第61話 第二王子と王妃

 ヘリオトロープ公爵が俺の状態を父に報告するため、南館から出たのを確認して、シスルが俺に近付いて来た。


「ヴァル様、本当にもう大丈夫なんですよね?!」


「もう大丈夫だよ。心配し過ぎだよ、シスル」


「平気でヴァル様は動いてましたけど、症状はどう見ても、ピオニーよりひどい状態だったんですよ?! 心配するに決まってます!」


 前世の呪いと比べたら、動けるし、寝たきりになる程ではなかったので、軽いと思っていたのだが、シスル達にとってはそうではなかったらしい。


『まぁ、リオンはそれ以上の経験をしているから、魔力過多症ではそこまで辛くないのは確かだが、普通は魔力過多症は辛いことだからな』


 紅が念話で伝えてきた。

 ごもっともなんだけどね……。

 魔力過多症より、呪いの方が重いだろうし……。

 慣れは恐ろしいなと思った。


「我が君の体調が良くなって、私も安心しました。魔力の覚醒は仕方がないことではありますが、我が君が魔力過多症になるとは思いませんでした」


「それはまぁ、俺も思いもしなかったけどね。シスルのポーションのおかげで、覚醒前より身体は軽いし、魔力の調整がしやすいよ。ありがとう」


 手を広げ、今度は風魔法で小さな萌黄を作ってみる。可愛く出来た。


「ほら、萌黄が可愛く出来た。魔力過多症の時よりマシだろう?」


 ハイドレンジアとミモザ、シスルに魔力過多症になったと紅とロータスと共に伝えた時に萌黄を作って見せたが、その時は萌黄には見えず、言葉にしたくないが、太ったチェルシー・ダフニーになってしまい、非常に不愉快な気分になった。顔には出さなかったが。


「……マシどころか、今の方が可愛いです。アレは論外です。ヴァーミリオン様に対する、魔力過多症の呪いかと私は本気で思いましたよ」


 ロータスが辛辣に言い放った。まぁ、気持ちは同じだから、何も否定はしないが。


「ロータス、それはちょっと可哀想だよ……」


「何を言ってるんだい、シスル。あの女はヴァーミリオン様にも、最愛の婚約者様にも害でしかない女だ。このくらい言っても問題ない」


 肩を竦めながら、この場にいないチェルシー・ダフニーに挑発するようにロータスは言い放った。

 ちなみに、シスルにも俺の事情は説明している。

 同じ南館に住むのに、シスル以外が知っていて、彼だけ知らないというのはあまりにも不公平に感じたので。俺が。

 なので、アルパイン達にも近々、機会があれば言うつもりだ。

 ロータスのことは誰にも話していない。いつか必要な時に、本人の口から説明をすると思うので。


「ドラジェ伯爵令息殿。私も同意見です」


 ハイドレンジアが大きく頷いて、同意した。


「おや、エクリュシオ子爵殿も話が分かる方ですね。実は、一度、しっかり語らいたいと思っていたのですよ」


 何について? と思ったが、口には出していけない気がしたので、やめた。この過激派の二人のことだ。きっと俺のことだ。


「……そういうのは俺がいないところで話そうね」


 お互い頷き合う二人に、咳払いをしつつ窘めるが、聞いていないようだ。











「ロータスはヘリオトロープ公爵に権能使ったのか?」


「はい。こっそり。ヴァーミリオン様もですよね?」


「うん、ヘリオトロープ公爵を見送る時にこっそり……」


 ハイドレンジアは南館の警備の確認へ、シスルはあと一本になってしまった魔力過多症のポーションの追加を作りに、俺の私室から離れた。

 紅とロータスのみになったので、ヘリオトロープ公爵に使うと言っていた権能のことを聞いてみた。

 お互い、こっそり使えたようだ。


「それで、フォギー侯爵を誘き寄せる作戦はどのようになさるのですか、ヴァーミリオン様」


「ん? ああ、俺が体調を崩していて、王城で臥せっているってパーシモン教団の教会に噂を流すつもりだよ。直接教会に流せば、王都に完全に広まる前に来るかなって。臥せっていると聞けば、第二王子を狙っている連中より先に救うとか何とか思うだろうし」


 紅茶を飲みながら、対面のソファに座るロータスに答える。


「成程。そこでフォギー侯爵を捕らえるついでに、他の狙う連中も捕らえたら一石二鳥だということですね」


「フォギー侯爵以外も釣れたらね。今回の本命は侯爵だよ」


 ティーカップをしばらく見つめ、ロータスを見た。俺が何を言うのか、分かっているのか、ロータスはにこにこと微笑んでいる。


「……俺が覚醒している最中、神になるはずだったヴァーミリオンが君のところに来た?」


 ロータスに尋ねると、紅が驚いた顔で俺を見る。


「はい。突然、お出でになられたので、非常に驚きました。ヴァーミリオン様に、権能の使い方をお教えするように仰られました」


「神になるはずだった俺は、起きなかった未来と聞いたのに、何故、存在するんだ?」


「……少し、表現が難しいのですが、今時点では起きなかった未来です」


 その表現に、眉を寄せる。


「つまり、世界線が違うと言いたいのか?」


「それも少し違います。閉ざされた未来、と言いますか、切り離された未来と言いますか……。実際に起きないようにするために、閉ざした未来です。ハーヴェスト様の母君が視た未来が起きないようにするために、ヴァーミリオン様とディジェム様を神から人間として生まれるようにしましたが、神を二柱も失うことになります。その分の穴埋めが必要になりますが、すぐには代わりは生まれません。なので、生まれたばかりのハーヴェスト様の権能の創造で、ヴァーミリオン様とディジェム様、お二人の最愛の方々の魂を一部取って、皆様そっくりの半神と人間を創り、この世界に似た世界を創り、均衡を保つことにしました。その半神はその世界で元女神に似た者に殺され続けています」


 何だ、それ。

 それはかなり酷い。残酷だ。殺され続けるって、それは悲壮感を漂わせるはずだ。心が病む。

 しかも、俺の魂を一部使っているなら、俺に助けを求めるのは当然なことだと思う。

 それに、俺の権能はどちらもある意味、厄介だ。

 守護と再生。

 どちらもプラスに働けばいいが、マイナスに働いた場合、絶望する。俺なら。

 神になるはずだった俺も俺だから、彼が何を考え、こちらに来たのか、何となく分かった。


「……元女神のことが片付いたら、その閉ざされた未来は消える?」


「そうですね。無事に片付いたら、必要はなくなると思いますので、なくせるとは思います」


「その場合、俺かディルのどちらかが神にならないといけないってことはある?」


「ないですね。閉ざされた未来を作った時は、ハーヴェスト様も生まれたばかりでしたが、今は既に立派な女神ですし、ヴァーミリオン様とディジェム様の代わりのような神が何柱か生まれましたから、問題ありません。お二人とその神達の権能は似て非なるものですし、かなり弱く、下位ですが」


 まぁ、魂になっても使える厄介な権能がたくさんあっても困るよなぁ。

 しかも、俺もディジェムも権能が二つあるということは上位の神だろうから、下位ということは何柱かで俺とディジェム二人分を補っているんだろうと思う。


「……聞く度に思うけど、本当に元女神がいらないことをしなければ、こんな拗れたことにはならなかったんだよな」


 そのとばっちりを俺とウィステリア、ディジェム、オフェリアが被っている。特に魂の一部が。

 拗れたことで迷惑九割九分、残りの一分は感謝の部分はあるけど。

 拗れたことで、出会った人や召喚獣達がいるので。拗れたことにならなければ、出会えなかったと思う。

 それ以外はほとんど大迷惑しかないのだが。


「……そうですね」


 ロータスも俺と同じことを考えているようで、切なげに頷いている。


「……助けないといけない人達が、また増えたな……」


 正確には俺やウィステリア達の魂の一部。あの悲壮感を漂わせていた俺は多分、精神的に限界だったと思う。

 例え、再生の権能を持つ、神になるはずだったヴァーミリオンだとしても。

 ただ、気になるのは、覚醒の時に神になるはずだったヴァーミリオンが言っていた「これからは俺も背負う」という言葉。

 彼は閉ざされた未来というところではなく、ここにいるのだろうか。

 まだまだ分からないところだらけだ。

 独り言のように俺がぼそりと呟くと、紅が頭を撫でてくれた。


『……我も手伝う。相棒として、リオンの魂の一部は守る対象だ』


「もちろん、私もお手伝い致しますよ、ヴァーミリオン様」


「二人共、ありがとう」










 ロータスもドラジェ伯爵邸に帰り、俺は私室で昼食を摂った。

 魔力過多症の状態の時と治った後、計二回、権能を使ったのが原因で、今になって発熱した。時間差でやって来るとは思わなかった。

 なので、ケープを羽織っている。若干、悪寒がするので。悪寒がするということは、まだまだ熱は上がるということだろう。

 溜め息が漏れる。

 程々に休憩をしていると、母がやって来た。


「ヴァル!」


 控えめに扉を叩く音が聞こえ、応答するとすぐ扉は開いた。


「母上? どうしました?」


「どうしたではありませんわ。ヴァル、魔力が覚醒したことで、魔力過多症になったとクラーレットに聞きましたわ。もう大丈夫ですの?」


「はい。シスルと一緒に作った魔力過多症を治すポーションで治りました。ヘリオトロープ公爵から治ったとはお聞きしていないですか?」


 母に問い掛けると、目を何度も瞬かせ、俺を見つめる。親子だし、そっくりな顔なので、だんだん謎の恥ずかしさが出てくる。


「……聞かずに来てしまいましたわ。ヴァルが魔力過多症になったと聞いて、居ても立っても居られなくなってしまって……。何故、いつも巻き込まれるのがヴァルなのと思ってしまったのよ」


 しょんぼりした母の顔が、だんだん苦笑に変わっていく。言葉遣いも普段の余所行きの言葉ではなく、身内限定の言葉遣いになっている。


「……貴方が生まれる時はとても時間が掛かったの。王家の主治医から、グラナート様と共に、わたくしを選ぶか、貴方を選ぶか問われたわ。その時に、お腹から暖かい癒やしの魔力を感じて、わたくしも貴方も無事だった。七年前もヴァルはわたくしとグラナート様を守ってくれた。そして、先日も」


 いきなりの生まれる時の話をされて、顔には出さないが驚いた。

 また俺は五百年前の時のように、やらかし掛けたのか。


「フォギー侯爵のことはグラナート様とクラーレットから聞いたわ。わたくしは魔法学園時代に、しっかり断ったの。わたくしの最愛はグラナート様であって、フォギー侯爵子息ではない。あの方の代わりはいない。婚約者を蔑ろにし、大切にしようとしない者の元に誰が行くか。痴れ者が、とね」


 あ、やっぱり同じことを言ってたのか。

 きっと、母が言うであろうと俺がフォギー侯爵に言ったのとほぼ一緒だ。


「それからは何もなかったのに、まさか今になってまたわたくしを狙ってくるとは思ってもいなかったわ。しかも、息子のヴァルにまで……。いくら、わたくしとそっくりだからって、何をするつもりだったの……」


 言えない。母共々、妻にされそうだったとは絶対に言えない。

 父以上に、母が何をするか分からない。

 俺が三歳の時に、階段から、それも下から五段目くらいから落ちて、頭を打っただけで、王城内の階段という階段を全て壊して、滑り台にするって言い放った母だ。

 フォギー侯爵に何をするか分からない。


「……あー……母上。その辺りは、また捕らえた時に、私がしっかり聞いておきます。その時に、不敬な内容だったら、しっかり私が潰しますから」


「その時は、わたくしも呼んで欲しいわ。わたくしもいい加減、腹が立っているの。グラナート様に、セヴィ、アテナを亡き者にしようとして、更にヴァルも狙ってくるとは、カーディナル王家を嘗めているわ。発端がわたくしに対する恋慕なら、余計に当事者として潰す権利はあるもの。だから、ヴァル。潰す時はわたくしも同席するわ。貴方のことだから、南館を囮に使うつもりでしょう? その時はわたくしもいるわ。病床に伏した息子の看病で付きっきりで王妃も南館に居ると流せば、すぐやって来るわよ」


 わぁ、俺より母がキレてる……!

 気持ちは凄く分かるけど、母が来たら父も来るんじゃない?


「そうかもしれませんが、父上もこちらに来られるのでは……」


「大丈夫。しっかり笑顔で言いますから。仕事しろと。王の勤めを果たさない夫なんて、倉庫に放置します、と。三年前からグラナート様の訪問が過剰だったから、何かあると分かっていたけれど、まさか当事者のわたくしに内緒にしようとしていたのは腹が立つわ」


 まぁ、母の立場なら、そう思うだろう。

 夫が内緒で、がっちりガードしてましたなんて。

 母の性格なら、一緒に戦うくらいするのに、内緒にされていたら、まぁ、腹が立つだろうな。

 ……俺も結婚後はウィステリアにしっかり説明した上で、がっちりガードしよう。

 円満な家庭のため、大事なことだ。心に留めておこう。


「わたくしも情報網はあるのよ。ヴァル、王妃の影はね、専属の侍女達よ。ヴァルの動きは貴方も配下の方達も上手で、躱されているから情報がなかなかわたくしにも入らないけれど、グラナート様やセヴィ達の動きはある程度、分かるのよ。だから、わたくしなりにフォギー侯爵のことは把握しているわ。流石に潜伏先の情報はまだ入っていないけれど、ヴァルはもう把握しているのでしょう?」


「……まぁ、そうですね」


 優秀な眷属神のおかげです。ロータス様々だ。


「今後の憂いを断つためにも、ヴァル。わたくしも加わらせて」


「母上も私も当事者ですからね。母上のお気持ちは分かります。ですが、父上にもちゃんと伝えて下さい。父上が母上を心配するお気持ちも分かりますから」


 俺もウィステリアが大事だから、悪意から遠ざけたいという父の気持ちも分かる。同じことを俺も考えているし、やってしまっている部分もある。

 ただ、やり過ぎると拗れてしまい、不仲に繋がる切っ掛けにもなる。

 流石に息子として、不仲になる両親を見たくないので、決行前に話しておいて欲しい。


「……そうね。分かったわ。グラナート様のお許しを頂いたら、ヴァルに付きっきりの看病をするわ。魔力過多症が治ったとはいえ、まだ身体が辛いのでしょう?」


 俺そっくりのいたずらっぽい笑顔を浮かべ、母が言う。

 バレるよな……普段羽織らないケープを羽織っているんだし。


「子供の頃から、貴方は強がるから、弱味を見せてくれなくて、心配だったのよ。フェニックス様には見せているようで安心はしていたのだけど。出来れば、母には見せて欲しいわ」


 俺の頭を撫で、頬に触れて、母は慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「熱があるわね。ゆっくり休みなさい。貴方に回った書類はグラナート様に返しておくわ。グラナート様がやれって凄んでおくわ」


 母の凄み、怖いんだろうなぁ。

 味わいたくないけど、第三者として離れたところで見てみたい。

 そして、熱があることがバレた。触ったらバレるか。


「分かりました。休みます」


「ヴァル、添い寝しましょうか?」


「……それは流石に勘弁して下さい。何歳だとお思いですか」


 断ると、母は残念そうな顔だった。

 ウィステリアとの子供が生まれた時に、その子供にさせてあげたら喜ぶかなと思いつつ、南館から帰る母を見送った。


「休みつつ、考えないとね、色々と」


 フォギー侯爵のこともだが、神になるはずだった俺のことも。

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