第60話 魔力過多症

 目を開けると、夜中だった。

 ……いつの夜中だろうか。

 寝ていたのに、身体は重い。

 いつもなら疲れて寝ても、次の日には身体は軽かった。

 寝ていても身体が重いのは前世以来だ。

 魔力を覚醒させて、暴走させるとこんなにもダメージのようなものが重いのだろうか。

 健康は素晴らしいなと改めて思う。

 ゆっくり上半身を起こし、ゆっくり方向転換して、ベッドから足を出す。

 両足に力を入れて、ナイトテーブルを支えにしてゆっくり立ち上がる。

 前世の起き方と一緒で、この十五年間が幻だったのではと、つい思ってしまう。

 目が冴えてしまったので、寝室から出て、私室に移動し、机の上に置いてあるランプに明かりを小さく灯す。

 部屋を煌々と明るくしてしまうと、ハイドレンジア達に気付かれて怒られてしまうので、小さな明かりにする。

 つい、いつもの癖で自分の机の上に積み重なった書類に目を通す。

 父が放置し、兄やヘリオトロープ公爵が手一杯になり、どうにもならなくなった書類だ。

 母を狙う連中がいるから側にいるというのは分かるが、それはそれ、これはこれだ。

 いい加減、仕事をして欲しい。

 ヘリオトロープ公爵が過労死してしまう。

 そうなったら、将来の義家族達に申し訳がない。


『リオン、体調はもう良いのか?』


 机の右側に留まり、紅が心配そうに声を掛けてくる。


「まだ身体は重いけど、寝てばかりじゃいけないからね。どのくらい寝てた?」


『一日だ。もっと休んだ方がいいと我は思うのだがな』


「フォギー侯爵を早く捕えたいから、色々考えないとね。寝ていられないよ」


 言いながら、一つの書類に目が留まる。


「あー……ロータス、無茶したな」


 書類と書類の間に、しれっと別の書類が入っていて、思わず溜め息を漏らす。

 書類の字はロータスだ。

 俺が寝ている時に、こっそり私室に侵入して書類の間に入れたようだ。

 ロータスだから許すけど、これ、不法侵入だからね。


『何と書いてあるんだ?』


 紅も気になるのか、問い掛けてくる。


「俺の体調はどうかとか、権能を使ったが身体に不調はないかとか、色々心配だとかが大半で、本題が一行だけだよ」


『ほう。それで本題は何と?』


「フォギー侯爵を見つけたってさ。詳しくは朝こっちに来て話すって」


『……は? もうか?』


 珍しく紅がぽかんとした表情をしている。

 初めて会った時と比べて、イケメンな相棒はかなり表情豊かになった。

 初めて会った時以降は、二枚目なところしか見せてくれなかったが、月日を重ねて、俺や周囲に感化されたのか色々な表情を見せてくれるようになった。俺としては、それがとても嬉しい。

 そんなことをふと思いながら、俺の手にある書類をもう一度見る。


「優秀だよね、ロータス。本当に情報収集能力が凄い。俺としてはコツを知りたいところだね」


 神になるはずだったロータスは目も耳も良い。

 俺も同じく、神になるはずだったのに、目も耳もロータスのように良くはない。

 ロータスと何が違うのか。彼に聞いてみたい。


『……それで、リオンはどうする?』


「今は何も。とりあえず、しばらくは様子見だね。誰が手引きしたのかはまだ分からないからね。分かり次第、動くよ。その間に体調も含めて、万全にしておきたい」


 ロータスからの書類を空間収納魔法で収納し、息を漏らす。


「今度こそ、潰す。アッシュや彼の母親、姉が平穏に暮らせるようにね」


 正直なところ、アッシュ達家族を見ていると、侯爵がいない方が家族らしく生活しているように見えた。あくまで、俺の私見だが。


「それに、侯爵には俺の家族に手を出そうとしたのが運の尽きと、後悔しても足らない生き地獄を味わってもらうよ」


『……そういうところはアルジェリアンに本当にそっくりだな。髪の色も同じで、顔も似ているから余計にそう思うぞ、我は』


「俺の父になるはずだった人だし、ご先祖様だからね。似るところはあるよ」


 苦笑しながら、紅の羽根を撫でる。ふわふわだ。


『俺を呼んだか? ヴァーミリオン』


 タイミング良く、月白が背後から現れる。ついでに恒例になっている、俺の頭を撫でることも忘れていない。


「呼んでませんよ。父様の話をしてはいましたが」


『へぇ、俺の話か。どんな?』


 にっこりと有無を言わせない圧の笑顔で、俺に聞く。


「……フォギー侯爵を今度こそ潰すと話していたら、紅から父様に似てると言われました。父になるはずだった人ですし、ご先祖様だから似るところはあると話していただけです」


 つい、目を逸らしながら呟くように言うと、月白が照れたように俺と同じように目を逸らした。


『そ、そうか……。確かに、俺の息子になるはずだったし、子孫だから、似るのは仕方ないな……』


 月白が照れている。その仕草は、俺そっくりだ。母にも似ている。顔もだが、ツンデレ具合は特に母だ。

 だが、母の生家は五代前の王家の王女が降嫁した、ジェオルジ公爵家だ。月白と花葉の血が僅かながら流れてはいるが、こんなに似るのは不思議だなと思いつつ、父になるはずだった聖の精霊王を見る。

 そこで、ふと前から気になっていたことを聞くことにした。


「ところで、聖水を作れるのはカーディナル王国では大神官と俺のみとロータスから聞いたのですが、何故ですか?」


『ん? 大神官とヴァーミリオン以外の聖属性持ちの聖職者は聖職者として、あるまじき行為をしまくっているからな。そんな奴等から聖水なんてもらいたくないだろ。有り難くも思わないだろ。だから、俺が作れないように制限を掛けた』


「そんな簡単に制限掛けられるんですか……」


『まぁ、精霊王は神の次の存在だからな。世界に神がほとんど関与出来ない代わりに、精霊王や精霊が関与する。その一部が守護、祝福、加護だ。加護は神でも出来るが、権能が二つ以上持つ神でないと出来ない。俺は聖の精霊王になったから、あるまじき行為をしまくっている聖職者では聖水が作れないように祝福の逆を与えた』


「祝福の逆って、呪詛ですか?」


 それはそれで物騒で怖いんですが。


『呪詛とまではいかない。呪詛を与える程の出来た人間性が、あるまじき行為をしまくっている聖職者にはないからな。制限を掛けただけだ。まともな神官だった者が、堕ちた場合は呪詛に近いことをするが、元から堕ちている者に呪詛なんて与えても無駄な労力だ』


 辛辣だ。まぁ、俺がもし、月白と同じ立場なら、同じことをするかもしれない。


「制限を掛けた後の神官達はどうなるのですか?」


『ああいう人間は改めることはない。そのまま聖水が作れないだけだ。精霊王や精霊が人間を裁くこともない。制限を掛けたりはするが、それだけだ。精霊王の俺が裁く立場ではない。人間のことは人間がするべきだ。だから、大神官達、上の立場の者が裁けばいい』


「それで自浄作用が働けばいいですが、駄目なら王族が裁け、ということですね?」


『そういうことだな。俺も人間だったから、色々なしがらみとかがあるのは分かるが、あれは五百年前と比べても、今の方が腐ってるぞ。早めに潰すことを勧める』


「潰すって、俺にはそこまでの権限はないですよ。ただの第二王子なので」


 第二王子がフォギー侯爵を潰せるのは、俺と母に実害があるからだ。こちらになければ、簡単には潰せない。

 国王や王太子に任せるしかない。


『……秘密裏に潰せばいいんじゃないか? ヴァーミリオンならバレないようにやれると思うぞ』


 ニヤニヤと月白が誂うように言う。

 やろうと思えば、出来なくはないかもしれないが、後々が面倒臭い。というか、煽るなよ、初代国王。


「……煽るのはやめて下さい」


 そう言うと、月白に頭をまた撫でられた。











 朝になり、ロータスが何故かにこにこと満面の笑みで俺の私室にやって来た。


「ご体調は如何ですか? ヴァーミリオン様」


「身体は重いけど、動けるよ。魔力制御は相変わらずだよ。上手く出来ない」


「私が見たところ、ヴァーミリオン様はピオニーと同じで、循環する魔力が上手く調節出来ず、少しの魔力しか放出されないまま、魔力が身体に溜まっていますね」


 じっとロータスに見つめられながら、俺の状態を言われ、はたと気付く。


「ん? それは魔力過多症になってるということか?」


 そういえば、魔力過多症は身体を循環するはずの魔力が身体に溜まっていくことが原因で、身体が重くなり、動けなくなる。

 今の俺の状態に似ている。


「そうですね。魔力過多症ですね。ピオニーよりひどい状態です。よくその状態で動けたり、権能を使えましたね。権能をお教えする時に文書ではなく、直接こちらに伺えば良かった……」


 しょんぼりとした表情で、ロータスが呟く。

 まぁ、前世の呪いの方がキツかったから、このくらいなら余裕と思ったからだと思う。


『我も魔力過多症に気付けば良かった……。すまぬ』


 俺の右肩に乗る紅もしょんぼりしている。


「いや、俺もすっかり忘れて気付かなかったし、二人共、気にしなくていいよ。ということは、シスルにお願いして、作ってもらわないといけないね。ヘリオトロープ公爵にも証人として来てもらわないとだね。まさか、魔力過多症を治すポーションを検証する二例目が俺だとはね……」


 ヘリオトロープ公爵に何て言おうか。

 普通に覚醒して、魔力が増えた結果、魔力過多症になったと言うしかないだろうな。


「シスルとヘリオトロープ公爵は後で呼ぶとして。ロータス、フォギー侯爵は何処にいた?」


「はい、侯爵は王都にいます。場所はパーシモン教団の教会です」


「……王都か。灯台下暗し、だな。手引きした者は分かった?」


「はい。恐らく、私以外ではすぐ分からなかったと思います」


 ロータスがにこにこと笑みを浮かべる。萌黄のように、褒めて下さいと言いたげな目をしている。

 ロータスの言い方で、思い出したことがある。


「……手引きした者は元女神だね?」


「仰る通りです。正確にはチェルシー・ダフニーの身体を使った元女神ですけどね。だから、私にはすぐ分かりました」


 ロータスの権能は調和だから、元女神の権能の惑いは効かない、ということなのだろう。


「もう、身体が使えるのか?」


「いえ。無理をして使ったようですよ。なので、その反動で、チェルシー・ダフニーも寝込んでいるようです」


「そうなのか。フォギー侯爵を脱獄させたのは何故なのかは分かった?」


 元女神が関連しているなら、俺目的だろうな。

 溜め息が思わず漏れる。


「お察しの通り、ヴァーミリオン様を手に入れるための駒ですね。陥れるつもりのようですよ」


「うわぁ……嫌だな。じゃあ、こちらも対策を考えないとだね。恐らく、元女神までには今は届かないだろうから、フォギー侯爵だけでも捕らえないとだね」


 溜め息がまた漏れる。

 ウィステリアとの恋愛だけしたいと思うのは、現実逃避なのだろうな……。

 心の平穏が欲しい。


「……とりあえず、対策はまた考えよう。調べてくれてありがとう、ロータス」


「いえ。お役に立てて良かったです。ヴァーミリオン様、ヘリオトロープ公爵を呼ぶ際に、私も同席しても宜しいでしょうか?」


「いいけど、何故、同席を?」


「ヘリオトロープ公爵にこっそり権能を使っておこうと思いまして」


「元女神が狙っているのか?」


 眉を寄せて、ロータスを見る。


「元女神がフォギー侯爵を駒として使うと先程伝えました。今回の元女神の目的は、その先にあるヴァーミリオン様の周囲の方に近付くためですからね」


「フォギー侯爵を捕らえる時にいるであろう、ヘリオトロープ公爵を魅了し、その周囲に伝播させるつもりということか? ヘリオトロープ公爵に辿り着けば、俺にもウィステリアにも近くなるから」


「その通りです」


「面倒臭いな、元女神の執着」


 大きな溜め息を吐き、頭を抱えたくなる。


「……俺も守護の権能を使っておこうかな。家族や友人達にも」


「ヴァーミリオン様の権能も、私の権能と相性が良いですからね。良いと思います。ただ、ヴァーミリオン様の場合、あまり使い過ぎるのは宜しくありません。権能が強いので」


「魂になっても使えるから、厄介だよね……。まだ俺自身、使いこなせてないし。何故か使えるようになったし」


 ハーヴェストからは人間の俺では使えないって聞いていたのに、使えるようになったのは覚醒の時に見た、恐らく、神になるはずだった俺の影響なんだろうな。


「権能の詳しい使い方については追々、私がお教え致します」


 穏やかに微笑み、ロータスが慰めてくれた。












「……成程。殿下が社交界デビューパーティー後に、魔力の覚醒をされたということですね?」


 俺の私室にヘリオトロープ公爵とシスルを呼び、自分の状況を説明すると、公爵はこめかみに手を当てる。

 ちなみに、俺の私室には紅とハイドレンジア、ロータスもいる。


「そうですね」


「しかも、魔力が更に上がったことで、魔力過多症になり、フォッグ子爵と共に治すポーションを既に作っていたと」


「そうですね」


「治すポーションの検証は既に殿下で二例目、ということですね……」


「そうですね」


 確認のため、ヘリオトロープ公爵からの質問を「そうですね」で答えるしかない俺は、精神的に疲れさせてしまい、申し訳ないと思いつつ、将来の義理の父を見る。


「エクリュシオ子爵やフォッグ子爵、ドラジェ伯爵令息の前で聞くことではないのは重々承知ですが、殿下の臣下の方々なので、そのままお聞きしますが、王族の魔力の覚醒の条件は最愛の方からの愛を貰うなのですが、殿下は誰から貰いましたか? そして、何処までなさいましたか? 殿下のことですから、ちゃんとされていると思いますが……」


 ずいっと俺に顔を近付けて、ヘリオトロープ公爵が俺に聞く。

 うん、それ、俺の臣下とはいえ、本当にハイドレンジアやシスル、ロータスの前で聞くことではないよね?!

 若干、目が血走っているヘリオトロープ公爵に震撼しつつ、表情は変えずに一つ、咳払いをする。


「……ウィスティから頂きました。口づけだけです。私の両親のようなことはしてません」


 そう告げると、ヘリオトロープ公爵は心底安堵した表情を浮かべた。

 まぁ、貴方の娘さん、俺を押し倒しましたけどね?!

 本当に、勘弁して欲しい。俺の心にズキズキとダメージが刺さる。


「安心しました。殿下のことは信じておりますが、心配になりましたので、聞いてしまいました。それより、殿下。陛下方の覚醒のお話、聞かれたのですか?」


「覚醒の話というより、学生時代の親密具合を十二歳の時から散々、王妃陛下よりたくさん聞かされてました……。ですので、余計にウィスティとは婚前交渉をする訳にはいかないと思いました。結婚まではそのようなことをするつもりはありませんが、ヘリオトロープ公爵には事前にお伝えしておけば良かったですね……」


 思春期の息子に母は何を話してるんだと当時は思ったが、一応、精神年齢はその時点で三十一歳だったので、心のダメージは浅い。いや、無傷だった。

 前世の記憶がない、十二歳の純粋な少年だったら、色々と無理だったかもしれない。両親を幻滅していたかもしれない。

 まぁ、若干、リア充爆発しろと、恋人を作ることも叶わずだった前世の俺が出て来たけど。


「……娘のことを考えて頂き、ありがとうございます、殿下。あと、すみません、シエナが変なことを言いまして……」


「いえ、ヘリオトロープ公爵が謝ることではありませんので」


 変な空気が漂い、俺は空気を変えるため、咳払いをする。


「そういう訳で、今、私の体調が優れないのは魔力過多症のようです。妹のピオニー嬢が同じ症状だったドラジェ伯爵令息のおかげで分かりました。シスルはドラジェ伯爵令息とは親友同士ですし、ピオニー嬢とは幼馴染み、双子の妹のリリー嬢とは元婚約者だったので治したいということで、私と一緒に魔力過多症を治すポーションを作りました。二ヶ月半前にそのポーションでピオニー嬢の魔力過多症は治りました」


「それが、一例目だったのですね。そして、殿下が二例目になると……」


「私の周りではそうですね。私がこのポーションを飲む際に、ヘリオトロープ公爵が証人として立ち会って頂ければ、陛下に報告するのもスムーズかと思いまして、今回お呼びしました」


 小さく微笑むと、ヘリオトロープ公爵も俺の意図に気付いたのか、笑った。人の悪い笑みだ。


「成程。殿下の体調がそのポーションで治れば、魔力過多症のポーションはフォッグ子爵の功績となり、伯爵に上がり、元婚約者のドラジェ伯爵令嬢とまた婚約が出来る。既にピオニー嬢を治しているので、ドラジェ伯爵には有無は言わせないということですね?」


「そういうことですね。シスルは彼の伯母の暴走で苦しんだ分、幸せになって欲しいと思いますから」


 身体が重く、熱が出ているのか寒気がするため羽織っていたマントがずれたのを直しながら、頷く。


「ヴァル様、ありがとうございます……」


 目を潤ませ、シスルが俺に一礼する。それを笑みを浮かべて、応える。


「確かに今の殿下の状態は、フォギー侯爵が脱獄した今、捕らえるための作戦を殿下が伝えたとしても、陛下は了承なさらないでしょう。むしろ、心配で王妃陛下と共に部屋に閉じ込める勢いでしょうね。陛下に殿下の状態のことを詳しくお伝えしてなくて良かったです」


「陛下にはどのようにお伝えしたのですか?」


「社交界デビューパーティーの時の怒りによる、精神的な疲れで休まれているとお伝えしました」


 まぁ、それもあるんだけど、流石だな、ヘリオトロープ公爵。上手く誤魔化してくれていた。


「このポーションで殿下の魔力過多症が治れば、陛下に報告するつもりです」


「事後報告ですね、完全に」


「シエナの次に殿下のことが心配で堪りませんからね、グラナートは」


 ……何だろう。その言い方だと、兄は安心出来るということなのだろうか。

 やらかした覚えはないんだけどなぁ。巻き込まれてるだけで。


「……そうですか。とりあえず、治るかどうか、ポーションを飲んでみてもいいでしょうか?」


「そうですね。検証させて下さい」


 ヘリオトロープ公爵が頷くと、シスルが空間収納魔法で保管していた、魔力過多症のポーションを取り出し、俺の前のテーブルに置いた。

 その隣には心配そうに見ているハイドレンジアが立っている。

 今の俺の状態が魔力過多症だと分かった時に、ハイドレンジアとミモザに伝えるとかなり取り乱していた。ポーションがあることを伝えると、安堵していたが。

 目の前にあるポーションの瓶を手に取り、蓋を開ける。

 毒がないのは知っているので、そのまま一気に飲み干す。

 ……味は改良した方が良いかもしれない。

 ピオニー、よく我慢したなと思った。

 ポーションの効果はすぐに出た。

 身体を溜まっていた、循環するはずの魔力が身体中に巡っていくのを感じた。

 身体も軽くなっていく。むしろ、覚醒する前よりも軽い。

 思わず、手を見る。

 ついでに、魔力を溜めて、手のひらサイズの紅を火の魔法で出す。模擬戦の時よりもフェニックスに近い精巧な形を作れた。ちょっと嬉しい。

 治った。早っ。


「殿下、如何ですか?」


「我が君、体調に問題はありませんか?」


 ヘリオトロープ公爵とハイドレンジアが心配そうに俺を見る。

 その後ろでは、満面の笑みで紅とロータスが見ている。彼等には治ったことが分かるようだ。


「……治りましたね。むしろ、魔力の覚醒前より身体は軽いですし、魔力の循環がスムーズです」


「ヴァル様、その他はどうですか? 身体の異常はないですか? 痛みとか、循環し過ぎているとか、そういったことはないですか?!」


 ずいっとシスルが俺に顔を近付ける。顔にはすごく心配と書いてある。


「今のところは異常や異変は感じないよ。心配してくれてありがとう、シスル」


 穏やかに微笑むと、シスルはもちろん、ハイドレンジア、ヘリオトロープ公爵、ロータスが顔を赤くした。何でだ。


「ヘリオトロープ公爵、治ったということで、陛下に報告をお願いしてもいいですか?」


「ええ。お任せ下さい。殿下の体調が良くなって安心しました。それでもしばらくは無理はなさらないで下さいね」


「はい、しばらくは休みます。でも、公務はしますよ。陛下のせいで、溜まってますし……」


 机に置かれている書類の山を横目で見つめて、小さく息を漏らした。ヘリオトロープ公爵が来た際に追加された書類だ。


「ついでに、治ったことですし、フィエスタ魔法学園を休んでいる間に、こちらの南館を――私を囮にフォギー侯爵を捕らえようと思うのですが……」


「殿下……さらりと仰いますが、王族をそれもご自身を囮にって分かっていらっしゃいますか? それこそ、陛下がお許しにならないと思いますが」


「王妃陛下を囮にする方がお許しにならないと思いますよ。私にはフェニックスを始め、たくさんの召喚獣がいますし、体調も治りましたし、魔力もかなり上がりました。今度こそ、捕らえますし、潰しますよ」


 にっこりと微笑むと、ヘリオトロープ公爵は溜め息を吐いた。


「……私が殿下だったら、確かに同じように考えると思いますし、実行すると思うので反論出来ませんね……。分かりました。ウェルドとセレスト、フロスティにも南館近くに配置してもらうようにしましょう。作戦を立てましょう」


 ヘリオトロープ公爵がさらりとシュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵、デリュージュ侯爵を巻き込んだ。手腕が凄い。

 さらりと巻き込むヘリオトロープ公爵に思わず、尊敬の眼差しで見てしまいそうになる。

 いけないんだけど。


「分かりました。作戦をしっかり考えている間、もう少し、体調が悪いフリをしておきます」


 笑顔で告げると、ヘリオトロープ公爵も良い笑顔を浮かべた。


「……我が君。本当に、ヘリオトロープ公爵閣下と親子じゃないんですよね……?」


 ぼそりとハイドレンジアが呟いた。

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