第58話 夢と現実の境(ヴァーミリオン視点→ウィステリア視点→ヴァーミリオン視点)
目が覚めて、ヘリオトロープ公爵からすぐ報告されたことに、俺は頭痛がした。
フォギー侯爵が何者かの手引きで脱獄した。
「……手引き、ねぇ……」
溜め息が漏れる。
王城の南館、俺の部屋で机に頬杖をつく。
「というか、また母を狙うじゃないか」
『リオンのこともな』
紅も溜め息混じりに言う。
『でも、予想していたんじゃないの? リオンのことだから』
蘇芳が人型になって、机の端に座る。
「少しはね。ただ、誰が手引きしてたのかが分からない。接点のある貴族は皆、今回のことで捕えているし、思い付くのが一人いるけど、典型的な貴族のあの侯爵が平民の手を取るのか分からない」
溜め息がまた漏れる。
こんなことなら、もう少し見張りの目を増やせば良かった。
「悔やんでも仕方がない。次に活かす。紫紺」
『兄上、どうしました?』
すっと闇の精霊王らしく、俺の影から現れる。
俺の影、どうなってるんだ?
「フォギー侯爵が何処に居るのか、萌黄と協力して探ってくれる?」
『分かりました。兄上、パーティーの時の小娘の会話を録音した魔導具はどうしますか』
「ありがとう。後で確認するよ。何かその時に気になった動きはあった?」
紫紺が赤ちゃんの握り拳くらいの大きさの魔石を五個、俺に渡してくれる。
『何度か、兄上の元に行こうとして、パーシモン教団の者に押さえられていました。途中、兄上の怒りで魔力が漏れていた時は、その魔力から逃げようとする素振りがありました』
「俺の魔力から逃げようとする素振り?」
『はい。多分、漏れていた魔力の属性が八つの属性ではなく、知られていない属性だからだと思います』
「知られていない属性? 属性は八つじゃないの?」
『通常は八つです。地、水、火、風、光、闇、聖、無です。ほとんど知られていない属性は誰も持つことは出来ません。神以外は。俺が知ったのも闇の精霊王になった時に知ったことなので』
紫紺の言葉に、頭痛がする。
やっちゃったよ、俺。
生まれた時にくれた加護で全属性持ちになったって、そういうことなんだろ、ハーヴェスト!
ちゃんと教えておいてくれ!
セレスティアル伯爵の課題、大人しく受けよう。
変なところから、元女神に俺のことがバレたくない。
「それなら、チェルシー・ダフニーの中にいる元女神は俺が神になるはずだったって気付いた?」
『いえ。どちらかというと、兄上を守るために、ハーヴェスト様が来たのかといった言葉を漏らしていました。その魔石にも録音出来ていると思います。それではフォギー侯爵を探して来ます』
「分かった。教えてくれてありがとう。俺がお願いしておいてどうかと思うけど、カナリーさんやアイスもいるんだから、無茶はしないようにね」
紫紺は小さく微笑んで頷き、先程と同じようにすっと俺の影から消えた。
本当に、俺の影、どうなってるんだ?
「……ここ最近、疲れしかない……」
面倒な問題を全部誰かに押し付けて、ウィステリアとずっと恋愛しておきたい。
無理だけど。
現実逃避をしたくなるくらい、疲れた。精神的に。
昨日、月白と紅のごり押しでしっかり寝たけど、起きてコレだ。
俺の巻き込まれ体質を呪いたくなる。
『リオンー? 疲れてるようだし、もう少し、寝る?』
人型になった蘇芳が心配そうに聞いてくる。
紅には念の為、地下牢の状況を確認しに行ってもらっている。何か気付くことがあるかもしれないので。
「いや、今日はリアが来るから、起きておかないと」
一週間、魔法学園は休みだ。
王家主催の社交界デビューパーティーで、成人と認められた貴族の子息子女はお披露目パーティーや婚約者探しのパーティーに出たり、王都から離れた領地の貴族の子息子女はこの機に一旦領地に戻って、家族親族と祝ったりする。
今回は社交界デビューパーティーで、フォギー侯爵達が襲撃未遂が起きたことで、後日、仕切り直しをすることになった。次の日にもう一度となると予定変更等は遠方の領地だと難しいし、何よりフォギー侯爵達の取り調べもあるので、一ヶ月後となった。まぁ、主犯のフォギー侯爵が脱獄したが。
一週間の休みはそのままとなり、王家主催のパーティー以外だと、五日目、六日目にあるヘリオトロープ公爵家のパーティーとイェーナの実家のシャトルーズ侯爵家のパーティーに出る以外の予定は俺にはないので、この休みを利用して魔力の覚醒をすることになった。
提案してくれたのはウィステリアだ。
『でも、まだ少し時間があるよね? なら、もう少し寝てたら? ここ最近のリオンの行動を見ると、一日で取れる疲れじゃないのは確かだし、疲れた顔で会うとリアちゃんも心配すると思うよ。来たら、私が呼ぶし、君の側近や侍女にもお願いすればちゃんと起こしてくれると思うよ』
蘇芳が穏やかに微笑んで提案してくれる。
確かに疲れた顔で会ったら、いつぞやの解釈違いの俺になり、ウィステリアが物凄く心配するのが目に浮かぶ。
「……そうだね。蘇芳の言葉に甘えるよ。リアが来たら、起こしてくれる?」
『もちろん。ゆっくり休んで』
蘇芳が大きく頷くのを見て、俺はハイドレンジアとミモザに声を掛けてから、寝室のベッドに潜り込んだ。
◇◆◇◆◇◆
王城に着き、リオン様がいらっしゃる南館へシャモアと向かった私は、小さな中庭で待って下さったミモザ様に声を掛けました。
「こんにちは。お待たせしてしまい、申し訳ございません。ミモザ様」
「こんにちは。いえ、時間通りにいつもいらして下さるので、全く待っていませんよ。いらっしゃいませ、ウィステリア様」
優しい笑顔で迎えて下り、ミモザ様が南館の中へと私を案内して下さいます。
リオン様が住む南館はリオン様と召喚獣の皆さん、ハイドレンジア様、ミモザ様、シスル様、グレイ様が住んでいます。
他の使用人もいらしたりするのですが、リオン様を狙ったりする方もいらっしゃるので、国王陛下ご夫妻や王太子殿下夫妻、私の父のご命令で、ハイドレンジア様やミモザ様達、リオン様の直属の側近達以外の使用人の皆さんは朝から夕方までしか南館では働けないようにしているそうです。
前世の公務員のような働き方ですねと、以前、リオン様に伝えると、確かにと頷いて笑っていました。
「ただ、申し訳ございません、ウィステリア様。実は二日前のパーティーの襲撃事件の事後処理等の疲れで、ヴァル様は少し休まれていまして……。ウィステリア様がいらっしゃったら、声を掛けるようにと仰せなんですが……、ウィステリア様がヴァル様を起こされます?」
ニヤリと笑顔で、ミモザ様は私に言います。私の斜め後ろを歩くシャモアが小さく吹き出しました。
「えっ?! あ、あの、ミモザ様?! ヴァル様がそんなにお疲れでしたら、私、また改めて参りますよ?」
「いえいえ。ヴァル様はいつも、ウィステリア様が来られるのをとても楽しみにされているんです。もし、ウィステリア様が帰られたと知ったら、ヴァル様が子供のように拗ねられてしまいます。なので、是非とも、ヴァル様を起こして下さい、ウィステリア様」
ミモザ様がぐっと拳を作り、私に力説されます。
リオン様が子供のように拗ねる……あまり想像出来ないのですが、本当に子供のように拗ねるのでしょうか。
ちらりと、ミモザ様を見ると、私の目を見て、大きく頷きます。これは、リオン様が子供のように拗ねるとかではなく、ミモザ様が楽しみたいようです。その隣では、シャモアもそわそわしています。
「ちなみにですね、ヴァル様は大体、時間より早く起きられるのですが、本当にお疲れな時は、時々、起こさないと起きて下さらないのです。そういう時は大体、いつものヴァル様なのですが、極稀に可愛い子供のようなヴァル様が見られます」
ミモザ様が少し自慢げに説明して下さいます。
ミモザ様にいつも見ていらっしゃるのですか等、嫉妬して問い質すより先に、私の頭には「可愛い子供のようなヴァル様」という言葉が響きます。
何ですか、そのウルトラレアなリオン様!
「恐らく、それが今日のような気がします……。私の勘ですが」
私の顔をちらちらと見ながら、ミモザ様は小さく耳打ちして下さいます。
……見てみたい。
そう、私の中でむくりと好奇心といいますか、野次馬根性といいますか、ミーハーといいますか、そのウルトラレアなリオン様を見たい気持ちが強くなります。
スマホ! 本当にスマホがこの世界にあったなら……!
「……分かりました。私がヴァル様を起こします!」
「宜しくお願い致します!」
良い笑顔でミモザ様は言い、お辞儀をしました。
そして、ミモザ様の案内で、リオン様の私室に入り、その奥に繋がる寝室へお邪魔します。
リオン様の寝室は以前、魔法学園で倒れられた時以来です。
あの時は、リオン様のことが心配で堪らなくて、しっかり寝室の中を見るのも忘れていました。
今日は気持ちに余裕があり、隅々まで見てしまいたくなります。
一応、筆頭貴族のヘリオトロープ公爵家の令嬢なので、ミモザ様やシャモアもいる手前、端ないことは出来ないのですが。
いなかったら、見て……こほん。
「ウィステリアお嬢様、後程、詳しく教えて下さいませ」
目を光らせて、シャモアが小声で私に告げました。
私がリオン様の寝室に入ると、ミモザ様とシャモアがすすっと離れていく気配がしました。
寝室の扉が音もなく閉められています。
手際が良いですね、お二人共。
リオン様が寝ていらっしゃる隙に、私は寝室を見渡しました。
同い年の男性のお部屋もしくは寝室はどんなものかって、気になってまして。前世から。
つい、前世の国語で習った倒置法が出てくるくらい、ハラハラドキドキしつつ、周りを見ます。
リオン様の寝室は掃除が行き届いていて、ベッド、ナイトテーブル、本棚、恐らく寝る前に読書等をされると思われる、小さな机と椅子があるだけです。その机の上には作りかけのアクセサリーや押し花の栞が置いてあります。
そして、薄紫色の薔薇と赤色の薔薇を一輪ずつ挿した花瓶があり、薔薇のとても良い香りが漂っています。
この色の薔薇は私とリオン様の髪の色だと気付き、嬉しくて自然と笑みを浮かべてしまいます。
リオン様の寝室を一通り見て、ある感想を抱きます。
前世でも兄がいましたが、兄の部屋はとても乱雑で、色々な雑誌や服、ゲームソフトが散らかっているような、そんな部屋でした。あくまで、前世の私の兄の場合です。
他の男性の部屋を見たことがないので、私の偏った感想ですが……。
……どう考えても、リオン様の寝室は思春期の男子の部屋ではありません。
大人の男性または女性のようなリオン様の寝室に、ヘリオトロープ公爵邸の私の部屋は綺麗にはしていますが、どんな感じだったかと不安になります。
大人の女性な部屋ではないかも……。
そう思いつつ、リオン様の寝顔を見……こほん、起こすべく、ベッドへ近付きます。
デュベに包まって、リオン様が丸くなって寝ていらっしゃいます。
確かに、この時点で、丸くなって眠るリオン様の姿はレアです。この前、倒れられた時は丸くなって寝てませんでしたし。
リオン様の顔を覗き込むと、子供のようにあどけない顔で、眠っていらっしゃいます。
「――っ!!」
ウルトラレア……っ!!
女神様、いえ、ヴェルお義姉様、ミモザ様、ありがとうございますっ!
声にならない声で悲鳴を上げ、息を飲みます。
成人した十五歳のリオン様なのに、子供のようなあどけない寝顔で、でも綺麗なお顔です。よく見ると睫毛が長く、寝ていらっしゃるせいなのか、男性なのに普段以上に女性にしか見えないお顔は、確かに前世の公務員のような勤務時間にしないと、ハイドレンジア様やミモザ様達、直属の側近以外の使用人には任せられないと思います。リオン様の貞操の危機です。
そこで、はたと気付いたことがあります。
リオン様と結婚したら、このお顔の横で、私、寝るんですよね……?
私の心臓、もちますか……?
否、もちません、心臓が止まります。
でも、別々のベッドというのはないです。一緒に寝たいです。というか、全力で寝ます。
リオン様の寝顔を見て、私があわあわとしていると、その気配に気付いたのか分かりませんが、デュベがもぞりと動きました。
僅かにリオン様の眉が動きます。
そして、ゆっくりと目を開けたリオン様は、私と目が合いました。
リオン様はまだ夢と現実の境にいらっしゃるような、ぼーっとした顔で、私を見つめます。
金色の右目と銀色の左目が、窓から射し込む太陽の光で、輝きます。
「……おはよう、リア……」
私にしか見せないようにされている王子様の極上な微笑みではなく、幸せそうな微笑みを浮かべ、リオン様は挨拶して下さいます。多分、これは寝惚けていらっしゃいます。
ただ、私にとっては破壊力が半端ないです。
「おはよう、ございます、リオン様……」
普段と違う微笑みに、もうこんにちはですよと返すことも出来ず、私は既にキャパオーバーです。顔が熱いので、赤くなっているのが分かりますが、嬉しくて微笑んで挨拶を返すと、リオン様は驚いたように目を大きく見開きました。
……残念です。完全に起きてしまいました。
もう少し、無防備なリオン様を堪能したかったと思うのは、私だけでしょうか。
◇◆◇◆◇◆
夢を見ていた。
その夢には、ウィステリアが隣にいた。
何処かで見たことがあるような、ないような、小さな四阿の椅子に二人で座っていた。
夢だと気付いたのは、ウィステリアの姿を見た時だ。
夢の中のウィステリアは、俺と同い年の成人年齢である十五歳の可憐な少女の姿ではなく、金色と銀色のドレスを纏った綺麗で美しい、更に成長した大人の女性の姿だったから。
最初は何かの幻惑のような魔法に掛かったのかと警戒したが、夢の中のウィステリアは、俺と同い年の彼女と同じ魂だった。
綺麗な白と、翡翠色が綺麗に混ざった色。
前世の時から、ずっと見てきたウィステリアを、婚約者のウィステリアを、俺が間違える訳がない。
色々と考えられることを消去していき、これは夢だと理解した。
何故、このような夢を見ているのだろうかと考える。
そもそも、俺がウィステリアを間違える訳がないが、何故、魂が見えるのだろう。
そこで、気付く。
神になるはずだった、起きなかった未来を夢で見ているのだという考えに至る。
何故、この夢を見ているのかは分からない。
二ヶ月前に、ウィステリアが神の俺を夢で見たというのを嫉妬したからだろうか。
それはそれで、綺麗で美しい大人のウィステリアを夢で見られたのは嬉しいが、何だか納得がいかない。
まるで、神としての俺を意識しているようじゃないか。
夢の中でも悶々と考えていると、夢の中のウィステリアが微笑む。
「リオン様、如何なさいましたか?」
綺麗な、澄んだ高い声が、ゲームで聞いた声より大人の女性の声で、照れてしまいそうになる。
そして、嬉しい。
ゲームでは大人の女性の綺麗な声になる前に、失ってしまったから。
夢の中のウィステリアの声を聞いて、俺の目標を改めて達成させたいと思う。
婚約者と幸せになりたい。婚約者を幸せにしたい。年老いても、ずっと二人で寄り添いたい。
「……改めて、貴女を幸せにしたいなと思ったんだ」
ぽつりと漏らした本音を夢の中のウィステリアに告げる。
俺の声も、夢の中のウィステリアと同じで、現実と違って、少し低かった。
夢の中の彼女と同じで、夢の中の俺も成長した姿なんだろうと思う。成長した俺の顔が女顔ではなくなっていて欲しいが。
「私はもう、幸せですよ。今の私も、十五歳の私も、リオン様のお側にいさせてもらえているだけで、幸せです」
綺麗な微笑みを俺に向け、夢の中のウィステリアは言う。
現実のウィステリアに対しても思うけど、もっとそれ以上を俺に求めてもいいのに。
十五歳のウィステリアと夢の中の彼女が言うのは、俺の夢だから、自分に都合の良い言葉を言わせてしまっているのだろうか。
ウィステリアになら、どんなお願いをされても俺は叶えようとする自信がある。
「それじゃあ、もっと幸せにするよ、リア」
微笑んで、そう言うと、現実のウィステリアと同じように、夢の中のウィステリアも顔を真っ赤にした。
そういうところは大人の姿でも変わらないなと思うと、自然と笑みが零れる。
その時、不意に気配を感じた。
夢の中ではなく、恐らく現実で、だろう。
誰かが隣にいる気がする。
ゆっくりと目を開けると、太陽の光で輝く、最愛の婚約者が見えた。
俺の寝室に彼女がいる訳がない。
まだ、夢の中なのだろうか。
それでも、俺の寝室に幻でも彼女がいることが嬉しい。
「……おはよう、リア……」
幻でも、夢でも、つい、目の前のウィステリアに挨拶をする。
すると、目の前のウィステリアが嬉しそうに笑顔で挨拶を返してくれた。
「おはよう、ございます、リオン様……」
恥じらった様子のウィステリアを見ると、夢の中のウィステリアと違う、俺と同い年の成人年齢である十五歳の可憐な少女の姿だ。
可愛い。どんな姿のウィステリアでも可愛いが。
俺がウィステリアを見間違う訳がない。
ということは夢……じゃない。
俺は驚きに目を大きく見開き、一気に現実に引き戻された。
鍛えたおかげで、腹筋に任せて跳ね起きる。
寝惚けたことで恥ずかしいところをウィステリアに見せてしまい、現実逃避したくなって、思わず腹筋大事だよなとか、どうでもいいことを考える。
服も軽装のまま寝たのは覚えている。
元々、俺は裸族じゃない。寝ながら、脱ぐような性癖もない。が、一気に不安になる。
服の乱れがないか、跳ね起きながら見る。
一応、大丈夫のようだ。
涎や寝癖がないか確認する。多分、大丈夫。
ちらりと目の前のウィステリアを見ると、きょとんとした顔をしている。
可愛い。マジで可愛い。抱き締めたい。でも、今は恥ずかしい。
通常運転だけど、羞恥心が更に出て来て、俺の心は色々な感情が渦巻いている。
何でウィステリアが寝室にいるんだっけと考えて、固まる。
寝坊した……!
何で、こんな時に寝坊するんだ。
やらかした。もうへこむ。
「……ご、ごめん、リア。寝坊した。起こそうとしてくれたんだよね……?」
「は、はい……。あの、無防備な寝顔のリオン様は素敵でした」
とっても良い笑顔でウィステリアが言った。ミモザなら、ご馳走様ですと言いそうな笑顔だ。
穴があったら入りたい。というか、寝てしまった俺を殴りたい。
「……そ、そう……。リアが喜んでくれるのなら良いけど、俺としては是非とも忘れて欲しい」
「それは難しいです。とっても素敵でしたから、私の心のアルバムに保存しましたっ!」
目を輝かせて、ウィステリアは俺に言う。
そんな表情されたら、言えないじゃないか。
「……本当に、忘れて……」
外方を向いて、手で口を覆い、呟くように言った。顔が赤くなっているのが、自分でも分かる。
すると、俺の態度が珍しいのか、ウィステリアが笑いを堪えるようにしていたが、堪えきれなくなり、声を出して笑う。
「……っ、ごめんなさい、リオン様。その、いつもの大人びたリオン様ではなくて、年齢相応の仕草が見られて、可愛くて……」
尚も、くすくすと手を口元に当てて、ウィステリアは楽しそうに笑う。
そんなに楽しそうにしてくれるなら、いいかと段々思えてくるあたり、俺の頭は重症だ。
「……結婚したら、たくさん見られるよ。俺のこういうところ」
先程のことで砕け散ってしまった、俺のなけなしの理性やら何やらを総動員させて、ウィステリアに言う。
いや、これ、理性ではない気がする。
……どうしても、会話の主導権を取りたくなる俺がいる。
「……それは、本当に見たいですね」
先程の俺を思い出したのか、ウィステリアは嬉しそうにうっとりした笑顔でそう答えた。
見たいのか?!
「それなら、結婚したら、覚悟してね、リア」
そう告げると、ウィステリアは嬉しそうに頷いた。
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