに頷いた。
「罪を犯した親族のせいで、尻拭いをすることになる若く、優秀な人材を失う方が損失だと俺は思う。罰するなら罪を犯した者だけでいい」
俯いていた、アッシュが顔を上げて俺を見る。
「実情を知らない者達は面白可笑しく平気で言うから耳に入るし、言われ続けるのも辛いということも分かる。だが、それに呑まれ、長いこれからの人生を暗くして欲しくない。幸せを掴むことを諦めないで欲しい。それに、友人なら、俺達がいる」
「……ヴァル様、ありがとう、ございます。優しい言葉を仰って頂いて……! 辛かったから、本当に、嬉しいです……」
目に大粒の涙を溜めて、アッシュが俺にお礼を言う。限界だったのか、ぼろぼろと泣き始める。
「アッシュ、泣くな。俺が泣かせたことになるし、王子が侯爵子息を泣かせたと噂になるだろ」
少し、照れ隠しもあり、ハンカチを取り出し、アッシュに渡す。
「はい……ありがとう、ございます……」
あ、アッシュの涙腺が更に崩壊した。
「あ、ヴァルが泣かしたー」
「ディル、面白可笑しく煽るな」
ニヤニヤと笑いながら、ディジェムが茶化す。
「でも、良いお話ですわ……。わたくし、感動致しましたわ……」
ずずっと鼻をすすって、イェーナがハンカチを目に当てて、呟いた。その隣で、アルパインも袖を目に当て、無言で頷き、ヴォルテールは泣いてはいないが、目を潤ませている。
ウィステリアは優しく微笑んでいる。
それぞれの反応に内心、少し引きつつも、優しい友人達に小さく笑う。
この友人達なら、俺のことを話しても、疎遠にはならないと思える。
皆の心の準備もあるけど、近々、話そうと思った。
アッシュを泣かせてしまうという、ちょっとしたアクシデントは起きたが、魔法学園の授業が終わった夕方。
また王族専用の個室で、ウィステリア、ディジェム、オフェリアを呼んだ。
本当は話したくない内容だが、ウィステリア達は当事者なので、閉ざされた世界でのことを話すためだ。もちろん、防音、除き見、侵入禁止の結界はばっちり張っている。
「……呼ばれたのは、俺達が関連している重要なことを話すからだろうとは思ってたからいいんだけどさ、その前に一言。あのヒロインの精神構造どうなってんの?」
「俺に聞かないでくれないか? 俺が一番、謎に思ってるし、昨日、折角、落ち着かせた怒りがまた沸いてるから」
向かいに座るディジェムに言いながら、ティーカップに口を付ける。
昨日の今日で、チェルシー・ダフニーは授業と授業の合間に、俺にまた近付こうとした。ウィステリアをイェーナ達に託し、睨むと逃げ、また近付いて来る。それでまた睨むと逃げるという、凄くこちらにストレスを与える行動を取って来て、うっかり魔力が少し漏れたくらいだ。
「殺気立ってたしなぁ……。アレにめげないヒロインがマジで凄いわ」
「確かに、ヴァル君の殺気、怖かったわ。どの属性の魔力が漏れてたの?」
ディジェムの隣に座るオフェリアが苦笑する。
「ほとんど知られていない、誰も持つことが出来ない属性と、無の属性かな」
「誰も持つことが出来ない属性って、何ですか? ヴァル様」
俺の隣で、ウィステリアが首を傾げながら聞く。
「神だけが持つ属性だよ。その属性の名前は滅。アクア王国とグラファイト帝国では破邪と言われているようだけど。ちなみに、ディルも持ってるから」
「え、それ、知らないんだけど、何でヴァルが知ってるんだ?」
「魔力の覚醒をして、しばらく高熱が出ていたんだけど、その時に色々知ったんだ」
「知ったって、どうやって……」
「三つめの権能と、神の俺の記憶のおかげかな」
苦笑混じりに伝えると、ウィステリア達は目を見開いた。
「三つめ? 神のヴァルって何だ?」
「神の俺やディル達が存在してたってことだよ」
苦笑を深めて、固まるウィステリア達に俺は続けて言う。
「ハーヴェストから、起きなかった未来の話で俺やディルは本当は神として生まれるはずで、ウィスティとオフィ嬢は人間の女の子で、二人は俺とディル、それぞれを祀る神殿の巫女になるはずだった。ただ俺達がそのまま生まれてしまうと、元女神に殺されるところだった。未来が視えるハーヴェストの母が、その未来を変えるために俺達を生まれる前に隠したって聞いたと思うけど、それは半分嘘」
「嘘? 何処からが?」
「起きなかった未来と、未来を変えるために俺達を生まれる前に隠したってところ。その他は真実」
「ヴァル君、どういうこと?」
「俺とハーヴェストの、未来が視える権能を持つ母って呼びたくないけど、そいつが自分の娘の元女神のために、生まれて間もないハーヴェストを唆して、別の世界を作らせた。そこで起きなかった未来が繰り返し起きてた」
拳を握り、そう告げると、ウィステリア達が目を見開く。
「ヴァル様、繰り返しとはどういうことですか?」
「言葉の通りだよ、ウィスティ。唆された、生まれて間もないハーヴェストは閉ざされた世界とこの世界を作った。未来が視える権能を持つ女神は閉ざされた世界に俺達四人の魂の一部を送り、残りの魂をこの世界に生まれるようにした。まぁ、元女神の行動で、ハーヴェストが日本に俺達の魂を送ってくれたりしたけど、それ以外は未来が視える権能を持つ女神の思惑通りだった」
「思惑? どんな?」
「俺の魂を元女神に渡すこと。そのために、俺の大事な人達を目の前で殺して、俺を魔に堕とすこと。閉ざされた世界はそのための準備の場所。神の俺は人間の俺と比べて厄介だから、先に神の俺を魔に堕とすつもりで、閉ざされた世界に送った」
「大事な人達って、それが、私達?」
「うん。実際、生まれて間もないハーヴェストが作った閉ざされた世界では、俺達の魂の一部は元女神の肉塊の一部で作られた人形に殺され続けた。それを閉ざされた世界の時間で五百年。この世界の時間に換算すると千年。最初の出会いから最後に俺が殺され、魂の状態でウィスティ、ディル、オフィ嬢が殺されるのを見せられた。それを何度もループして……」
話したくなくて、口も、声も、固まりそうになる。
「待って下さい。どうして、ヴァル様は知ってるのですか? 私はその記憶がありません」
「俺の権能が働いたおかげなのかな。ループする閉ざされた世界で殺され続けると、魂は疲弊する。未来が視える権能を持つ女神はそれを狙ったけど、俺の権能が働いて防いだ。再生は魂が疲弊しても戻して、守護はループする記憶を覚えないように。俺にはマイナスに働いて、守護は最初の俺の心を維持し、再生は絶望や怒りに染まっても、魔に堕ちることはなく、最初の俺の魂に戻してた。記憶だけが五百年分積み重なった」
冷静に考えると、神の俺に働いた権能はある意味プラスだったかもしれないが。
「だから、俺達には記憶がなくて、ヴァルにはあるってことか?」
息を吐き、ディジェムの問いに頷く。
「それを魔力の覚醒の時に神の俺と一つになり、高熱が出た時に思い出した」
「だから、うなされていらっしゃったのですか?」
ウィステリアが泣きそうな顔で、隣の俺を見上げる。小さく頷くと、ウィステリアが俺の手を握る。
「三つめの権能はどういうものなの?」
「過去視と未来視。それをハーヴェストと交換出来る。今は俺が過去視、ハーヴェストが未来視を持ってる。まだ制御は出来てないんだけど、三人は当事者だから、閉ざされた世界でのこと、少しだけ、視る?」
「視るって、どうやって……」
ディジェムが困惑した表情で、俺を見る。
「俺の手に触れてもらったら、視えるよ」
そう言って、右手を差し出す。
戸惑った様子で、ウィステリア達は俺の右手に触れる。
右手に権能を集中させ、俺の権能の過去視で閉ざされた世界で起きたことを少し、ループ一回分を視せる。流石に全部視せるのは精神衛生上、俺が辛い。
しばらくして視終わったのか、ウィステリア達は俺の顔を見るなり、泣きそうな顔で俺に抱き着いた。
「え、三人共、どうかした?! 何?!」
「……これは、キツイわ。視せてもらったヤツで一回分だろ? それを五百年分は……キツイ」
「私達が覚えていない分、ヴァル君は余計に辛かったと思うわ」
「ヴァル様、私達を守って下さって、ありがとうございます」
「いや、あの、俺は大丈夫だから。もう、あの閉ざされた世界はないし……」
婚約者と親友達に抱き着かれて、戸惑いながら呟く。
「は? ない?」
ディジェムが俺から離れ、まじまじと見る。
ウィステリアとオフェリアも俺から離れる。
「うん、ない。つい最近、消滅したよ。切っ掛けは人間の俺が閉ざされた世界の存在を知ったこと。それでまた俺の権能が働いたみたいで、俺もディル達の魂の一部も閉ざされた世界から解放されたよ。三人の覚醒の時にその魂の一部も戻ったから、魔力が上がった訳だね」
「な、成程? でも、ヴァルは俺達と覚醒がずれたよな? その間の神のヴァルはどうなったんだ?」
「……そこ、気付いちゃうんだ。そこは言いたくなかったんだけどなぁ……」
溜め息を吐いて、ディジェムを見ると、説明しろと言いたげな顔だ。諦めるしかない。
「ずれたのは魔力の暴走が必要だから、社交界デビューパーティーの前にすると寝込むと思ったから、人間の俺は落ち着いてから覚醒するつもりだった。閉ざされた世界はこの世界と時間の流れが遅いから、神の俺は閉ざされた世界が消滅する前に、元女神の肉塊の一部で作られた人形を殺して、消滅させた。その後、魔力の覚醒をした時に神の俺も一つになった。ディル達の魂の一部が解放されてから、神の俺が元女神の肉塊の一部で作られた人形を殺して消滅させるまでが、この世界の時間だと二ヶ月。時期がちょうど重なったんだよ」
「消滅……。もしかしなくても、本気で怒った五回目って」
「うん、それ」
「それは、本気で怒るわね。五百年も殺され続けた相手だしね……。私でも怒るわ」
「でも、どうやって、消滅させたのですか?」
三人の視線から逃れるように、視線を逸らす。
それも言わないといけないだろうか……。
「ヴァル、この際、全部吐いた方がいいと思うぞ」
「……分かった。話すよ。元女神の肉塊の一部で作られた人形を消滅させた方法はこれだよ」
そう言って、腰に佩いていた鋼の剣を見せ、擬態を鴇に解いてもらう。艶のある滅紫色の鞘、先端に鍔と同じように濡羽色の宝石が嵌め込まれている、神の俺の相棒を見せる。
「ん? 光の剣クラウ・ソラス?」
「違うよ。名前はフラガラッハ。クラウ・ソラスは人間の俺の魔力に耐えられる。フラガラッハは神の俺の相棒で、神の属性の魔力に耐えられる。フラガラッハで、恨みもあるし怒りに任せて、消滅させた」
「フラガラッハって、確か、報復者って意味だったような……」
「よく知ってるね。五百年は長過ぎて、殺され続けた恨みもあるからね。良い相棒だよ」
『そういう意味で、僕はリオンを選んでないけどね』
念話で、鴇が返してくる。それは知ってるけど、気恥ずかしくて言えない。
「じゃあ、ヴァルは元女神そっくりの人形に一矢報いた訳だな」
「そうだよ」
「一矢報いた感想は?」
「全部が終わった訳ではないから、達成感はなかったよ」
ループの苦しみからは抜け出せたけど、諸悪の根源の一人の元女神本人じゃないから、何も感じなかった。後悔も怒りも喪失感も絶望も消えなかった。
「そうか。それでもさ、俺からしたら、ありがとうってヴァルに言いたいし、何で言ってくれなかったんだって思うんだ」
「え……」
「ヴァルが色々背負ってくれたことで、俺やフェリア、ウィスティ嬢の魂も、関係も壊れなかったと思う。だけどさ、これからは俺達にも背負ってるものを分けて欲しい。色々と対策を考えて、裏で動いてるだろうというのは感じてたけど、それも含めて、何かあった時にヴァルだけに背負わせたくない。親友だからさ、俺にも背負ってる半分を寄越せ」
ディジェムがすっと俺の前に右手を差し出しながら、言った。最後だけ何だか、魔王っぽかった。
「ディジェ君の言う通りね。ヴァル君、半分じゃないわ、三分の一寄越しなさい」
「いえ、三分の一ではないです。私達に四分の一ずつ寄越して下さい」
オフェリア、ウィステリアも右手を差し出して来る。呆然と三人の右手を見つめる。
「……色々と拗れてて、面倒臭いよ? 当事者だったから、三人には閉ざされた世界のことを話した。けど、これからのほとんどは内輪揉めのようなものだから、傍観して欲しいんだけど」
「それは無理だな。ここまで巻き込まれてる上に、もしかしたらヴァルを断罪する側に回るかもしれないんだろ? 魔力の覚醒をしてるけど、元女神やヒロインの魅了魔法に掛かる可能性はゼロじゃない。だから、女神様も俺達に言ってくれたんだろ?」
「あー、そこも気付いた訳? あの時は、俺もハーヴェストも三つめの権能を持ってることに気付いてなかったから、対策としてハーヴェストが言ってくれたけど、よく気付いたね」
溜め息を吐いて、頬を掻く。
「もう一つ、聞きたいのだけど、昨日のチェルシー・ダフニーに対するヴァル君の反応は何? 特に、あの愛称、前世のゲームで聞いたことがなかったわ」
「あれは元女神……というか、閉ざされた世界で元女神の肉塊の一部で作られた人形が俺のことをヴァーミと勝手に呼んでいた愛称だよ。嫌だし、怒りと不快な感情が出るから過剰に反応したんだ。ついでに、ヒロインがゲームで呼ぶヴァーも不快でしかない」
「え? ゲームではヴァルじゃなかったか?」
「普通はね。実は前世の俺の姉と妹が見つけた裏技で、第二王子との親密度を出会って一ヶ月以内に百以上にすること、百になったその日の夜、魔法学園の図書館で会うっていう条件を満たしたら、ヴァーっていう特別な愛称で呼べるイベントがあって、前世の姉と妹がやっちゃったんだよね。あのイベント見てから、俺は不快でしょうがなかったけど」
前世で不快だったのは、多分、魂がヴァーミリオンだったから、余計に過剰に反応したんだろうなと今、考えればそう思う。
「そんなイベントあったんだ……」
「前世の俺も、姉と妹も推しはウィステリアちゃんだったから、どうにか断罪回避のルートがないか探してた時に出ちゃったイベントだから、三人揃って、そっちじゃないと叫んだ記憶はあるよ。それに、ネーミングセンスが絶無過ぎて、本当に不快でしかない」
「あー、うん。それは分かるわ。ヴァーもヴァーミも何か残念だよな」
「もう少し、マシな愛称が良いよね。ウィスティはあのイベント知ってた?」
「は、はい……。あのイベントはヴァーミリオン王子のスチルが素敵でしたけど、愛称はちょっと残念でした……。なので、今、私が呼んでる愛称の方が好きです」
顔を赤くしてウィステリアが呟いた。
ん? それはヴァルの方? それともリオンの方?
ウィステリアの反応で、何か気付いたディジェムとオフェリアがニヤリと笑みを浮かべた。
「何だ、何だ? ヴァルとウィスティ嬢はお互い特別な愛称でもあるのか?」
ディジェムの言葉に、ウィステリアの顔が真っ赤になる。可愛いが、ウィステリアを誂って良いのは俺だけなので、彼女の肩をしっかり抱き寄せて庇う。
「二人もあるよね? 婚約して十一年なんだから、あるに決まってるよ。それは二人の時でしか言わないってお互いが約束したことだから言わないよ。それとも、俺がウィスティに愛を囁いてるところを覗き見する?」
ちょっと強気で言ってみたら、案の定、恋仲になったばかりのディジェムとオフェリアの顔が真っ赤になった。まだまだだな、二人共。と、謎の師匠な台詞が頭に浮かぶ。
「くっそ、恋愛上級者め……!」
「いやいや、上級者じゃないし。婚約期間が長いだけだから」
ウィステリアが同意するように、顔を真っ赤にしてうんうんと高速で縦に振っている。
「……とにかく! さっきも言ったように、ヴァルが背負ってるものを俺達に寄越せ。さっきので誤魔化せると思うなよ?」
悪い笑みを浮かべて、ちょっと魔王っぽいディジェムを見て、謎の感動で拍手してしまった。
閉ざされた世界でも変わらない、ディジェムらしい言葉で、嬉しくなる。
最愛だから、親友だから、友人だから、三人を巻き込みたくなかった。
閉ざされた世界でも、この世界でも、ウィステリアもディジェムもオフェリアも、俺の隠している壁を平気で壊して入って、手を差し伸べてくる。
だから、巻き込みたくない。平穏に暮らして欲しいと願ってしまう。
それが彼等の気持ちを無視したことだとしても。
「ヴァル様程ではないですけど、もう、たくさん巻き込まれてますし、私達が知らないところで、ヴァル様が傷付くところは見たくないです。だから、私達にも分けて下さい」
「そうよ。それに、私達が知っていた方が、ヴァル君、動きやすいと思うわよ。チェルシー・ダフニーに対してもだけど、元女神に対しても。さっきの話だと、元女神や女神様の母親も諸悪の根源の一人なのでしょう? チェルシー・ダフニーと元女神だけを注視する訳にはいかないなら、私達も知っていた方がいいと思うわ。というか、いい加減、吐きなさい」
ウィステリアとオフェリアの柔と剛な説得に、一歩、二歩と気持ち的に退きたくなる。
このコンビ、手強いし。
というか、ウィステリアにはどうしても折れてしまう。惚れた弱みだ。
「……参ったよ。ちゃんと話すよ。話すと長いから、都合が良ければ今度の休みでいい?」
降参のポーズをして、観念した。
すると、三人共、満足したように笑った。
「あ、でも、一つだけ、忠告しておくよ。チェルシー・ダフニーの中に元女神がいるから、安易に近付かないでね」
「え……?!」
ディジェムが声を上げ、ウィステリアとオフェリアは大きく目を見開いた。
「いつからなの?」
「スライムを召喚した後から」
「確かに、あの後から様子がおかしかったが、ヴァルはいつ気付いた?」
「少し経ってから。様子がおかしかったから、変なことされても困るから調べた」
主にロータスがだけど。
「だから、ヒロインに俺達を近付かせなかったんだな」
「何されるか分からなかったからね。俺ならどうにか出来ると思ったから、すぐ言えなくてごめん。確信してから伝えないといけないって思ったから」
苦笑して伝えると、ディジェムが静かに頷く。
「いや、不用意に伝えられたら、あちら側に変な警戒心が伝わるから、怪しまれるとこだった。確信してから言ってもらって良かった。元女神がいるのは確定なんだな?」
「確定だよ。昨日、ヴァーミと俺を呼んだことで確定した。ヴァーだったら、気付かなかったかもしれないけど」
「うわぁ……マジでヒロインに近付きたくない」
「俺も近付きたくないよ。でも、あいつ、ウィスティを睨むし、罵声を浴びせようとするし、うっかり、クラウ・ソラスとフラガラッハを喚びそうになるくらいだよ」
「やめなさいよ、まだ」
「しないよ、まだ」
ぐいっとウィステリアの肩を抱いて、笑顔でオフェリアと頷き合う。俺に肩を抱かれたウィステリアの顔が赤くなる。
「物騒だからやめろ! そこの聖属性持ちの二人! 聖属性って聖女とか聖人じゃないのかよ!?」
「それなら、ヒロインにも言って欲しいね。あいつの何処が聖女なんだ? 闇属性でも良い人はいるし、光属性や聖属性でも悪い人はいるよ。偏見はだめだよ、ディル」
青の聖女のオフェリアがうんうんと頷いている。
「正論だから、何も返せない……」
「とにかく、本当に安易にチェルシー・ダフニーには近付かないで。一応、三人はもちろん、俺の周りの人達には守護の権能を使ったけど、何をするか分からないから。とりあえずは不快でしかないけど、あいつが来たら俺が対応するから」
「……キレるなよ」
「内容によるよ」
そう言うと、ディジェムがげっそりとした顔で溜め息を吐いた。
「でも、心配してくれてありがとう、皆」
満面の笑みを浮かべると、それを見たウィステリア、ディジェム、オフェリアが真っ赤になった。
「……やっぱり仮面を考えた方がいいのだろうか」
ぼそりと呟いた俺の声は、三人には聞こえていなかった。
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