第63話 目醒めの後

 目を開けると、一瞬だけ混乱した。

 五百年分の長い夢を見たせいか、ここが何処なのか一瞬、分からなかった。

 見慣れた天井を見て、王城の南館の俺の寝室だと分かる。

 心の底から安堵する。

 長い夢は、後悔と怒り、絶望しかなかった。

 目を閉じ、開けると、あの場所にいるのではないかと思うくらい、長い、地獄のような閉ざされた世界。

 あの世界には、二度と行きたくない。

 そこで、ふと左手で握っている物に気付く。

 ゆっくり起き上がり、まじまじと握っている物を見つめる。


「……フラガ、ラッハ……?」


 光の剣クラウ・ソラスと似た、飾るためのものではなく、武器として戦えるように落ち着いた飾りが鍔にあり、鍔の中央には濡羽色の宝石が嵌め込まれてあり、柄は黒紅色で、柄頭にも同じ濡羽色の宝石が嵌め込まれている。鞘は艶のある滅紫色で先端に鍔と同じように濡羽色の宝石が嵌め込まれている。

 見慣れたその、神のヴァーミリオンの相棒のフラガラッハの鞘を握っていることが不思議だった。

 また、混乱する。

 今の俺は、どちらのヴァーミリオンなのか、不安に駆られる。

 あの世界には、二度と戻りたくない。

 名を喚んだことに気付いたのか、剣の形から、ふわりと俺と同じくらいの年頃の、少年から青年に変わる頃の姿になる。

 滅紫色の髪に一房だけ鴇色の髪、金色の目が、きらきらと輝かせて俺を見る。


『おはよう、リオン! 濡羽色の髪の君は見慣れてたけど、紅色の髪の君はとっても新鮮だね!』


 ぴょんと跳ねて、俺が座るベッドの左側に乗り、顔を近付ける。

 フラガラッハの言葉の髪の色を聞いて、今の俺は人間の十五歳だと分かった。

 内心、ホッとした。


『ねぇ、リオン。早速なんだけど、人間と神の君の魂が一つになったことで、記憶とか色々と混乱してるとは思うけど、僕にとって大事なことだから聞きたいんだけど、ちょっといいかな?』


「え、うん、いいけど……」


 フラガラッハの勢いに戸惑いつつ、頷く。


『これからも、僕を相棒として使ってくれる? 人間の君にはクラウ・ソラスがいるけど、人間と神が一つになった君にも僕を使って欲しいんだ。駄目かな?』


 先程の勢いは何処に行ったのか、フラガラッハは眉を下げて、上目遣いで俺を見ている。


「もちろん。神の俺の相棒だろう? まだ混乱してるし、人間の俺がベースだから、一つになって君も不安だとは思うけど、君は神の俺を支えてくれた。その記憶はちゃんと覚えている。心配する必要はない。これからも、俺の相棒でいてくれるんだろう?」


 穏やかに微笑むと、フラガラッハが嬉しそうに笑顔になり、抱き着いてきた。


『ありがとう、リオン! これからも僕がちゃんと支えるからね!』


『ちょっと待ったぁー! フラガラッハ! 私のリオンを奪うの、やめてくれない?!』


 ぽんっと音を立てて、光の剣クラウ・ソラス――蘇芳が、蘇芳色の髪、銀色の目の俺と変わらない年頃の少年から青年に変わる頃の姿になり、右側のベッドに乗る。


『げ、クラウ・ソラス! 勝手にリオンをリオンって言うのはやめてもらえないかな? リオンは君のじゃなくて、リアちゃんの。リオンはそういうの気にしないけど、変な執着やめないと、君、今後の使い手に嫌われるよ?』


 ニヤリとフラガラッハが蘇芳を煽る。


『ぐぬぬ……! 正論のように聞こえるけど、私は執着してないし、何か腹が立つ……! 私は生まれた時からリオンを見てたから、過保護になってるだけだし……!』


 手を震わせて、蘇芳が呟く。

 いや、それは執着というのではないだろうか。

 俺の両側で、前世のステレオスピーカーの如く、二人が騒いでいる。

 何だろう、俺のさっきまでの戸惑いが馬鹿らしくなってきた。

 しかも、喋り方が似ているから余計に。

 止めるかどうするか困り果てた時、蘇芳とフラガラッハの首根っこを掴んで、俺から遠ざけてくれた人がいた。


『使い手、使い手と言うなら、その使い手のリオンが困っているのにも気付かぬのか』


 低い、耳に心地良い、聞き慣れた声音を追い、目にした俺は呆然とした。


「紅……?」


 蘇芳とフラガラッハを首根っこを掴み、助けてくれた相棒の姿は人の姿だった。

 長い、俺と同じ紅色の髪、優しくこちらを見つめる金色の目は見慣れた相棒で友人の目だ。背も高く、大人の色気を醸し出している。以前、顔が似ていると言っていたのは覚えているし、確かに似ているが、女顔ではなかった。少し、悲しい。


『ああ。リオン、身体はもう平気か?』


 優しく微笑みながら、紅は首根っこを掴んでいた蘇芳とフラガラッハをぺいっと放り投げ、俺に近付く。


「大丈夫、だけど、何が何だか……」


 混乱に次ぐ混乱で、頭痛がする。

 何より、眠ってどれくらい経ったのだろう。


『五日だ』


 俺と深いところで繋がっている紅が、考えていることを汲んで、告げる。


『まだ、五日しか経っていない。その五日間、特に何も起きていない。あの侯爵も今回は脱獄していない。ロータスが権能を地下牢に使ったから、元女神はまた侵入することは出来ない。リア達も問題ない』


「そうか。ありがとう、教えてくれて」


『確かに何も起きていない。だが、リオンは違う』


 そう言って、紅の右手が俺の額に触れる。

 フェニックスだからなのか、触れる手は温かい。


『この五日間、高熱が出て、うなされていた。その間、ハイドレンジアとミモザ、リオンの召喚獣達で看病した。昨夜から左手にフラガラッハを握っていたのは驚いたが』


「あー……多分、喚んだからだと思う。あの閉ざされた世界での五百年分の神の俺の記憶を見ていたからうなされたと思うし、フラガラッハを喚んだのは元女神に似せた者を殺して、消滅させたところを見たからだと思う」


『……報復者、と呼ばれる剣をリオンが持っているとは思わなかった』


「人間の俺はフラガラッハを知らなかった。神の俺とリア達の魂の一部は閉ざされた世界で五百年、元女神に似せた者に殺され続けていた。恨みしかない。いつか、絶対殺したいと思っていたのは確かだから、閉ざされた世界で手にした」


 苦笑すると、紅が俺の頭を撫でる。

 いつものふわふわな羽根ではなく、大人の男性の大きな手で、変な感じだ。


『……閉ざされた世界から神のリオン達が抜け出せて、我は良かったと思う。次は人間のリオンの番だな』


「そうだね」


『あのさ、フェニックス。僕のこと、報復者って言うけど、別にリオンが報復したいって想いが強いから、使い手に選んだ訳じゃないからね。僕はリオンの人柄で選んだから。そこは間違えないでよね』


 そう言いながら、フラガラッハが俺に近付く。


『分かった。分かった。だが、言っておくが、リオンの相棒は我だ。お主もそこは間違えないでもらおう』


 鼻高々に紅がフラガラッハに言い放った。

 あ、そこに戻るの?


『人間のリオンの記憶は、神のリオンから流れていたから知っている分、否定出来ないのが悔しい』


 フラガラッハが溜め息混じりに呟いた。


『あ、そうだ。リオン、僕の名前も付けてくれる? フェニックスやクラウ・ソラス、他の召喚獣にあるのに、僕にないのは不公平じゃない?』


 そう言って、俺の左手の袖を引っ張る。


「あ、そうだね」


 じっとフラガラッハを見る。

 特徴的な滅紫色の髪に一房だけ鴇色の髪を見て、思いついた名前を言う。


「鴇(トキ)はどう? 滅紫色の髪も一房だけ鴇色なのも綺麗で、特徴的だから」


『鴇! いいね! ありがとう、リオン。これからも宜しくね』


「ああ。こちらこそ、宜しく」


 穏やかに微笑むと、フラガラッハ――鴇も嬉しそうに笑った。


「それで、紅はどうして、人の姿になってるんだ?」


『リオンがクラウ・ソラスとフラガラッハの言い合いに困っていたから、助けるためになっただけだ。まぁ、まだリオンに見せていなかったし、見せておいた方がいいかと思ったのもあるが……変か?』


「変ではないけど、人の姿の紅に慣れてないだけだよ。でも、人の姿の紅も格好良いね。レン達は?」


『熱があったから、水を換えに行っている。そろそろ戻ってくる』


 そう言いながら、紅は元の赤い鳥に戻る。

 やっぱり、こちらの方が紅って感じがする。

 すると、本当にタイミング良く、ハイドレンジアが寝室に入ってきた。

 起きている俺を見つけるなり、水が入った桶をナイトテーブルに置いて、近付いて来る。


「我が君! もう起きても大丈夫なのですか?! お身体の異常はありませんか?!」


 そう言いながら、ハイドレンジアは動転した様子で抱き着いてきた。とても心配してくれたのか、震えている。


「レン、落ち着いて。大丈夫だから」


 落ち着かせようと、背中をとんとんと優しく叩く。


「う、申し訳ございません。気が動転してたとはいえ、主君に抱き着くなんて……」


「いいよ。心配してくれていたのは分かるから。心配掛けてごめん」


「いえ。魔力の覚醒をなさり、暴走させないといけなかったのです。魔力過多症にもなり、お身体に負担が掛かるのは当然です。ですが、五日で起きられるとは思っていませんでした。高熱でうなされていらしたので、まだしばらくは眠っていらっしゃると思ってました」


「うーん……確かに寝たかったんだけど、寝ると嫌な夢しか見ないからね……」


 あの閉ざされた世界をもう夢でも見たくない。あれを五百年、また経験しろと言われたら、耐えられない。

 神の俺の相棒で、一緒に体験している鴇も苦笑している。


「……落ち着いてからで構いませんので、お話したいことがあれば、いつでも仰って下さい、我が君」


 そう言って、ハイドレンジアは俺の額に手を触れる。先程まで水を桶に入れていたからか、彼の手はひんやりと冷たい。


「まだ、熱がありますね。少し眠られますか?」


 そう聞きながら、ハイドレンジアは水差しからコップに水を注ぎ、渡してくれる。


「いや、起きるよ。溜ってる書類もあるだろうし」

 

 水を飲み干し、コップをハイドレンジアに渡して、ベッドから出る。

 立ち上がろうとして、ふらつく。

 流石に五日も眠っていて、何も食べていないから、力が入らない。


「我が君!」


 慌てて、ハイドレンジアが背中を支えてくれて、転ばなくて済んだ。


「ありがとう、レン。流石に何も食べてなかったら、ふらつくな……」


「大丈夫ですか? ベッドで召し上がりますか?」


「いや、ベッドはちょっと、苦い思い出があるから、出来れば私室の方で何か食べたい」


 前世ではほとんどベッドで食事をしていたから、それを今世でもするのは何となく辛い。

 したいことも何も出来なかった、家族に迷惑を掛けていた無力で惨めな自分を思い出すので、動けるのならテーブルで食べたい。


「分かりました。私が支えてお連れしてもいいですか?」


「ありがとう、助かるよ」


 笑みを浮かべ、ハイドレンジアにお礼を言うと、何故か真っ赤になった。


「レン……?」


「も、申し訳ございません、我が君。魔力の覚醒をされて、王子力が上がった我が君のご尊顔を間近で拝してしまい、耐えられませんでした……」


 左手を顔に当て、真っ赤なまま、ハイドレンジアは呟いた。心做しか、左手が震えている。

 えぇー……。確かに、以前、月白と花葉が俺が魔力を覚醒すると、王子力? というのも上がるとは言っていた。何だろう、ゲームでいうところのエフェクトみたいなものだろうか。

 鏡を見ていないから分からないが、そんなに違うのだろうか。


「そ、そんなに俺の顔、変……?」


「まさか! むしろ、美しさが上がって、そこらの貴族の令嬢なんて、その辺に咲く野花ですよ。あ、もちろん、私の妻のシャモアは野花より美しいですし、愛してますよ。ただ、我が君の美しさはもう、女神様級ですので、比べるのも烏滸がましいのですが……」


 ミモザみたいなことをハイドレンジアが言っている。流石、兄妹。でも、どうしよう、何処から突っ込んだらいいんだろう。とりあえず、シャモアと夫婦関係が良好ならいいです。

 ハイドレンジアに支えられて、私室のソファに座る。

 ちらりと見ると、机には書類が並んで……いなかった。


「あれ? 書類があるだろうと思ったのに、ないね」


「流石に、五日も高熱で寝込んでいらっしゃる第二王子殿下に国王陛下の仕事の一部でもさせようものなら、私やミモザ等の我が君の配下もですが、我が君の召喚獣の皆様、ヘリオトロープ公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、デリュージュ侯爵が黙っていませんよ。国が滅びます」


 ハイドレンジアが俺にショールを羽織らせながら説明をしてくれる。


「……へぇ。陛下も流石にそんなことはしなかったんだ」


 仕事をしない父の溜まった書類が回ってくるのをこなすのが日課だったから、余計に、書類がないことに驚いた。

 過剰戦力な上に、重鎮まで敵に回すのは流石に悪手だから、父も諦めたのか。


「それと、何故か陛下が怯えていらっしゃいましたよ。我が君が起きられた時に、書類があったら説教が二倍になる、と」


「そうだね。フォギー侯爵が来たり、俺が寝込んだりしたから有耶無耶になっていたけど、説教しようとは思ってたからね」


 流石に息子の部屋で両親が宜しくするのは、許せない。うっかり、フラガラッハを喚ぶかもしれないレベルだ。


『いや、そんなことで僕を喚ばないでよ。いくら報復者と呼ばれるでも、報復内容は選ばせてよ』


 俺の思考を読んだ鴇が、嫌そうに念話で呟いた。


「陛下が何をなさろうとしたのかは想像に難くないのですが、それはあまりに我が君に対して酷くありませんか」


 溜め息混じりに、ハイドレンジアが呟く。

 彼が呼び鈴を鳴らし、ミモザを呼ぶ。


「国王陛下は俺が小さい時から、王妃陛下のことになると周りが見えないからね。そこは俺もウィスティのことになると同じだから反論出来ないけど、まだ俺は周りが見えてる方だと思ってるよ」


「……我が君は陛下より十分、見えてますよ。安心して下さい」


 苦笑して、ハイドレンジアが言う。

 側近からお墨付きを貰えた。

 呼び鈴を聞いたミモザが勢い良く扉を開けた。


「ヴァル様! もう起きても大丈夫なのですか?! お身体の異常はありませんか?!」


 流石、兄妹。心配してくれる言葉が一言一句、一緒だ。何だか、ほっこりする。

 しかも、近付いて、抱き着くところも同じだ。

 とても心配してくれたのか、彼女も震えている。

 ただ、高熱でうなされたせいで、汗臭いかもしれないのが、申し訳ない。


「ミモザ、心配掛けてごめん。大丈夫だよ」


 ミモザの肩をとんとんと優しく叩く。


「本当ですか? 高熱が五日も続いて、うなされて、こんなヴァル様は初めてで、生きた心地がしませんでした」


 言いながら、俺から離れ、額に手を当てる。

 ミモザの手も水仕事か何かをしていたのか、ハイドレンジアと同じくひんやりして冷たい。


「まだ、熱がありますね。ヴァル様、何か召し上がりますか?」


「何か消化に良いものがあれば、少し食べたい。あと、汗を掻いてると思うから、湯浴みをしたい」


「ヴァル様、すぐにお食事をご用意しますね!」


 俺の様子に安堵したのか、ミモザは笑顔で用意しに行った。







 五日振りの食事と入浴をして、俺はやっと一息ついた。その食事と入浴で、ハイドレンジアとミモザが過保護モードにハンドルを切ったことで一悶着ありました。

 病み上がりだが、食事も入浴も手伝い拒否の姿勢を俺が取ったら、五日も高熱だったのだから、身体が思うように動かなくて、また倒れたらどうするのか、という側近と侍女の過保護な発言が飛び、しばらく苦戦したが、何かあったら呼ぶと説得し、どうにか一人で食事も入浴も出来た。

 身体的にも成人したし、精神的には十五歳プラス前世の歳プラス神の俺の年齢……という怖ろしい精神年齢に辿り着き、そっと心の底の扉を閉じて考えないことにした。そんな精神年齢なので、入浴まで手伝ってもらうのは辛い。

 とりあえず、身だしなみを整えた俺は、私室の机で本に目を落とす。

 読んでいるのは魔導書で、王族限定の禁書だ。

 中身は魅了魔法について。

 一般の魔導書に載っている魅了魔法と、王族限定の禁書だと中身の詳しさが違う。

 何故、今になって読むことになったのか、それは俺の三つ目の権能の過去視が原因だった。

 人間と神に分かれた魂が一つになり、権能が身体の負担が掛かるが、前より使えるようにはなった。

 まだ制御は出来ておらず、過去視は勝手に働くことがある。

 その時に、ある少女の過去が視えた。


 その少女は、二百年前に生きていた聖属性持ちで、後に聖女と呼ばれる存在になるはずだった。

 だが、その少女は魅了魔法が使えた。

 魅了魔法は何故か聖属性の者の一部が使える。

 その少女はそれを王族に使ったことが発覚し、聖女になれず、罪人となり、処刑された。

 一般人や貴族に魅了魔法を掛けた場合は、まだ罪は軽かった。

 その少女が魅了魔法を掛けたのは王族。

 それも、王位継承権一位の王弟。当時の王にはまだ子供がおらず、王弟が次の王位継承者だった。

 魅了魔法を掛けられた王弟は、その少女の虜になってしまった。

 その少女は魔力が高かったことで、王弟は魅了魔法を何度も重ね掛けされた。重ね掛けすると人を意のままに操ることができ、掛けられた本人は自分の意志で動いていると勘違いする。

 その結果、王弟はその少女のために何度も国王の命を狙うようになった。

 王弟は自分が王になり、その少女を王妃と聖女にするために。

 様子がおかしいと気付いた国王と宰相、当時の宮廷魔術師師団長が魅了魔法を看破し、王弟を正気に戻した。

 王弟が正気に戻ったことで、その少女の持つ魅了魔法が発覚し、罪人となり、王位簒奪の罪等で処刑された。王弟も、魅了魔法に掛かったことで王位継承権を剥奪された。


 その過去の話を何故か、入浴中に視えてしまい、非常に困った。

 早く制御しないと、色々と大変だと頭を抱えることになった。それは後で考えよう。

 ただ、その過去にあった魅了魔法を使える少女をどうやって、当時の国王達は看破出来たのかが、俺が過去視の権能の制御が出来ていないからか詳しく視えなかった。

 なので、王族限定の禁書を読むことにした。

 ちなみに、この禁書は月白と花葉にお願いして、こっそり持って来てもらった。

 流石、初代国王と王妃。五百年前と王城の書庫にある禁書の位置も変わっていないようで、すぐ持って来てもらえた。

 俺が直接行くと、高熱から回復して、目が覚めたというのが両親に知られるので。

 ちなみにハイドレンジア達は俺が目が覚めたことは、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵にだけ伝えたらしい。そして、俺がまだ本調子ではないので、両親達には内緒にして欲しいと言ったようだ。

 知られると、読む時間が減るから正直助かる。

 心配してくれるのは有り難いが、今、まだ心情的に両親、特に父の顔を見たくない。

 息子の部屋で母と宜しくしようとしたことを根に持ってます。こちらは身体年齢では、まだ思春期真っ盛りです。多感な年頃で、こちらは我慢しているのに。

 俺でさえ、俺の部屋で愛しの婚約者とまだなのに……!

 それはさておき。

 魅了魔法について、一般の魔導書には聖属性持ちの一部の人が使えること、過去に少女と王弟の事件もあって世界で魅了魔法を使うことは禁止され、戻すには状態異常解除の魔法が有効、魔力感知で看破出来るとしか載っていない。

 俺のように魔力感知で看破ではなく、魔力感知を使えない人にも視認出来る方法がないか等、禁書に載っていないか読んでいる。

 あれば、早めに魔導具として作っておきたい。

 未来視の権能はハーヴェストが持っているから、先が分からないが、早めに作った方がいい気がする。

 ヘリオトロープ公爵も調べてくれているが、魔力感知を使えない人にも視認出来る方法探しは難航している。

 ヘリオトロープ公爵は前王弟の息子で準王族にあたるが、王族の禁書を見ることは流石に出来ないらしい。


『ヴァーミリオン、休まなくて大丈夫か? 三時間経ったぞ』


 頭を撫でながら、月白が声を掛ける。


「え、もうそんなに経ってます? でも、いつもならこのくらい経っても声を掛けられないのに……」


 月白にそう言うと、頬を引っ張られた。


「……あの、いひゃいへふ」


 引っ張られながら、痛いと月白に訴える。


『……少し、痩せたんじゃないか?』


 そう言いながら、月白が手を離す。

 引っ張られた頬を擦りながら、じとっと見上げる。


「五日も食べなかったら、多少は痩せますよ」


 頬を引っ張らなくても、痩せたかどうか分かるだろうに。


『そうか、ちゃんと食べるように。それと、今のお前はまだ病み上がりだろう。座って大人しく読書とはいえ、体力を使う。休め』


『そうよ、ヴァーミリオン。高熱ではないとはいえ、まだ微熱があるのよ? 休まないと』


 花葉が現れて、俺の額に手を当てながら言う。

 五百年前に両親になるはずだった二人も過保護モードになった。まぁ、二人の場合は俺に前科があるから強く反論出来ない。


「あ、でも、少し気になって……」


『もうすぐ、魔法学園の授業が終わる。お前の最愛が来るぞ。その時に倒れてもいいのか?』


「う……はい、休みます」


 ウィステリアのことを言われると、どうにも出来ない。諦めて、俺は禁書を閉じ、そのまま机に保管する訳にはいかないので、空間収納魔法の中に入れる。


『ちなみに、貴方の最愛、毎日来ていたわよ?』


「え……」


 それはつまり、高熱でうなされてる俺をがっつり見られてるということ……?

 は、恥ずかしい、いやそれより、絶対心配掛けてるし、公爵邸で泣いてたりしてるんじゃ……。

 花葉の言葉に、頭を抱えたくなった。


『……そろそろ、来る頃だろうから、俺達は離れる。何かあったら、すぐに喚ぶんだぞ、ヴァーミリオン』


「あ、はい。分かりました」


 月白と花葉は俺の頭を撫でてから、姿を消した。

 それと同時に、扉を叩く音が聞こえた。

 応答すると、息を切らした様子のウィステリアが入ってきた。


「リア?」


 息を整えながら、ウィステリアが俺の顔を見て、潤んだ目でこちらに走って来た。


「リオン様!」


 ウィステリアに勢い良く抱き着かれ、よろめきそうになるのを踏ん張って俺も慌てて抱き留める。


「お身体はもう大丈夫ですか?! 高熱でうなされてましたし、熱! 熱は下がりましたか!?」


 俺の頬や額をぺたぺた触りながら、ウィステリアは焦った様子でこちらを見る。


「リア、落ち着いて。熱は下がって、今は微熱だよ。心配掛けてごめんね」


「良かったです。リオン様が熱で倒れられたと聞いた時は気が気じゃなくて、うなされたお姿を見た時は本当にどうしようかと思いました」


「本当にごめんね。うなされたのは熱のせいではなくて、見た夢が最悪でね。でも、良かった。リアに会えた。魔法学園に通えるようになるまで会えないかと思ったから」


 言いながら、ウィステリアを抱き締める。彼女からふわりと花の優しい香りがして、幸せな気持ちになる。

 閉ざされた世界での五百年分の神の俺の記憶を夢で見たせいで、長い間ウィステリアに会えなかったような感覚になる。実際のところ、閉ざされた世界でもウィステリアに会っていたし、どちらも同じウィステリアだが、それでも目の前の彼女に会いたくて仕方なかった。


「リア、もう少し抱き締めててもいい?」


「えっ、はい。あの、リオン様、王子力、上がりました?」


 俺の顔を間近で見たウィステリアの顔が真っ赤になり、ぷるぷる震えながら問う。


「魔力の覚醒したから、上がったらしいよ。俺は何が上がったのかよく分からないけど、そんなに違う?」


 入浴後に鏡を見たが、何が変わっているのかよく分からなかった。なので、ウィステリアに聞いてみる。


「美しさが限界突破してますし、その、私の目には視覚効果が見えます……」


 間近で俺の顔を見ていたウィステリアは耐えられなくなったのか、俺から離れて目を伏せて、顔を赤くした。


「どんな効果?」


「周りがキラキラしてます。以前からもそうだったのですが、今は凄くキラキラしてます。お顔も美しいですけど、視覚効果も相まって、ヴェルお義姉様みたいです……」


 尚も顔を真っ赤にして、ウィステリアが呟く。

 ん? ヴェルお義姉様? いつからその愛称になってるの?!


「えーと、リアさん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、どうしてハーヴェストをヴェルお義姉様って呼んでるのかな?」


 ウィステリアからはリオンって呼び捨てでまだ呼んでもらってないのに、結婚もしてないのに、もうお義姉様?

 う、羨ましいとか思ってないが、何か悔しい。


「あの、実は魔力の覚醒をした時に、私の部屋にヴェルお義姉様が来られて、その時に愛称で呼び合うことになりまして……」


 もじもじしながら、ウィステリアが教えてくれる。

 流石、ハーヴェスト。俺の双子の姉。

 お互いウィステリアが推しだから、愛称で呼び合いたいよなぁ……。俺は婚約者だから、四歳の時にさらっと呼び合うように仕向けたけど。


「そうなんだ。その時、何か他に話した?」


「はい、ヴェルお義姉様と仲良くなりたいですとか、リオン様と幸せになって欲しいとか色々話しました。あと、こちらを頂きました」


 魔法学園の制服の左袖を少し上げて、金と銀で出来た金属の帯で編まれ、紅色の石と濡羽色の石が付いたブレスレットをウィステリアが見せてくれる。

 閉ざされた世界で神の俺がハーヴェストにお願いして、ウィステリアに渡して欲しいと伝えたブレスレットだ。


「ヴェルお義姉様が神として生まれるはずだったリオン様が、私に渡すはずだった物と伺いました」


 大切そうにブレスレットを撫でながら、ウィステリアが告げる。

 ウィステリアのその表情を見て、胸が熱くなる。

 彼女が愛おしくて、自然と笑みを浮かべる。


 ――やっと渡せた。


 俺の中の神の俺が嬉しそうに言っている。

 あの閉ざされた世界で、ウィステリアに渡したかったが、あの世界ではループすると渡した物も始めに戻ってしまう。一度、神の俺は彼女に渡したが、始めに戻った時に手元に戻って来てしまい、愕然とした。

 渡した物が手元に戻って来たことで、あの世界で彼女を守れないことに絶望した。

 あの世界では、神の俺だけ覚えていて、渡した物も貰った物も手元に残った。フラガラッハも同じで神の俺が使い手だから、何度ループしても手から離れることはなかった。

 彼女や親友達から貰った物だけ、神の俺の手元に残り、ループの度に積み重なっていく。その度に心が折れそうになった。再生の権能で戻されたけど。


「……そうだね。俺が渡したかった物だよ」


 ウィステリアの手とブレスレットに触れ、抱き締める。


「え、リオン様はこちらをご存知なんですか……? どうして……」


 俺に抱き締められたまま、ウィステリアは不思議そうに問い掛ける。

 彼女はまだ、あの閉ざされた世界のことを知らない。起きなかった未来だと思っている。ディジェムもオフェリアも。

 知らなくてもいいことだし、本当は教えたくないことだけど、彼女達も俺と同じ当事者だから知る権利はある。


「……それは、ディルやオフィ嬢がいる時に伝えてもいいかな? だから、今日は何も聞かないで」


「わ、分かりました」


 少し訝しそうにしていたが、ウィステリアは笑顔で頷いてくれた。

 そして、抱き締められたままのウィステリアは俺の額に触れた。ちょうどいい冷たさで、心地良い。

 が、突然のことなので、思わず固まる。


「高熱ではないですけど、まだ、熱がありますね」


 上目遣いで心配してくるウィステリアにどきりとする。

 上目遣いのウィステリアさん、可愛いです。


「……魔力の覚醒で魔力が上がったし、権能も使えるからねー……。持つ力が大き過ぎて、身体が慣れないんだよ。鍛えないとなぁ……」


 何とか平常心で、抱き締めていたウィステリアから離れ、彼女をソファに座ってもらい、隣に座る。


「だから、あと数日したら魔法学園に登校するよ。フォギー侯爵も捕らえたし、とりあえず、見える範囲の心配事はないし」


「はい。待ってます。でも、無理はしないで下さいね。リオン様、無理をしても大丈夫って言いますから」


「……善処するよ」


 つい、目を逸らしながら呟くと、ウィステリアにじっと無言で見つめられた。居た堪れない。


「あ、魔法学園のことですが、もうすぐ試験がありますよ」


 思い出したようにウィステリアが言い、俺もそういえばと思い出す。

 最近は濃い内容のことがあり過ぎで、学生生活が遠くに感じる。


「あ、そういえばそうだったね。休んでる間も勉強しとこう。あ、皆で勉強会が出来るかな……」


「ディル様やオフィ様も勉強会したそうにされてました」


「リアもしたい?」


「はい! 勉強会って勉強しないといけないのは分かるんですけど、教え合うのが楽しいんです。もっと仲良くなれますし」


 笑顔で頷くウィステリアを見て、ほっこりしつつ思い付いたことを彼女に提案してみる。


「じゃあ、ここで皆を呼んでする? 俺が休んでる間」


「え、でも……リオン様のお身体が……」


「少しなら大丈夫だよ。それに休んでる間の授業内容を知りたいし、分からないところはお互い教え合えるし、ここで勉強会すれば俺も皆も一石二鳥で良いんじゃない? 幸い、南館は中央棟と違って、政治とか貴族の腹の探り合いは無縁なところだし、ここは静かだよ」


「そう、ですね。皆様に聞いてみます!」


 皆で勉強会が出来ると目を輝かせたウィステリアは大きく頷いた。


「お願いしてもいい? 俺ももう少し体調良くしておくから」


 微笑むと、ウィステリアは顔を真っ赤にして頷いた。 

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