第57話 襲撃の後始末(ヴァーミリオン視点→三人称視点)

 社交界デビューパーティーは王太子夫妻の襲撃未遂、魔物出現で中止となり、後日、再度仕切り直しをすることになった。

 そして、俺は王城の南館の部屋のソファでぐったりとしている。

 友人含めて側近や侍女もそれぞれ帰ってもらい、王子の正装を脱ぎ、普段着に着替えた後だ。


『お疲れ様、ヴァーミリオン』


 ソファの背もたれに全身を預けていると、背後から花葉が頭を撫でてきた。隣には銀色から元の紅色の髪色に戻した月白がいる。


「父様、母様、今日はありがとうございます」


『本当にお疲れだったな、ヴァーミリオン。お前の価値がどうのこうのと言っていたが、ちゃんと理解していないだろうな、あの貴族』


 花葉と共に俺の頭を月白も撫で始めた。

 ……俺自身、何の価値があるのか理解してないが。

 今更だけど、俺の価値って何だよ。

 第二王子だから? この女顔? 紅? 蘇芳?

 それとも、魔力の多さ? 召喚獣の多さ?

 または女神ハーヴェストと双子の神として生まれるはずだったこと?

 眉を寄せて考えていると、月白が苦笑して、俺の頭を優しく撫でる。


『確かにお前が考えていることは価値と言えば価値だ。上辺のな』


 頭を撫で、月白が俺の前に移動し、ソファに腰を下ろして、目を見て優しく微笑む。


『だが、俺やティア、今のお前の両親や家族、最愛や友人、召喚獣達にとっては、それだけではない。お前は家族や友人、無辜の者達に対して、何かあればその時の全力で助けようとするだろう? それは誰しも出来るものではない。お前の周りにいる者達はお前をちゃんと見て、接し、お前もちゃんと同じように返すだろう? それがお前の持つ本当の価値だ。だから、あの侯爵は上辺に惑わされ、色々とちゃんと理解していない。愚かだよな』


 今この場にいないフォギー侯爵に対して、月白は辛辣な言葉を吐く。


「……俺のことを見てくれる人がいるだけで十分です。自分自身、ちゃんと分かってなかったですけど」


 苦笑して答えると、月白はまた頭を撫でる。


『意外と自分自身は分からないものだ。俺もティアに言われるまで分からなかった。お前も俺と同様に外見や肩書きだけで近付く連中を嫌うだろう? その連中の多さで、気付かないし、分からない。上辺だけを見る連中が多過ぎて、本当の自分自身なんて埋もれるからな。だから王城は魔窟と呼ぶんだと俺は勝手に思っている』


 月白の言葉に、確かにと思わず頷いてしまう。

 十五年、王子として王城に住んで分かったが、王城は私利私欲で動く者が多い。もちろん、中には国を良くしようと思う者もいる。ただ、少数派だったり、最初は良くしようと志していた者が、周りに影響されて多数派の方に流れてしまい、抜けられない底なし沼に嵌る。

 そんな者達がどんどん増え、結果、魔窟になる。

 だから、国王派と呼ばれる側は少ない。それでも対抗出来ているのは、国王派に権力や地位が高い者が多いから、対立している貴族達は下手に動けない。

 なので、襲撃しようと考えたり、後継ではない第二王子を手中に収めようとする。

 まぁ、ある意味、何とかホイホイだよな、俺。

 少し脱線してしまったが、私利私欲しか考えていない貴族達のことを考えると、溜め息が漏れる。

 何か仕出かしているんだろうな。


『お前の読みは当たっている。だから、聞きたいことがあるなら、処刑が決まる前に侯爵に早めに聞くことを勧める』


 あ、やっぱり、ですか。

 セラドン侯爵の時と比べると、作戦がまだカワイイものだったから、極刑は確率が低いと思っていた。

 セラドン侯爵の時と違って、フォギー侯爵の仕出かしたことをじっくり調べてないから分からないが、彼も同じのようだ。


「そうですよね……。王族の襲撃を考え、実行するくらいだから、何かしら仕出かしてますよね……」


 溜め息が漏れる。

 余罪まで調べる気が起きなくて、叩けば色々出そうだったからヘリオトロープ公爵達に任せてしまったので、ちゃんと知らない。

 それなら明日、聞きたいことを聞かないと、と思う。












 次の日、七年前と同じく、地下牢へ向かった。

 地下牢と言っても捕えた者は全員貴族なので、牢屋ではなく皆、独居房だ。

 七年前と同じく、俺と紅、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵が一緒だ。それに蘇芳、月白、ハイドレンジアが加わった。月白に関しては、俺と紅、蘇芳、ハイドレンジアにしか見えないようにしている。

 このメンバーだけで、過剰戦力だ。

 俺の心に余裕があれば、イカれたメンバーを紹介するぜ、と言いたい気分だが、少し余裕がない。

 独居房に入るなり、セレスティアル伯爵がフォギー侯爵を囲むように魔法の壁を作り、ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵が剣の柄を握り、いつでも抜ける体勢を取る。

 師匠達の過剰反応の様子に、表情を変えてはいないが動揺しつつ、フォギー侯爵を見た。


「……昨日振りですね、フォギー侯爵」


「まさか、ヴァーミリオン殿下がこちらに来られるとは思いませんでした。私の前に二度と現れないと思っていました」


 本当なら二度と顔を見たくなかった。だが、気になることがあったのだから、仕方がない。


「私の家族に手を出そうとしたのですから、本当なら二度と顔を見たくありませんでしたよ。ただ、気になることがあったので、こちらに来ただけです」


「気になることですか。ご聡明なヴァーミリオン殿下が気になることとは、何でしょうか」


 肩を竦めて、フォギー侯爵は俺を見た。昨日と同じく、恍惚とした、俺を通して何かを見るような目をしている。


「――王妃陛下を誘拐しようとしましたね? 今まで何度も」


 俺の言葉に、フォギー侯爵の目が見開いた。

 周囲では、俺と紅、蘇芳、月白以外が驚いて息を飲んだ音がした。

 本当なら、昨日、フォギー侯爵に追及しようと思っていたが、母がショックを受けると思い、言わなかった。

 気付いたのは、かなり前。

 次期風の精霊王の萌黄を召喚獣にしてから、彼女にお願いして、両親や兄、ウィステリアの様子を見てもらっていた。

 何かあった時にすぐに動けるように。

 ちょうど、他人の召喚獣を捕まえるフォッグ元伯爵夫人の事件で、俺がカーマイン砦へ父の名代という体で完成式典に向かった頃から、萌黄から母を狙う者がいると報告があった。

 その頃から、父が頻繁に母の元に行くことがいつも以上に増えた。

 父は気付いていたのだろうと思う。ただ、それと仕事をしないのは関係ないが。

 萌黄にお願いして、その誘拐未遂犯を調べてもらっていたが、なかなか尻尾を見せない。

 次期風の精霊王で、風が何処でも吹くから分かるとはいえ、滅多に使うことのない地下通路からやって来ていたことに、萌黄も気付くのが遅れた。

 とりあえず、母を萌黄が守りつつ、闇の精霊王の紫紺を召喚獣にしてからは彼に誘拐未遂犯を探るのをお願いした。

 結果、誘拐未遂犯はフォギー侯爵で、実行犯は暗殺や拉致を生業とする者達だった。

 二ヶ月前にロータスにもお願いして、フォギー侯爵のことを調べてもらうと、フォッグ元伯爵夫人に召喚獣を捕まえて魔力を奪い、集めると亡き夫を生き返らせることが出来ると唆したのも彼だった。

 親友のシスルの両親を殺したフォッグ元伯爵夫人を唆したのがフォギー侯爵と分かり、ロータスの怒りを抑えるのに苦労した。俺の怒りを抑えるのもロータスに苦労させてしまったが。

 フォギー侯爵が唆さなければ、シスルの両親は今も健在だったかもしれないから。


「殿下、それは確かですか?」


 ヘリオトロープ公爵が剣の柄を強く握り締めながら、俺を見る。彼と母も幼馴染みだから、怒りが込み上げているのだろう。


「ええ。三年前から、正確には召喚獣を捕まえる連中がいると明るみに出た時からです。私もシルフィードから聞き、王妃陛下を守るようにお願いしていました。国王陛下もその頃から気付いていらしたようで、ずっと守っていらっしゃったようです。尻尾を掴むのに苦労しましたが、フォギー侯爵だと分かり、これを機に捕らえようと思い、今回、万全の態勢を取らせてもらいました」


 ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵の間を抜け、魔法の壁で隔たれたフォギー侯爵の前に立つ。慌てて、ハイドレンジアがいつでも応戦出来るように、剣の柄を握りながら俺に近付く。


「三年前の、フォッグ元伯爵夫人を唆したのも、フォギー侯爵ですよね?」


「何ですと?」


 シュヴァインフルト伯爵が目を見開いた。

 俺と共に事件を解決するために奔走してくれたのだから、余計にシュヴァインフルト伯爵は驚いている。


「フォッグ元伯爵夫人に召喚獣を捕まえて魔力を奪い、集めると亡き夫を生き返らせることが出来ると唆し、国王陛下方の目を、そちらに向けている間に王妃陛下を誘拐するつもりだったのですよね?」


 俺が告げると、フォギー侯爵は目を見開いたまま、こちらを凝視する。


「理解出来ないのですが、何故、王妃陛下を狙ったのです?」


 フォギー侯爵が母を狙った理由が分からなかった。カーディナル王国の三大美人の一人だからという理由ではない気がする。

 どういう訳か、フォギー侯爵は父と兄夫婦しか命を狙わなかった。

 母の命を狙っていない。それが気になった。


「……ご聡明なヴァーミリオン殿下でも、この理由は分かりませんでしたか」


 観念したように、フォギー侯爵は俺に笑みを向けた。穏やかな笑みだ。


「貴方様は、グラナートにはやはり似ていませんね。シエナ様にそっくりです。お顔も、性格も」


 初めて言われた。

 両親の良いところと悪いところを両方しっかり受け継いでいると言われることが多いのに。最近では、更に、初代国王夫妻にも似ていると言われるのに。


「グラナートと王太子夫妻を葬った後、シエナ様と貴方様をお支えするつもりでした。シエナ様には、グラナートは相応しくありません」


「では、フォギー侯爵。貴方が相応しいと? 魔法学園の生徒の時から、シエナは貴方に興味がないと言っていたと思いますが」


 ヘリオトロープ公爵がフォギー侯爵を睨みながら、聞き返す。

 フォギー侯爵は口を噤む。

 ヘリオトロープ公爵とフォギー侯爵の遣り取りを見て、顔には出さないが俺は困惑する。


「……殿下、ご存知ないと思いますが、フォギー侯爵は陛下方と同学年でシエナ様に横恋慕を抱いていたのですよ。魔法学園時代から」


 セレスティアル伯爵が俺に耳打ちしてくれる。

 確か、両親の婚約は俺とウィステリアと同じで早々に決まっていたはずだ。

 つまり、思春期の恋の拗らせを中年になっても引きずっていたってことか?

 それをこんなにも大事にしたのか?

 いや、貴族は政略結婚があるし、本命の人と結ばれないこともあるから、引きずる人は中にはいると思うしこの際いいけど。

 それで、人を殺すとか堪ったものではない。

 もしかして、俺を王にしたいのは、母と顔が似ているからとか言わないよな?

 それと、もう一つ、嫌なことを思い出す。


「……アッシュ達に私が王子ではなく、王女と唆したのは、母に似た私を本当に女性だと思い、母共々妻にしようと画策したのですか?」


 冷ややかな目で見ると、フォギー侯爵は黙った。

 沈黙は雄弁だと言うが、本当なんだな……。

 ハーヴェストからの助言がなく、全て後手に回っていたら、母も俺も危なかったということか。

 俺の貞操、本当に危なかったのか。

 それは、父も煽るよな。

 俺の師匠達が過剰反応したのも、そういうことだろう。


「――殿下は確かにシエナと顔がそっくりで、綺麗な顔をされています。身体付きを見ても、男性なのは一目瞭然だと思いますが、節穴ですか? フォギー侯爵」


 ヘリオトロープ公爵が侮蔑する目でフォギー侯爵を見ている。

 将来の義理の父がキレてる。

 俺の後ろでは五百年前に父親になるはずだった月白が静かに殺気を放ってる。

 月白も俺とそっくりな女顔で、生前、貞操の危機もあったらしいので、気持ちが分かるから余計にキレてる。


「……私の言葉と共に、この場に母がいらっしゃれば、母が言うであろうことを言いますが、寝言は寝てから言え。自分の家族を大切に出来ない者の元に誰が行くか、痴れ者が」


 冷ややかな笑みと共に、フォギー侯爵に引導を渡す。

 前半は俺の言葉。後半は母が言いそうな言葉だ。

 俺もそうだけど、母も家族を大切にしている。

 ツンデレだけど。

 フォギー侯爵は自分の妻も、娘も息子も大切にしなかった。

 昔の淡い……かは知らないが、叶わぬ恋にばかりに目を向け、家族を蔑ろにして、そんな者の元に、母はもちろん、俺も行かない。

 むしろ、来ると思っている方が理解出来ない。


「フォギー侯爵。王妃陛下を手に入れようとするために、国王陛下、王太子殿下夫妻を手に掛けようとし、そのことを知ったフォギー侯爵夫人と令嬢を監禁して、令息を脅迫。フォッグ元伯爵夫人を唆し、罪のない無関係な召喚獣の魔力と命を奪うことに繋げ、止めようとしたフォッグ伯爵の弟夫妻の命を奪うことにも繋がった。他にも色々と余罪もあるようですけど、自分は死なないと思ってます?」


 昨日に続いて、多分、怒りで魔力が漏れている。

 セレスティアル伯爵が咳払いしている。

 フォギー侯爵の顔が青い。


「万が一、死罪を免れたとして、また私の家族や友人達に手を出すというなら、今度は容赦しません。そちらが手に掛けようとした瞬間、命が消えていると思って下さい」


 それだけを告げて、俺は踵を返して、独居房を出た。その後ろをヘリオトロープ公爵達が続く。

 地下牢を出て、王城の南館に戻るまで、俺もヘリオトロープ公爵達も沈黙していた。


「ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵。今日はありがとうございました」


「いえ、私達は大丈夫ですが、殿下は大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。また皆さんの前で怒ってしまいましたけど……」


 頬を掻きながら、苦笑する。


「……シエナそっくりな怒り方なので、余計にフォギー侯爵は今後、殿下のことを狙うでしょうね。まぁ、余罪が余罪なので、免れるかは分かりませんが」


 あ、やっぱり母にそっくりな怒り方だったのか。敢えて、母が言いそうなことを口調も真似て言ってみた。母はキレると口調がキツくなり、男性よりになる、と思った。見たことないけど。


「普段は完璧に魔力を制御なさっているのに、本気で怒ると魔力が漏れることが分かりましたので、殿下の課題を考えないといけませんね」


 セレスティアル伯爵がさらりと話題を変える。

 え、課題、増える?

 魔法学園の課題もあるのに?

 むしろ、俺を本気で怒らせなければいいんじゃない?


『……それは根本的な解決ではないだろう、リオン』


 紅が溜め息混じりに念話でツッコミを入れる。

 前世であったアンガーマネジメントを思い出せばいいかな……。

 無理だ。前世はキレる程の、人との関わり方をしていない。


「それにしても、殿下はフォッグ元伯爵夫人の事件を調べていたのですか?」


 シュヴァインフルト伯爵が更に話題を変えてくれた。


「三年前の時に、フォッグ元伯爵夫人は誰に唆されたのか言いませんでした。ずっと気にはなっていました。二ヶ月前にフォギー侯爵の動きを調べている時にたまたま二人の繋がりが分かりました。今回のことがなければ、まだ調べていたと思います」


 実はフォッグ元伯爵夫人を唆したのは、元女神かと思っていた。

 ハーヴェストによって力をなくした元女神が、フォッグ元伯爵夫人を唆して、召喚獣の魔力を奪い、力を取り戻そうとしているのかと思っていた。

 違っていたようだが。


「そうでしたか。それにしても、今回の件、陛下達に何と伝えた方がいいのやら……」


 溜め息を吐きながら、ヘリオトロープ公爵が呟く。


「そのまま伝えていいかと思います。陛下は三年前から王妃陛下を守っていらしたので、ある程度はご存知かと思います。だからと言って、仕事をしないのは関係ありませんので、そちらはしっかり追及して問題ないと思います。皆さんで追及し、王妃陛下や王太子殿下ご夫妻も味方につけると効果的だと思います」


 笑顔で伝えると、師匠達は良い笑顔を浮かべた。


「流石、殿下。私達の自慢の弟子ですね。とても良い戦略です。その方針で、フォギー侯爵とフォッグ元伯爵夫人のことを話し、最後に仕事の件を追及しましょう」


 うんうんと頷いて、ヘリオトロープ公爵達は中央棟へ向かった。

 ヘリオトロープ公爵達の後ろ姿を見送り、南館の俺の部屋へ向かう。その後ろをハイドレンジアと月白も続く。


「ヴァル様、お疲れ様でした」


 ソファに座ってすぐにミモザが紅茶をテーブルに置いてくれる。


「我が君、お疲れ様でした」


「本当にね……」


 謀はもういりません。

 お腹いっぱいです。胸焼けしてます。

 俺はウィステリアと恋愛していたい。

 恋愛脳とか言われてもいい。

 こんなにゴリゴリとストレスを増やすことはもういらない。


「もう、社交界デビューパーティーの仕切り直しの時に、王位継承権を放棄するって宣言しようかと思うくらいだよ」


 時機ではないと分かってるけど。

 時機を言うと、卒業パーティーで王位継承権を放棄することと、ウィステリアとの結婚、国所有の領地を下賜してもらうことを宣言する。

 それで貴族達は牽制出来る、はず。

 王になる確率が減るのだから、野心的な貴族は王位継承権争い勃発を狙えなくなる。

 それにその時には兄夫婦に子供が出来ているはずで、その子との王位継承権争いにもなり兼ねない。

 なので、もう少し、何とかホイホイを続けるしかないか。


「レンとミモザも昨日から疲れてるだろうから、ゆっくり休んで。俺も今日はのんびり休むから」


「……本当ですか? のんびり休むと言って、休まれたところを私達は見たことありませんが? 我が君」


 にっこりと側近から笑顔の圧力を掛けられる。

 隣で侍女で側近の妹がそっくりか笑顔の圧力を掛けている。


『問題ない。俺が休ませる』


『我も休ませよう』


 月白と紅が笑顔でエクリュシオ兄妹に返してくれた。

 これはどちらの味方なのだろうか。


「初代様と紅様が仰るなら、私達も安心です。我が君を宜しくお願い致します」


 二人揃って笑顔で月白にお辞儀をした。

 月白と紅はあちらの味方だった。分が悪い。

 ハイドレンジアとミモザは安心しきった顔で、俺の部屋から出た。


『――さて。お前もちゃんと休もうか、ヴァーミリオン』


 月白が優しく微笑み、紅が俺の右肩に乗り、羽根で頭を撫でる。


「……まだ、昼頃ですけど」


『昨日から、お前の精神的な疲労が多い。今の内に休んでおかないと、これからもっと大変になるぞ。次は魔力の覚醒だろう。心身共に休んでおかないと、魔力を暴走させる際に怪我をするぞ』


「……う。そう、ですね……」


 必死の抵抗を試みるが、駄目だった。

 というか、魔力を暴走させる時に、怪我することもあるんだ……。

 それはマズイ。

 ウィステリアが大泣きする。


「あの、俺が寝ている間、家族やリアをお願いしてもいいですか? 何かあれば、すぐ起こして下さい」


 そう言うと、紅と月白が頷いた。

 降参して、ベッドへ向かった。

 精神的な疲労が酷かったようで、俺は昼から丸一日寝たのだった。















◆◇◆◇◆◇



 ヴァーミリオン達が去った地下牢。

 そこに一つ、影が現れた。

 その影に、地下牢を守る牢番達は誰も気付かない。

 影は音もなく、フォギー侯爵の独居房の中に入る。

 独居房の中にいるフォギー侯爵も、その影に気付かない。


「……やはり、人間は使えないわね」


 鈴を転がすような声音で、影は呟く。

 その声に驚いたフォギー侯爵が、声がした方を向く。


「誰だ?!」


 フォギー侯爵は声を上げ、前に立つ者を見て、目を見張る。

 目の前に、白磁色、毛先はピンク色の髪、右目が茶色、左目が暗黒色の少女が立っている。

 ちょうど、ヴァーミリオンと同じくらいの年頃か。


「ねぇ、貴方、ヴァーミリオンの母が好きなの?」


「……は?」


 いきなり突拍子もない言葉を言われ、フォギー侯爵は固まる。


「わたくしはヴァーミリオンのことが好きなの。でも、相手にもされない。何故なら、彼には婚約者がいるから。貴方もそうなのでしょう? ヴァーミリオンの母が魔法学園の生徒の時から好きだった。けれど、その時には既に彼女の隣には婚約者がいた。もう少し、出会いが早ければ、彼女の婚約者は自分だったかもしれない。彼女そっくりな息子のヴァーミリオンの父になっていて、幸せな暮らしをしていたかもしれない。違って?」


 綺麗な笑みを浮かべ、少女は同情の目をフォギー侯爵に向ける。


「わたくしもそう。わたくしももう少し、出会いが早ければ、ヴァーミリオンと恋仲になっていたかもしれない。魔法学園で甘い学園生活をしていたかもしれない」


 フォギー侯爵は何も言えなかった。

 沈黙は雄弁。

 フォギー侯爵の様子を見て、少女は笑みを深める。その年頃がするような笑みではないが、フォギー侯爵はその違和感に気付かない。


「もし、機会があれば、今からでも、ヴァーミリオンの母とヴァーミリオンを手に入れる気はあるかしら?」


 少女の言葉に、フォギー侯爵は目を見開く。

 身体が震えている。


「もしその気があれば、わたくしと組まない?」


「……組もうにも、ここから出ることが出来ない」


「あら? 貴方、気付いていないの? わたくしがどうやってここに来たと思っているの?」


 少女の言葉に、はたとフォギー侯爵も気付いた顔をする。


「誰も気付かなかったわ。気付いていたら、牢番達はすぐこちらに雪崩込んでいたでしょうけど、違うでしょう?」


 にっこりと妖艶な笑みを浮かべ、少女は尚も言う。


「どうするの? わたくしと組む気はあるかしら?」


 少女が白い手をフォギー侯爵の前に差し出す。

 フォギー侯爵は少女の手を見つめて、先程の言葉を反芻する。


『もし、機会があれば、今からでも、ヴァーミリオンの母とヴァーミリオンを手に入れる気はあるかしら?』


 目に浮かぶのはヴァーミリオンの母、シエナの美しい姿。

 その美しい彼女に似た、強く凛々しいヴァーミリオンの姿。

 機会があれば、あの方々を手に入れたい。

 ヴァーミリオンのお披露目のお茶会の時に、仲睦まじく話す母子の姿を見た時から、更に想いは強くなった。

 フォギー侯爵の様子を見て、少女の口元が三日月のように笑みを作る。

 あと一押しだ。


「貴方は知らないでしょうけど、これからヴァーミリオンも、彼の母も、窮地に立つわ。貴方が排除出来なかった、国王と王太子夫妻がヴァーミリオンと彼の母を追放するつもりなの。家族と思っていた人達に騙されて、追放されるヴァーミリオンと彼の母をわたくしは助けたいの。だから、わたくしはお二人を一番大切に思っている貴方の元に来たの」


 少女の言葉に、フォギー侯爵は衝撃が走る。


「そんな話は聞いたことがないっ。シエナ様もヴァーミリオン殿下もご聡明なお二人だから、すぐに気付かれる!」


 聡明だから、企みを看破され、フォギー侯爵はここにいる。


「家族だから、警戒は緩くならないかしら?」


 少女の客観的な指摘に、フォギー侯爵は言葉を詰まらせる。


「だから、外部から手助けが必要ではないかしら? さぁ、どうするの?」


 白い少女の手を見つめる。水仕事等したことがない、貴族の女性のような手をしている。

 フォギー侯爵はゆっくり、少女の手を取った。

 少女は綺麗な笑みを浮かべた。


「今からすぐに逃げましょう。でないと、気付かれるわ」


 少女はフォギー侯爵の手を引き、扉に向かう。

 誰に気付かれるのかと一瞬、フォギー侯爵は聞きそうになったが、恐らく牢番達にだろう。

 長居は出来ない。

 少女に手を引かれ、フォギー侯爵は難なく地下牢から出て、王城を後にした。


「今から、何処に行く」


「灯台下暗しと言われるから、王都かしら。大丈夫。わたくしの知り合いが貴方を匿ってくれるわ。しばらくはそこにいて。その間に、わたくしは情報を入手してくるわ。いつ、追放されるのか、見極めないと相手に気付かれるわ」


 にっこりと少女は微笑んで、告げる。

 確かに、早くにこちらが動いてしまうと、警戒されてしまう。

 フォギー侯爵は納得して、頷いた。

 そこで、ふとフォギー侯爵は気付いたことを問う。


「そういえば、そなた。名は?」


「わたくし? わたくしは女神のミスト。ミストと呼んで欲しいわ」


 太陽の下、少女――ミストは微笑む。

 女神、という単語を耳にして、フォギー侯爵は目を大きく見開く。

 ヴァーミリオン王子は、女神をも魅了するのか。

 フォギー侯爵はミストに頭を垂れた。






「この身体、意外と馴染むわね。使えるのはまだ一時間くらいだけど」


 フォギー侯爵を王城の地下牢から連れ出し、安全な場所まで連れて行き、少女の自宅の部屋で一息つく。


「聖属性持ちの身体だから、乗っ取れないと思ったけれど、問題なかったわね。やはり、今まで罪を犯し続けたせいかしら?」


 鏡に映る、少女の顔を見て、ミストは妖艶に笑う。


「でも、一番馴染むのは公爵令嬢でしょうね。あの娘が堕ちたら、使える魔力が多くなるわ。この子の魔力、本当に少ないもの。欲望に忠実過ぎて、鍛練しなかったのね」


 ティーカップに淹れた紅茶を飲む。

 王族が飲むような高級な物ではない、庶民でも手が出せる物だ。

 少し、味は渋味がある。


「ヴァーミリオン。早く貴方に触れたいわ」


 ミストは恋する少女のように微笑んだ。

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