第59話 覚醒と権能

 ウィステリアに寝惚けた俺を見られてしまった上に、寝坊してしまうという、恥ずかしいコンボをしてしまい、只今、絶賛心の中で大反省中だ。


「……うっかり寝坊するなんて……」


 寝室の奥にある衣装部屋で着替えながら、一人呟く。

 ウィステリアは寝室の隣の私室で待ってもらっている。

 その際に、ミモザとシャモアを呼んだ。

 ミモザとシャモアがニヤニヤしながら、ウィステリアを見ていたので、きっと彼女達が共闘して、俺の寝顔とかを見たらどうかと唆したに違いない。

 ミモザもシャモアも良かれと思ったことだろうから、良いんだけどね。

 ウィステリア以外にしないのは知っているし。

 それよりも。


「……蘇芳」


『な、何かな? リオン』


 少し低めの声で、光の剣クラウ・ソラスを呼ぶ。


「リアが来たら、起こしてくれるって話じゃなかったっけ?」


『あ、うん……そうなんだけど、ミモザちゃん達が、リアちゃんに面白いことを提案してたから、私もつい乗っちゃって、寝室で剣の振りをしちゃった。リアちゃんは可愛いね、本当に。リオンが溺愛するのが分かるよっ、うんっ』


「誤魔化しても無駄だよー? リアを引き合いに出して、逃れようとしているようだけど、俺がそんな策に嵌まると思ってるのかなー?」


『普段しない、リオンの間延びな喋り方が怖いんだけどっ! こういう時にどうして紅とアルジェリアンがいないんだよっ』


「紅には俺がお願いごとをしているし、父様は母様と一緒にのんびりしていて下さいって言ってるからここにはいないよ。今は蘇芳だけだ。どうしようか、お仕置きしようか?」


 にこっと笑みを浮かべると、蘇芳がたじろいだ。


『あ、いや、それはちょっと……。あの、ごめんなさい。悪かったと思ってるし、次はしないから、勘弁して、リオン……』


 人型になり、蘇芳がうるうると目を潤ませる。

 こういう時だけ、少年の格好なのが流石だなと思う。


「……分かった。次したら、一ヶ月、ただの鋼の剣を帯剣するから。君はお留守番ね」


 盛大な溜め息を漏らしつつ、そう告げると、蘇芳はこの世の終わりのような表情を浮かべた。

 その顔に俺は色々な感情を落ち着かせることが出来て、服装を整えてから衣装室を出て、寝室に戻る。

 花瓶に一輪ずつ挿していた俺とウィステリアの髪の色の薔薇を取り、茎の先を布巾で拭く。

 その薔薇は最近、やっと出来た。

 青薔薇の精霊の青藍と共に、俺とウィステリアの髪の色の薔薇を咲かせるため、色々と試行錯誤した。

 カーディナル王国には赤い薔薇はあるが、俺と同じ紅色の薔薇はない。

 微妙に色の濃さが違い、俺の髪と合わせると違いが分かる。どうしても同じにしたくて青藍に無理を言ってしまった。

 ウィステリアの髪の色も同じだ。色々と試行錯誤した、やっと出来た一輪で、それ以外はまだ蕾だ。

 たくさん咲いたら、プレゼントしようと思っていたのに、まさか寝室に来て、バレるとは思わなかった。サプライズ失敗だ。

 なので、俺とウィステリアの目の色の薔薇が出来たら、今度こそバレないようにしてプレゼントしようと思っている。

 そして、前世の俺によくやったと言いたいのが、薔薇の本数の花言葉だ。

 あれを覚えていて、本当に良かった。

 本数によって、意味が変わるなんて当時は知らなくて、興味本位で本を読んで良かった。

 知らなかったら、恥を掻くどころか、ウィステリアに幻滅される上に、嫌われていたかもしれない。

 ちなみに、紅色の薔薇の花言葉は「死ぬほど恋焦がれています」で、一本の薔薇の花言葉は「一目惚れ」、「私にはあなたしかいません」だ。


 ……俺じゃん。ガチ勢じゃん。


 なので、紅色の薔薇製作は俺にとって必須項目だった。

 そんな重たい想いの詰まった薔薇を渡されるとは知らない、ウィステリアの元に行くため寝室を出て、俺の私室に入る。

 私室に入ると、ウィステリアが真っ赤になっていた。

 その周りに、ミモザとシャモアがにやにやしている。

 ……誂われたのか。


「……ウィスティ?」


 咳払いしつつ、ウィステリアに声を掛けると、助けてと言いたげな表情を一瞬、俺の婚約者がしたのを見逃さなかった。

 ……何をしたのか、ミモザとシャモアの義姉妹。

 場合によってはハイドレンジアに伝えて、お仕置きしてもらうぞ。と笑顔に込めて、無言の圧力を掛けると、ミモザが視線を逸らし、シャモアはやり過ぎてしまったといった顔をしている。

 自分の主人と、主人の未来の奥さんに何をしてるんだ。


「……二人共、後で詳しく聞くから、場合によっては覚悟しておくようにね」


 笑顔で伝えると、ミモザが視線を泳がし始めた。

 シャモアは両頬に手を当てる。

 ウィステリアは助かったと安堵の表情をしている。

 本当に二人はウィステリアに何を言ったんだ。


「う……は、はい」


「程々でお願い致します、ヴァル様」


 ミモザとシャモアは頷き、すすっと素早い動きで、俺の部屋から出た。

 出たのをしっかり確認して、防音、除き見防止の結界を張る。

 ウィステリアの時と同じで、侵入禁止も考えたが、何かあった時に気が動転して結界を解除するまで考えが至らない可能性もあるし、そうなるとハイドレンジア達を呼べないので、侵入禁止の結界はやめた。


「リア、大丈夫?」


 真っ赤なままのウィステリアに声を掛け、隣に座る。


「リオン様、私、変態かもしれません……」


 ウィステリアの発言に一瞬、固まるが、どういうことでそこに至ったのかを確認した方がいいと感じ、問い掛ける。


「……その心は?」


「リオン様の寝顔が頭から離れませんっ」


「あー……大丈夫。そのくらいで変態なら、俺も含めて皆、変態だから」


 思春期の男子はもっとこう……自主規制しよう。


「そんなに俺の寝顔、良かった?」


「……子供のような寝顔からの、寝惚けたリオン様の微笑みの破壊力は素晴らしいコンボでした」


 目を輝かせて、ウィステリアはぐっと拳を握り、親指を立てて上に向けた。


「そっか。結婚したら、リアに見られ放題だな、俺の寝顔」


 いたずらっぽく笑うと、ウィステリアはハッとした顔をする。


「ということは、リアの可愛い寝顔も俺は見放題だね?」


「そそそそそうですねっ。何故、気付かなかったのでしょうっ」


 赤くして俯いて両頬に手を当てて、恥じらうウィステリアに抱き締めたくなる衝動に駆られる。

 この可愛い生き物はなんですか……。

 俺は小さく微笑みながら、手に持っていた紅色の薔薇をウィステリアに差し出す。


「リア、この薔薇、受け取ってくれる?」


「えっ、ありがとうございます。あの、意味はご存知、ですか……?」


 受け取った薔薇を見つめ、意味に気付いたのか、ウィステリアは上目遣いで俺を見る。


「もちろん。だから、この薔薇を青藍と作ったのだし、受け取って貰えると俺も嬉しい」


「ありがとうございます。意味をご存知なのは驚きましたが、私も嬉しいです」


 とても嬉しそうにウィステリアは微笑み、紅色の薔薇を大事に持った。


「あ、あの、リオン様。私の話を聞いて頂けますか?」


「リアの話ならいくらでも何時間でも聞くよ」


 ウィステリアの言葉に、俺は息継ぎせず即答した。


「ありがとうございます」


 笑顔で頷き、ウィステリアは深呼吸を何度もしている。緊張が伝わってくる。


「リオン様、私の愛を貰って下さいませんか?」


 顔をこれでもかというくらい真っ赤にして、ウィステリアが言った。

 赤い顔のウィステリアが上目遣いに俺を見つめる。

 嬉しくて、俺は微笑んだ。


「俺にくれる? リア」


 そう言うと、ウィステリアが勢い良く、俺の両肩を押した。


 ――?!


 突然のことで、俺がソファに押し倒されたと気付くのに、ちょっとだけ、数秒だけ掛かった。


 大胆ですね、ウィステリアさんっ!?


 と、思わず言いかけて、愛しの婚約者の顔を見ると、息を飲んだ。とっても真っ赤だ。


「リア……?」


「……リオン様。私、リオン様に貰ってばかりの私は、どのくらいリオン様に愛を差し上げたらいいですか……?」


 俺の胸に手を置いて、見下ろすウィステリアが震えている。緊張だろうか。

 というか、押し倒された後に言われた俺はどうしたらいいんですか。


「いくらでも。貴女の愛なら、いくらでも俺は嬉しいよ」


 安心させるように、ウィステリアの頬に触れ、微笑む。

 実際、結局のところ、俺は嬉しい。ウィステリアに関しては単純だなと思うくらいだ。


「……もう少し、もう少し、勇気を溜めたら、リオン様が下さる愛くらいの、私の愛を差し上げます。今日は、小さいですが、今の私の精一杯の愛を受け取って下さいっ」


 そう言って、ウィステリアは俺の口に触れた。











 それから、真っ赤になったウィステリアをヘリオトロープ公爵邸へ帰る馬車を王城で見送り、その足でフィエスタ魔法学園のダンジョンへ向かった。

 転移魔法って、本当に便利だ。

 警備等に見つかっても、タンジェリン学園長に許可をもらっていたので、咎める者はいないし、ここに来るのも誰にも気付かれずに済んだ。

 誰もいないダンジョンの、多分、地下七階くらいで俺は動けなくなった。

 限界が来た。

 ダンジョンには紅、蘇芳、月白、花葉が付いて来てくれた。

 ハイドレンジア達も付いて来ようとしたが、危険なので止めた。

 魔力の暴走がどのくらいのものなのか分からないので。

 ちなみに、ダンジョンの中にいる魔物は紅達召喚獣や俺の魔力の影響か、近付きもしない。


「うぅー、気持ちが悪い……この気持ち悪さは前世以来で久々だ……」


 近くの壁に縋り、独り言を吐く。

 とっても気持ちが悪い。

 吐きそうなのに吐けない。

 前世の時の乗り物酔いをしているような感じだ。

 詳しく例えるなら、乗り物酔いの状態で、遊園地のジェットコースターとコーヒーカップからの更に乗り物酔いをしているような、そんな具合だ。

 前世では呪いのせいで、どんな乗り物でも酔った。当時、来世があるなら、来世ではもう二度と味わいたくないと本気で思ったことがある。

 来世でも味わってしまった。一度、一度でもう十分です。

 これが多分、魔力の覚醒の途中なんだろうと思う。

 暴走させるために、身体が拒否反応を起こしてるんだろうなと。

 正直、こんな暴走の仕方は勘弁して欲しい。


『ヴァーミリオン、多分、それはまだ序の口だぞ』


 俺の思考を読んだのか、月白が告げる。


「え……これが、まだ、序の口、なんですか……」


 気持ちの悪さを忘れようと、声に出して月白に問う。あまり、気持ちの悪さは忘れられていない。


『それに追加で、魔力が暴れる。痛いと思う』


「痛いのは、嫌、ですね……」


 近くの岩に凭れ掛かり、ずるずると地面に身体を投げ出す。

 地面に寝転んだ状態で、汚れるし、端ないと言われそうだが、気持ちが悪くてそんなことまで考えていられない。

 俺としてはこの気持ち悪さから、早く解放されたい。


『ヴァーミリオン、私達がついているから、安心して。大丈夫よ』


 寝転んだ状態の俺の頭を花葉が撫でる。表情は母親の顔だ。


「心強いです、ね……」


 吐きそうになり、口を手で抑える。出ないんだけどね。

 気持ち悪さのせいで、時間が過ぎるのが遅く感じる。

 覚醒するなら、早くして欲しいし、終わって寝たい。

 この気持ちの悪さで体力が消耗した気がする。


『リオン、大丈夫か?』


 紅が不安げに俺を見る。あまり倒れたことがないから、心配なんだろうと思う。

 そんなに心配な顔をされると、そんなにまずい状況なのかと気になる。


「紅、大丈夫。気持ち悪いだけ」


 本当に気持ち悪い。前世の時はどう乗り切ってたんだっけ……と思い出そうとする。

 健康な今世に慣れてしまって、ほとんどベッドでの生活だった前世が遠い。

 気持ちが悪くて唸ろうとした時、身体に痛みが走った。

 痛い。本当に痛い。何これ。声にならないくらい痛い。しかも、気持ちも悪い。

 痛みで顔を顰めると、声が聞こえるが、誰の声なのか痛みのせいで分からない。

 痛みで意識を飛ばすのはまずいのだろうか。

 気絶して、目が覚めたら魔力が覚醒してましたが、一番楽だよね。無理なんだろうけど。生き地獄じゃないか。

 痛い。気持ち悪い。痛い。

 その時、身体から魔力がたくさん流れ出るのを感じた。

 あ、これは暴走するなと、直感した。


「紅、皆。魔力が暴走するから、離れて」


『リオン?!』


 俺が言ったのと同時に、身体の周囲から風が渦巻いた。

 気持ちの悪さが少し治まり、身体をゆっくり起こそうとするが、痛みで動けない。

 身体の中から魔力が溢れているのを感じる。

 溢れた魔力が外へと流れるが、湧き出る泉のように止まらない。

 この暴走、魔力がなくなるまで続くのだろうか。

 ダンジョン、壊れないよな……?

 自分の覚醒より、ダンジョンの方が心配になってきた。

 個人的には、ウィステリアやディジェム達とダンジョンを楽しみたい。

 俺のせいで破壊は辛い。

 風は魔力の暴走の影響なのか、相変わらず周囲で渦巻いているが、痛みにもようやく慣れてきたので、紅達の様子を確認する。

 少し離れたところで、紅達は俺の様子を心配そうに見ている。蘇芳は本体が俺の腰にあるからか、風の中心でもあるこちら側にいる。


『リオン、少し余裕が出てきた?』


「なんとかね……。痛みにも慣れてきた。動けないけど」


『それなら良かった。でも多分、私の見立てではもう一段階あるよ』


「え……勘弁して欲しいんだけど……」


 そう呟いた瞬間、本当にやって来た。

 本当に勘弁して……!

 痛みと気持ちの悪さがまた戻ってきた。

 やっと慣れたのに。

 さっきよりも酷い痛みだ。辛い。しんどい。

 魔力で出来た風も一層強くなる。

 痛みで顔を顰めていると、不意に何かが近付いて来た。

 閉じていた目をゆっくり開けると、目の前に俺そっくりというか、濡羽色の髪の俺が横に座っていた。

 目の色はもちろん、顔も同じで、ハーヴェストと同じなんだなと呆然と見つめる。

 ただ、蘇芳はもちろん、紅、月白、花葉は目の前の濡羽色の俺に気付いていないようだった。


『……ウィステリアを、俺と一緒に守って欲しい……』


 目の前の俺――ヴァーミリオンが悲壮感を漂わせて、俺に言う。

 言われるまでもない。

 彼女を絶対、断罪させないし、幸せにすると約束した。


『……もう、二度と、リアを失いたくない……。ディルもオフィも失いたくない……』


 握り締める拳が震えている。

 声音は後悔の念が帯びている。

 俺の声より少し低い声に聞き覚えがあり、夢と一緒だと気付く。

 目の前のヴァーミリオンは、神になるはずだった、起きなかった未来の俺だ。

 今の俺より成長した、大人のようだが、顔はやっぱり女顔だった。女顔は変わらないのか。辛い。

 目の前の俺も俺だから、様々な感情が伝わる。


『俺の、残された力を渡す。これで俺と一緒に、ウィステリアを守って欲しい』


 俺が頷くと、目の前のヴァーミリオンは安堵の表情を浮かべた。

 寝転んだ状態の俺の手に触れると、魔力が流れてくる。

 もしかして、これが覚醒になるのだろうか。

 そこに魔力とは別の何かが、流れてくる。

 驚いて、目の前のヴァーミリオンを見ると、穏やかに微笑んでいた。微笑みを見て、確かにこれは赤くなるなと思うが、相手は俺なので効果は無い。同じ顔で見惚れたりしたら、それこそ違う趣味の人だ。


『俺の権能も渡す。使い方と制御の仕方は、ロータスに聞いて。彼には伝えてあるから』


 どうやって伝えた? と一瞬思ったが、それよりも丸投げだな。本当に俺か?

 さっきの悲壮感は何処へ行った。

 安心したのだろう。まだ早いと思うけど。


『この覚醒は俺の魔力と権能のせいだから、謝っておく。ごめん。色々と面倒を押し付ける形になったから、それも含めて、これからは俺も背負うから』


 そう言って、目の前のヴァーミリオンは光の粒になって消えた。

 背負うって、どういう意味だろうか。


『リオン、大丈夫?』


 俺の様子が心配になり、蘇芳が声を掛けてくる。

 気付けば、気持ち悪さと痛みはなくなっていたし、魔力で暴走した風も消えていた。


「大丈夫……。やっと気持ち悪さと痛みがなくなったよ」


 言いながら、起き上がろうとして失敗する。

 力が入らない。


『ヴァーミリオン。魔力を俺とティアに渡せ。じゃないと、しばらく寝たきりだぞ』


 寝たきりという言葉に、呻きそうになる。

 寝たきりは前世でお腹いっぱいです。


「……父様、母様。すみませんが、しばらく預かって頂けますか?」


『ああ、もちろん』


『もちろんよ』


 俺の右手を月白、左手を花葉が持ち、上半身を起こしてくれる。

 そのまま、握ったまま、二人に増えた魔力を少し渡す。


『……もう少し、渡した方がいい。一週間寝込むことになるぞ』


 月白にそう言われ、魔力をもう少し流す。

 どのくらい渡せばいいか分からないが、このくらいだろうか。


「このくらいなら、どうでしょうか?」


『問題ない。このくらいなら、明日一日寝るくらいで回復する』


 頷き、月白は俺の頭を撫でる。


『ヴァーミリオン、立てる?』


 花葉が心配そうに覗き込む。


「ちょっと待って下さい」


 足をゆっくり動かして、膝を立て、足の裏に力を入れて、立とうとする。

 何とか立てた。が、ふらつく。

 ふらついた俺を支えるふわふわが横に来る。

 紅だ。


『リオン、大丈夫か?』


「大丈夫、と言いたいけど、ふらふらする。紅、どのくらい経った?」


『二時間くらいだな』


「二時間か……。一日は経ってるかと思った」


『休んだ方がいいな。リオンの部屋に戻ろう』


 そう言って、紅が俺を背中に乗せた。

 ふわふわだ。


「ありがとう」


 ふわふわが心地良くて、魔力も暴走したおかげで体力を消耗していたこともあり、眠ってしまった。









「それで、魔力の覚醒はしたけど、暴走の影響で半日寝ていた、という訳だな? ヴァル」


 俺の私室でソファに座って、紅茶を飲みながらディジェムが言う。隣にはオフェリアが座っている。

 ちなみに、俺の隣には顔を赤くしたウィステリアが座っている。赤くしているのは、魔力を覚醒させる時の自分の行動を思い出したのだろうか。

 可愛いなぁ。


「そうだね。おかげで、前世の時の身体の辛さを改めて思い出したところだよ。健康は本当に有り難いよ」


 そう言って、紅茶を一口飲むと、ウィステリアが案じるような目を向ける。


「身体はもう大丈夫なの?」


 ウィステリアと同じように、心配そうにオフェリアが俺を見る。


「気怠さは残ってるけど、動けるよ。魔力を暴走させた後は動けなかったけど、今はマシだよ。それは置いて。皆に伝えておくことがあるんだ」


「え、何だ? 問題発生か?」


「発生して、ちょっとマズイ。フォギー侯爵が何者かの手引きで脱獄した」


「……マジか」


 盛大な溜め息を吐き、ディジェムが頭を掻く。


「あれだけ作戦立てて、怒りを抑えようとして魔力を漏らしつつ、根こそぎヴァル君が不穏分子を捕らえたのに?」


 辛辣に言うオフェリアに、俺は頷く。最後の詰めが甘かったのは確かだから、反論は出来ない。


「そう。地下牢もしっかり警備して、脱獄された。魔力漏らし損だよ」


「ちょっと待て。それって、ヴァルを狙ってくるんじゃないのか?」


 それと母もね。これはディジェム達が知らなくていいことだけど。

 フォギー侯爵の横恋慕で大事になったのは、流石にカーディナル王家としては知られたくない話だ。


「そうなんだよね……。嫌だから、速攻で捕えたいところなんだよね。とりあえず、王城の守りを色々と強化したよ」


 そう言うと、ディジェムとオフェリアが流石だなと言いたげな顔をしている。


「でも、一体、誰が脱獄させたのでしょうか」


「うーん……候補は二人いるけど、確定じゃないし、まだ決定打がないから泳がせてるところかな。で、あちらは多分、俺を狙うだろうから、それに乗ろうかと思ってる」


 母のところは守りを固めるだけ固めているけど。

 父もそのせいで、べったりだ。仕事しろ。


「乗るって何にだ?」


「あちらの思惑。王城の俺が住む南館の警備を緩くしようと思ってるよ」


「王城がガッチガチに守りが固いのに、ヴァルのところが緩かったら、まぁ、そっちを突くよな。しかも、お目当てのヴァルがいる。罠だと思うけど、お目当てがいるとなると、罠でも狙いたくはなるよな」


「ついでに、お目当てが病床に伏してたら?」


 ディジェムとオフェリアがぎょっとした顔をして、ウィステリアが不安げに俺を見る。


「……何処か悪いのか?」


「全然。社交界デビューパーティーで起きた、フォギー侯爵の襲撃の心労で倒れたとかにしたら、周囲は納得する。ウィスティやディル、オフィ嬢、友人達も頻繁に南館に来ているとなったら信憑性は増すし、パーティーの時に圧倒していた第二王子が病床に伏してたら、狙い目だよね?」


 唖然とした顔で、ディジェムが俺を見る。


「……まぁ、正直な話をすると、魔力の覚醒の時の暴走で、身体は本調子ではないのは確かだから、しばらくフィエスタ魔法学園は休ませてもらおうとは思ってる。こんなに調子が悪いのは前世以来だよ。だから、その間、ディルとオフィ嬢にはウィスティをお願いしたいんだ」


 その間に、フォギー侯爵が動いてくれたら、終わらせることが出来る。

 そうすれば、安心して魔法学園へ登校出来る。


「ちなみにどのくらい本調子ではないんだ?」


「模擬戦の時に魔法で作った紅達が、かなり歪むくらいに」


 そう言いながら、手のひらサイズの紅を火の魔法で出す。フェニックスからかけ離れていて、ひよこの形になった。

 上手く制御出来ない。


「それは、調子が悪いではなく、体調不良じゃないですか!」


「ひよこみたいな紅さんは可愛いけれど、これは本調子とは言えないわね。ウィスティちゃんの言う通り、体調不良だわ」


 深刻な顔で、ウィステリアとオフェリアが俺を見る。


「……治りそうなのか?」


「当てはあるよ。出来るだけ早く治す。前世に続いて勉強が遅れるのは辛いし、早く治してウィスティ達と楽しく学園生活ライフをしたいし」


 そう言うと、ウィステリアが顔を赤くした。

 そろそろ慣れて欲しいと思ってしまう。もっと色々と激甘なことを言いたいんですけど。


「そうだな。休んでいる間は俺とフェリアでウィスティ嬢は守る。任せろ。俺達も覚醒したから、魅了は大丈夫だと思うし」


「うん。でも俺は心配症だから、ちょっとこれ使うよ」


 両手を翳すと、ウィステリア、ディジェム、オフェリアに赤色と金色が混ざった光が降り注ぎ、雪のように消えた。


「今、何をしたんだ?」


「俺の守護の権能を使ったよ。これで魅了は防げると思う」


「いや、何で使えるのさ」


「覚醒した時に使えるようになった。と言っても、ガンガン使えないけど」


「体調不良なのに使うなよ……。まぁ、心配なのは分かるけどさ。でも、ありがとう、ヴァル」


 照れ臭そうに笑って、ディジェムは言った。


「魔法学園でも何処でも、何かあったらすぐに言って。出来るだけ早く行くから」


 微笑むと、三人が撃沈した。やっぱり、覚醒したら余計に駄目だったか。







 それから少し世間話をした後、ウィステリア達は帰った。

 帰ったのを確認した後、俺はまたベッドに倒れた。限界だった。


『リオン、無理をし過ぎだ』


 溜め息混じりに紅が俺の枕元にやって来る。


「どうしても、守護の権能を使いたかったんだ。使わないと後悔しそうだったから」


 この不調が何なのか理由が分かるから、余計にウィステリア達と離れるのが心配だった。

 元女神にとっては、俺がいない間のガーネットクラスは狙い目だ。

 いくら俺が付与した状態異常無効と解除の魔石を置いていても、付与した魔力以上の魅了魔法を使われると掛かってしまう。

 俺がいれば、容易にそんなことはさせないが、いない間は流石に難しい。


『気持ちは分からなくもない。我がリオンの立場なら同じことをしていた。だが、心配なのは変わらない』


「心配掛けてごめんね。ロータスに無理矢理聞いて良かったよ。本当はゆっくり教えてもらおうと思ったけど、三人のことを考えたら、心配になった。覚醒で魔力を暴走させた時に見た、神になるはずだった、起きなかった未来の俺が言ったことのせいなんだけどね」


 自分の尻拭いは自分でするしかない。

 起きなかった未来の俺の後悔と悲壮感は、本人である俺が見ていても辛かった。

 元女神に自身も殺され、魂になった状態のまま、ウィステリア達の死を目の当たりにしたのだと思う。

 起きなかった未来のはずなのに、何故、あんなにも悲壮感を漂わせていたのだろうか。

 実は回避が出来ていなくて、過去にあったことなのだろうか。それとも、前世の漫画とかであった世界線が違うとか?

 考えが纏まらなくて、ぐちゃぐちゃだ。

 起きてから考えよう。


「紅、また寝るね。限界みたい」


『……リオンは無理し過ぎだ。寝ている間は我が守る。安心して寝るといい』


「ありがとう。おやすみ」


 紅が羽根で頭を撫でられると、すぐ睡魔に襲われた。

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